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2018/12/28

佐々木(鏡石)喜善・述/柳田國男・(編)著「遠野物語」(初版・正字正仮名版) 七五、七六 離森

 

七五 離森(ハナレモリ)の長者屋敷にはこの數年前まで燐寸(マツチ)の軸木(ヂクギ)の工場(コウバ)ありたり。其小屋の口に夜(ヨル)になれば女の伺ひ寄りて人を見てげたげたと笑ふ者ありて、淋しさに堪へざる故、終に工場を大字[やぶちゃん注:「おほあざ」。]山口に移したり。其後又同じ山中に枕木伐出(マクラギキリダシ)のために小屋を掛けたる者ありしが、夕方になると人夫の者何れへか迷ひ行き、歸りて後茫然としてあること屢(シバシバ)なり。かかる人夫四五人もありて其後もえず何方[やぶちゃん注:「いづかた」。]へか出でゝ行くことありき。此者どもが後に言ふを聞けば、女が來て何處(ドコ)へか連れ出すなり。歸りて後は二日も三日も物を覺えずと云へり。

[やぶちゃん注:「離森」三四で既出既注であるが、再掲しておくと、この琴畑川の南岸部辺りである(国土地理院図)。なお、東北地方で「森」と言った場合は、必ずしも我々の想起する平地にある森ではなく、寧ろ、小高い丘陵や幾つかの山塊の個別なピーク或いは独立した台地を指すことが多い。しかもそこが樹木に覆われておらず、下草ばかりであったり、丸裸であったりしても「森」なのである。これは宮澤賢治の「春と修羅」「第四梯形」などを読めば一目瞭然である。ここは「工場」「枕木伐出のため」の「小屋」という以上はやや平地が確保出来、水運の便もあるであろう現在の琴畑集落の近くかとは思われる。また、これは三四の『白望の山續きに離森と云ふ所あり。その小字に長者屋敷と云ふは、全く無人の境なり。玆に行きて炭を燒く者ありき。或夜その小屋の垂菰をかかげて、内を窺ふ者を見たり。髮を長く二つに分けて垂れたる女なり。此あたりにても深夜に女の叫聲を聞くことは珍しからず』という内容とも、すこぶる酷似する。そちらが「炭燒」きであるから、或いは近代以前からの伝承を、近代版にリニュアールしてリアリズムを添えたとも言えるが、こちらは精気をすっかり搾り取られて「茫然として」「二日も三日も物を覺えず」という辺りは寧ろ、古形の女形の淫魔スクブス(ラテン語:Succubus:古代ローマ神話とキリスト教に於いて悪魔の一人に数えられる女の夢魔。男性の夢の中に現れて性交を行うとされる。古くは夢精はスクブスの仕業と信じられていた)的性魔の雰囲気である。ともかくも、これらは濃厚な性の臭いに満ちたもので、性表現抑止健全民俗学派の柳田にも除去し切れない魅惑があったものであろう。こういうのを見ると、野坂昭如の「四畳半襖の下張」(永井荷風著)の裁判での名言を想起せざるを得ない。「猥褻だと思うあんたが猥褻なんだ」よ、柳田さん!

 

七六 長者屋敷は昔時長者の住みたりし址なりとて、其あたりにも糠森(ヌカモリ)と云ふ山あり。長者の家の糠を捨てたるが成れるなりと云ふ。此山中には五(イツ)つ葉(バ)のうつ木(ギ)ありて、其下に黃金を埋めてありとて、今も其うつぎの有處(アリカ)を求めあるく者稀々にあり。この長者は昔の金山師[やぶちゃん注:「かなやまし」。]なりしならんか、此あたりには鐵を吹きたる滓(カス)あり。恩德(オンドク)の金山(キンザン)もこれより山續きにて遠からず。

【○諸國のヌカ塚スクモ塚には多くは之と同じき長者傳を伴へり又黃金埋藏の傳も諸國に限りなく多くあり】

[やぶちゃん注:「長者の家の糠を捨てたるが成れるなりと云ふ」米糠を使いもせず、捨てたところが、それが積もり積もって(それほど白米をふんだんに食ったということで)山(森)となったわけで長者にしか成し得ない山なわけである。

「うつ木(ギ)」: ミズキ目アジサイ科ウツギ属ウツギ Deutzia crenata。「五(イツ)つ葉(バ)」というのが、今一つ、イメージし難いが、ウィキの「ウツギ」によれば、本種の『葉の形は変化が多く、卵形、楕円形、卵状披針形になり、葉柄をもって対生する』とあるので、四つの切れ込みが入った五つの針型分葉を有する卵状披針形ととればよいか。和名は「空木」で、茎が中空であることからの命名であるとされる。

「十五世紀末から十六世紀にかけて発生した鉱山業者。「山師(やまし)」はこの略。

「恩德(オンドク)の金山(キンザン)」現在の岩手県遠野市土淵町栃内恩徳。現在の琴畑集落の北一・六キロメートル位置。ここ(国土地理院図)。個人ブログ「釜石の日々」の「東北の黄金」に、『東北ではかって沢山の金が採掘された。万葉集で大伴家持が詠んだ「須売呂伎能 御代佐可延牟等 阿頭麻奈流 美知乃久夜麻尓 金花佐久(天皇の 御代栄えむと 東なる 陸奥山に 金花 咲く)の歌がある。岩手でも金が産出されており、釜石近辺では遠野、大槌、陸前高田などで産出され、河川での砂金採りも』曾ては『行われていたようだ。遠野では南北朝時代の阿曽沼氏の支配下で小友地区での金の採掘が主に菊池一族の手で行われはじめたようだ』、雑誌『旅』に以前、載った水上勉の「伝説のふるさと・遠野」にも『恩徳地区にも金鉱があったことが触れられて』あり、『親指大の沢山の金を箱に詰めた物を持ったまま川で亡くなっていた男の話等も出ている』。遠野に北東で接する『大槌には金沢地区のそのものずばりの金山があり、金鉱の精錬場跡と言われる金山平がある。大切坑跡と言われるところなどは現在でも坑道口が開いていて坑道内へも入ることができるそうだ。雲之峰と呼ばれるところにも万歳坑や胡桃坑などの名が付いた坑道があるそうだ』とされ(中略)、最後に『蝦夷の住んだ地にはマルコポーロの黄金のジパングがあった』のであると述べておられる。

「ヌカ塚」に既出既注。

「スクモ塚」「すくも」は「泥炭」或いは「葦や萱などの枯れたもの」又は「藻屑」・「葦の根」はたまた「籾穀」の意ともされるようである。前の糠塚と同じく古墳様の人口丘陵を指すようだが、検索では圧倒的に島根県益田市久城町にある須久茂塚古墳(スクモ塚古墳)が出るばかりである。ウィキの「スクモ古墳によれば、この古墳自体は昭和一四(一九三九)年の発見(発掘は二年後)であり、本書の刊行より、後ではある。但し、この「すくも塚」という名自体が、『不要になった籾殻を積み上げでできたという伝説による』とあるから、ここが古墳であることが知られる以前から「すくも塚」と呼称されていたことが判るから、ここを代表例として問題はないと思われる。須久茂塚古墳は直径五十七メートルの『円墳か、円墳と方墳の接合墳であるとされるが、全長』百『メートル、高さ』七『メートルにおよぶ前方後円墳とする説もあ』り、『いずれにしても、その墳形では石見地方最大、島根県下でも最大級の古墳である』とある。]

 

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