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2019/01/13

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 憂鬱な風景

 

  憂 鬱 な 風 景

 

猫のやうに憂鬱な景色である

さびしい風船はまつすぐに昇つてゆき

りんねるを着た人物がちらちらと居るではないか。

もうとつくにながい間(あひだ)

だれもこんな波止場を思つてみやしない。

さうして荷揚げ機械のばうぜんとしてゐる海角から

いろいろさまざまな生物意識が消えて行つた。

そのうへ帆船には綿が積まれて

それが沖の方でむくむくと考へこんでゐるではないか。

なんと言ひやうもない

身の毛もよだち ぞつとするやうな思ひ出ばかりだ。

ああ神よ もうとりかへすすべもない

さうしてこんなむしばんだ囘想から いつも幼な兒のやうに泣いて居やう。

 

[やぶちゃん注:「居やう」はママ。大正一一(一九二二)年七月号『日本詩人』初出。初出や「定本靑猫」には有意な異同は認めない。

りんねるlinen。「リネン」とも呼ぶ。亜麻(あま:キントラノオ目アマ科アマ属アマ Linum usitatissimum)の繊維を原料とする織物。強くて水分の吸収発散が早く、涼感があるため、夏物の衣料などに用いられる。

「海角」「かいかく」で、通常は「海に突き出た陸地の先端部である岬とか鼻を言うが、ここは港の荷揚げ機械が配されてあるのであるから、港湾内に突き出た人口の突堤と読むべきである。

「生物意識」朔太郎は明らかに眼に見えない霊的な何ものかを考えている。そこを経て海陸に運ばれて行ったヒトを含む総ての動植物の、そこでの残留思念や感情を、かく言っているものと私は採る。

 この詩篇の後の左ページ(右ページには「ああ神よ もうとりかへすすべもない」(改行)「さうしてこんなむしばんだ囘想から いつも幼な兒の」(行末)「やうに泣いて居やう」の三行が配されてある)には、以下の「海岸通之圖」が配されてある。これは筑摩版全集解題によれば、「西洋之圖」と同じくサンフランシスコの絵葉書とある。これはこの詩篇の「波止場」のシークエンスと珍しく親和性が見られる配置となっているので、ここに掲げておくこととした。]

 

Kaigandoorinozu

 

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