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2018/10/22

ブログ1150000アクセス突破記念第三弾(掉尾) 《芥川龍之介未電子化掌品抄》 菊

 

《芥川龍之介未電子化掌品抄》(ブログ版) 菊

 

[やぶちゃん注:芥川龍之介が第一高等学校時代(明治四三(一九一〇)年九月十三日入学~大正二(一九一三)年七月一日卒業)に書いたものという以外の書誌的情報はない。 底本は一九六七年岩波書店刊葛巻義敏編「芥川龍之介未定稿集」の「初期の文章」に載るものに拠った。なお、これが底本の「第一高等学校時代」パートの掉尾である。これを以って底本の「第一高等学校時代」パートの全電子化を終わる。

 本作はかなり知られた「今昔物語集」の巻二十四「百濟川成飛驒工挑語第五」(百濟川成(くだらのかはなり)と飛驒の工(たくみ)と挑む語(こと)第五」の後半の腕比べをダメ押しインスパイアした擬古文で、理智派芥川龍之介を髣髴とさせる仕掛けも用意されてはあるが、原話を知っていると、種明かしが平板にして常套的で今一つの感は拭えない。但し、この僅かな分量で以って、対立していた二人を童子を梃子に大団円させるという手法は、既にストーリー・テラーとしての彼が十分に熟成されていたものとも思われる。これが何時書かれたものか、もっと限定出来るとよいのだが。惜しい。

 老婆心乍ら、少し注しておくと、

・「長江天壍をへだてたる」の「長江天壍」は「ちやうこうてんざん(ちょうこうてんざん)」と読み、「壍」は「塹」に同じで、長江を天然の攻略不能な広大な塹壕、向うの見えない堀と譬える謂いで、ここは二つの対象の距離が想像を絶して隔たっていることを意味する。

・その直後の「おだしかりつれども」は「穩しかりつれども」である。

・「彭澤の陰士」は以下で「東籬の下に採るとも歌ひぬべき」と出るので判る通り、陶淵明のこと。ただ、「彭澤」(ほうたく)彼が最後に県令をしていた県で、私は彼のことを「彭澤の隱士」と呼ぶのを目にしたことはない。そもそもが、「吾、何ぞ五斗米の爲めに腰を折つて郷里の小兒に見(まみ)えんや」、即日、印綬を解いて去った彼をして、その「やってられるか!」の彭沢の「陰士」と呼ばれるのは、私なら厭だね、龍之介君。

 なお、本電子テクストは、2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが1150000アクセスを突破した記念の第三弾掉尾として公開した。【2018年10月22日 藪野直史】]

 

      菊

 

 百濟の川成、とある日、飛驒の匠に語りけるは、わざくらべしことこのごろ世の人々の口々にほめのゝしるをきゝぬ。まことに天が下ひろしとは云へ、われらの右に出でむものあるべしとも思はれずと云へば、心まがまがしく思ひ上れる匠、えせわらひして、わがわざ君のわざとの間には長江天壍をへだてたるにそを知り給はざる烏滸がましさよ。君はわがつくれる堂には彌勒の世までえこそは入り給ふまじけれども、われはふたゝび君が畫に欺かるゝことを爲さじとののしる。川成もと心ばへおだしかりつれども、流石に匠の人も無げなるが傍いたくいと興ざめければ、さらばいま一たび試みてむとおのが家がりともないゆきつ。折しも長月の末つがた樹々の梢ことごとく紅葉してさながら錦を張れるやうなるに、淸らかにはききよめたる庭の二ひら三ひら爛紅の霜、葉を落したるもゆかしく見ゆ。川成酒を置きて匠にすゝめつゝ、さてかなたの障子を指して問ひけるは「かしこに靑き甁に生けたる黃菊白菊各一もとあり、一はまことの菊、一はわが描ける菊なり、いづれがこれいづれがそれぞ」と云ふ。匠あはれ云ひあてて恥見せむと、あるは首をのべあるは眉をひそめ、あからめもせでしばしうちまもれど、たえて見わくべきすべも知らず、いづれも障子もにほはむばかりに露けくうちかたむきて、さきたる、彭澤の陰士ならましかば東籬の下に採るとも歌ひぬべき風情なれば、むげにほこりたかぶれる匠なれど遂に顏赤めて「得見分くべうもあらず、さきの過言をゆるし給へ」と云ふ。

 川成さこそとほくそ笑みて「君がわざとわがわざとの間には長江天を隔てたるにそを知り給はさる烏滸がましさよ」と匠が言眞似して嘲笑ふ。

 そのとき匠の召具したるわらはべの猿丸と云ふもの、川成のほこりがほなるをにくしとや見にけむ、すゝみ出で「やつがれこそ見分け候へ」と云ふ。川成しやつ何事をか云ふとばかりのけしきにて「さらばいづれぞ」と問へば「白菊こそ描きたりつれ」と答ふ。まことにこのわらはべの云ふ所に違はざりければ、川成いたく驚きて「何故にさはしりたる」と問へば、猿丸笑つぼに入りて「さきのほどより、こゝにありて見つるに虻二つ來りて障子のほとりをとびありく。此虻黃菊にはとゞまれども、白菊にはとゞまらず、さてこそ黃菊はまことの菊ならめと思ひ候、さるを此家の殿のわざと猿丸のわざとの間には長江天塑を隔てたるにそを知り給はざる烏滸がましさよ」としたりげに鼻をおごかす。飛驒の匠、思はず掌をうちて「我ほどのものも描きたる菊とまことの菊とを見分くることをえせず、川成ほどのものも三尺の童子の眼を欺くことをえせず、何を以てか人に誇らむや、向來共に誇をつゝしみひたすらにわざをはげみなむ」と云へば、川成も大によろこびてこれより後はますます親しく交りけるとなむ。

 

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