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2018/12/31

佐々木(鏡石)喜善・述/柳田國男・(編)著「遠野物語」(初版・正字正仮名版) 九三、九四 菊池菊蔵の体験した怪異

 

九三 これは和野の人菊池菊藏と云ふ者、妻は笛吹峠のあなたなる橋野より來たる者なり。この妻親里へ行きたる間に、絲藏と云ふ五六歳の男の兒病氣になりたれば、晝過ぎより笛吹峠を越えて妻を連れに親里へ行きたり。名に負ふ六角牛の峯續きなれば山路は樹深く、殊に遠野分より栗橋分へ下らんとするあたりは、路はウドになりて兩方は岨(そば)[やぶちゃん注:崖。]なり。日影は此岨に隱れてあたり稍薄暗くなりたる頃、後の方より菊藏と呼ぶ者あるに振返りて見れば、崖の上より下を覗(ノゾ)くものあり。顏は赭く[やぶちゃん注:「あかく」。]眼の光りかゞやけること前の話のごとし。お前の子はもう死んで居るぞと云ふ。この言葉を聞きて恐ろしさよりも先にはつと思ひたりしが、早其姿は見えず。急ぎ夜の中に妻を伴ひて歸りたれば、果して子は死してありき。四五年前のことなり。

[やぶちゃん注:「遠野分」「分」は「ぶん」と読んでおき、遠野の領域の謂いと採る。

「栗橋分」同前で旧「栗橋」村は現在の釜石市栗林町及び妻の実家の橋野町に当たる。]

【○ウドとは兩側高く切込みたる路のことなり東海道の諸國にてウタウ坂謠坂[やぶちゃん注:「うたひざか」。]など云ふはすべて此の如き小さき切通しのことならん】

[やぶちゃん注:「ウド」全国的に「土地が深く窪んでいる場所」・「凹地になっている尾根の鞍部や山塊の湾曲した部分」等を古くは「ウト」「ウツ」と称した。「ウタ」「ウタウ」「オト」はその音変化でそれらに多様な漢字(謡(うた)・善知鳥(うとう)・宇藤・鵜藤・宇頭・乙(おと)など)を当てたに過ぎない。]

 

九四 この菊藏、柏崎なる姊の家に用ありて行き、振舞はれたる殘りの餅を懷に入れて、愛宕山[やぶちゃん注:先に示した象坪山。]の麓の林を過ぎしに、象坪(ゾウツボ[やぶちゃん注:ママ。])の藤七と云ふ大酒呑にて彼と仲善[やぶちゃん注:「なかよし」。仲良し。]友に行き逢へり。そこは林の中なれど少しく芝原ある所なり。藤七はにこにことしてその芝原を指(ユビサ)し、こゝで相撲を取らぬかと云ふ。菊藏之を諾し、二人草原にて暫く遊びしが、この藤七如何にも弱く輕く自由に抱へては投げらるゝ故、面白きまゝに三番まで取りたり。藤七が曰く、今日はとてもかなはず、さあ行くべしとて別れたり。四五間[やぶちゃん注:七・二七~九・〇九メートル。]も行きて後心付きたるにかの餅見えず。相撲場に戾りて探したれど無し。始めて狐ならんかと思ひたれど、外聞を恥じて人にも言はざりしが、四五日の後酒屋にて藤七に逢ひ其話をせしに、おれは相撲など取るものか、その日は濱へ行きてありしものをと言ひて、愈[やぶちゃん注:「いよいよ」。]狐と相撲を取りしこと露顯したり。されど菊藏は猶他の人々には包み隱してありしが、昨年の正月の休に人々酒を飮み狐の話をせしとき、おれも實はと此話を白狀し、大いに笑はれたり。

【○象坪は地名にして且つ藤七の名字なり象坪と云ふ地名のこと石神問答の中にて之を硏究したり】

[やぶちゃん注:こういう民話構成は私は珍しく思う。前の「九三」は、子を失うことを山の怪人に言上げされてしまう、構造的には〈子の命を物の怪に奪われる悲話〉であって徹底した悲劇である。その悲惨な怪談の主人公と同じ人物が主人公で、こちらは〈たかが餅を親友に化けた狐に奪われる笑話〉であるからである。これが所謂、「昔話」なら問題はないが、これは明らかに主人公の姓名「菊池菊藏」が明かされ、妻の実家の地名も怪異の起こる場所も友人の名も総てが実在するもので、それらが完全に公にされて書かれている点で、両話は完全な「ごく最近起こった(とされる)実話(らしい)話」=「噂話」であり、しかもセットで読まれるようになっている点で特異的なのある。ある種それを私は残酷だと感ずる。そこが却って「噂話」ではない、あり得ない「昔話」という反属性の一つであり、では、前の子を失う話も事実ではない、とするのであれば、ほっともする。しかしそれは同時に民話としては両話が全くの捏造の偽せ物であることになり、〈民話〉としては死滅する危険性を孕むことになるのである。佐々木の原話はこの通りの順序であったのかも知れぬが、さんざんいじくった柳田なら、せめて、ここは話をせめて逆にするか、続かない形に遠く配するか(それなら幾分か私の言う残酷性は緩和される)、それこそ人名を「某」に伏せればよかったように思う(私は本条の起筆を「この菊藏」とする佐々木や柳田の神経が少し判らぬのである)。ただ、こうした悲喜こもごもの現実こそが民俗社会の現実であったのだという読みも無論、可能だし、それが確かな真実だったとも言われれば、「御説御尤も」と返すしかない。いや、だったら、何でもありだよな? 民話の深層まで下りて行って、こういうのはどうか? 〈貧しくて実は妻が実家に行っているうちに子を自ら間引いて殺した男の話〉が前話の真相であり、〈子を間引いた行為への一抹の後悔も持たない男が妖狐に騙されてたかだか餅を少しばかり騙し取られ、それを恥ずかしく思って隠していた救い難い嘲笑の的になる馬鹿話〉というのは、どうだ? これではしかし、余りに「菊池菊藏」が可哀想だし、以前、亡くなった子も浮かばれぬ。それにしても注で先行する全然売れなかった本(明治四三(一九一〇)年刊。本書と同じ聚精堂刊。これ(国立国会図書館デジタルコレクション))をさりげなく宣伝する柳田國男。そこではごちゃごちゃと複数箇所で考証しているのであるが、本来の象頭・象坪という地名は歓喜天由来と推定しつつ、地名としての実属性としては修験道(歓喜天と親和性有り)や仏教徒の「精進」・「精進場」の謂いであり、「結界を持った鎮守の地鎮を行った場所」由来としている。]

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