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2018/11/02

萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 田舍を恐る

 

  田舍を恐る

 

わたしは田舍をおそれる、

田舍の人氣のない水田の中にふるへて、

ほそながくのびる苗の列をおそれる。

くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。

田舍のあぜみちに座つてゐると、

おほなみのやうな土壤の重みが、わたしの心をくらくする、

土壤のくさつたにほひが私の皮膚をくろづませる、

冬枯れのさぴしい自然が私の生活をくるしくする。

 

田舍の空氣は陰欝で重くるしい、

田舍の手觸りはざらざらして氣もちがわるい、

わたしはときどき田舍を思ふと、

きめのあらい動物の皮膚のにほひに腦まされる。

わたしは田舍をおそれる、

田舍は熱病の靑じろい夢である。

 

[やぶちゃん注:太字「きめ」は底本では傍点「ヽ」。「くろづませる」「腦まされる」の「腦」はママ。萩原朔太郎の強烈な田舎への生理的嫌悪感の表出であり、彼の故郷喪失者としてのの面目の公的宣言である。初出は『感情』大正六(一九一七)年一月で、プレ広告である。一連構成でもあり、幾つかの異同があるので、初出形を示す。太字は同前。

   *

 

  田舍をおそる

 

わたしは田舍をおそれる

田舍の人氣のない水田の中にふるへて

ほそほそとのびる苗の列をおそれる

くらい家屋の中にすむ、まづしい人間のむれをおそれる

田舍のあぜみちに座つてゐると

おほなみのやうな土壤の重みが、わたしの心をくらくする

土壤のくさつたにほひが私の皮膚をくろづませる

冬枯れのさぴしい自然が私の生活をくるしくする

田舍の空氣は陰欝で重くるしい

田舍の手ざわりはざらざらして氣もちがわるい

わたしはときどき田舍を思ふと

きめのあらい動物の皮膚のにほひになやまされる

わたしは田舍をおそれる

田舍は熱病の靑白いゆめである

          詩集「月に吠える」より

   *

「手ざわり」はママ。

 なお、これを以って「見知らぬ犬」パートは終り、残る詩篇本文は長篇詩二種「雲雀の巢」と「笛」のみである。]

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