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2019/01/01

迎春 * 佐々木(鏡石)喜善・述/柳田國男・(編)著「遠野物語」(初版・正字正仮名版) 一一一、一一二 驚異のダンノハナ

 

一一一 山口、飯豐、附馬牛の字荒川東禪寺及火渡(ヒワタリ)、靑笹の字中澤竝に土淵村の字土淵に、ともにダンノハナと云ふ地名あり。その近傍に之と相對して必ず蓮臺野と云ふ地あり。昔は六十を超えたる老人はすべて此蓮臺野へ追ひ遣るの習[やぶちゃん注:「ならひ」。]ありき。老人は徒(イタヅラ)に死んで了(シマ)ふこともならぬ故に、日中は里へ下り農作して口を糊(ヌラ)したり。その爲に今も山口土淵邊にては朝(アシタ)に野らに出づるをハカダチといい、夕方野らより歸ることをハカアガリと云ふと云へり。

【○ダンノハナは壇の塙なるべし卽ち丘の上にて塚を築きたる場所ならん境の神を祭る爲の塚なりと信ず蓮臺野も此類なるべきこと石神問答の九八頁に云へり】

[やぶちゃん注:「ダンノハナ」現在、この名称は岩手県遠野市綾織町下綾織且の鼻として残っている。ここ(グーグル・マップ・データ。但し、遠野市街からはずっと西方である)。遠野市土淵町山口のダンノハナは、知られたデンデラ野(佐々木喜善の生家の西直近。ここ(グーグル・マップ・データ))の近くで(踏破者の記事によれば数分で着くとある)、現在、文字通りの共同墓地となっており、佐々木喜善の墓もここにある

「ハカダチ」「ハカアガリ」「墓立ち」「墓上り」であろうが、非常に興味深い風習である。蓮臺野」(蓮台野)は京のそれと同じく古くは風葬地であったのだろうが、そこに老いた生きた者を送るのは「姥捨て」であるにも拘わらず、「姥捨て」伝承が持つ陰惨な印象がこのシステムにはあまり臭ってこない(死臭が感じられないと言ってもよい)。「蓮台野」は死に近づいた者たちが現世で棲むターミナルではあるが、そこに遺棄されるのではなく、そこに棲むのである。しかも、日常的に最低限の糊口を凌ぐために、現実の下の里へと下って農耕を行い、なにがしかの施物を受け、蓮台野に戻るという生活を続けるのである。これを私は理想郷とは言わぬまでも、現実と異界(冥界)との乗り入れ(老人だけであるが)という奇抜で、しかも民俗社会に於ける一種の成し得べきターミナル・ケアとしてのリビング(それは同時にダイイング(死に向き合う)でもある)・ワークと些少の生命保持の報酬が与えられている点で、当時としては異様でありながら、同時に画期的とも言えるように私には思われる。

「塙」(はなわ)とは山の突き出た所や土地の小高くなっている箇所を指す語である。

「石神問答の九八頁」ここ(国立国会図書館デジタルコレクション)。]

 

一一二 ダンノハナは昔館(タテ)のありし時代に囚人を斬りし場所なるべしと云ふ。地形は山口のも土淵飯豐のも略(ホヾ)同樣にて、村境の岡の上なり。仙臺にも此地名あり。山口のダンノハナは大洞(オホホラ)へ越ゆる丘の上にて館址(タテアト)よりの續きなり。蓮臺野は之と山口の民居を隔てゝ相對す。蓮臺野の四方はすべて澤なり【○外の村々にても二所の地形及關係之に似たりと云ふ】。東は卽ちダンノハナとの間の低地、南の方を星谷と云ふ【○星谷と云ふ地名も諸國に在り星を祭りし所なり】。此所には蝦夷屋敷と云ふ四角に凹みたる[やぶちゃん注:「へこみたる」。]所多く有り。其跡極めて明白なり。あまた石器を出す。石器土器の出る處山口に二ケ所あり。他の一は小字[やぶちゃん注:「こあざ」。]をホウリヤウと云ふ。ここの土器と蓮臺野の土器とは樣式全然殊なり。後者のは技巧聊かも無く、ホウリヤウのは模樣(モヤウ)なども巧(タクミ)なり。埴輪(ハニワ)もこゝより出づ。又石斧石刀の類も出づ。蓮臺野には蝦夷錢とて土にて錢の形をしたる徑二寸ほどの物多く出づ。是には單純なる渦紋(ウヅモン)などの模樣あり。字ホウリヤウには丸玉管玉(クダタマ)も出づ。こゝの石器は精巧にて石の質も一致したるに、蓮臺野のは原料色々なり。ホウリヤウの方は何の跡と云ふことも無く、狹き一町步ほどの場所なり。星谷は底の方(カタ)今は田と成れり。蝦夷屋敷は此兩側に連りてありし也と云ふ。此あたりに掘れば祟(タヽリ)ありと云ふ場所二ケ所ほどあり。

【○ホウリヤウ權現は遠野を初め奧羽一圓に祀らるゝ神なり蛇の神なりと云ふ名義を知らず[やぶちゃん注:「るゝ」は底本は「る、」であるが、全集その他で踊り字の誤植と断じ、特異的に訂した。]】

[やぶちゃん注:本条は考古学的遺跡を含め、私には非常に興味が惹かれる条であるが私の短い半可通な注を附すよりも、本条を驚くべき緻密さで解析した、黒田篤史論文「『遠野物語』に見る柳田國男の考古学的関心(リンク先からPDFでダウン・ロード出来る)を読まれるに若(し)くはない。出土品(「山口Ⅰ遺跡」。縄文後期及び晩期の土器が出土する)のリストや画像・資料記録の電子化もなされてあり、まさに本条を読み解くに、これ以上のものは望めないと断言出来る。必見!!!

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