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2019/01/21

柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「河童駒引」(7) 「馬ニ惡戲シテ失敗シタル河童」(1)

 

《原文》

馬ニ惡戲シテ失敗シタル河童  明治四十三年ニ出版セシ遠野物語ノ中ニ左ノ如キ一話アリ。【姥子】陸中遠野ノ町ニ近キ小烏瀨(コガラセ)川ノ姥子(ウバコ)淵ノ邊ニ新屋ノ家ト云フ家アリ。【厩】或日馬ヲ淵へ冷シニ行キ馬曳ノ兒ハ外へ遊ビニ行キテアリシ間ニ、河童川ヨリ出デテ其馬ヲ引込マントシ、却ツテ馬ニ引キズラレテ家ノ厩ノ前ニ來リ馬槽ニ覆ハレテアリキ。家ノ者馬槽ノ伏セテアルヲ怪シミ、些シク之ヲモタゲ見ルニ河童ノ手見エタリ。村中ノ者寄集マリ殺サンカ宥サンカト評議セシガ、結局今後ハ村ノ馬ニ惡戲ヲセヌト云フ堅キ約束ヲサセテ之ヲ放シタリ。其河童今ハ村ヲ去リテ相澤ノ瀧壺ニ行キテ住メリ〔以上〕。此ノ話ノ中ニテ新シキ部分ハ河童ノ引キタルハ馬ノ尻尾ニ非ズシテ口綱ナリシコト、及ビ途中ニテ手ヲ切ラレシ代リニ厩ノ口ニ於テ不覺ノ生恥ヲ晒セシコトナリ。【口碑ノ爭】此類ノ話ハ諸國ノ村里ニ何程モ傳ハリ、而モ何レノ村ニ於テモ皆之ヲ我ガ處ノ歷史ナリト信ジ居リ、偶同ジ傳ノ他地方ニ存スルヲ聞ケバ、互ニソレハ我村ノヲ持去リシナラント言フ。多クノ中ニハ旅人ナドガ他國ニテ聞キ歸リテ話シタルヲ、子孫ノ者之ヲ村内某地ノ出來事ナリト誤リタルモ無シトハ言ヒ難ケレド、元來此傳ノ如キハ實ハ夙クヨリ全國ノ共有物タリシナリ。仍テ茲ニハ如何ナル程度ニマデ此話ノ分布シテアルカヲ明白ニセント欲ス。

 

《訓読》

馬に惡戲(いたづら)して失敗したる河童  明治四十三年に出版せし「遠野物語」の中に左のごとき一話あり。【姥子(をばこ)】陸中遠野の町に近き小烏瀨川(こがらせがは)の姥子淵(をばこふち)の邊りに「新屋(しんや)の家」と云ふ家あり。【厩(うまや)】或る日、馬を淵へ冷しに行き、馬曳(うまひき)の兒は外へ遊びに行きてありし間に、河童、川より出でて、其の馬を引き込まんとし、却つて馬に引きずられて、家の厩の前に來たり、馬槽(うまふね)に覆はれてありき。家の者、馬槽の伏せてあるを怪しみ、些(すこ)しく之をもたげ見るに、河童の手、見えたり。村中の者、寄り集まり、「殺さんか、宥(ゆる)さんか」と評議せしが、結局、「今後は村の馬に惡戲をせぬ」と云ふ堅き約束をさせて、之れを放したり。其の河童、今は村を去りて、相澤の瀧壺に行きて、住めり〔以上〕。此の話の中にて新しき部分は、河童の引きたるは馬の尻尾に非ずして口綱(くちづな)なりしこと、及び、途中にて手を切られし代りに、厩の口に於いて不覺の生恥(いきはぢ)を晒(さら)せしことなり。【口碑の爭(あらそひ)】此の類の話は、諸國の村里に何程(いかほど)も傳なり、而も、何れの村に於いても、皆、之れを「我が處の歷史なり」と信じ居り、偶々(たまたま)同じ傳の、他地方に存するを聞けば、互に、「それは我が村のを持ち去りしならん」と言ふ。多くの中には、旅人などが、他國にて聞き歸りて、話したるを、子孫の者、之れを「村内某地の出來事なり」と誤りたるも、無しとは言ひ難(がた)けれど、元來、此の傳のごときは、實は夙(はや)くより、全國の共有物(きよういうぶつ)たりしなり。仍(より)て、茲(ここ)には如何なる程度にまで此の話ノ分布してあるかを明白にせんと欲す。

[やぶちゃん注:「明治四十三年」一九一〇年。「遠野物語」は同年六月十四日に『著者兼發行者』を『柳田國男』として東京の聚精堂より刊行された。本書刊行の四年前。

『「遠野物語」の中に左のごとき一話あり』私は本年元旦に、本ブログ・カテゴリ「柳田國男」で『佐々木(鏡石)喜善・述/柳田國男・(編)著「遠野物語」(初版・正字正仮名版)』の全電子化を終わっている。ここで柳田國男が引いているのは、その「五八」である。

「小烏瀨川(こがらせがは)の姥子淵(をばこふち)」サイト「川の地図」のこちらで位置情報を確認出来る。東方聖地@ ウィキの「カッパ淵もよく、解説や資料提示が後者は豊富である。画像は「遠野物語」の強力な個人サイトである dostoev氏の『不思議空間「遠野」-「遠野物語」をwebせよ!-』の『遠野不思議 第三百九十三話「姥子淵」』がよく、その解説によれば、『この姥子淵には道は無いので、密林とまではいかないけれど、藪を掻き分け進まないと辿り着けない。また湿地帯でもあるので、足元には気を付けないといけない』し、蛇もいるとあり、しかし、『遠野にある河童淵の中において、一番』、『佇まいは美しいかもしれない』と評されておられる。]

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