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2018/10/06

古今百物語評判卷之一 第六 見こし入道幷和泉屋介太郞事

 

  第六 見こし入道和泉屋介太郞事

 一人のいはく、「さいつ比(ころ)、大宮四條坊門(おほみやしでうばうもん)のあたりに、いづみや介太郞(すけたらう)とかやいふ者、夜更(よふけ)て外より歸りけるに、門、あはたゞしく叩きければ、内より、驚きて、あけぬ。さて、介太郞、内へ入るとひとしく、人心(ひとごゝろ)なし。さまざまの氣つけなど吞(のま)せければ、漸(やうやう)に生きかへりて云(いふ)やう、『我、歸るさに、月、うすぐらく、物冷(すさま)じきに、そこそこの辻にて、みかさあまりなる坊主、後(うしろ)より、おほひ來たりし程に、『すはや』と思ひて逃(にげ)ければ、いよいよ急に追ひかけしが、此門口にて、見うしなひぬ。其故、かくのごとし』と云(いひ)ければ、聞(きく)人、皆、驚きて、『扨々(さてさて)、あやうきことかな。夫(それ)こそ、「見こし入道」にて候はん』と云(いひ)て、舌(した)ぶるひしてけり。此事、まぢかき事にて、その入道に逢(あひ)し人、唯今も、そこそこに」と云(いへ)ば、一座の人、何(いづ)れも、「怖しき事かな」と云(いへ)るに、先生、評していはく、「此もの、むかしより、一名を『高坊主(たかばうず)』ともいひならはせり。野原・墓原などにもあらず、只、在家の四辻(よつつじ)・軒の下の石橋(いしはし)などの邊(ほとり)より出づる、と云へり。是、愚(おろか)なる人に、臆病風(おくびやうかぜ)のふき添(そひ)て、すごすごありける夜道に、氣(き)の前より生ずる處の『影ばうし』なるべし。其故は、此者、前よりも來らず、脇よりもせまらず、後(うしろ)より見こすと云(いへ)ば、四辻(よつつじ)・門戸(もんこ)の出入り、あるひは[やぶちゃん注:ママ。]夜番(よばん)の火のひかり、月星(つきほし)のかげ、おぼろなるに、わが『影法師』、せい高くうつろふと、『さてこそ』と思ひ、氣をうしなふ、とみえたり。坊主とみゆるは、元より、『影ばうし』なれば、其形(かたち)、さだかならぬ成(なる)べし。介太郞も此類(るい)にて侍らん。もろこしにても、日中(にちちう)におのれが影をおそれて、逃(にげ)たる者ありと、漆園老人(しつゑんらうじん)もかきしとかや」。

[やぶちゃん注:本条は以前、『柴田宵曲 妖異博物館「大入道」』で電子化した。但し、今回は底本が異なる。リンク先の柴田のそれは「大入道」の記載としては、かなりよく書けている。また、この「大入道」の話は、総てがごくごく最近の京都市中の出来事であるという設定であることから、所謂、アーバン・レジェンド(都市伝説)の教科書みたような書き方になっている点に着目しておきたい。なお、ウィキの「大入道」も参照されたいが、これは記載が例示ケースに終始していて、民俗学的蒐集データとしてはいいが、考証がなく、やや不満である。ただ、そこにある、『東京の事例』として挙げてある、『第二次世界大戦最中の』昭和一二(一九三七)年のこと、『赤紙を届けに行った人が、赤羽駅の近くにある八幡神社踏切で』、『兵士の姿の大入道に襲われ』、四『日後にその場所で変死した。大入道の正体は自殺した新兵、もしくは失敗を責められて上官に撲殺された兵士の亡霊と言われた。ちなみに』、『その近辺では、赤紙を受取ったという者は誰もいなかったという』。『人間の霊が大入道と化す、珍しい事例である』というのは、非常に懐かしく思った。これは私が本格的に怪談に目覚めた、中学校二年生の夏、人生で最初に最も恐怖した話で、今野圓輔氏の編著になる「日本怪談集 幽霊篇」(昭和四四(一九六九)年社会思想社(教養文庫)刊)の「第七章 死者の働きかけ」の掉尾を飾る「一四 兵隊姿の大入道」で、昭和三九(一九六四)年の『東京タイムズ』掲載記事によるものである。そこでは証言者から変死した登場人物まで総てが実名フル・ネームで、住所も全部記されてあるのである。これは、今読んでも、キョワい!!!

「大宮四條坊門」現在の京都府京都市下京区坊門町附近。(グーグル・マップ・データ)。北で綾小路通りを隔てて、四条大宮町に接する。

「みかさあまり」岩波文庫の「江戸怪談集(下)」の本条の高田衞氏の脚注では、『三乗(みかさ)あまり。三丈余りの』とある。三丈は九メートル九センチ。

「すごすごありける」「悄悄在りける」。元気なく、おっかなびっくりそろそろと歩いている。

「氣の前」は「氣の持ちよう」の意。

「『影ばうし』なるべし」影法師という、怪異でも何でもない、物理的な自分の影法師を見間違えた、幻しの偽怪と断じてよい、と言っているのである。

「漆園老人」莊子の別號。莊子が若き日、生地の蒙で、漆の材料となる漆の木を栽培する漆園を管理する下級役人を勤めていたことに由來する。元隣の言うのは、「荘子」「漁父 第三十一」の以下。孔子が「自分は正当なことをしているのに、私の歩いた足「迹」までも消されるほど、何度も排斥されたのは何故でしょうか」と問うたのに対し、道家的人物である漁父の老人(以下の「客」)が、その誤った認識を徹底的に指弾する部分に出る。

   *

客悽然變容曰、「甚矣子之難悟也。人有畏影惡迹而去之走者、舉足愈數而迹愈多、走愈疾而影不離身、自以爲尚遲、疾走不休、絶力而死。不知處陰以休影、處靜以息迹、愚亦甚矣。……[やぶちゃん注:以下略。]

(客、悽然(せいぜん)として容(かたち)を變じて曰はく、「甚だしきかな、子(し)の悟り難(がた)きや。人、影を畏(おそ)れ、迹(あと)を惡(にく)みて、之れ、走りて去る者、有り。足を舉ぐること、愈(いよいよ)數(いそ)ががしくして、迹、愈、多く、走ること、愈、疾(はや)くして、影は身を離れず。自(みづか)ら以つて『尚ほ遲し』と爲(な)して、疾走して休(や)まず、力を絶ちて、死せり。陰(かげ)に處(を)りて以つて影を休(や)め、靜に處りて以つて迹を息(や)むることを知らず。愚なること、亦、甚だし。)

   *

訳してみる。

   *

 老漁師はさも孔子を哀れむように、居ずまいを正すと、こう答えた。

――なんとまあ、酷(ひど)いもんじゃな、お前さんの悟りの悪さ加減ときたら! 自分の影を怖がり、自分の後に附いた足跡を厭がって走って逃げた男がいたがね、焦って、足を素早く挙げれば、挙げるほど、足跡はますます多く、しっかりと記され、幾ら、より速い走りをしても、影は自分の体から離れぬ。そ奴は、『自分の走りが、まだ、遅いからだ』と思い込んで、どこまでも、どこまでも、さらに疾走し続け、さうして、遂に、力尽きて、死んじまったよ。日蔭に入って一息ついて影を消し、凝っ立ち止まって足跡を作らずにいるという、当ったり前のことに、そ奴は、気づかなかったのさ。愚かさも、ここまでくると、救いようのねえ馬鹿という奴だぁな!

   *]

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