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« 萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 肖像 | トップページ | 「団三郎狢の子孫」よりメール着信 »

2018/11/01

萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 さびしい人格

 

  さびしい人格

 

さびしい人格が私の友を呼ぶ、

わが見知らぬ友よ、早くきたれ、

ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐやう、

なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさふ、

遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居やう、

しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居やう、

母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、

母にも父にも知らない孤兒の心をむすび合はそう、

ありとあらゆる人間の生活の中で、

おまへと私だけの生活について話し合はふ、

まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について、

ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。

 

わたしの胸は、かよわい病氣したをさな兒の胸のやうだ。

わたしの心は恐れにふるえる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。

 

ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、

けはしい坂路をあふぎながら、虫けらのやうにあこがれて登つて行つた、

山の頂に立つたとき、虫けらはさびしい淚をながした。

あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた。

 

自然はどこでも私を苦しくする、

そして人情は私を陰欝にする、

むしろ私はにぎやかな都會の公園を步きつかれて、

とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ、

ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ、

ああ、都會の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙、

またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ。

 

よにもさびしい私の人格が、

おほきな聲で見知らぬ友をよんで居る、

わたしの卑屈な不思議な人格が、

鴉のやうなみすぼらしい樣子をして、

人氣のない冬枯れの椅子の片隅にふるえて居る。

 

Sabi1

Sabi2

Sabi3

Sabi4

 

[やぶちゃん注:本詩篇は、私にとって曰く因縁のある偏愛の詩篇で、初出形も既に示してあるが、ここで改めてマニアックに注し、初出も零から電子化する。また、特異的に上に原本画像も添えた

「そうそうとして」は私は思いの外、多層的なニュアンスを感じる。「その言葉は秋の落葉のやうに」「膝の上にも散つてくる」形容であるから、それはまず、私はヴィジュアル的には「蹌蹌として」を感ずる。即ち、二人の「まづしいたよりない」けれど「二人だけの秘密の生活について」の終りがないかのように語り合う、その互いの夢想を語り合う言葉が《ふらふらと動き回るかのように、よろめくように、たよりなく》散って来るのである。しかしそれは同時に「たよりなく」儚(はかな)いものであることを象徴するように「怱怱・匆匆として」、《忙(せわ)しげで、慌ただしいげな》ものでもあるであろう。また、それは「秋の落葉のやう」でもあるのだから、「滄滄として」、《冷たく、冷ややかな》感覚をも惹起し(但し、「滄滄」の歴史的仮名遣は「さうさう」である。しかし、本詩篇の仮名遣いを見れば、そうした物言いは無効であろう)、その果てしない儚い夢の物語りは、また、落ち葉のように「層層として」、幾重にも重なって冷たく侘びしげに降り積もり重なるのではなかったか? 先のようにその歴史的仮名遣を無化すれば、そこに「愴愴(さうさう)として」(痛み悲しみ、悄然とするさま)いるネガティヴな気持ちも添え得る。或いは、その二人の会話が、まるでさびしげではあるが、二人の愛のたまさかに美しく澄んだ楽器の奏でる音のように響くとするなら、「錚錚として」さえも、「ある」のではあるまいか?

 本詩集所収の本詩篇は仮名遣いの誤りが非常に多く、時には若い読者は誤読するケースもある(第一連の終りから三行目の末尾「話し合」(あ)「はふ」を「話しは合(あ)ふ」と誤読して読んだ生徒がいたのを思い出す。いや、あれは若き日の私だったか?)ほど酷い。第一連に集中している。それらを以下に、かく示す。枠囲い太字が誤りの文節で、行末の【 】内が正しい表記。

   *

さびしい人格が私の友を呼ぶ、

わが見知らぬ友よ、早くきたれ、

ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐやう、【ゐよう】

なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさふ、【くらさう】

遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居やう、【居よう】

しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居やう、【居よう】

母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、

母にも父にも知らない孤兒の心をむすび合はそう、【合はさう】

ありとあらゆる人間の生活の中で、

おまへと私だけの生活について話し合はふ、【合はう】

まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について、

ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。

   *

次が第二連の二行目。

   *

わたしの心は恐れにふるえる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。【ふるへる】

   *

そして詩篇末行。

   *

人氣のない冬枯れの椅子の片隅にふるえて居る。【ふるへて】

   *

である。中には、本詩は好きだが、はなはだ読み難いとして失望される向きもあるやも知れぬ。そこで、ここに一応、筑摩書房版の強制補正(例えば「欝」は「鬱」に、「秘」は「祕」に、「虫」は「蟲」になっている。しかし、萩原朔太郎は「蟲」は嫌いだったかも知れぬ)された本文を示しておく

   *

 

 さびしい人格

 

さびしい人格が私の友を呼ぶ、

わが見知らぬ友よ、早くきたれ、

ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐよう、

なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、

遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう、

しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、

母にも父にも兄弟にも遠くはなれて、

母にも父にも知らない孤兒の心をむすび合はさう、

ありとあらゆる人間の生活の中で、

おまへと私だけの生活について話し合はふ、

まづしいたよりない、二人だけの祕密の生活について、

ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。

 

わたしの胸は、かよわい病氣したをさな兒の胸のやうだ。

わたしの心は恐れにふるへる、せつない、せつない、熱情のうるみに燃えるやうだ。

 

ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた、

けはしい坂路をあふぎながら、蟲けらのやうにあこがれて登つて行つた、

山の頂に立つたとき、蟲けらはさびしい淚をながした。

あふげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた。

 

自然はどこでも私を苦しくする、

そして人情は私を陰鬱にする、

むしろ私はにぎやかな都會の公園を步きつかれて、

とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ、

ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ、

ああ、都會の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙、

またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ。

 

よにもさびしい私の人格が、

おほきな聲で見知らぬ友をよんで居る、

わたしの卑屈な不思議な人格が、

鴉のやうなみすぼらしい樣子をして、

人氣のない冬枯れの椅子の片隅にふるへて居る。

 

   *

本詩篇の初出は『感情』大正六(一九一七)年一月号である。以下に初出を示す。本詩集の特異な仮名遣いの誤りがそのままあるのが判り、これは誤りなのではなく、或いは、萩原朔太郎自身の確信犯の遊戯的韻律的実験であるのかも知れぬという気が強くしてくるのである。とすれば――筑摩書房版全集の強制補正自身は暴挙ということになるのである。

   *

 

 さびしい人格

 

さびしい人格が私の友を呼ぶ

わが見知らぬ友よ、早くきたれ

ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐやう

なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさふ

遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居やう

しづかに、しづかに二人でかうして抱き合つて居やう

母にも父にも兄弟にも遠くはなれて

母にも父にも知らない孤兒の心をむすび合はそう

ありとあらゆる人間の生活の中で

おまへと私だけの生活について話し合はふ

まづしいたよりない、二人だけの秘密の生活について

ああ、その言葉は秋の落葉のやうに、そうそうとして膝の上にも散つてくるではないか。[やぶちゃん注:本初出では全詩篇中、ここだけに句点がある。]

 

わたしの胸は、かよはい病氣したおさな兒の胸のやうだ[やぶちゃん注:「かよい」「さな兒」はママ。]

わたしの心は恐れにふるえる、せつないせつない、熱情のうるみに燃えるやうだ

 

ああいつかも、私は高い山の上へ登つて行つた

けはしい坂路をあほぎながら、虫けらのやうにあこがれて登つて行つた[やぶちゃん注:「あぎながら」はママ。二行後も同じ。]

山の頂に立つたとき、虫けらはさびしい淚をながした

あほげば、ぼうぼうたる草むらの山頂で、おほきな白つぽい雲がながれてゐた

 

自然はどこでも私を苦しくする

そして人情は私を陰欝にする

むしろ私はにぎやかな都會の公園を步きつかれて

とある寂しい木蔭に椅子をみつけるのが好きだ

ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ 都會の空をとほく悲しくながれてゆく煤煙[やぶちゃん注:字空けによる連続はママ。大きな改変箇所である。

またその建築の屋根をこえて、はるかに小さくつばめの飛んで行く姿を見るのが好きだ

 

よにもさびしい私の人格が

おほきな聲で見知らぬ友をよんで居る

わたしの卑屈な 不思議な人格が[やぶちゃん注:字空けはママ。]

鴉のやうなみすぼらしい樣子をして

人氣のない椅子の片隅にふるえて居る[やぶちゃん注:大きな改変箇所。「冬枯れの」がない。]

 

   *

本詩は萩原朔太郎遺愛の詩篇でもあったようで、「月に吠える」再版は勿論、その後の萩原朔太郎自身の編集になる、詩集「蝶を夢む」(大正一二(一九二三)年新潮社刊)・「萩原朔太郎詩集」(昭和三(一九二八)年第一書房刊)・「萩原朔太郎集」(昭和一一(一九三六)年新潮文庫刊)にも収録されている。そこでの異同は例の特異な仮名遣いの常例法への変更や句読点(有無・字空けを含む)異同に留まるものが、一例を除いて(後述)総てであるので、再版を含め、後の四詩集での表記を示すのは流石に神経症的であるからやめておく。

 ただ、一点、現在、本詩篇の第一連の後ろから四行目が、

 

ありとあらゆる人間の生活(らいふ)の中で

 

と平仮名のルビが振られるものが一般的に知られており、私も無批判に、そう朗読してきたのだが(しながら、その実、気障ではなはだ厭な感じが付き纏って、気持ち悪くなるのを常としていた)、実はこれは昭和三(一九二八)年三月に第一書房から刊行された「萩原朔太郎詩集」にのみあるルビなのである。現在、私は、この「生活」は、創作時の朔太郎の詩想にあっては、あくまで「せいかつ」と読むべきものであったと考えている。向後、本詩を朗読される方は、あくまで「せいかつ」と詠むことを強くお薦めするものである。]

 

 

 

Kaikon

 

[やぶちゃん注:「さびしい人格」の終わったページをめくると、白紙ページ(ノンブル無し。百二十三ページ相当)となり、その左ページに田中恭吉の「悔恨」がある。これは生誕百二十年記念として和歌山県立近代美術館で催された「田中恭吉展」「出品目録」PDF)によれば、正確には、シリーズ『心原幽趣Ⅰ』の「悔恨 第一」で、大正四(一九一五)年二月二十六日作で、紙にインクで金彩を施したものである。]

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