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2018/10/02

反古のうらがき 卷之四 蓼灣 附・鈴木桃野擱筆漢詩 / 反古のうらがき 全電子化注~完遂

 

    ○蓼灣

[やぶちゃん注:これが最後なので、読み易く改行して終りとすることとする。]

 予が僚友蓼灣(りようわん)といへる人は、古今に越(こえ)たる才子なりけり。殊に詩をよくし、千古未發(せんこみはつ)の見解あり。本邦詩學ありてよりの宗社(そうしや)といふべし。書も亦、絶倫なり。其餘、將碁栂戰の雜技、一たび其道に入れば、直(ただち)に其奧義を極むること、凡人にてはあらざりけり。

[やぶちゃん注:「蓼灣」幕臣で詩人、昌平黌助教の久貝蓼湾(くがいりょうあん 文化一六(一八一九)年~文久元(一八六一)年)。底本の朝倉治彦氏の補註によれば、『名は正岱』(「せいたい」と音で読んでおく。但し、国立国会図書館デジタルコレクションの「敬宇文集」(巻五)の「乙骨耐軒久貝蓼湾傳」の久貝該当頁及び「国立国会図書館典拠データ検索」では、ただ「岱」一字である。生年は朝倉氏は享年を四十四歳とするが、「乙骨耐軒久貝蓼湾傳」では『四十有二』とあるのに従って計算、「国立国会図書館典拠データ検索」のデータとも一致を見たのでそちらを採った)、字は『宗之、はじめ金八郎のち伝太』とある。既注の友野霞舟門下で「霞舟先生峡役遺稿」の序は彼が書いている。

「千古未發」千年の昔から未だ嘗て用いられたことがない、純粋にオリジナルな詩想。

「宗社」宗廟(古代中国に於いて氏族が先祖に対する祭祀を行う神聖な祭儀場)と社稷(しゃしょく:古代中国に於いて天子や諸侯が祭った土地の神(社)と五穀の神(稷))。ここは転じて有力な漢詩派閥の権威者。]

 長崎唐通辭穎川(えがは)藤三郞、昌平黌勤番せしとき、

「唐人料理を振舞(ふるまふ)。」

とて、人々を請(しやう)じけるが、

「珍らし。」

とて、蓼灣も行(ゆき)てけり。

[やぶちゃん注:「穎川」家は『陳沖一(ちんちゅういつ)を祖とする唐通事の名門』と長崎の夏姫氏のブログ「夏姫の長崎倶楽部」の「唐通事の名門」にあった(詳しくはリンク先を参照されたい)。]

 鴨の丸煮・豚の吸物、種々無量の珍味ありて、酒盃も數々巡りぬれば、唐人のもて遊ぶ「猜技」といふものをしてけり【此方(こなた)の「なんご」の如し。】。

[やぶちゃん注:「猜技」「サイギ」と音読みしておく。現代中国音では「ツァィヂィー」。

「なんご」「なんこ」「ナンゴ遊び」とも。遊戯・賭博の一種。碁石・小石もしくは細かに折った杉箸などを握り、相手に差し出して、その人に数を当てさせる遊戯。同系統のそれが鹿児島県や宮崎県に伝わる酒席での遊びとして残る。十センチメートルほどの木の棒数本を使って、お互いの手の中にある本数を当てる遊び。「薩摩拳」とも呼ぶ。ここはウィキの「なんこ」の一条に拠った。]

 藤三郞、長技(ちやうぎ)なるよしなれば、蓼灣これと對しけるが、つゞけざまに負けてけり。灣、深く怪しみ思ふに、

『かゝる小數なる物に巧拙あるは、如何に。』

と、再び思ひをこらして對したれば、これよりは互に勝負ありて、同じよふ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]になりけり。

[やぶちゃん注:「長技」長じたゲーム、特異な遊び、の意であろう。

「小數なる物」「なんこ」のゲーム素材の使用可能数が、掌中に隠れるほどという制限がかかることから、ごく少ないこと、則ち、対戦時の推定される絶対仮定数の幅が小さいを言っている。]

 餘の人は終に藤三郞に、勝(かつ)事、あたはで、やみけり。

 其後、予と直廬(やくしよ[やぶちゃん注:底本のルビ。昌平坂学問所であろう。])にありて、

「扨も、此程、藤三郞と猜技を戰はせしが、初は、勝(かつ)事、能はでありしが、後(のち)は同じよふになりける。かゝる小數も少しの所に巧拙あり。其所に思ひ及べば、誰(たれ)も同じ事なれども、俄に思ひ及ぶ人と、しばらく及(およば)ざる人と、終(つゐ)に及ぶことなき人と、あり。詩を作るも、同じ道理なり。」

といふにぞ、同僚不二石庵といふ老人、傍よりこれをきゝて、

「かゝる小數に巧拙あらんいわれなし[やぶちゃん注:ママ。]。子(し)、もし此(かく)理(ことわり)を得玉はゞ、我と對して彌(いよいよ)勝(かつ)ことを得玉わんや。一度、二度の偶然に勝ことはありとも、『必らず、かつ』といふ理(ことわり)は、疑はし。」

といふに、

「いや、さにあらず。其人によりて、必(かならず)勝ことあるべし。」

といふに、予が曰(いはく)、

「僕は、いかに。」

といへば、

「そこは、少しくさわり[やぶちゃん注:ママ。]あり。石庵ぬしは、勝(かち)やすし。」

といふ。

 石庵、彌(いよいよ)いらだちて、ありあふ筆房の蘆簡(ふで[やぶちゃん注:私の当て読み。])を、おし割りて、六つとなし、各(おのおの)三つづゝを分ちて、吾手に握りて出(いだ)しければ、蓼灣、

「其二つを出して、掌中と合せて三つなるべし。」

といふ、握(にぎれる)を開(ひ)らければ、果然(かぜん)なりけり。

 石庵、猶、信ぜず、

「これ、偶然、かゝることもあるべし。今一度。」

とて、又、握りて出(いだ)す。こたびは、

「これにて三つの數に合ふべし。」

とて、

「三つ出しけり。」

 石庵、握(にぎる)を閉らけば、重々(かさねがさね)、如(しく)なりければ、果して三つなりけり。

 石庵、彌(いよいよ)いらだちて、

「今一度。」

といふに、

「いや。度(たび)ごとに當る程ならば、神妙不便にして理(り)の外(がい)也。かくある理(ことわり)なければ、此次の頃(ころ)ははづるべし。試るに及ばず。都(すべ)て勝(かつ)といふは五度に三度、十度に六度のこと也。必しも、みな、勝にあらず。少しの得たる所あれば、先(まづ)二度當(あ)てたるのみ。其餘は何ぞ期することあらんや。但し、足下に二度計(ばか)りは當てらるゝの空闊(くうかつ)[やぶちゃん注:隠し立てを嫌い、開けっぴろげな性格のこと。]の所あればなり。他の人は又、別法なるべし。」

といふに、予、傍(かたはら)よりいふよふは、

「『少し得たる所あり』との玉ふは、理(ことわり)あるに似たれども、吾をして枚(ばい)を握らしめんには、後ろの方にて、三つながら地に落し、其蘆の皮の方(かた)、出(いで)たるを、一つまれ、二つまれ、握りて出さんに、これを卜(ぼく)し當(あて)ん人は、天とひとしき人あらざれば、能はじ、と思ふ。」

といひければ、

「さればこそ。始めより、さゝはりありとて足下をばさけ侍る。其こゝろあること、面目(めんぼく)にあらわれたるにもあらねど、つねづねの人となり、かゝる、わるがしこき態(わざ)せんこと、疑(うたがひ)なければ、まづ、さくる方(はう)よしと思へり。」

と、いひき。

[やぶちゃん注:以下は底本でも改行が成されてある。]

 扨も、

「藤三郞が巧(たくみ)なるいふは、いかに。」

とゝへば、

「天地自然の理(ことわ)りをさとれば、誰(たれ)も同じくして、巧拙、なし。さはしりながら、三度に一度、五度に一度づゝ、吾が差略[やぶちゃん注:「策略」「機略」に同じい。]に出でゝ、自然なること、能はず。吾、自然に任せ、彼(かれ)が差略の私意に乘じて、しかと見定(みさだめ)たるとき斗(ばか)り、差略をなすのみ。都(すべ)て、事の工拙[やぶちゃん注:「巧拙」に同じ。]といふは、此理(このことわり)なるを、生涯、悟り得ざる人もあるべし。自然にして、しられざる事をしるは神龜(しんき)にひとしけれども、心を付(つく)れば、大槪、當る者なり。されども其理(そのことわり)を悟(さとり)、かたる人に語らざれば、おゝくは[やぶちゃん注:ママ。]疑ひて信ぜず。是(これ)、詩を作るの祕訣なれば、詩を作る人はおゝかた[やぶちゃん注:ママ。]しりたらん。」

といゝけり[やぶちゃん注:ママ。]。

 はたして、凡人にては、あらざりけり。

 

 

言或無ㇾ根理必然、雨窓剪ㇾ燭夜如ㇾ年、平生技痒稗官史、朽腐陳々亦遠傳。

一枕瞢夢已殘、花枝結ㇾ子筍成ㇾ竿、詩人老去才華盡、又署新御入稗官

飜長舌得ㇾ人驚、讀者嗤々聽者傾、何限世間奇異事、多從才子意中生。

舊記新聞事未ㇾ奇、狐妖鬼祟亦談資、豆棚細雨冷於水、夜學燈昏前ㇾ席時。

螳黠蟬痴同失得、男才女貌好因緣、夜半自書還自讀、燈花一爆落床前

               詩瀑山人題

[やぶちゃん注:「詩瀑山人」は鈴木桃野の別号。底本には以上の訓点以外には振られていない。勝手流で訓読しておくが、必ずしも意味が判っているわけではない。

   *

言(げん) 或いは 根(こん)のある無く 理(り)は必然たり

雨窓 燭を剪(き)り 夜 年(とし)のごとく

平生(へいぜい)の技痒(ぎよう) 稗官(はいかん)の史

朽腐陳々として 亦 遠く傳ふ

一枕(いつちん) 瞢夢(ぼうむ) 已に殘り

花枝 子(み)を結びて 筍(じゆん) 竿(さを)と成る

詩人 老い去りて 才華 盡き

又の署新御 稗官に入る

長舌を爛飜(らんほん)して 人を得ては驚かし

讀者 嗤々(しし)し 聽者 傾(かたぶ)く

何ぞ 世間奇異の事に限らんや

多く 才子の意中より生ず

舊記新聞(しんもん)の事 未だ奇ならず

狐妖鬼祟(すい) 亦 談(はなし)の資たるのみ

豆棚(たうはう)の細雨 水よりも冷たく

夜學の燈昏(たうこん) 席に前する時

螳黠蟬痴(たうかつせんち) 失得するに同じ

男才 女貌 好因緣(こういんねん)

夜半 自(みづ)から書し 還(ま)た 自から讀む

燈花 一爆して 床前に落つ

   *

「年(とし)のごとく」毎年と同じで。

「技痒」腕が鳴る。技を奮いたくてむずむずする。

「稗官(はいかん)の史」民間の風聞を蒐集する役人。

「朽腐陳々とっして」古びて陳腐なものとして。

「瞢夢」昏くぼんやりとした夢の意か。

「署新御」不詳。前句の対句性から見て、桃野の後輩の新たに任ぜられた若き役人(昌平坂学問所の若き塾頭や学頭)のことを指すもののようには読める。

「螳黠蟬痴 失得するに同じ」国立国会図書館版は「痴」を同字「癡」で示す。意味不明。但し、検索を掛けると、中文サイトで、清の詩人張問陶」の「感事 其四」に「螳黠蟬痴亦愴神 幾曾世網罩天麟」という酷似する文字列を見出せ、日本語サイト「漢詩作法入門講座」のこちらで、北宋の名詩人黄山谷の「書酺池書堂」(酺池(ほち)の書堂(しよだう)に書(しよ)す)の起句「小黠大癡螳捕蟬」(小黠(せうかつ)大癡(たいち)螳(たう) 蟬(せん)を捕(とら)へ)の語釈に『小黠大癡=黠は慧、癡は不慧。慧はさとい、賢いこと』、『螳捕蟬=荘子外篇の山木篇に見える「蟷螂捕』蟬『」の故事をいう』とある。後者は「荘子」を見ると(「外篇 山木篇 第二十」の八章)蟷螂(カマキリ)が蟬(セミ)を狙って、自身が鵲(カササギ)に狙われている事実を知らない、というシチュエーションである。文字列に不審はあるが、要は、智の相対性の譬えで、目先の利害の得失にとらわれて物事を考えて決断する結果、ともに利を失う(命を亡くす)愚かさを説いている。最終章のエピソードとも響き合い、それなりに腑には落ちる。取り敢えず、識者の御教授を乞うておく。

「男才 女貌 好因緣」「男の才能や女の美貌というものは、これ、前世よりの定められた善き因縁(であるから、自分の努力ではどうしようもない)」の謂いであろう。]

 

 反古のうらがき 終

 

[やぶちゃん注:以上を以って鈴木桃野の「反古のうらがき」全篇が終わる。お付き合い戴いた方、特に多くの情報をお伝え下さった氏に特に感謝申し上げるものである。]

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