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2018/11/04

萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 笛

 

  

 

子供は笛が欲しかつた。

その時子供のお父さんは書きものをして居るらしく思はれた。

子供はお父さんの部屋をのぞきに行つた。

子供はひつそりと扉(とびら)のかげに立つて居た。

扉のかげにはさくらの花のにほひがする。

 

そのとき室内で大人(おとな)はかんがへこんでゐた、

大人(おとな)の思想がくるくると渦まきをした、ある混み入つた思想のぢれんまが大人の心を痙攣(つきつけ)させた。みれば、ですくの上に突つ伏した大人の額を、いつのまにか蛇がぎりぎりとまきつけてゐた。

それは春らしい今朝の出來事が、そのひとの心を憂はしくしたのである。

 

本能と良心と、

わかちがたき一つの心をふたつにわかたんとする大人(おとな)の心のうらさびしさよ、

力をこめて引きはなされた二つの影は、糸のやうにもつれあひつつ、ほのぐらき明窓(あかりまど)のあたりをさまよひた。

人は自分の頭のうへに、それらの悲しい幽靈の通りゆく姿をみた。

大人(おとな)は恐ろしさに息をひそめながら祈をはじめた

「神よ、ふたつの心をひとつにすることなからしめたまへ」

けれどもながいあひだ、幽靈は扉(とびら)のかげを出這入りした。

扉のかげにはさくらの花のにほひがした。

そこには靑白い顏をした病身のかれの子供が立つて居た。

子供は笛が欲しかつたのである。

 

子供は扉をひらいて部屋の一隅に立つてゐた。

子供は窓際のですくに突つ伏したおほいなる父の頭腦をみた。

その頭腦のあたりは甚だしい陰影になつてゐた。

子供の視線が蠅のやうにその塲所にとまつてゐた。

子供のわびしいこころがなにものかにひきつけられてゐたのだ。

しだいに子供の心が力をかんじはじめた、

子供は實に、はつきりとした聲で叫んだ。

みればそこには笛がおいてあつたのだ。

子供が欲しいと思つてゐた紫いろの小さい笛があつたのだ。

 

子供は笛に就いてなにごとも父に話してはなかつた。

それ故この事實はまつたく偶然の出來事であつた。

おそらくはなにかの不思議なめぐりあはせであつたのだ。

けれども子供はかたく父の奇蹟を信じた。

もつとも偉大なる大人の思想が生み落した陰影の笛について、

卓の上に置かれた笛について。

 

[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。

「痙攣(つきつけ)」はママ。再版でも同じで、「萩原朔太郎詩集」(昭和三(一九二八)年第一書房刊)で「ひきつけ」とする。読者は躓くが、しかし、私は萩原朔太郎が「ひきつけ」を「つきつけ」と発音していた(そのような方言はないようであるが)可能性を排除出来ない限りに於いて、これをママとした。彼にはそうした思い込みに等しい誤った用い方がかなりあるからである。「痙攣」の表記で読者が意味不明に陥る可能性は殆んどないこともママとした理由ではある。

「偶然」は底本では「遇然」であり、再版本でも訂されていないが、初出は正しく「偶然」であり、「遇然」では読者が躓いて別な意味にとろうとする可能性もあるので、特異的に訂した。

 初出は『詩歌』大正五(一九一六)年六月号。初出形には激しい異同があるので、以下に示す(ブログ電子化していが、零から行った)。太字は底本(筑摩版全集)では「ヽ」、太字下線「良心」は「●」である。

   *

 

 

 

子供は笛が欲しかつた。

その時子供のお父さんは書きものをして居るらしく思はれた。

子供はお父さんの部屋をのぞきに行つた。

子供はひつそりと扉(とびら)のかげに立つて居た。

扉(とびら)のかげにはさくらのはなのにほひがする。

そのとき、おとなはかんがへこんでゐた、

おとなの思想がくるくるとうづまきをした。

ある混み入つた思想のぢれんまおとなの心を痙攣(つきつけ)させた、

みればですくの上に突つ伏したおとなの額を、いつのまにか蛇がぎりぎりとまきつけてゐた。

それは春らしい今朝(けさ)の出來事が、そのひとの心をうれはしくしたのである。

本能と良心と。

わかちがたきひとつの心をふたつにわかたんとするおとなの心のうらさびしさよ、[やぶちゃん注:「ひとつ」は「ひと」であるが、脱字と断じ、特異的に補った。]

力(ちから)をこめてひきはなされたふたつの影はいとのやうにもつれあひつつほのぐらい明窓(あかりまど)のあたりをさまよつた、

ああ、みればまたあさましくもつるみかわしてゐるものを、[やぶちゃん注:「つるみ」は「つみる」であるが、錯字と断じ、特異的に補正した。]

ひとは自分の頭のうへに、それらの悲しい幽靈のとほりゆくすがたをみた、

透きとほる靑貝のやうな光る死蠟の手さきが、そのひとの腦づゐをかすめていつた、[やぶちゃん注:「死蠟」は「死臘」であるが、「臘」は「死蠟」(通常には「屍蠟」(しろう)。死体が蠟状に変化したもの。死体が長時間、水中又は湿気の多い土中に置かれ、空気との接触が絶たれると、体内の脂肪が蠟化し、長く原形を保つ。そうした遺体現象を指す)はこうは書かない上に、現代中国語で「干物」の意があり、イメージが生理的に厭なので、特異的に訂した。]

その手のふれるつめたい痛(いた)みから、そのにんげんの心臟が腐りかかつた。

…………かれこそはれうまちすのたぐひにて、ひとびとの良心となづくるもの。

そのときひとつのかげはひとつのかげのうへに重なりあつた、

おとなは恐ろしさに息をひそめながら祈をはぢめた、[やぶちゃん注:「はぢめた」はママ。]

「神よ、ふたつの心をひとつにすることなからしめたまへ、」

けれどもながいあいだ、幽靈は扉(とびら)のかげを出這入りした。[やぶちゃん注:「あいだ」はママ。]

扉(とびら)のかげにはさくらのはなのにほひがした。

そこには靑白い顏をした病身のかれの子供が立つて居た。

子供は笛が欲しかつたのである。

     ×

子供は扉(とびら)をひらいて部屋の一隅に立つてゐた。

子供は窓際(まどぎは)のですくに突つぷしたおほいなる父の頭腦をみた、

その頭腦のあたりははなはだしい陰影になつてゐた。

子供の視線が、蠅(はへ)のやうにその塲所にとまつてゐた。

子供のわびしい心がなにものかにひきつけられてゐたのだ。

しだいに子供の心が力(ちから)をかんじはぢめた。[やぶちゃん注:「はぢめた」はママ。]

子供は實にはつきりとした聲でんだ。

みればそこには笛がおいてあつたのだ。

子供が欲しいと思つてゐた紫いろの小さい笛があつたのだ。

     ×

子供は笛についてなにごとも父に話してはなかつた。

それ故この事實はまつたく偶然の出來事であつた。

おそらくはなにかの不思議なめぐりあはせであつたのだ。[やぶちゃん注:「せ」には傍点がないが、植字ミスと断じて、特異的に訂した。]

けれども子供はかたく父の奇蹟を信じた。

もつとも偉大なるおとなの思想が生み落した笛について。

卓の上に置かれた笛について。

 

   *

 なお、これを以って「月に吠える」の詩篇本文は百七十五ページ(左ページ)で終わっている。]

 

Yorokobiahure

 

[やぶちゃん注:百七十五ページをめくると、裏はノンブルなしで、見開きの左ページに、上の恩地孝四郎の二色刷の版画「抒情(よろこびあふれ)」が配されてある。]

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