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2018/11/02

萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 蛙よ

 

  蛙  よ

 

蛙(かへる)よ、

靑いすすきよしの生えてる中で、

蛙(かへる)は白くふくらんでゐるやうだ、

雨のいつぱいにふる夕景に、

ぎよ、 ぎよ、 ぎよ、 ぎよ、 と鳴く蛙(かへる)。

 

まつくらの地面をたたきつける、

今夜は雨や風のはげしい晚だ、

つめたい草の葉つぱの上でも、

ほつと息をすひこむ蛙(かへる)、

ぎよ、 ぎよ、 ぎよ、 ざよ、 と鳴く蛙(かへる)。

 

蛙(かへる)よ、

わたしの心はお前から遠くはなれて居ない、

わたしは手に燈灯(あかし)をもつて、

くらい庭の面(おもて)を眺めて居た、

雨にしほるる草木の葉を、 つかれた心もちで眺めて居た。

 

[やぶちゃん注:太字「すすき」と「よし」は底本では傍点「ヽ」。「しほるる」はママ。歴史的仮名遣では「しをるる」が正しい。朔太郎得意のオノマトペイアを使ったもので、ここだけ、特異的に底本の奇妙な特性(詩篇本文内の文末でない読点は、有意に打った字の右手に接近し、その後は前後に比して一字分の空白があるように版組されている。これは朔太郎の確信犯なのだろうが、これを再現しようとすると、ブラウザ上では、ひどく奇異な印象を与え、そこで躓いてしまう(少なくとも私は躓く)ので今までは「猫」以外では無視してきた)を再現してみた。その理由は、読者がそこで立ち止まり、そこに同時に蛙の「ぎよ」と「ぎよ」の鳴き声の絶妙なタイム感覚が生まれるのを、これで示したかったからである。但し、それに合わせて最終行の読点の後も空けた。一篇内では統一しないと、私の下らぬ恣意と不統一を指弾されるかも知れぬからである。しかし、私はもし、この詩を朗読したとしたら、最終行を、「雨にしほるる草木の葉を、」で止めて、有意な間を空けて「つかれた心もちで眺めて居た。」と読むから、これはまた、非常に私には自然で違和感はないのである。

 初出は『感情』大正六(一九一七)年一月号連構成やルビ(総てない)及び読点を含め、詩行順列その他の表現に有意な異同があるので、以下に示す。太字は同前。

   *

 

  蛙よ

 

蛙よ

靑いすすきよしの生えてる中で

蛙は白くふくらんでゐるやうだ

雨のいつおあいにふる夕景に

ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙。

つめたい草の葉つぱの上で

ほつと息をすひこむ蛙

ぎよ、ぎよ、ぎよ、ざよ、と鳴く蛙。

 

まつくらの地面をたたきつける

今夜は雨や風のはげしい晚だ

蛙よ

わたしの心はお前から遠くはなれて居ない

わたしは手に燈灯をとつて

くらい庭の面を眺めて居た

雨にしほるる草木の葉を、つかれた心もちで眺めて居た。

          詩集「月に吠える」より

   *

これは詩集刊行の一ヶ月前のプレ広告となる。]

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