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2019/03/18

柳田國男 山島民譚集 原文・訓読・附オリジナル注「河童駒引」(35) 「河童の神異」(1)

 

《原文》

河童ノ神異  サテ立チ戾リテ愈河童傳ノ結末ヲ附ケント欲ス。猿ハ既ニ厩馬ノ保護者ナリトスレバ、假令每囘ノ計畫ハ失敗ニ終リタリトハ言ヘ、常ニ馬ノ害敵ヲ以テ自ラ任ズル河童ヲ指ザシテ、猿ヨリ變形シタルモノナリト斷定スルハ無理ナルニ似タリ。【善神惡神】併シナガラ日本ニハ限ラズ、多クノ國ノ民間ノ神樣ニハ佛樣ト違ヒテ往々ニシテ善惡ノ二面アリ。而モ人ノ生活ト最モ多ク交涉スルハ、神ノ本來ノ親切ニハアラデ其時々ノ憤怒ノ威力ナリ。此性癖ノ殊ニ顯著ナルガ恐ラクハ所謂枉津日(マガツヒ)ノ神ニシテ、人ハ其兇害ヲ輕減セラレンガ爲ニ村ニ夥シク其祠ヲ齋ヒ、言ハヾ惡神ノ消極的保護ヲ仰ギシナリ。思慮淺キ者ノ考ヘニテハ、善神ニハ何ノ祈願ヲ掛ケズトモ當然ノ恩惠ヲ期スルコトヲ得べシ、之ニ反シテ惡神ノ方ハ早ク手ヲ廻シテ置カザレバ何ヲシタマフカ分ラズ。故ニ常ニ其御機嫌ヲ取リテ良キ程ニ他ノ方面ニ注意ヲ轉ゼシムルノ算段ヲスルナリ。【神送リ】其神ニシテ移動性ノ神ナラバ鉦鼓歌舞ヲ以テ之ヲ村ノ境マデ送リ出シ、若シ又土著ノ神ナラバ無慈悲ノ地頭ヲ戴キシ時ト同ジ格ニテ、最モ謹愼シテ年々ノ祭ヲ勤メ、聊カニテモ其怒ヲ起サズ其思遣リ無キ神罰ヲ蒙ラザルコトニ熱心ス。要スルニ憤ヲ抑ヘ恨ミヲ寬恕スルコトモ亦大ナル神德卽チ人間ノ懇請スべキ神ノ好意ナリ。此故ニ假ニ馬ノ神ノ特質ニ中世何等ノ變遷無カリキトスルモ、猶河童駒引ノ傳ヲ發生セシムルニ些シモ差支ヘ無シ。【客神】殊ニ所謂猿神ノ如キハ勿論神代ノ最初ヨリノ我神ニ非ズ。イヅレノ時代ニカ入リ來リシ客神ノ一種ニシテ、十分ニ氣心ノ知レヌ神ナリ。從ツテ我々ノ祖先ガ如何ニ其信仰ヲ受傳ヘタリシカハ、到底想像ノ外ニ在リ。【荒神】或ハ油斷ノナラヌ荒神ナルガ爲ニ、一應ハ其護符ヲ有難ク頂戴シタルモ、内心ノ不服ヲ自制スルコト能ハズシテ、寧ロ詫證文ノ誤解ヲ歡迎シ且ツ其詮議ニ手ヲ盡シ、モシクハ又其力量ノ必ズシモ怖ルヽニ足ラザルヲ感ズルヤ、頻リニ某地ニ於ケル「ヒヤウスヘ」ノ約束ヲ云々シテ、旗鼓堂々ト之ニ對シテ戰ヲ宣シタルモノナリトモ見ルコトヲ得べシ。

 

《訓読》

河童の神異  さて、立ち戾りて愈々(いよいよ)河童傳の結末を附けんと欲す。猿は既に厩馬の保護者なりとすれば、假令(たとひ)、每囘の計畫は失敗に終りたりとは言へ、常に馬の害敵を以つて自ら任ずる河童を指(ゆび)ざして、猿より變形したるものなりと斷定するは無理なるに似たり。【善神惡神】併しながら、日本には限らず、多くの國の民間の神樣には、佛樣と違ひて、往々にして善惡の二面あり。而も人の生活と最も多く交涉するは、神の本來の親切にはあらで、其の時々の憤怒の威力なり。此の性癖の殊に顯著なるが、恐らくは、所謂、「枉津日(まがつひ)の神」にして、人は其の兇害(きようがい)を輕減せられんが爲に、村に夥(おびただ)しく其の祠を齋(いは)ひ、言はゞ、惡神の消極的保護を仰ぎしなり。思慮淺き者の考へにては、善神には何の祈願を掛けずとも、當然の恩惠を期(き)することを得べし、之れに反して、惡神の方は、早く手を廻して置かざれば、何をしたまふか、分らず。故に常に其の御機嫌を取りて、良き程に他の方面に注意を轉ぜしむるの算段をするなり。【神送り】其の神にして移動性の神ならば、鉦鼓歌舞(しやうこかぶ)を以つて之れを村の境まで送り出し、若(も)し又、土著(どちやく)の神ならば、無慈悲の地頭を戴きし時と同じ格にて、最も謹愼して、年々の祭りを勤め、聊(いささ)かにても其の怒を起さず、其の思ひ遣り無き神罰を蒙らざることに、熱心す。要するに憤りを抑へ、恨みを寬恕することも亦、大なる神德、卽ち、人間の懇請すべき神の好意なり。此の故に、假に馬の神の特質に、中世、何等の變遷無かりきとするも、猶ほ、河童駒引の傳を發生せしむるに些(すこ)しも差し支へ無し。【客神(まらうどがみ)】殊に、所謂、「猿神(さるがみ)」のごときは、勿論、神代(かみよ)の最初よりの我が神に非ず。いづれの時代にか入り來たりし客神の一種にして、十分に氣心(きごころ)の知れぬ神なり。從つて、我々の祖先が、如何に其の信仰を受け傳へたりしかは、到底、想像の外に在り。【荒神】或いは、油斷のならぬ荒神なるが爲に、一應は其の護符を有難く頂戴したるも、内心の不服を自制すること能はずして、寧ろ、詫證文の誤解を歡迎し、且つ、其の詮議に手を盡し、もしくは又、其の力量の必ずしも怖るゝに足らざるを感ずるや、頻りに某地に於ける「ヒヤウスヘ」の約束を云々して、旗鼓堂々(きこだうだう)と、之れに對して戰ひを宣したるものなり、とも見ることを得べし。

[やぶちゃん注:「枉津日(まがつひ)の神」ウィキの「禍津日神によれば、「古事記」に基づくなら、伊耶那岐(いさなき)の『禊ぎによって生まれた神々』を指し、『禍(マガ)は災厄、ツは「の」、ヒは神霊の意味であるので、マガツヒは災厄の神という意』となる。「神産み」で、黄泉から帰還した伊耶那岐『が禊を行って黄泉の穢れを祓ったときに生まれた神で』、「古事記」では「八十禍津日神(やそまがつひのかみ)」と「大禍津日神(おほまがつひのかみ)」の二神とし、「日本書紀」第五段第六の一書に於いては、「八十枉津日神(やそまがつひのかみ)」と「枉津日神(まがつひのかみ)」とする。『これらの神は黄泉の穢れから生まれた神で、災厄を司る神とされている』。『神話では、禍津日神が生まれた後、その禍を直すために』、「直毘神(なおびのかみ)」二柱と「伊豆能売(いづのめ)」が生まれあとする。柳田國男が言うように後には、『この神を祀ることで』、『災厄から逃れられると考えられるようになり、厄除けの守護神として信仰されるようになった』。『この場合、直毘神が一緒に祀られていることが多い』とある。『本居宣長は、禍津日神を悪神だと考えた』。『宣長によると禍津日神は人生における不合理さをもたらす原因だという』。『この世の中において、人の禍福は必ずしも合理的に人々にもたらされず、誠実に生きている人間が必ずしも幸福を享受し得ないのは、禍津日神の仕業だとした』。『「禍津日神の御心のあらびはしも、せむすべなく、いとも悲しきわざにぞありける」』(「直毘霊(なおびのたま)」)『と述べている』。『一方、平田篤胤は禍津日神を善神だとし』、『篤胤によると、禍津日神は須佐之男命の荒魂であるという』。『全ての人間は、その心に禍津日神の分霊と直毘神(篤胤は天照大神の和魂』(にぎみたま)『としている)の分霊を授かっているのだという』。『人間が悪やケガレに直面したとき、それらに対して怒り、憎しみ、荒々しく反応するのは、自らの心の中に禍津日神の分霊の働きによるものだとした』。『つまり、悪を悪だと判断する人の心の働きを司る神だというのである』。『また』、『その怒りは直毘神の分霊の働きにより、やがて鎮められるとした』とある。

「旗鼓堂々」通常は、「旗鼓」は「軍旗」と先陣を飾る「太鼓」で、「軍隊が整然として勢いや威厳のあるさま」であるが、そこから転じて、一般に人々が隊列をなして行進するさまなどの形容にも用いる(別に「文筆の勢いの盛んなさま」にも用いる)。]

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