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2019/01/03

小泉八雲 神國日本 戸川明三譯 附やぶちゃん注(63) 封建の完成(Ⅰ)

 

  封建の完成

 

 日木の文明がその發達の極限に達したのは、德川幕府の末期――現今の政體にうつる直ぐ前の期間――であつて、それ以上の發展は社會の改造に據るの他不可能であつた。此完成の狀態は、以前から存在して居た狀態をくし、明確にすることを、主に現はしたもので、基本的變化としては殆ど何もないのである。協同の古來の制的制度が以前よりも一層められ、儀式的因習のあらゆる細微な條件が、以前よりも容赦なく嚴正に固執された。是より先き立つた時代には、此時に比して遙かに苛酷な處はあつたが、併しこれほど自由の缺如した時代は未だ曾て無かつた。併しながら斯く制限を增大した結果にも道德的の價値が無い譯ではなかつた。個人の自由が個人の利益となり得る時代は、まだ遙かに遠かつた。そして德川の統治の父の如き制は、國民性に於て最も目に附くものの多くを發達させまたそれをめる助けをした。幾百年の戰亂は、これ以前には、其國民性のもつと微妙な諸性質を修養する機會を餘り與ヘなかつた。其諸〻の性質とは嫻雅[やぶちゃん注:「かんが」。優雅。「嫻」も「みやびやかなさま」。]、飾り氣のない溫情、後に至つて日本人の生活に實に稀代の魅力を與へた生に就いての喜である。併し昌平[やぶちゃん注:「しやうへい」。国家の勢いが盛んで、世の中が平和なこと。「太平」に同じ。]二百年の鎖國の間に、此の人間味のある天性の侵雅にして魅力に富んだ方面が開發される機會を得たのである、そして法律習慣のいろいろな制限はまやその開發を促進せしめ、且つそれに奇異な形態を與へた、――たとへば園丁の倦む事を知らぬ技術が、菊花を百千の風變りな美しい形に進化させるやうなものであつた。……壓迫を蒙つた一般の社會的傾向は、窮屈に向つたけれども、抑制は道德的及び美的の修養に對する餘地を特殊の方面に殘した。

 此社會狀態を了解するには、其法律的方面に於ける統治者の父の如き統治の性質を考察する事が必要であらう。近代人の想像からすれば、昔の日本の法律は堪へ難い程嚴酷なものと思はれるのは尤もな次第であるが、併し彼等の行政は、實際我等西洋の法律のそれ程に妥協性のないものではない。其上、最上級から最下級まで、あらゆる階級を重く壓しては居たけれども、法律上の重荷は、負擔者の各自の力に相應するやうにされて居た、則ち法の適用は社會的階級が下れば下るに從つて漸次寬大になつて居たのである。少くとも理論上では、上古から貧乏人や不幸者は憐憫を受ける資格があると考へられて居り、それ等に對しては能ふ[やぶちゃん注:「あたふ」。]限りの慈悲を示す義務が、日本の現存の最古の法典なる聖德太子の法律にも主張されてある。併し斯樣な差別の最も著しい例は、家康の遺訓に現はれて居る、此の遺訓は、社會が既に餘程發達して、その諸制度も餘程確立し、あらゆるその束縛も嚴重になつた時代の正義に就いての槪念をあらはして居る者である。』『民は國の本なり』(遺訓第十五條)と道破[やぶちゃん注:「だうは」「「道」は「謂(い)ふ」の意で、「ズバリと言ってのけること・言い切ること」。]した此の峻嚴にして而も賢明な統治者は、賤民に對する取扱ひを寬仁にすべきことを命じた。彼はたとへ如何に高位に在るものでも、大名が法を破つて『民の災となる』(遺訓第十一條)者があれば、其の領地を沒收して是を罰する事を規定した、此の立法者の人道的精神は、犯罪に關する彼の法令、たとへば、彼が姦通の問題を取扱ふ場合の如きものに最もく示されて居る――姦通は祖先祭祀を基礎とする社會には當然最も重大な犯罪であるが、遺訓の第五十條〔農工商之妻密に他夫と通亂人倫者は當夫不ㇾ及訴出雙方可ㇾ誅ㇾ之誅一人而不ㇾ誅一人當夫之愆與不義人同し然共若又不誅して於訴出は誅共不誅共可ㇾ任當夫之願陰陽合體之人民非可ㇾ憎之科裁許者尤可ㇾ有斟酌やぶちゃん注:表記になるべく従って訓読してみる(なお、現行では「家康遺訓」は偽書とされる)。「農・工・商の妻、密(ひそか)に他夫と通じ、人倫を亂せし者は、當(たう)の夫、訴へ出づるに及ばず、雙方、之れを誅すべし。一人を誅して一人を誅せざるは、當の夫の愆(あやまち)〈=過ち・重大な錯誤〉にて、不義人と〈或いは「不義人に與(くみ)せしと」とも読める〉同(おな)し。然れども、若し又、誅せずして訴へ出ずるに於いては、誅すとも、誅さざるとも、當の夫の願(ねがひ)に任す一べし。陰陽の合體、之れ、人民には、憎むべきの科(とが)に非ず。裁許を至す者、尤も斟酌(しんしやく)有るべき事。」。]〕によつて、恥を受けた夫は不義者を殺す古來の權利を認可された、――併し、若し彼が不義者の一人だけを殺すならば、彼は相手のいづれの者とも同罪と見倣さるべきものであるといふ條項が附隨して居た。若し犯人が裁判を受ける事になると、平民の場合には特にその事件を寬大に處置すべき事を家康は勸めて居る。彼は人間の性質は元來弱い者である事を述べて、若年で單純な心の者の中には、相方が性質上墮落して居ない時ですら、一時の激情の餘りに愚行に走る場合もある事を云つて居る。併し次の條項第五十一條に、彼は上流階級の男女が同樣の罪を犯した場合には、何等の慈悲をも示すべきではないと命じて居る。彼は宣言して居る、『是等のものは、現存の規定を犯すことによつて世を騷がせるが如き事はせぬ程に心得のある人々である。故に斯かる人々が、不義不貞をはたらいて法を破る時は、容赦も相談も無く直に是を罰すべきものである。農、工、商の場合は是の場合と同じからず」〔武門仕給之男女如例式濫に不ㇾ可混雜倘有犯ㇾ法戲𪋡私淫一は速可ㇾ處罪科非ㇾ可爲斟酌與農工商不ㇾ同事[やぶちゃん注:同前。「武門仕給(しきふ)の男女(なんによ)、例式のごとく、濫(みだり)に混雜すべからず。倘(もし)、法を犯し、戲𪋡(ぎぼく〈一応、そう読んでおく。「康熙字典」に「𪋡」は「鹿相隨也」とあるから、「睦み合い戯れる」で性的前戯のようなものを含むか〉)私淫有れば、速(すみやか)に罪科に處すべし。斟酌爲(す)べからず。農・工・商と同じからざる事。」。]〕……全法典に亙つて、武士階級の場合に法の束縛を固くし、下層肘階級の爲めには、是を緩くする此の傾向は一樣に現はれて居る。家康は不要な處罰を力を入れて非とした。そして刑罰を屢〻行ふ事は民の非行の證據に非らずして、官吏の非行の證據であると主張した。彼の法典の第九十一條は將軍に關してすら此の事を斯く明らかに規定して居る、『皇國に刑罰處刑が夥多[やぶちゃん注:「かた」。物事が多過ぎるほどあること。夥(おびただ)しいさま。]なる時は、武士の統治者が不德にして墮落せる證據である。』〔五穀不熟は天子正道之不明也國家多刑戮は將軍武德之不肖と知て事々省我身不ㇾ可ㇾ令怠慢事[やぶちゃん注:同前。「五穀の熟さざるは、天子の正道の不明なり。國家、刑戮(けいりく)すること多きは、將軍の武德の不肖と知りて、事々(ことごと)に我が身を省み、怠慢せしむべからざる事。」]〕……彼に權威ある大名の殘酷或は貪婪[やぶちゃん注:「どんらん」「とんらん」「たんらん」の読みがある。ひどく欲が深いこと。貪欲。]から、農民と貧民とを保護する爲めに特殊な法令を案出した。大大名が江戸に參勤する途中、『泊に於て狙薪に及ぶ事』或は『武勳を笠に僭越の振舞をなす事』〔譜代外樣諸家之士大夫參勤交代驛路の行列堅守作法分限之外不ㇾ可華麗又悋嗇にして專驕武威不ㇾ可ㇾ惱旅館之人夫[やぶちゃん注:同前。「譜代・外樣・諸家の士大〈家士のこと。〉、參勤交代驛路の行列、堅く作法を守り、分限の外(ほか)は、華麗にすべからず。又、悋嗇(りんしよく)にして、專ら武威に驕(おご)り、旅館の人夫を惱ますべからず。」。]〕を嚴禁した。是等の大大名の公の行爲は言ふに及ばず、其の私行さへも同じく幕府の監督の下にあつて、彼等は不道德な爲めに實際處罰される事さへあつた。彼等の間の放埓に關して、立法者は、『これは叛逆とは公言せられ得ずとするも』それが下層階級に對する惡例を鎭める程度に準じ[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。]て判決し處罰すべきもの(第八十八條)と規定した。眞の叛逆に就いては容赦は無かつた、此の問題に關する法律は峻嚴を極めて例外或は緩和を許さなかつた。遺訓の第五十三條はこれが最高の犯罪として認められた事を證するのである、『主を殺す臣下の罪は原則上天皇に對する大逆人の罪と同じ。彼の三親九族、最も遠緣の者に至る迄枝葉を悉〻く[やぶちゃん注:以上で「ことごとく」と読んでいるようである。]斷して是を根すべし、主を弑したのでなく只だ主に向つて手を舉げただけの臣下の罪でも同斷である』〔臣弑ㇾ君之罪科其理朝敵に均し其從類眷屬所緣之者に至迄刈ㇾ根截ㇾ葉べし縱雖ㇾ不ㇾ弑家賴對主人於ㇾ致手抗は同科たるべき事[やぶちゃん注:同前。なお、「家賴」(「家来」のこと)はママ。「臣、君を弑するの罪科、其の理(ことわり)、朝敵に均(ひと)し。其の從類眷屬〈「從類」と「眷屬」は同義。一族及びその家来を含めた総てを指す〉・所緣の者に至るまで、根を刈り、葉を截(き)るべし。縱(たと)ひ弑せずと雖も、家賴(けらい)、主人に對し、手抗(てあらがひ)を致し於けるは同科たるべき事。」。]〕併し下層階級の間に法を行ふ事に關してあらゆる制限を行ふ精神は、此凄まじい法令とは甚ししく反對して居る。贋造[やぶちゃん注:「にせがねづくり」と訓じておく。]、放火、毒殺は實に火刑或は傑刑を正常とする罪であつた。併し普通の罪の場合には、事情の許す限り寬恕するやうに内命を授けられて居た。法典の第七十三條に云ふ、『下級の者に關する微細の點に就いては漢の高祖の廣大な慈悲を學べ』と。〔至下賤方偶之細事可ㇾ做漢高之寬仁事[やぶちゃん注:同前。「下賤の方偶〈恐らくは「はうぐう」で「処し方の類い」の意であろう〉の細事に至つては、漢高の寬仁を做(なら)ふべき事。」。]〕更に刑事廷及び民事廷の奉行はただ、『慈善と慈悲とで著名な廉直高潔な武士の階級』から〔評定決斷所の奉行人は正道の龜鑑なり是にあつる者は委撰人品淸潔仁愛成者申付[やぶちゃん注:同前。「評定決斷所の奉行人は正道の龜鑑(きかん)〈古代中国の亀卜(きぼく亀の甲羅を焼いてその割れ方から吉凶を判断した)に、「鑑」は正しいあり方を正しく映す「鏡」で、人の行いの手本・模範・規範。〉なり。是れにあつる〈「充つる」〉者は委(くはし)く、人品、淸潔にして仁愛なる者を撰(えら)み、申し付くべし。」。]〕のみ選むとされた。あらゆる奉行はえず嚴密な監督の下に置かれた。そして彼等の行爲は幕府の密偵が規則正しくこれを報告した。

 

註一 則ち直に死罪にする事。

註二 身持放埓の場合には大名すら處罰せられる規定であつたけれども、家康はあらゆる惡行を法に照らして抑壓する事が當[やぶちゃん注:「たう」。]を得たものとは信じて居なかつた。此の問題に關して遺訓の第七十三條に示してある處は不思議に近代的な調子がある、曰く『游女夜發之淫局は國府の附虫として君子詩及諸典に記す不ㇾ可ㇾ無ㇾ之者也痛制ㇾ之も却而亂統不義之者日日出て不ㇾ遑刑伐』[やぶちゃん注:「虫」はママ。同前。「游女・夜發(やほつ)〈夜、辻に立って客を引く、最下級の私娼〉の淫局(いんきよく)[やぶちゃん注:場所なら、「岡場所」(江戸)「島」(大坂)で官許以外の私娼街を指すが、後の「夜發」は単独で必ずしも特定の場所に限定されないから、ここは寧ろ、私娼行為(者)全般及びそれを取り仕切っていた組織集団を指すと考えるべきであろう。]は國府の附虫〈寄生虫〉として君子の詩及び諸典に記す。之れ、無くてはべからざる者なり。痛く之れを制しても、却つて亂統〈よく判らぬが、正「統」な「統」率を「乱」す行為と採っておく〉・不義の者、日日(ひび)、出でて、刑伐に遑(いとま)あらず。」。]と、併し多くの城下ではかういふ家は決して許可されなかつた――これは恐らく、かかる城下には嚴峻な規律の下に維持すべき多數の軍隊が居た爲めであらう。

 

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