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« 和漢三才圖會第四十三 林禽類 練鵲(をながどり) (サンジャク) | トップページ | 萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 戀を戀する人 »

2018/11/01

萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 愛憐

 

 

 

さびしい情慾

 

 

 

  愛憐

 

きつと可愛いかたい齒で、

草のみどりをかみしめる女よ、

女よ、

このうす靑い草のいんきで、

まんべんなくお前の顏をいろどつて、

おまへの情慾をたかぶらしめ、

しげる草むらでこつそりあそばう、

みたまへ、

ここにはつりがね草がくびをふり、

あそこではりんどうの手がしなしなと動いてゐる、

ああわたしはしつかりとお前の乳房を抱きしめる、

お前はお前で力いつぱいに私のからだを押えつける。

そうしてこの人氣のない野原の中で、

わたしたちは蛇のやうなあそびをしよう、

ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、

おまへの美しい皮膚の上に靑い草の汁をぬりつけてやる。

 

[やぶちゃん注:太字「いんき」「りんどう」は底本では傍点「ヽ」。「りん」「押つける」「うして」の下線部はママ。本詩集「月に吠える」は実は発売(大正六(一九一七)年二月十日印刷・同二月十五日発行の奥附である)に際して、内務省警保局から風俗壊乱を理由として発売禁止の内達を受けた。しかし、この「愛憐」と、次の「戀に戀する人」の二篇を削除することで発売が許可されたため、近親者その他に配布済みであった少部数以外には、別紙挟み込みで、

 注意 その筋の注意により、『愛憐』『戀を戀する人』の二篇(一〇三頁より一〇八頁まで)を削除する

の断り書きが附された。当該詩篇の載る三枚を、綴目じ目から一センチメートルほど残して切り取り、百三ページ目(「愛憐」の始めのページ)に当たる後に、上記の断り書きを印刷した、本文と同じ大きさの紙が貼られた(ここは底本の含まれるセットの解説書の那珂太郎氏の解説に拠った)。以上の削除経緯は筑摩書房版「萩原朔太郎全集」第一巻(昭和五〇(一九七五)年刊)の本詩集の解題と那賀太郎「名詩鑑賞 萩原朔太郎」(昭和五四(一九七九)年講談社学術文庫刊)に拠ったが、後者では別刷挟み込みの文章は(漢字は正字化し、「頁」に附されたルビ「ページ」は那珂氏の添えたものと判断して除去した)、

 その筋の注意により『愛憐』『戀を戀する人』の二篇(一〇三頁より一〇八頁まで)を削除す

となっている。

 なお、解説書の那珂太郎氏の解説によれば、底本が依拠したものは、近親者その他に配布済みであったそれではなく、版が異なる『造本の無削除版が、少なくとも現在まで四冊発見されている』とあり、実は驚くべきことに、削除された初版とは、今私が電子化しているものとは、内容の順列が異なっていることが判明した。以下に示す。

   *

○削除対象となった一般市販用の初版の構成

1 北原白秋の序

2 萩原朔太郎の自序

3 詩集例言

4 詩篇本文

5 室生犀星の跋

6 挿画附言

7 詩集附録(田中恭吉・孝四郎・萩原朔太郎筆)

8 本文目次

9 挿画目次

  奥附

◎私がここで電子化している特殊初版の構成

1 北原白秋の序

2 萩原朔太郎の自序

3 詩集例言

4 本文目次

5 挿画目次

6 詩篇本文

7 室生犀星の跋

  奥附

8 挿画附言

9 詩集附録(田中恭吉・孝四郎・萩原朔太郎筆)

   *

妙な所に奥附があるなとは思っていた。那珂氏は『これはにわかに断定することはできないが、削除版のあとにこれと区別するために表紙左右寸法をやや広げて作られたものかと臆測される』が、『これが何部作られたかも確定できない』とされ、『本書は、より完全な形と見なされるこの無削除版をもとにつくられた』とあり、解説書末にある編集部の「復刻製作の概要」でも『復刻版用底本には某氏所蔵初版本を使用した。無削除版計四冊、削除版は四冊見た』とある。

 因みに、五年後の再版(大正一一(一九二二)年三月アルス刊)では、以上の削除された二篇は復活している。

 因みに、本詩は本詩集初版で初めて示されたはずの詩篇であった。但し、前掲の那珂氏の本詩の解説では『大正四年晩春ころの作と思われ』るが、『掲載誌未詳』とある。前掲筑摩版全集解題の「初出形」の解説には、『初出誌が未詳なもの』として本詩集の先行する「苗」「掌上の種」「麥畑の一隅にて」「くさつた蛤」「贈物にそへて」そして本「愛憐」と、後の「白い月」の七篇を掲げつつ、『しかし初出誌未詳のもののなかには、雜誌・新聞發表を經ずに、直接原稿から單行本に收錄されたと思われるものもある(「月に吠える」の中の幾つかの作品は、「詩集例言」にあるように未發表作品と思われる)』(同全集は編者解説も総て漢字正字使用という今やあり得ない全集である)とある。

 那珂氏が本詩篇を大正四(一九一五)年晩春頃と推定されたのは、次の「戀を戀する人」の初出が大正四年六月号の『詩歌』であること、本詩集の「詩集例言」の「詩篇の排列順序は必ずしも正確な創作年順を追つては居ない。けれども大體に於ては舊稿からはじめて新作に終つて居る』。『「くさつた蛤」「さびしい情慾」等は大低同年代の作である』という言に基づくものであろうとは思われる。しかし、発表誌のクレジットは必ずしも編年順でなく、次の「五月の貴公子」の初出は『どくだみ』大正六年二月号(筑摩版全集の解題の情報のみ。初出形は載らない)であるのに対し、その次の次(その次は「白い月」で初出未詳)の「肖像」は大正四年六月号『詩歌』である。無論、発表詩の順が創作の順ではないし、「愛憐」を冒頭に配したことからも、私は那珂氏の推定も不審ではない。因みに、大正四(一九一五)年晩春頃とすれば、萩原朔太郎(彼の生まれは明治一九(一八八六)年十一月一日)は二十八か、二十九歳になったばかりで、未だ独身であった(上田稲子との結婚は大正八(一九一九)年五月、本詩集刊行後の二年後である)。

 にしても、これや次の「戀に戀する人」が、この時代にあって、風俗壊乱の猥褻物とされた事実は、最早、現代の若者には全く理解不能であろう。それがいいことなのか、悪いことなのかは一概には言えぬが。


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