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2019/02/19

和漢三才圖會卷第三十七 畜類 牛黃(ごわう・うしのたま) (ウシの結石など)

 

Usinotama

 

ごわう    丑寳

うしのたま  瞿盧折娜【釋典】(『金光明經』)〕

牛黃

      【俗云宇之乃太末】

ニウ パアン

 

本綱牛黃【苦平有小毒】入肝經治筋骨小兒驚癇及百病之藥

凡牛有黃者身上夜有光眼如血色時復鳴吼恐懼人又

好照水人以盆水承之伺其吐出乃喝迫卽墮下水中取

得隂乾百日一子如雞子黄大重疉可揭折輕虛而氣香

者佳【有黃堅而不香有駱駝黃極易得也】有能相亂者不可不審之試法

但揩摩手甲上透甲黃者爲眞葢牛黃牛之病也故有黃

之牛多病而易死諸獸皆有黃人之病黃者亦然因其病

在心及肝膽之間凝結成黃故還能治心及肝膽之病正

如人之淋石復能治淋也牛黃有四種【生黃角中黃心黃肝黃】

 吼喚喝迫而得者名生黃 殺死在角中得名角中黃

 牛病死后心中剥得名肝黃【大抵皆不及生黃之爲勝】

△按俗間有牛寳形如玉石外靣有毛蓋此如狗寳而鮓

 荅之類牛之病塊與牛黃一類二種也傭愚賣僧之輩

 爲靈物或以重價索之其惑甚哉

 

 

ごわう    丑寳〔(ちゆうはう)〕

うしのたま  捏盧折娜〔(くろせつな)〕【釋典。】

牛黃

      【俗に云ふ、「宇之乃太末」。】

ニウ パアン

 

「本綱」、牛黃【苦、平。小毒有り。】肝經〔(かんけい)〕に入りて、筋骨を治す。小兒〔の〕驚癇[やぶちゃん注:漢方で言う癲癇症状のこと。]及び百病の藥たり。凡そ、牛に黃(たま)有る者は、身上〔しんじやう)〕[やぶちゃん注:その外見は。]、夜(〔よ〕る)、光り有りて、眼、血の色ごとし。時に、復た、鳴〔き〕吼えて、人を恐懼〔さ〕す。又、好んで水を照らす。人、盆水を以つて、之れを承〔(う)〕け、其の吐き出だすを伺ひて、乃〔(すなは)〕ち、喝迫[やぶちゃん注:脅し迫って。]して、卽ち、水中に墮〔(お)とし〕下〔さ〕す。取り得て、隂乾しにすること、百日、一子、雞〔(にはとり)の〕子〔(たまご)〕の黄の大いさのごとし。重疉〔(ちようでふ)〕して、揭折〔(かつせつ)〕すべし[やぶちゃん注:「こそぎ削ることが出来る」の意か。]。輕く、虛にして、氣〔(かざ)〕、香〔(かほりよ)〕き者、佳なり【〔(からうし)〕の黃(たま)有り、堅くして香〔(かほりよ)〕からず。駱駝の黃、有り、極めて得易し。】能く相ひ亂〔(まが)へ〕る者[やぶちゃん注:偽物。]有り、之れを審らかにせずんばあるべからず[やぶちゃん注:これは慎重に判別しなくてはいけない。]。試みる法〔は〕、但だ、手の甲(つめ)[やぶちゃん注:爪。]の上に揩-摩〔(かいま)〕して[やぶちゃん注:擦(こす)ってみて。]、甲〔(つめ)〕に透〔(すきとほ)〕り、黃なる者、眞と爲す。葢し、牛黃は牛の病ひなり。故に、黃(たま)有る牛は多病にして、死に易し。諸獸、皆、黃(たま)有り。人の黃を病む者、亦、然り。因其の病ひ、心及び肝膽の間に在り、凝結して黃を成すに因〔(よ)〕る。故に、還りて、能く心及び肝膽の病ひを治す。正〔(まさ)〕に人の淋石の、復た、能く淋を治するがごとくなり。牛黃、四種有り【「生黃〔(せいのたま)〕」・「角中〔の〕黃」・「心〔の〕黃」・「肝〔の〕黃」。】。

 吼え喚〔くを〕喝迫して得る者を「生黃」と名づく。 殺死〔して〕角の中に在りて得るを「角中黃」と名づく。牛、病死して后〔(のち)〕、心〔の〕中〔を〕剥(は)ぎて得るを「肝黃」と名づく【大抵、皆、「生黃」の勝〔(すぐる)〕と爲すに及ばず。】。

△按ずるに、俗間、牛寳〔(うしのたま)〕有り、形、玉石のごとく、外靣に毛あり。蓋し、此れ、狗寳〔(いぬのたま)〕のごとくにして、「鮓荅〔さとう)〕」の類ひ〔なり〕。牛の病塊〔(びやうかい)たる〕牛黃と〔は〕一類〔にして〕二種なり[やぶちゃん注:「別種のものである」の意。「牛黃」を特別視する習慣によるもの。]。傭愚〔(おろかもの)〕・賣僧(まいす)[やぶちゃん注:「まい」「す」ともに唐音。仏法を種に金品を不当に得る僧。禅宗から起こった語で、後に単に人を騙す者の意にも転じた。]の輩〔(やから)〕、靈物〔(れいもつ)〕と爲〔(な)〕し、或いは重〔き〕價〔(あたひ)〕を以つて之れを索(もと)む。其れ、惑〔(まどひ)〕の甚しきかな。

[やぶちゃん注:牛の体内結石及び悪性・良性の腫瘍や変性物質等である。既に「狗寳(いぬのたま)(犬の体内の結石)」及び鮓荅(へいさらばさら・へいたらばさら)(獣類の体内の結石)に十全に注したので、ここでは繰り返さない。そちらの注を見られれば、この冒頭注に代えられる。悪しからず。

 

「瞿盧折娜〔(くろせつな)〕【釋典。】」「本草綱目」には『金光明經』と出典を明記する。ウィキの「金光明経」によれば、「金光明経(こんこうみょうきょう:サンスクリット語カタカナ音写:スヴァルナ・プラバーサ・スートラ)は四『世紀頃に成立したと見られる仏教経典のひとつ。大乗経典に属し』、本邦では「法華経」・「仁王経(にんのうきょう)」と『ともに護国三部経のひとつに数えられる』。『原題は、「スヴァルナ」』『が「黄金」、「プラバーサ」』『が「輝き」、「スートラ」』『が「経」』で、『総じて「黄金に輝く教え」の意』。『主な内容としては、空の思想を基調とし、この経を広めまた読誦して正法をもって国王が施政すれば国は豊かになり、四天王をはじめ弁才天や吉祥天、堅牢地神などの諸天善神が国を守護するとされる』。『この経典の漢訳については、曇無讖』(どんむせん/どんむしん:サンスクリット語カタカナ音写:ダルマクシェーマ:漢名:法楽 三八五年~四三三年:中インド出身の訳僧)が四一二年から四二一年『頃にかけて漢訳した』「金光明経」全四巻、宝貴などが五九七年に編纂した「合部金光明経」全八巻、『唐の義浄が自らインドから招来した経典を新たに漢訳した』「金光明最勝王経」『などがあり、「大正新脩大蔵経」経集部に所収されている』。『日本へは、古くから』曇無讖訳の「金光明経」が『伝わっていたようであるが、その後』、八『世紀頃』、義浄訳の「金光明最勝王経」が『伝わり、聖武天皇は』これを『写経して全国に配布し、また』、天平一三(七四一)年には『全国に国分寺を建立し、金光明四天王護国之寺と称された』とある。

〔(からうし)〕」読みは東洋文庫訳に従った。「唐牛」か。中文サイトでは黒牛のこととする。

『「生黃〔(せいのたま)〕」・「角中〔の〕黃」・「心〔の〕黃」・「肝〔の〕黃」』以下は前後から私が勝手に和訓した。音読みした方がよいかも知れぬ。

「鮓荅〔さとう)〕」前掲項鮓荅(へいさらばさら・へいたらばさら)(獣類の体内の結石)を見られたい。

「傭愚〔(おろかもの)〕」東洋文庫訳の読みを採用した。「傭」は真理を知らない雇われ者の謂いか。よく判らぬ。]

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