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2019/01/08

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 春の感情

 

  春の感情

 

ふらんすからくる烟草のやにのにほひのやうだ

そのにほひをかいでゐると氣がうつとりとする

うれはしい かなしい さまざまのいりこみたる空の感情

つめたい銀いろの小鳥のなきごゑ

春がくるときのよろこびは

あらゆるひとのいのちをふきならす笛のひびきのやうだ

ふるへる めづらしい野路のくさばな

おもたく雨にぬれた空氣の中にひろがるひとつの音色

なやましき女のなきごゑはそこにもきこえて

春はしつとりとふくらんでくるやうだ。

春としなれば山奧のふかい森の中でも

くされた木株の中でもうごめくみみずのやうに

私のたましひはぞくぞくとして菌を吹き出す

たとへば毒だけ へびだけ べにひめぢのやうなもの

かかる菌の類はあやしげなる色香をはなちて

ひねもすさびしげに匂つてゐる。

 

春がくる 春がくる

春がくるときのよろこびは あらゆるひとのいのちを吹きならす笛のひびきのやうだ

そこにもここにも

ぞくぞくとしてふきだす菌 毒だけ

また藪かげに生えてほのかに光るべにひめぢの類。

 

[やぶちゃん注:初出は大正七(一九一八)年一月号で創刊号の『新生』であるが、最後に示すように初出の最後の附記によって、本篇の創作は前年大正六年の四月である。また標題は初出では「春がくる」。

「菌」「きのこ」。

「毒だけ」「毒茸」(どくだけ)であるが、本来、正しくは「どくたけ」と濁らない。これはウィキの「キノコ」の「キノコの名称」の項に、『日本語のキノコの名称(標準和名)には、キノコを意味する接尾語「〜タケ」で終わる形が最も多い。この「〜タケ」は竹を表わす「タケ」とは異なる。竹の場合は「マ(真)+タケ(竹)」=「マダケ」のように連濁が起きることがあるが、キノコを表わす「タケ」は本来は』、決して『連濁しない。キノコ図鑑には「〜ダケ」で終わるキノコは一つもないことからも』、『これがわかる。しかし一般には「えのきだけ」、「ベニテングダケ」のような誤表記が多い』とあることがその証左である。さて、朔太郎はここで以下「べにたけ」及び「べにひめぢ」と明らかに等価で並列させているから、これを「毒茸(どくきのこ)」の意で用いているのではなく、有毒な茸の中の特定の一種(或いは種群)として用いていると考えるのが至当である。しかし現行、「ドクタケ」という標準和名のキノコはない。しかし、私が食して死亡する例もままある猛毒のキノコとして筆頭に浮かべるものは、後掲するシロタマゴテングタケやタマゴテングタケとともに、菌界担子菌門菌蕈(きんじん)綱ハラタケ目テングタケ科テングタケ属ドクツルタケ Amanita virosa であるウィキの「ドウクツルタケ」によれば、『日本で見られる中では』、『最も危険な部類の毒キノコであり』、『注意を要する。シロコドク(秋田県)、テッポウタケの地方名がある』。『北半球一帯に分布。初夏から秋、広葉樹林及び針葉樹林の地上に生える。中型から大型で、色は白。湿っているときはやや粘性がある。柄にはつばとつぼ、そしてささくれがある。傘のふちに条線はない。水酸化カリウム』三『パーセント液を傘につけると黄変する』。『胞子はほぼ球形。シロツルタケ』(ハラタケ目テングタケ科テングタケ属ツルタケ変種シロツルタケ Amanita vaginata var. alba:但し、本種も生食すると中毒を起こす)『やハラタケ科』(ハラタケ目ハラタケ科 Agaricaceae)『などの白い食用キノコと間違える可能性があるので注意が必要である。例えば、シロオオハラタケ』(ハラタケ属シロオオハラタケ Agaricus arvensis)『とドクツルタケは見かけはほぼ同じであるが、ツボの有無、ひだの色などから見分けることができる。猛毒のシロタマゴテングタケ』(ハラタケ目テングタケ科テングタケ属シロタマゴテングタケ Amanita verna:一本食べただけで死に至るほどの猛毒を持つ。新潟県では「イチコロ」の地方名を持つ。ウィキの「シロタマゴテングタケ」を参照)『とは「水酸化カリウム溶液につけても変色しないこと」「柄にささくれが無いこと」などから区別できる』。『欧米では「破壊の天使」(Destroying Angel)という異名をもち、日本においても死亡率の高さから、地方名で「ヤタラタケ」』(矢鱈に多く命を落とすの意らしい)『「テッポウタケ」などとも呼ばれる。また、同じく猛毒のシロタマゴテングタケやタマゴテングタケ』(テングタケ科テングタケ属タマゴテングタケ Amanita phalloidesウィキの「タマゴテングタケ」によれば、『中毒症状はドクツルタケやシロタマゴテングタケ同様』に二『段階に分けて起こる。まず食後』二十四『時間程度でコレラの様な激しい嘔吐・下痢・腹痛が起こる。その後、小康状態となり、回復したかに見えるが、その数日後、肝臓と腎臓等内臓の細胞が破壊され劇症肝炎様症状を呈し』、『高確率で死に至る』とある)『とともに猛毒キノコ御三家と称される』。『毒性が極めて強いため、素人は白いキノコは食すのを避けるべきとする人やキノコの会もある』。『毒成分は環状ペプチドで、アマトキシン類(α-アマニチンなど)、ファロトキシン類(ファロイジンなど)、ビロトキシン類、ジヒドロキシグルタミン酸などからなる』。『その毒性は』、一『本(約』八『グラム)で』一『人の人間の命を奪うほど強い。摂食から』六~二十四『時間でコレラ様の症状(腹痛、嘔吐、下痢)が起こり』、一『日ほどで治まったかに見えるが、その約』一『週間後には、肝臓や腎臓機能障害の症状として黄疸、肝臓肥大や胃腸からの出血などが現れる。早期に胃洗浄や血液透析などの適切な処置がされない場合、確実に死に至る』とある。私が朔太郎の「毒だけ」を本種ドクツルタケに同定比定したい理由は、まず後に出る「べにひめぢ」との差別化をするためだが、それ以上に本種が和名に「ドク」を持つこと以外に、森の中にぼうっと白くスマートに立ち上がるその姿(シロタマゴテングタケも同じではある)が、まさに女性的霊的妖的でしかも致命的猛毒を有するというところが如何にも朔太郎好みであるように思ったからである。御叱正を俟つ。

「へびだけ」「蛇茸」。ハラタケ綱ハラタケ目テングタケ科テングタケ属キリンタケ節ヘビキノコモド Amanita spissacea に同定比定したい有毒種。形状はウィキの「ヘビキノコモドキを見られたい。「蛇茸擬き」で、では「ヘビキノコ」はというと、これは同じテングタケ属キリンタケ Amanita excelsa の別名として確かにあるものなのであるが、「もどき」が毒なら、本家は大丈夫かと、ウィキの「キリンタを読んでみると、『可食だが』、『美味ではないとする文献、有毒とする文献が存在するため、食べることは避けた方がよい』とあるから、このキリンタケに比定してもよかろうか。ともかくもこちらも食べぬがよろしい。

「べにひめぢ」表記がおかしい。これは正しくは「べにしめじ」で(食用のシメジは本来はハラタケ目シメジ科シメジ属ホンシメジ Lyophyllum shimeji を指すが、流通では他種が含まれる。「しめじ」は「占地」「湿地」「占地茸」「湿地茸」等と漢字表記される。「べに」は「紅」)、これは別名として「ベニシメジ」の名を現在も有し、概ね一般人がイメージする毒々しい色の毒茸として、後掲するベニテングダケとともに定番とも言える、ハラタケ目ベニタケ科ベニタケ属ドクベニタケ節ドクベニタケ Russula emetica と完全同定してよい。但し、これはその見た目の割には毒性は前二者と比較すると低い。ウィキの「ドクベニタケによれば、『夏から秋に様々な森林下に発生する菌根菌。傘は赤からピンク色。雨などによって色が落ち、白くなっていることもある。傘の表面が皮状になっていて容易にむくことが出来る。ひだは白色。肉は白色でとても辛く無臭。硫酸鉄(Ⅱ)水溶液と反応し』、『ピンク色に変色する。柄は白色。有毒。毒成分はムスカリン類、溶血性タンパク。本種は類似種が多いので同定が難しい』。『毒キノコの識別法の誤った俗説として、縦に裂ければよい、派手な色のものは有毒などとするものが生じた背景にはドクベニタケの存在が大きかったと言われている。これはドクベニタケが、子実体が球状細胞から構成されていて裂こうとするとぼろぼろ崩れてしまうベニタケ科』(Russulaceae)『のキノコであること、また赤やピンクといった目立つ色をしていること、さらにいかにも毒キノコ然とした刺激に富んだ味に起因する。実際には毒キノコの大半はベニタケ科以外の科に属しているので容易に縦に裂け、ベニテングタケ』(テングタケ属ベニテングタケ Amanita muscaria:童話の「ドクキノコ」のイメージ・チャンピオンであるが、実は毒性はさほど強くない。但し、近縁種に猛毒種があるのでこれも手を出してはいけない)『などを除くと』、『地味な色のものが普通であり、味もむしろ美味なものがしばしばある』。『毒成分はムスカリン類、溶血性タンパク。旧い文献などでは、不食(毒はないが、食べられない)として記載されているものがあるため』、『注意』が必要。『味は辛味があり、食感はぼそぼそとしている。スペインでは辛い味付けの料理に利用されている。外観が非常にそっくりな食用キノコに、ヤブレベニタケ』(ハラタケ綱ベニタケ目ベニタケ科ベニタケ属ヤブレベニタケRussula lepida 或いはベニタケ属の総称)『などが存在するため、安易に食べてはならない』とある。

 以下、初出を示す。

   *

 

  春がくる

 

ふらんすからくる烟草のやにのにほひのやうだ、

そのにほひをかいでゐると氣がうつとりとする、

うれはしい、かなしい、さまざまのいりこみたる空の感情、

つめたい銀いろの小鳥のなきごゑ、

春がくるときのよろこびは

あらゆるひとのいのちを吹きならす笛のひびきのやうだ、

ふるえる めづらしい野路の草ばな、

おもたく雨にぬれた空氣の中にひろがるひとつの音いろ、

なやましき女のなきごゑはそこにもきこえて

春はしつとりとふくらんでくるやうだ。

春としなれば山奧のふかい森の中でも、

くされた木株の中でもうごめくみみづのやうに、

私のたましひはぞくぞくとしてきのこを吹き出す、

たとへば毒だけ、へびだけ、べにひめぢのやうなもの、

かかる菌(きのこ)の類はあやしげなる色香をはなちて、

かかる春に日をなやましくにほつてゐる。

そうして私の陰氣な心は、

春を愛するよころびにふるえてゐる、

ああ 春がくる、

春がくる、

春がくるときのよろこびは、

あらゆるひとのいのちを吹きならす笛のひびきのやうだ、

そこにもここにも、

ぞくぞくとして吹きだす菌(きのこ)、毒たけ

また籔かげに生えてほのかに光るべにひめぢの類。

             (大正六年四月の作)

   *

「定本靑猫」にも改変再録するが、有意な変化はない。]

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