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2018/10/31

萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 内部に居る人が畸形な病人に見える理由

 

 

 

く さ つ た 蛤

 

 

 

  なやましき春夜の感覺とその疾患

 

[やぶちゃん注:パート標題「くさつた蛤」(左ページ)の見返し裏の掲辞。]

 

 

 

  内部に居る人が畸形な

  病人に見える理由

 

わたしは窓かけのれいすのかげに立つて居ります、

それがわたくしの顏をうすぼんやりと見せる理由です。

わたしは手に遠めがねをもつて居ります、

それでわたくしは、ずつと遠いところを見て居ります、

につける製の犬だの羊だの、

あたまのはげた子供たちの步いてゐる林をみて居ります、

それらがわたくしの瞳(め)を、いくらかかすんでみせる理由です。

わたしはけさきやべつの皿を喰べすぎました、

そのうへこの窓硝子は非常に粗製です、

それがわたくしの顏をこんなに甚だしく歪んで見せる理由です。

じつさいのところを言へば、

わたくしは健康すぎるぐらひなものです、

それだのに、なんだつて君は、そこで私をみつめてゐる。

なんだつてそんなに薄氣味わるく笑つてゐる。

おお、もちろん、わたくしの腰から下ならば、

そのへんがはつきりしないといふのならば、

いくらか馬鹿げた疑問であるが、

もちろん、つまり、この靑白い窓の壁にそうて、

家の内部に立つてゐるわけです。

 

[やぶちゃん注:標題の途中改行はママ。本標題は底本詩集中、最も長い題で事実上、版組の一行には入りきらない。但し、改行の結果として、詩篇本文の二行目のみが掲げられ(左ページ)、読ませるには、右ページの掲辞と相俟って、次の袋を切って読みたくなる欲求を惹起させる、非常に効果的な版組とはなっている(そこまで計算したとは思えぬが)。改行は太字は傍点「ヽ」。標題の「畸形な」の「な」に限っては「奈」の崩し字体。「ぐらひ」はママ。「につける」は金属のニッケル(nickel:元素記号 Ni)。初出は『ARS』大正四(一九一五)年六月号(第一巻第三号)。有意に異なる初出形は、既に内部に居る人が病氣に見える理由 萩原朔太郎(「内部に居る人が畸形な病人に見える理由」初出形)で電子化済みであるのでそちらを参照されたいが、その初出の最終行は、「もちろん、この高い窓の内側にある理由(わけ)です。」となっており、少なくとも、この初出形では、最後まで読んだ読者はフィード・バックして、標題のそれを含め、総ての詩篇内の「理由」を「わけ」と訓じて再鑑賞することを詩人は望んでいるように理解する(少なくとも私はそうである)と思われる。但し、本「月に吠える」版の決定稿はそうした強制力は持たないから、やはりここでは普通に「りゆう」でよいのであろう。]

 

Gakou3

 

[やぶちゃん注:「内部に居る人が畸形な病人に見える理由」の「なんだつてそんなに薄氣味わるく笑つてゐる。」以下の六行が右ページで、その左に以上の田中恭吉の画稿より採った絵が掲げられる。これも同じく薬包紙に描かれたものと推定される。]




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