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2018/12/19

佐々木(鏡石)喜善・述/柳田國男・(編)著「遠野物語」(初版・正字正仮名版) 一七~二三 座敷童・幽霊

 

一七 舊家(キウカ)にはザシキワラシと云ふ神の住みたもふ家少なからず。此神は多くは十二三ばかりの童兒なり。折々人に姿を見することあり。土淵村大字飯豐(イヒデ)の今淵(イマブチ)勘十郞と云ふ人の家にては、近き頃高等女學校に居る娘の休暇にて歸りてありしが、或日廊下(ロウカ)にてはたとザシキワラシに行き逢ひ大に驚きしことあり。これは正しく男の兒なりき。同じ村山口なる佐々木氏にては、母人ひとり縫物しておりしに、次の間にて紙のがさがさと云ふ音あり。此室は家の主人の部屋(ヘヤ)にて、其時は東京に行き不在の折なれば、恠しと思ひて板を開き見るに何の影も無し。暫時(シバラク)の間(アヒダ)坐(スハ)りて居ればやがて又頻に鼻を鳴(ナラ)す音あり。さては坐敷ワラシなりけりと思へり。此家にも坐敷ワラシ住めりと云ふこと、久しき以前よりの沙汰なりき。此神の宿りたもう家は富貴自在なりと云ふことなり。

【○ザシキワラシは坐敷童衆なり此神のこと石神問答一六八頁にも記事あり】

[やぶちゃん注:ウィキの「座敷童子」が非常によく纏められているので必見。

「石神問答」(いしがみもんだう(いしがみもんどう))は柳田国男の自書で、明治四三(一九一〇)年に本「遠野物語」と同じ聚精堂より刊行したもの(後年の昭和一六(一九四一)年に序を付して再刊)。日本民俗学の先駆的著書とされ、本邦に見られる各種の石神
(道祖神・赤口神・ミサキ・荒神・象頭神等) についての考察を,著者と山中笑・伊能嘉矩・白鳥庫吉・喜田貞吉・佐々木繁らとの間にかわした書簡を元に編集したもの。既に述べた通り、難解で、売れ行きは芳しくなかった。ここ(国立国会図書館デジタルコレクションの当該ページの画像)で、「三 遠野なる佐々木繁氏より柳田へ」の一節。無論、「佐々木繁」は喜善(彼の別名)のことである。オシラ様の三体の図も添えられてある。]

 

一八 ザシキワラシまた女の兒なることあり。同じ山口なる舊家にて山口孫左衞門と云ふ家には、童女の神二人いませりと云ふことを久しく言傳へたりしが、或年同じ村の何某と云ふ男、町より歸るとて留場(トメバ)の橋のほとりにて見馴れざる二人のよき娘に逢へり。物思はしき樣子にて此方へ來る。お前たちはどこから來たと問へば、おら山口の孫左衞門がところから來たと答ふ。此から何處へ行くのかと聞けば、それの村の何某が家にと答ふ。その何某は稍離れたる村にて今も立派に暮せる豪農なり。さては孫左衞門が世も末だなと思ひしが、それより久しからずして、この家の主從二十幾人、茸(キノコ)の毒に中(アタ)りて一日のうちに死にえ、七歳の女の子一人を殘せしが、其女も亦年老いて子無く、近き頃病みて失せたり。

[やぶちゃん注:「留場(トメバ)」狭義の「留場」「御留場」(おとめば)は、一般の狩猟を禁止した禁猟区。江戸時代に将軍家の狩場や寺社から狩猟・漁猟を禁じられた場所のことを指すが、後の「遠野物語拾遺」(昭和一〇(一九三五)年刊の「遠野物語」増補版と名うつものであるが、この「拾遺」は鈴木脩一(後に鈴木棠三の名で知られる国文学者)が刪定整理したもので、「ちくま文庫」版全集にも載らない。私は新潮文庫版で所持する。柳田は「遠野物語」の続篇を考えて佐々木にそれを慫慂、佐々木喜善が膨大な草稿を柳田に渡していたが、柳田はなかなか続篇に着手せず、痺れを切らした佐々木が「聴耳草紙」(昭和六(一九三一)年)を刊行したため、柳田は計画を一方的に放棄してしまう(増補版は佐々木の死後の刊行である)。私が「遠野物語」に関して柳田を生理的に嫌悪する理由はそこにもあるの「七二」の中に、『明治四十三年に字本宿の留場某の家が焼けた時には』という一節があり、ここは或いは、その土地を所有する「留場」という住民の姓からの地名呼称かも知れない。この橋は、ウィキの「遠野物語」によれば、現在の遠野市土淵町山口の内とする(現存するかどうか不明)。]

 

一九 孫左衞門が家にては、或日梨(の木のめぐりに見馴れぬ茸(キノコ)のあまた生(ハ)えたるを、食はんか食ふまじきかと男共の評議してあるを聞きて、最後の代の孫左衞門、食はぬがよしと制したれども、下男の一人が云ふには、如何なる茸にても水桶の中に入れて苧殼(ヲガラ)を以てよくかき廻(マハ)して後食へば決して中(アタ)ることなしとて、一同此言に從ひ家内悉く之を食ひたり。七歳の女の兒(コ)は其日外に出でゝ遊びに氣を取られ、晝飯を食ひに歸ることを忘れし爲に助かりたり。不意の主人の死去にて人々の動轉してある間に、遠き近き親類の人々、或は生前に貸ありと云ひ、或は約束ありと稱して、家の貨財は味噌の類(タグヒ)までも取去りしかば、此村草分(クサワケ)の長者なりしかども、一朝にして跡方も無くなりたり。

[やぶちゃん注:「苧殼(ヲガラ)」皮を剝ぎ取った麻(バラ目アサ科アサ属アサ Cannabis sativa)の茎。

「草分(クサワケ)」には「土地を開拓して、そこに村や町を興すこと」の他に「ある物事を初めて行うこと・ある様態に最初に達すること」の意があり、ここは後者の当村で初めてお大尽、金持ちになった人の意であろう。]

 

二〇 此兇變の前には色々の前兆ありき。男ども苅置きたる秣(マグサ)を出すとて三ツ齒の鍬にて搔きまはせしに、大なる蛇を見出したり。これも殺すなと主人が制せしをも聽かずして打殺したりしに、其跡より秣の下にいくらとも無き蛇ありて、うごめき出でたるを、男ども面白半分に悉く之を殺したり。さて取捨つべき所もなければ、屋敷の外(ソト)に穴を掘りて之を埋め蛇塚を作る。その蛇は簣(アジカ)に何荷[やぶちゃん注:「なんが」。]とも無くありたりといへり。

[やぶちゃん注:「簣(アジカ)」竹・藁・葦などを編んで作った籠・笊(ざる)の類い。]

二一 右の孫左衞門は村には珍しき學者にて、常に京都より和漢の書を取寄せて讀み耽(フケ)りたり。少し變人と云ふ方なりき。狐と親しくなりて家を富ます術を得んと思ひ立ち、先づ庭の中に稻荷(イナリ)の祠(ホコラ)を建(タ)て、自身京に上(ノボ)りて正一位の神階を請(ウ)けて歸り、それよりは日々一枚の油揚(アブラゲ[やぶちゃん注:ママ。])を缺かすことなく、手づから社頭に供(ソナ)へて拜を爲せしに、後には狐馴れて近づけども遁(ニ)げず。手を延ばして其首を抑へなどしたりと云ふ。村に在りし藥師の堂守は、我が佛樣は何物をも供へざれども、孫左衞門の神樣よりは御利益ありと、度々笑ひごとにしたりと也。

 

二二 佐々木氏の曾祖母年よりて死去せし時、棺に取納め親族の者集まり來て其夜は一同座敷にて寢たり。死者の娘にて亂心の爲離緣せられたる婦人も亦其中に在りき。喪の間は火の氣(ケ)をやすことを忌(イ)むがところの風なれば、祖母と母との二人のみは、大なる圍爐裡(イロリ)の兩側(リヤウガハ)に坐(スハ)り、母人は旁(カタハラ)に炭籠を置き、折々炭を繼ぎてありしに、ふと裏口の方より足音して來る者あるを見れば、亡(ナ)くなりし老女なり。平生腰かゞみて衣物(キモノ)の裾(スソ)の引ずるを、三角に取上げて前に縫附けてありしが、まざまざとその通りにて、縞目(シマメ)にも見覺(ミオボ)えあり。あなやと思ふ間も無く、二人の女の座れる爐の脇を通り行くとて、裾にて炭取にさはりしに、丸き炭取なればくるくるとまはりたり。母人は氣丈(キジヤウ)の人なれば振り返りあとを見送りたれば、親類の人々の打臥したる座敷の方へ近より行くと思ふ程に、かの狂女のけたゝましき聲にて、おばあさんが來たと叫びたり。其餘の人々は此聲に睡[やぶちゃん注:「ねむり」。]を覺し只打ち驚くばかりなりしと云へり。

【○マーテルリンクの「侵入者」を想ひ起こさしむ】

[やぶちゃん注:「マーテルリンク」「青い鳥」(L'Oiseau bleu:一九〇七年発表)で知らる、ノーベル文学賞(一九一一年受賞)を受けたベルギー象徴主義の作家モーリス・メーテルリンク (Maurice Maeterlinck/正式名:メーテルリンク伯爵モーリス・ポリドール・マリ・ベルナール:Maurice Polydore Marie Bernard, comte de Maeterlinck 一八六二年~一九四九年)。本人の母語であるフランス語のカタカナ音写は「メテルラーンク」、ベルギー「マテルラーンク」、今一つの母国語であったフラマン語では「マータリンク」或いは「マーテルリンク」に近い発音である(「maeterlinck」はフラマン語で「計量士・測量士」の意である。以上はウィキの「モーリス・メーテルリンク」に拠った)。

「侵入者」「闖入者」と訳されることが多い。メーテルリンクが一八九四年に出版し、一八九五年に初演された戯曲「Intérieur(Interior)個人ブログ「Reisetuの「遠野出身者の東京見聞93;遠野物語の魅力(改題と増補・追補)」の「2.造形芸術におけるミニマリズム(minimalism)と遠野物語の魅力」に、かなり詳しい梗概が載る。私も本作は未読なので助かった。必見。

 本話は「遠野物語」の中でも人口に膾炙した怪談としてよく知られ、その功労者は三島由紀夫である。彼の評論「小説とは何か」(昭和四三(一九六八)年五月から二年後の一九七〇年十一月まで『波』(新潮社)に連載されたが、著者の自死によって中絶)の中の一節で本条を素材として語っている。私は遠い昔、同僚とのオリジナル実力テスト作製の際にこれを扱ったのを懐かしく思い出す(早期退職した七年前にとってあった試験問題その他は総て廃棄したのが、ここではちょっと惜しまれた)。私は同書を所持しているのであるが、今は書庫の底に沈んでしまって発見出来ない。ゆうなみ氏のサイト「はねこま草紙」の中の「物語の馬たち」の「第五章 『遠野物語』番外編 「炭取りの廻る話」の巻 三島由紀夫『遠野物語』を語る『小説とは何か』からに、『関西大学社会学部入試問題から採録した』という断り書きのあるものを孫引きさせて戴く。

   《引用終了》

 私は最近、自分の楽しみのためだけの読書として、柳田国男氏の名著『遠野物語』を再読した。これは明治四十三年に初版の出た本で、陸中(現在の岩手県をさす旧国名)上閉伊郡の山中の一集落遠野郷(現在の遠野市)の民俗採訪の成果であるが、全文自由な文語体で書かれ、わけても序文は名文中の名文であるが、いま私の挙げたいのは、第二十二節の次のような小話である。

 佐々木氏(本書の語り手喜善氏)の曾祖母年よりて死去せし時、棺に取り納め親族の者集まり来てそ の夜は一同座敷にて寝たり。死者の娘にて離縁せられたる婦人もまたその中にありき。喪の間は火の気を絶やすことを忌むが所の風なれば、祖母と母との二人のみは、大なる囲炉裏の両側に座り、母人は傍らに炭籠を置き、折々炭を継ぎてありしに、ふと裏口より足音して来るものあるを見れば、亡くなりし老女なり。平生腰かがみて着物の裾の引きずるを、三角に取り上げて前に縫い付けてありしが、まざまざとその通りにて、縞目にも見覚えあり。あなやと思う間も無く、二人の女の座れる囲炉裏の脇を通り行くとて、裾にて炭取(炭籠に同じ)にさわりしに、丸き炭取なればくるくると回りたり。母人は気丈の人なれば振り返りあとを見送りたれば、親類の人々のうち臥したる座敷の方へ近寄り行くと思うほどに、かの女のけたたましき声にて、おばあさんが来たと叫びたり。その余の人々はこの声に眠りを覚まし、ただうち驚くばかりなりしと言えり。

 この中で私が、「あ、ここに小説があった」と三嘆これ久しうしたのは、「裾にて炭取にさわりしに 、丸き炭取なればくるくると回りたり」という件である。ここがこの短い怪異譚の焦点であり、日常性と怪異との疑いようのない接点である。この一行のおかげで、わずか一ページの物語が、百枚二百枚の似非小説よりも、はるかに見事な小説になっており、人の心に永久に忘れがたい印象を残すのである。こんな効果は分析し説明しても詮ないことであるが、一応現代的習慣に従って分析を試みることにしよう。

 通夜の晩あらわれた幽霊は、あくまでも日常性を身につけており、ふだん腰がかがんで、引きずる裾 を三角に縫い付けてあったまま、縞目も見覚えのある着物で出現するので、その同一性が直ちに確認せられる。ここまではよくある幽霊談である。人々は死の事実を知っているから、その時すでに、あり得べからざることが起こったということは認識されている。すなわち棺内に動かぬ死体があるという事実と、裏口から同一人が入って来たという事実とは、完全に矛盾するからである。二種の相容れぬ現実が併存するわけはないから、一方が現実であれば、他方は超現実あるいは非現実でなければならない。その時人々は、目前に見ているものが幽霊だという認識に戦慄しながら、同時に超現実が現実を犯すわけ はないという別の認識を保持している。これはわれわれの夢の体験と似ており、一つの超現実を受容する時に、逆に自己防衛の機能が働いて、こちら側の現実を確保しておきたいという欲求が高まるのである。目の前を行くのはたしかに曾祖母の亡霊であった。認めたくないことだが、現れた以上はもう仕方がない。せめてはそれが幻であってくれればいい。幻覚は必ずしも認識にとっての侮辱ではないからだ 。われわれは酒を飲むことによって、好んでそれをおびき寄せさえするからだ。しかし「裾にて炭取にさわりしに、丸き炭取なればくるくると回りたり」と来ると、もういけない。この瞬間に、われわれの現実そのものが完全に震撼されたのである。

 すなわち物語は、この時第二段階に入る。亡霊の出現の段階では、現実と超現実とは併存している。 しかし炭取の回転によって、超現実が現実を犯し、幻覚と考える可能性は根絶され、ここに認識世界は逆転して、幽霊の方が「現実」になってしまったからである。幽霊がわれわれの現実世界の物理法則に従い、単なる無機物にすぎぬ炭取に物理的力を及ぼしてしまったからには、すべてが主観から生じたという気休めはもはや許されない。かくて幽霊の実在は証明されたのである。

 その原因はあくまでも炭取の回転にある。炭取が「くるくる」と回らなければ、こんなことにはならなかったのだ。炭取はいわば現実の転位の蝶番(つなぎ目の金具)のようなもので、この蝶番がなければ、われわれはせいぜい「現実と超現実の併存状態」までしか到達することができない。それから先へもう一歩進むには、(この一歩こそ本質的なものであるが)、どうしても炭取が回らなければならないのである。しかもこの効果が一にかかって「言葉」にあるとは、驚くべきことである。舞台の小道具の炭取では、たといその仕掛けがいかに巧妙に仕組まれようとも、この小話における炭取のような確固たる日常性を持つことができない。短い叙述のうちにも浸透している日常性が、このつまらない什器の回 転を真に意味あらしめ、しかも『遠野物語』においては、「言葉」以外のいかなる資料も使われていないのだ。

 私が「小説」と呼ぶのはこのようなものである。小説が元来「まことらしさ」の要請に発したジャンルである以上、そこにはこのような、現実を震撼させることによって幽霊を現実化するところの根源的な力が備わっていなければならない。しかもその力は、長たらしい叙述から生まれるものでなくて、こんな一行に圧縮されていれば十分なのである。しかし凡百の小説では、小説と名がついているばかりで、何百枚読み進んでも決して炭取の回らない作品がいかに多いことであろう。炭取が回らない限り、それを小説と呼ぶことは実はできない。小説の厳密な定義は、実にこの炭取が回るか回らぬかにあると言っても過言ではない。そして、柳田国男氏が採録したこの小話は、まさに小説なのである。

   《引用終了》

 この三島の解析と同じ認識は、私の怪奇小説認識の重大な核心である。現実を、一切の、科学的解説をも拒む――〈もの〉――が侵犯する、その一瞬――にこそ/にのみ――真正にして唯一正統な怪異の出来(しゅったい)は〈在る〉。

 

二三 同じ人の二七日の對夜(タイヤ)に、知音の者集まりて、夜更くるまで念佛を唱へ立歸らんとする時、門口(カドグチ)の石に腰掛けてあちらを向ける老女あり。其うしろ付(ツキ)正しく亡(ナ)くなりし人の通りなりき。此は數多(アマタ)の人見たる故に誰も疑はず。如何なる執着(シウヂヤク)のありしにや、終に知る人はなかりし也。

[やぶちゃん注:「對夜(タイヤ)」「逮夜」に同じ。葬儀や忌日の前夜。誤字かとも思ったが、調べて見ると、本願寺顕如自筆「報恩講等和讃」に「逮夜」を「對夜」とも記すのを確認出来た。]

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