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2019/01/16

萩原朔太郞 靑猫(初版・正規表現版) 顏

 

  

 

ねぼけた櫻の咲くころ

白いぼんやりした顏がうかんで

窓で見てゐる。

ふるいふるい記憶のかげで

どこかの波止場で逢つたやうだが

菫の病鬱の匂ひがする

外光のきらきらする硝子窓から

ああ遠く消えてしまつた 虹のやうに。

 

私はひとつの憂ひを知る

生涯(らいふ)のうす暗い隅を通つて

ふたたび永遠にかへつて來ない。

 

[やぶちゃん注:大正一一(一九二一)年一月号『日本詩人』初出。初出は以下。

   *

 

  顏

 

ねぼけた櫻のさくころ

白いぼんやりした顏がうかんで

窓で見てゐる。

ふるいふるい記憶のかげて[やぶちゃん注:ママ。]

どこかの波止場で逢つたやうだが

たいさう惱ましい顏のやうだが[やぶちゃん注:「たいさう」はママ。]

𦰌の病鬱の匂ひがする[やぶちゃん注:「𦰌」はママ。]

外光のきらきらする硝子窓から

あゝ遠く消えてしまつた。虹のやうに。

 

私はひとつの憂ひを知る

生涯(らいふ)のうす暗い隅を通つて

ふたゝび永遠にかへつて來ない。

あゝ悔恨の酢えた淚は

殘像の頰にもながれてゐる。

 

   *

初出の最後の二行はカットして良かった。「ふたゝび永遠にかへつて來ない」と感ずる「憂ひ」には「殘像の頰にもながれ」る「悔恨の酢えた淚」など、あろうはずがない、絶対の永遠の憂愁には、この二行は蛇足以外の何ものでもないからである。

 「定本靑猫」とは異同が全くなく、特異点の再録詩篇である。]

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