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2018/11/09

ブログ1160000アクセス突破記念 梅崎春生 百円紙幣

 

[やぶちゃん注:『日本』昭和三三(一九五八)年三月号に発表された。

 傍点「ヽ」は太字に代えた。以下、簡単に注する。

・「百円紙幣」ここに登場するのは日本銀行兌換券の「乙号券」(通称「一次百円」)と呼ばれるもので、表面に聖徳太子と夢殿、裏面に法隆寺境内図が描かれている。サイズは縦九センチ三ミリ・横十六センチ二ミリ。発行開始日は昭和五(一九三〇)年一月十一日で、通用停止日は昭和二一(一九四六)年三月二日。新円切替(昭和二一(一九四六)年二月十六日夕刻に幣原内閣が発表した戦後インフレーション対策として行われた金融緊急措置令を始めとする新紙幣(新円)の発行と、それに伴う従来の紙幣流通の停止などに伴う通貨切替政策に対する総称)の際には証紙を貼付し、臨時に新券の代わりとした「証紙貼付券」が発行されたから、本作の発表の時点でも通用していたものと思われる。以上を参照したウィキの「百円紙幣のパブリック・ドメインの画像(表・裏)を以下に掲げておく。

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Series_otsu_100_yen_bank_of_japan_2

・「はさめて呉れたんだい?」の「はさめて」はママ。後も同じ。

・「譫妄(せんもう)状態」意識混濁に加え、奇妙で脅迫的な思考や幻覚・錯覚が見られるような精神状態を指す。病的なものやそれに準じた拘禁性のもの、入院などによる抑制などによっても生じるし、寝ている人間を急に起こしたりした場合にも起こることがある。

・「西木東夫」ルビがないが、難読氏名で「にしきはるお」(五行思想の「春」は「東」である)と読んでおく。

・「五尺八寸」一メートル七十五センチメートル。梅崎春生も身長は高かった。

 本電子化は、2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが1160000アクセス突破記念として公開する。【2018年11月9日 藪野直史】]

 

   百 円 紙 幣

 

 酒癖なんて言うものは、その人の身についたものでなく、ちょいとしたことで変化するものですねえ。何かの機会で酔い泣きをすると、それが癖になってしばらく泣き上戸(じょうご)になったり、それからいつの間にか怒り癖がついて怒り上戸(じょうご)になったり、そんな具合に一定のものではないようです。

 今から二十年ばかり前、僕がかけ出しのサラリーマンの頃、妙な酒癖が僕にとりついたことがあります。どんな癖かと言うと、酔って戻って来て、部屋のあちこちに紙幣や銀貨をかくすと言う癖なのです。

 どうしてこんな困った癖がついたか。

 ある夜、おでん屋でいっぱい傾けながら、連れの同僚が僕にこんなことを言いました。物を拾う話から、このような話になったんです。

「この間の大みそかは実にうれしかったねえ」

「何を拾ったんだい?」

 と僕は訊(たず)ねました。

「拾ったわけじゃないんだがね」

 同僚は眼を細めて、たのしげな声を出しました。

「日記帳の大みそかの欄をあけて見たら、そこに十円紙幣がはさまっていたのさ」

「へえ。そいつはどう言うわけだね。誰がはさめて呉れたんだい?」

「誰もおれなんかにはさめて呉れないよ。はさんだのはおれ自身らしいのだ」

「君が?」

「そうなんだよ。酔っぱらって、はさんだらしいんだ」

 この同僚も酒好きで、泥酔するたちで、僕同様まだ独身でした。

「どう言うわけではさんだか、もちろんおれは覚えてないが、大みそかになって、夜ひとり静かに日記帳を開く。すると思いもかけぬ十円紙幣が出て来る。そこでおれはあっと驚き、かつ喜ぶ。その驚きと喜びを、酔っぱらったおれが期待したらしいのだね。つまりこれは、酔っぱらいのおれから、素面(しらふ)のおれへの、暮れのプレゼントなんだろうと思うんだが、どうだね」

 なるほどねえ、僕はすっかり感服した。感服のあまりに、僕にそれと同じ酒癖がついてしまったと言うわけです。酔っぱらって戻ってから、なるほどあの話は面白かったなあ、おれもひとつやって見よう、素面(しらふ)のおれは実にしょんぼりして可哀そうだからなあ、ひとつここに五円紙幣をはさんで置いてやるか、てな具合にかくしてしまうらしい。らしいと言うのは、素面の時にはその時のことがよく思い出せないからです。

 僕も同僚に劣らぬ酒好きで、酒を味わう方でなく、ひたすら酩酊(めいてい)するたちで、しかも酩酊すると前夜の記憶をさっぱり失ってしまうたちでした。金(かね)かくしの好条件が具っていたというわけです。

 その頃僕は独身で、アパートに一部屋を借りて住んでいました。月給は八十円か八十五円、今の金に直して三万四、五千円ぐらいなものですか。アパート代は月十四、五円です。時勢とは言いながら、今のサラリーマンにくらべて、比較にならぬほど豊かでした。だから、毎日ではないが、遇に二度ぐらいはラクに飲める。飲んで紙幣をかくす余裕もあったのも当然です。

 で、その頃から、僕の部屋のあちこちから、たとえば押入れの中の夏服の胸ポケットから、風邪薬の袋の中から、硯(すずり)箱の硯の下から、ありとあらゆる突拍子もないところから、一円紙幣だの五十銭銀貨などが、ぽっかりと発見される、と言うようなことが起きて来ました。机の裏に五円紙幣が押しピンでとめてあるのを、偶然な機会に発見したこともあります。しかしたいていは小額紙幣や銀貨で、何故そういうことになるかと言えば、十円紙幣などはかくしても、翌朝眠が覚めて在り金を勘定する。いくら飲んだくれでも、おでん屋なんかで飲む分では、一晩に十円も使う筈(はず)はないのですから、ははあ、昨夜かくしやがったな、と気が付く。そしてあちこち探し廻って、しらみつぶしに探し廻って見つけてしまうということになるのです。十円紙幣を探し廻っているついでに、五十銭玉を三個も四個もおまけに発見することなどもあって、たのしいと言えばたのしいようなもんですが、とにかくそれは困った酒癖でした。

 古雑誌をクズ屋に売り払う時でも、一応全頁をめくってしらべないと、はさんだまま売ってしまうおそれがある。油断もすきもないのだから、かないません。

 月末になって、金がなくなる。いっぱいやりたい。どこかにかくれてやしないかと、部屋中を探し廻って、一枚の五十銭銀貨すら見付け出せなかった時の空しさ、侘(わび)しさ、哀しさは、これはもう言語に絶しました。そんな時には素面(しらふ)の僕は、飲んだくれの僕を、呪(のろ)う気特にすらなるのです。

「チェッ。こんな時のために、五円紙幣一枚ぐらい、かくして置いたってよさそうなもんじゃないか。一体何をしてやがんだい!」

 酔っぱらったら必ずかくすと言うんじゃなく、酔っぱらった時の気分や、持ち金の多寡、その他いろいろの条件がそろった時、初めてかくそうと言う考えを起すらしい。だから、何時でも、部屋の中のどこかに、金がかくされているわけではありません。だからこんな具合に、すっぽかされることも、度々あるのです。

 しかしこれは、別に他人に迷惑をかける悪癖じゃありませんから、特別に努力して矯正しようとも思ってなかったのですが、その酒癖のために、僕はある時大損害を受けるということになりました。以下がその話です。

 ある晩友達と一緒に飲み、れいの如く酔っぱらって、ひとりでアパートに戻って来た。ずいぶん飲んだので、翌朝は宿酔の状態で眠が覚めた。枕もとにゃ洋服やネクタイ類が、脱ぎ捨てられたまま散乱しています。僕は痛む頭をやおらもたげ、不安げに上衣を引寄せた。内ポケットから袋を引っぱり出し、逆さにしました。

「おや。おかしいぞ」

 僕はおろおろ声で呟(つぶや)き、あわててあたりを見廻しました。

「一枚足りないぞ。また昨夜かくしやがったのか」

 袋と言うのはボーナス袋で、ないと言うのは百円紙幣のことなのです。昨日二百五十余円のボーナスを貰い、百円紙幣が二枚入っていた筈なのに、今朝袋から出て来たのは、百円紙幣が一枚だけで、あとは十円や五円が数枚。昨夜ハシゴで飲んで廻ったとは言え、百円紙幣に手がつく筈は絶対になかったのです。

「まさか落したんじゃないだろうな。落したとすればたいへんだぞ」

 百円紙幣は、今の金に直すと、四万円ぐらいにでも当るでしょうか。その値打において、今の五千円紙幣の七、八枚分に引合うでしょう。いくらのんきな僕でも、さすがに顔があおくなって、眼がくらくらするような気分でしたねえ。

 早速僕は電話で会社に、病気で欠勤する旨(むね)を伝え、痛む頭を押さえながら、直ちに百円紙幣探しに取りかかりました。十円紙幣や五円紙幣なら、ボーナスの翌日のことですから、いずれどこからか出て来るだろうと、笑って放って置けるが、百円紙幣となればそうは行かない。かくしたのか落したのか、はっきりさせて置かないことには、何にも手がつきません。

 それに僕の給料は八十円そこそこなんですから、百円紙幣にお眼にかかれる機会はほとんどなく、それ故に実際以上に貴重に思われるのでした。探す手付きに熱意がこもったのも、当然と言えるでしょう。

 そしてその百円紙幣は見付かったか。

 午前中潰(つぶ)しての探索も、ついに効は奏さず、とうとうその百円紙幣は発見されなかったのです。たかが六畳の部屋で、独身者だから荷物も多くはない。午前中かければ、もう探すところはなくなってしまうのです。洗濯して行李にしまってあった足袋の中から、五十銭銀貨が二枚ころがり出ただけで、肝腎(かんじん)の百円紙幣はついにどこにも発見されませんでした。

「ああ。何たることだ!」

 僕は天井を仰いで、がっかり声を出した。

「折角二枚貰ったのに、残るはこれ一枚になってしまった」

 残る一枚を大切そうに撫でながら、僕は痛嘆しました。実際昔の百円紙幣は、今の四万円分だけあって、実にどっしりして威厳がありましたねえ。表には聖徳太子と夢殿の図。『此券引換に金貨百円相渡可申候』という文字。裏には法隆寺の全景が印刷してあります。眼をつむれば今でも、その模様や字の形が、瞼の裡にありありと浮んで来るほどです。紛失したんだから、なお一層記憶が鮮明であるのかも知れません。

 でも、百円紙幣がなくなったからって、そう何時までも大の男が、嘆き悲しんではいられない。忘れてしまうというのではないが、その嘆きも時が経つにつれ、だんだん薄れて行ったようです。

 そして二箇月ほど後、僕はこのアパートから、食事付きの下宿に引越すことになりました。アパートは食事付きでないので、月給を貰うと、ついゴシゴシと飲み過して、月末には飯代にも窮するということになり勝ちです。下宿なら金がなくなっても、飯だけは食わせて呉れますからねえ。

 

 下宿に移ってから四箇月経って、次の賞与、つまり暮れのボーナスですな、それが出ることになりました。額は前期に毛の生えた程度です。

 その晩僕は同僚たちとあちこち飲み廻り、いい気特に酩酊、十二時過ぎに下宿に戻って参りました。どっかと机の前に坐り、ボーナス袋から紙幣を取出した。その百円紙幣を一枚つまみ上げたとたん、僕の手は僕の意志に反して、と言うより手自身が意志を持っているかのように、狐の手付きのような妙な動き方をしたのです。僕はびっくりして、自分に言いました。

「おい。どうしたんだい?」

 すると手の動きは、はたととまった。(ここらは酩酊していて、翌朝のぼんやりした記憶ですから、たいへんあやふやです)

「へんだねえ」

 ふたたび僕は僕に言いました。

「何かやりたいんじゃないか。やりたいように、やってみたらどうだい」

 何か微妙な感覚が僕の内部にひそんでいて、それがしきりに僕をうながすらしい。僕はそれを探りあてるために、

「こうして」

「こうやって」

「次にはこうやって」

 と呟(つぶや)きながら、その感じを確かめようとすると、僕は自然にそのまま立ち上り、百円紙幣を四つに折り、ふらふらと部屋の隅に歩き、自然と背伸びの姿勢となった。紙幣をつまんだ指が、鴨居(かもい)にかかりました。紙幣をその溝に押し込もうとするようです。

「なるほど」

 一種の譫妄(せんもう)状態での動作だし、どうもぼんやりしている。それから僕は机の前に戻って来て、はげしいねむ気を感じたが、必死の努力で机上の紙片に今のことを書きつけたらしいのです。素面(しらふ)の僕に知らせようとしたのか、そこらは全然はっきりしない。漠として、夢魔におそわれたようです。

 で、翌朝、宿酔の状態でぼんやりと眼が覚めました。見ると机上の紙に、字がぬたくってある。ほはあ、何か書いてあるな。何度も指でなぞって見て、やっと判読出来ました。

『カモイの中に百円札かくした』

 昨夜の動作が、その文字の意味から、漠とした形ですが、端から少しずつつながるようにして、思い出されて来ました。僕はふらふらと立ち上って、鴨居(かもい)を探ると、はたして四つ折りの百円紙幣がそこから出て来た。

「どうもおかしいぞ」

 百円紙幣をつまんで寝床に戻った時、ある荒涼たる疑念が、突然僕の胸につき上げて来ました。酔っぱらって百円紙幣をつまんだ。条件反射的に鴨居にかくした。これは一体どう言うことなのか。深層心理に埋もれていたものが、酩酊(めいてい)時に百円紙幣に触れたとたんによみがえり、それを素面の僕に知らせるために、僕にそんな動作を取らせたのではないか。

「あのアパートの部屋には、鴨居に溝があったかどうか?」

 あのアパートでの百円紙幣探しで、自分の荷物は丹念に点検したけれども、鴨居のことには注意が向かなかったことを、僕はぱっと思い出したのです。

「しまったなあ。どうすればいいか」

 溝があったとすれば、その中に百円紙幣がかくされている可能性は充分にある。しかしあの部屋には、もう他人が住んでいる。おいそれと入ってのぞいて見るわけには行かない。泥棒と間違えられる。と言って、五円や十円ならあきらめるけれど、ことは百円紙幣だ。月給を上廻る額の紙幣が、あの部屋の鴨居に、現実に眠っているかも知れぬ。現在の住人も、一々鴨居の中まで調べはしないだろうから(調べる必要はないわけだから)百円紙幣があそこに温存されている可能性はたいへん多い。僕は声には出さず、自問自答しました。お前はどうする? あきらめるか。放って置くか。お前に放って置けるか。いいか。百円だぞ。汗水出して働いた一箇月の給料より多いんだぞ。しかももともと、お前の所有物なんだぞ。誰のものでもない。お前の金なんだぞ。どうする?

 

 とにかくその男と、いや、女である可能性もある。その人物と、どういう方法かで、近づきになる必要がある、と僕は思いました。

 アパートは下宿と違って、鍵がかかるのですから、その鍵を持った当人に近づかねば、あの部屋には入れない。

 で、僕は勤めの余暇、休日などを利用して、調査を開始しました。あの鴨居に四つ折りの百円紙幣が入っているとして、百円紙幣に脚は生えていないのだから、逃げたり消失したりするわけはない。だから、急がなくてもいいようなものの、やはり早くカタをつけた方がいい。無ければ無いでいいから、気持をはっきりさせたい。こう言う気持、お判りでしょうねえ。

 西木東夫。これがあのアパートの部屋の住人の名でした。齢は僕より三つか四つ上。勤め先は市役所の会計課です。西木がこの部屋の住人となったのは、僕が引越して三日目のことで、当分あの部星から引越すつもりはないらしい。と言うのは、アパートの管理人に訊(たず)ねてみたら、なかなか居心地の良い部屋だと、西木は満足しているとの答だったのです。満足しているとすれば、当分引越しはしないでしょう。引起しするんだったら、も一度僕があの部屋を借りてもいい、そう思ったんですがねえ。

 以下、管理人からそれとなく聞き出したことと、僕が尾行したりして調べたことをないまぜにすると、西木はたいへん几帳面(きちょうめん)な性格で、会計課なんかには打ってつけな性質で、毎日の生活も判でも押したようにきまっている。朝出て行く時間や、夜戻って来る時間も、特別の場合をのぞいて、五分と狂いがない程です。食事は外食で、アパートの近くに大野屋と言う安食堂があり、朝と夕方はそこで食事をするのです。調査の関係上、僕も西木と並んで飯を食べてみましたが、なにしろ定食が朝が十銭、昼と夕が十五銭というのですから、たいへん安い。したがって味の方はあまり上等ではありません。そして毎日の献立がほとんど変化がなく、よく毎日々々ここに通って、同じものを食っておられるなと、ちょっと感心させられる程でした。几帳面な性格だからして、西木は飯の食べ残しなんかしない。一粒残さず食べてしまう。食べ終ると、パチンと銅貨を置き、背を丸めてとっとと出て行く。西木は背が高かった。五尺八寸はあったでしょう。背が高いから、あんな猫背になるのでしょう。

 背が高いと言う点で、僕はちょっと心配でした。背が高けりや高いほど、鴨居には近くなるわけですからねえ。

 酒はどうかって?

 その点僕もよく観察したのですが、西木も酒は好きらしい。好きらしいけれども、ケチなのか、あるいは給料がすくないのか、度々は飲まないようです。二週間に一度だけ、それも土曜日だけで、勤め先の近くででも飲んで来るのか、大野屋に入って来る時刻が、二時間やそこらは遅れる。赤い顔をして入って来て、定食を注文する。定食の前に一本つけさせることもあったようです。

 西木に近づきになるためには、この土曜日を利用するのが最上だ。僕はそう考えました。洒と言うものは、見知らぬ同士をよく仲良しにさせますからね。それに僕らは、もう見知らぬ同士じゃなかった。調査の関係上、僕はよく大野屋に出入りして、飯を食ったり酒を飲んだりしていたので、向うでも僕の顔を覚え込んだようでした。話こそしたことはないが、向い合って飯を食ったこともあるのですから、顔ぐらい覚えるのは当然でしょう。

 そしてある土曜日、僕は大野屋におもむき、ちびちびと盃(さかずき)をかたむけながら、西木東夫が入って来るのを待っていました。大野屋のお銚子は、一本二十銭でした。シメサバなんかを肴に、ちびちびやっていると、のれんを肩でわけるようにして、猫背の西木が入って来ました。予期した通り、顔が赤くなっています。時刻が遅いので、他にお客は一人もいませんでした。

 僕の斜め前に腰をおろすと、西木はちらと僕の方を見ました。僕の前にはもうお銚子が四本も並んでいます。西木はそれを見て、定食を注文しようか、それとも一本つけさせようかと、ちょっと迷ったらしいのです。そこで僕はすかさず、酔っぱらい声で話しかけました。

「どうです?」

 僕は盃を突き出しました。

「一杯行きませんか」

 西木は面くらったように眼をぱちぱちさせましたが、少しは酒が入っていることとて、すぐに乗って来ました。

「そうですな。いただきますか」

 西木は席を僕の前にうつし、女中を呼んで、自分のお銚子と肴を注文しました。

「寒いですなあ。お酒でも飲まないと、やり切れないですなあ」

「そうですね。帰っても待っているのは、つめたい蒲団だけですからねえ」

 と僕は相槌(あいづち)を打ちました。

「あなたもお独りですか」

「そうですよ。アパート暮しですよ」

「そうですか。僕も以前アパートに住んでたこともあるが、アパートは下宿より寒々しいですな」

 僕は西木に酒を注いでやりました。

「どちらのアパートです?」

 西木はアパートの名を言いました。僕はわざとびっくりしたような声を出しました。

「へえ。僕もそのアパートに住んでいたことがあるんですよ」

「ほう。どの部屋ですか」

「二階の六号室です」

「ほう」

 今度は西木がびっくり声を出した。

「僕が今住んでいるのは、その部屋なんですよ」

「それはそれは」

 僕は眼を丸くして、また西木に盃をさしました。

「奇遇と言いますか。ふしぎな御縁ですなあ」

「ほんとですねえ」

 同じ部屋に住んだという因縁だけで、西木はとたんに気を許したらしいのです。いっぺんに隔てが取れて、西木は急におしゃべりになりました。もちろん僕も。

 部屋の話から管理人の話、勤め先の話から月給の話などに立ち入る頃には、僕らの卓にはもう十本ほども並んでいました。僕は作戦上、自分はあまり飲まず、もっぱら西木に飲ませるようにと心がけたので、西木もすっかり酩酊したようでした。

 そろそろ看板の時間が近づいたので、僕は手を打って女中を呼び、いち早く十円紙幣を出して、勘定を済ませてしまいました。几帳面な性格だから、西木はしきりに割勘を主張して、

「そりゃ悪いよ。僕も出すよ」

 と言い張りましたが、

「いいんだよ。お近づきのしるしだから、いいんだよ」

 と僕は無理矢理に西木を納得させました。

 それから二人は大野屋を出て、ぶらぶらとアパートの方に歩き出しました。西木は酒に強いようで、あれほど飲ませたのに、あまり足もふらついていないようです。

 アパートの前にたどりつくと、僕は帽子に手をかけて、

「では」

 と言うと、こちらの作戦通り、儀礼的にでしたが西木は僕を呼びとめました。

「ちょっと寄って、お茶でも飲んで行かないか」

「そうだねえ」

 僕は考えるふりをして、それから答えました。

「じゃ寄らせて貰うか。昔の部屋も見たいから」

 

 靴を脱いで階段を登り、西木のあとについて部屋に入る時、僕の胸はわくわくと高鳴った。ちらと見上げると、ちゃんと鴨居に溝がついているではありませんか。

「ちょっと待ってて呉れ給え」

 西木は外套も脱がず、薬罐(やかん)を下げて廊下に出て行きました。部屋の中に水道がないので、洗面所まで汲みに行ったのです。

「今だ!」

 僕はばっと壁にへばりつき、鴨居の溝をさぐり始めました。ずうっとさぐって行くと、東北隅の溝のところで、ぐしゃっと指に触れたものがある。僕の心臓はどきりと波打ちました。

「しめた。あったぞ」

 声なき声を立てて、それをつまみ出すと、驚いたことにはそれは百円紙幣でなく、数枚の十円紙幣でした。その時入口のところから、僕の背中めがけて、つめたい声が飛んで来た。

「君はそれを取るために、今日僕に近づいて来たのか!」

 いっぺんに空気がひややかになって、緊張が部屋いっぱいに立ちこめました。僕は西木をにらみながら、指先で十円紙幣の枚数を読んだ。それは五枚ありました。

「あれをくずして、五十円使ったのは君か!」

 僕も低い声で言い返しました。

「あれは君の金ではない筈だぞ」

「しかしここはおれの部屋だぞ」

 西木はめらめらと燃えるような眼で、僕をにらみ据えた。

「おれの部屋の中で勝手なことをする権利は、君にはない。家宅侵入罪で告発するぞ」

「じゃ出て行きやいいんだろ。出て行きゃ」

 僕は五枚の十円紙幣を、そろそろと内ポケットにしまい込みました。

「そのかわり、この五十円は、僕が貰って行くぞ」

 西木は何か言い返そうとしたが、思い直したらしく、空の薬罐を持ったまま、じりじりと部屋に上って来た。二人はレスリングの選手のように油断なくにらみ合ったまま、ぐるぐると部屋を廻った。そして僕は扉のところに、西木はその反対側に位置をしめたのです。僕は声に力をこめた。

「では、帰らして貰うぞ。あばよ」

 うしろ向きのまま、僕は廊下に出た。そろそろと扉をしめました。階段の方に歩きながら、追っかけて来るかなと思ったが、西木はついに追っかけて来ませんでした。そして僕は無事に靴をはき、寒夜の巷(ちまた)に出ました。

 百円紙幣の話は、これでおしまいです。とうとう百円紙幣は取り戻せず、半額だけが僕の手に戻って来た。

 でも、あの鴨居の中の百円紙幣を、どうやって西木は見付け出したのだろう。その疑問は二十年経った今でも、僕の頭に残っています。鴨居の溝なんかのぞき込むなんてことは、なかなかない筈のもんですがね。

 偶然の機会に百円紙幣を発見、そして西木は金に困る度に少しずつ使ったのではないか、と僕は想像しています。丁度半金使い果たした時に、僕があらわれたと言うわけでしょう。ちゃんとおつりを元の鴨居に隠して置くところに、彼の几帳面さがあったわけでしょう。その几帳面のおかげで、僕は半金を取り返せたのですから、むしろ僕は感謝すべきだったのかも知れません。


 

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