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2018/10/30

萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 盆景

 

  盆  景

 

春夏すぎて手は琥珀、

瞳(め)は水盤にぬれ、

石はらんすゐ、

いちいちに愁ひをくんず、

みよ山水のふかまに、

ほそき瀧ながれ、

瀧ながれ、

ひややかに魚介はしづむ。

 

[やぶちゃん注:「らんすゐ」については、私は以前にこのブログで、「盆景 萩原朔太郎 /……誰か馬鹿な僕の疑問に答えてくれ……」と本篇を掲げて、意味を問うたものであった(そこに書いたが私は盆景が大好きで、小学生の頃、亡き祖母と一緒に何度も作った。盆景の経験のある少年(元)というのは今では化石だろう)。すると、即座に古い教え子が反応して呉れた。それは『「らんすゐ」追跡1』で記してある。その後、怠け症の浮気男である私は、追跡をしていない(私のスランガステインは惨過ぎる)。そこで少し検索して見た。山本掌氏のブログ『「月球儀」&「芭蕉座」』の「萩原朔太郎「盆景」 <盆景>、ご存知でしょうか?」に、盆景の隆派「神泉流」の創始者で、日本盆景協会(ブログには百年前に創立とあり、山本氏の記事は二〇一六年のものだから、単純に引き算すると、大正五(一九一六)年。これは本詩集刊行の前年には当たる。但し、本詩篇の創作年月日は後に示す通り、大正三年八月十日である)を創設した小山潭水(明治一一(一八七八)年~昭和二一(一九四六)年)で、その『創設した方を、「たんすい」ならぬ「らんすい」といったものか』。『朔太郎、かなり朔太郎流に漢字をかえたりしていることもあるので』。『あるいは詩作品なので、名前を替えたのかも』という、かなりマニアックな仮説をお立てになっておられるのを見つけ、また、で、中国人が、本詩篇中国語訳簡体字)てお(以下の引用は注記号をカットし、題名のポイントを上げた)、

   《引用開始》

  盆景

春夏后双手化琥珀,

眼瞳在水中濡湿,

染上翠,

一切都浸透着愁意,

看啊那山水的深

涓涓瀑布流下,

瀑布流下,

贝类沉没在寒溪。

   《引用終了》

とあるのを発見した(「」は「過」、「」は「為」、「」は「盤」、「」は「頭」、「」は「嵐」、「」は「處」(処)、「」は「魚」、「贝类」は「貝類」の簡体字で、「」は「沈」の異体字である)。この方は「らんすゐ」を私が当初、検討した「嵐翠」と採っておられる(注があり、そこには『翠,指山中绿色的气。』とある)。「嵐翠」の歴史的仮名遣は「らんすい」であるが、萩原朔太郎はかなり歴史的仮名遣を間違って使用しており、中には確信犯で表記を変えているケースもしばしば見かけるから、それは実はあまり問題ではない。ここまで私は、どうも、この中国語訳をされた方の説、「嵐翠」に従いたい気になってきてはいる。大方の御叱正を俟つものではある。

 本詩篇の初出は、『地上巡禮』大正三(一九一四)年九月号。「いちいちに愁ひをくんず、」が「いちいちに愁ひをかんず、」で大きな改変である他は、「ひややかに」が「ひやゝかに」の表記違いである。但し、詩篇の後に下インデントで『――一九一四、八、一〇――』のクレジットがある。

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