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2018/09/23

反古のうらがき 卷之三 火事場のぬす人 ~ 反古のうらがき 卷之三~了

 

   ○火事場のぬす人

[やぶちゃん注:やはり、改行を多用した。]

 淺草川の東なるあたりに住(すみ)ける人、其名は忘れ侍る。

 其人が家は、百年(もゝとせ)に足らず、火の事にあひて燒(やけ)たることはなかりしが、一とせ、冬のはじめより、雨ふることなくて、冬の末迄つゞきたれば、常に賴み切(きつ)たる庭の池水も遠淺になりて、やゝ深きところのみ、水少し斗り殘りにけり。

 かゝる處に、あたり近き所より、火、出で、風につれて、家並に燒來(やけきた)るにぞ、こたびは、とてものがるべきよふもなくぞみへける[やぶちゃん注:「よふ」「みへ」孰れもママ。]。

 されども、其主(そのあるじ)は家をば立(たち)さらで、火の付(つく)處に、水をそゝぎそゝぎする程に、左右(さう)なく燒(やけ)もやらず。

 かくして、しばしさゝへたれども、元より、水の手も思ふに任せず、折節、風さへ吹(ふき)まさりたれば、終(つゐ)にさゝへ兼て、おもての座敷は、はや、燒(やけ)にけり。

「せめては、おもやをば助けん。」

と、池に入(いり)ては、水を取り、かけ上りては、打(うち)そゝぐ。

 かくする程に、となりの家は、みな、燒(やけ)たり。うら手の家も、みな、燒たり。此家一つ助けざらんには、火をさけて出(いづ)べき方もなくなりぬ。

 されども火の手は彌(いよいよ)、きほひ[やぶちゃん注:「氣負ひ」。]まさりて、屋根も燒け、屋のうらより吹出(ふきいづ)る火は、目も鼻も、分ちなく、引(ひつ)つゝむよふ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]になりにたれば、

「今は是迄。」

とて、池の水の、少しのこれる所に入(いり)て、濕薦(しめれるこも[やぶちゃん注:私の勝手な読み。])、引(ひつ)かむりて、火のしづまるをぞ待ける。

『扨も、吾ながら、危きことしてけり。かく一人として火消(ひけし)だにみえざる迄、立(たち)もさらでこらへぬるは、あまりにかたくなにてぞありける。今、おもやの燒(やく)るさま、いかなる火消なりとて、面(つら)をむくべきよふもなし。』

など思ひつゝ、少しへだたりし池の中より見てあるに、もみかへすよふなるほのふ[やぶちゃん注:ママ。]の中に、人、二人迄、入來(いりきた)る。

 其樣(そのさま)、何の衣(ころも)か着けん、水にうるほしたりと見へて、湯氣の烟り立(たち)のぼること、物をむすがごとく、何をか足にはきけん、火の上を平地の如く、

「ゆるゆる」

と步みて、あちこち、あさり求(もとむ)る樣(さま)、盜人とはしられけり。

『かゝる危き中を物ともせで入來(いりきた)りて、心靜(こころしづか)に物奪ふは、なみなかの盜人にてはあらじ。かゝる肝太き人にしあらずば、など、盜みをばなし得ん。』

と見てけるまに、此家にては奪ふ物も多くあらざりしか、又、隣の家の、火にうづみたる中を、おしひらきて、入(いり)けり。

 すべて、火の内を行く樣(さま)、常の家に入(いり)たるよふにて、目をめはり、いきをつかふに、苦しむ樣(よう)、見へず。

 おりおり求得(もとめえ)たる物は、すべて、鐡器・陶器の類ひなれども、手に持ち、背に負ふ樣(さま)も、あつしとも覺へぬ樣(やう)なりけり。

 しばしありて、家も燒(やけ)おちにければ、主(あるじ)も池より出で、かの盜人が入來(いりきた)りしあたりに行(ゆき)て、其(その)火氣(ひのけ)を試むるに、いかに水にひたりて居(をり)たる肌にても、いまだ、より付(つく)ことのならざる程にてぞありける。

 むかし、もろこしにて、めしつかふわらはが、玉(ぎよく)の杯(さかづき)打(うち)わりしとて、罪をおそれて立(たち)かくれしが、いづち行(ゆき)けん、一間内(ひとまうち)にて、影をかくしぬ。二た日(ひ)斗(ばか)り過(すぎ)て、大床(おほゆか)の下に、紅の紐の下(さが)りてありしを見て、床(ゆか)を打(うち)かへしければ、床の下に、手足もて、はり付(つき)てぞありける。

「二た日が間、ものもたふべで、力もたゆまずありけるは、ゆゝしき大盜にもなるべし。玉の杯、打わりしは輕き罪なれども、生(い)けて置(おく)べきものならず。」

とて、ころしてける、となん。

 かゝれば、

『人にすぐれたることする人が、心直(こころなほ)くならねば、大盜人となり、人にすぐれたること、仕(し)いだすにてぞあらん。』

と、此(この)とき、思ひ當り侍る、と、人に語り侍るとなん。

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