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2019/03/21

和漢三才圖會卷第三十八 獸類 野豬(ゐのしし) (イノシシ)

Inosisi



ゐのしゝ

野豬

     【和名久佐

      井奈岐

      俗云井乃

      之々】

本綱野豬有深山形如豬但腹小脚長毛色褐或黃作羣

行牙出口外如象牙其肉有至二三百斤者能與虎闘或

云能掠松脂曳沙石塗身以禦矢也最害田稼亦啖蛇虺

獵人惟敢射最後者若射中前者則散走傷人

肉【甘平】 治癲癇補肌膚益五臟【青蹄者不可食忌巴豆】其肉赤如馬

 肉食之勝家豬牝者肉更美

                  爲家

 新六はた山の尾上つゝきのたかゝやにふすゐありとや人とよむらん

△按野豬怒則背毛起如針頸短不能顧左右觸牙者無

 不摧破如爲獵人被傷去時人詈謂汝卑怯者蓋還乎

 則大忿怒直還進對合與人决勝負故譬之猛勇士惟

 突傷鼻及腋則斃

――――――――――――――――――――――

嬾婦獸 出嶺南似山豬而小善害田禾惟以機軸紡織

 之噐置田所則不復近也

ゐのしゝ

野豬

     【和名、「久佐井奈岐〔(くさゐなき)〕」。

      俗に云ふ、「井乃之々」。】

「本綱」、野豬は深山に有り。形、豬〔(ぶた)〕のごとく、但〔(ただ)〕、腹、小さく、脚、長く、毛の色、褐、或いは、黃。羣行を作〔(な)〕す[やぶちゃん注:群れを成して行動する。]。牙、口の外に出でて、象の牙のごとし。其の肉、二、三百斤[やぶちゃん注:明代の一斤は五百九十六・八二グラムであるから、百十九キロ強から百七十九キログラムに当たる。実際のイノシシの成体個体としては正当な数値である。後注の下線太字部参照。]に至る者、有り。能く虎と闘ふ。或いは云ふ、能く松脂〔(まつやに)〕を掠〔(りやく)〕して[やぶちゃん注:擦り採って。]、沙石に曳き、身に塗りて、以つて矢を禦ぐ〔と〕。最も田稼〔(でんか)〕[やぶちゃん注:田畑の作物の総称。]を害し、亦、蛇・虺〔(まむし)〕を啖(くら)ふ。獵人、惟だ、敢へて〔群れの〕最も後〔(しり)〕への者を射る。若〔(も)〕し、射て、前の者に中〔(あた)〕るときは、則ち、散走して人を傷つくる。

肉【甘、平。】 癲癇を治し、肌膚を補し、五臟に益あり【青〔き〕蹄〔(ひづめ)〕の者〔は〕食ふべからず。巴豆〔(はづ)〕を忌む。】。其の肉、赤く、馬の肉ごとし。之〔れを〕食〔ふに〕、家-豬(ぶた)に勝れり。牝(め)は、肉、更に美なり。

                  爲家

 「新六」

   はた山の尾〔(を)の〕上〔(へ)〕つゞきのたかゝやに

      ふすゐありとや人とよむらん

△按ずるに、野豬(ゐのしゝ)、怒れば、則ち、背の毛、起ちて針のごとし。頸、短く、左右を顧みること能はず。牙に觸るる者、摧(くじ)き破(わ)らざるといふこと無し。如〔(も)〕し、獵人(かりうど)の爲に傷(きづ)ゝけられて去る時、人[やぶちゃん注:その猟人。]、詈(のゝし)りて「汝、卑怯(ひきよ〔う〕)者、蓋〔(なん)〕ぞ還(かへ)さざるや」〔と言へば〕、則ち、大きに忿-怒(いか)りて、直ちに還り、進んで對し、合〔(がつ)〕して、人と勝負を决す。故に、之れを「猛き勇士」に譬〔(たと)〕ふ。惟だ〔し〕、鼻及び腋〔(わき)〕を突き傷つくれば、則ち、斃〔(へい)〕す[やぶちゃん注:斃(たお)れ死す。]。

――――――――――――――――――――――

嬾婦獸〔(らんぷじう)〕 嶺南に出づ。山豬(ゐのしゝ)に似て、小さく、善く田〔の〕禾〔(いね)〕を害す。惟だ〔し〕、機軸(はたをり)・紡織の噐〔(き)〕を以つて田の所に置かば、則ち、復た〔とは〕近かづかざるなり。

[やぶちゃん注:本邦の本土(北海道を除く)産は哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ亜目イノシシ科イノシシ属イノシシ亜種ニホンイノシシ Sus scrofa leucomystax。他に亜種リュウキュウイノシシ Sus scrofa riukiuanus が南西諸島(奄美大島及び琉球諸島の一部(沖縄島・石垣島・西表島等)に分布する(以下に引用するように八重山諸島の群を別亜種として三亜種とする主張や、これらは亜種ではない同属のタイプ種とは別種とする説もある)。ウィキの「イノシシ」を引く。良安も述べている通り、『「猪突猛進」という成句がある』ように、『突進力が強い半面、犬と同じくらい鼻が敏感で、神経質な動物でもある。本種の家畜化がブタである』。『学名は「Sus scrofa」であり、リンネによる命名である。ウシやウマなど他の家畜の学名では野生種より前に家畜種に命名されている例が多々あり、先取権の点から問題となった(審議会の強権により解決された)が、イノシシとブタの間ではそのような問題は起きなかった。古い大和言葉では「ヰ(イ)」と呼んだ。イノシシは「ヰ(猪)のシシ(肉)」が語源であり、シシは大和言葉で「肉」を意味する(「ニク」は音読みの呉音)。現代中国語では、「猪(豬)」の漢字は主にブタの意味で用いられており、イノシシは「野猪(豬)」と呼んで区別する。』。『元来はアジアやヨーロッパなどを中心に生息していた。人間によってイノシシまたはその家畜化されたブタが再野生化したものがアメリカ大陸やオーストラリア大陸などにも放され、爆発的に生息域を広げることになった。分布地域によって個体に大きな差があり、米国アラバマ州では体長約』二・八メートル、体重約四百七十キログラムにも達する『巨大なイノシシが過去には仕留められている。中国東北部のイノシシも体重』三百キログラム以上に達する個体も『ある。日本には北海道を除いてニホンイノシシとリュウキュウイノシシの』二『亜種』乃至『八重山諸島のグループをさらに分けた』三『亜種が分布する。いずれもイノシシの亜種ではなく、別種として分類すべきとの議論もなされている』。なお、ニホンイノシシの場合は性的二型で、よりも小さく、体長はで百十~百七十センチメートル、で百~百五十センチメートル、肩高は六十~九十センチメートル、尾長は三十~四十センチメートル、体重は八十~百九十キログラム(岐阜市で約二百二十キログラムもの個体が捕獲されたことがある)『古くから狩猟の対象とされてきた動物の一つであるが、非常に神経質で警戒心の強い動物である。普段より見慣れないものなどを見かけると、それをできるだけ避けようとする習性がある』。『非常に突進力が強く、ねぐらなどに不用意に接近した人間を襲うケースも多い』。イノシシの成獣個体は七十キログラムか、それ以上の体重を有し、さらに、時速四十五キロメートルで走ることも『可能であり、イノシシの全力の突撃を受けると、大人でも跳ね飛ばされて大けがを負う危険がある。オスの場合には牙も生えているため、たとえ立ち止まっている場合でも』、『オスの場合は鼻先をしゃくり上げるようにして牙を用いた攻撃を行う。オスの牙は非常に鋭く、訓練された猟犬であっても』、『縫合が必要な大きな裂傷や深い刺傷を負う場合があり、作業服程度の厚さの布も容易に切り裂いてしまうという』。『この牙による攻撃は』、丁度、『成人の太ももの高さに当たるため、人間が攻撃された場合、大腿動脈を破られて失血死するケースが多く、非常に危険である』。『メスは牙が短い為、牙を直接用いた攻撃をする事は少ないが、代わりに大きな顎で噛み付く場合がある。メスであっても』、『小動物の四肢の骨程度であれば』、『噛み砕く程の力がある』(イノシシだけではない。私は二十数年前、養豚場のブタが、飼い主の老婦人の臀部に噛みつき、同人が出血性ショックで亡くなった事件を知っている)。『多くの匂いに誘引性を示し、ダニ等の外部寄生虫を落としたり』、『体温を調節したりするために、よく泥浴』『・水浴を行う。泥浴・水浴後には体を木に擦りつける行動も度々観察される』(本文の「松脂」云々の記載はそれを誤認したものであろう。そのように意識的に汚した体表毛は時に硬く固まって鎧のような効果も持つように思われる)。『特にイノシシが泥浴を行う場所は「沼田場(ヌタバ)」と呼ばれ、イノシシが横になり転がりながら全身に泥を塗る様子から、苦しみあがくという意味のぬたうちまわる(のたうちまわる)という言葉が生まれた』。『生息域は低山帯から平地にかけての雑草が繁茂する森林から草原であり、水場が近い場所を好む。食性は基本的に山林に生えている植物の根や地下茎(芋など。冬場は葛根も食べる)、果実(ドングリなど)、タケノコ、キノコなどを食べる、草食に非常に偏った雑食性(植物質:動物質≒9:1)である。芋類は嗅覚で嗅ぎ付け、吻と牙で掘り起こして食べる。動物質は季節の変化に応じて昆虫類、ミミズ、サワガニ、ヘビなどを食べる。食味が良く簡単に手に入れられる農作物を求めて』、『人家近辺にも出没することがある。穀物も採餌対象であり、田畑で実った稲』『やトウモロコシも食害に遭う。鳥類やアカシカなど小型哺乳類なども採餌し、死骸が落ちていた時に食餌する。基本的には昼行性で日中に採餌のため徘徊し、人間活動による二次的な習性で夜行性も示す』。『野生下での寿命は長くて』十『年であり、一年半で性成熟に達する。幼少期にはシマウリ(縞瓜)に似た縞模様の体毛が体に沿って縦に生えており、成体よりも薄く黄褐色をしている。イノシシの幼少期は天敵が多く、この縞模様は春の木漏れ日の下では保護色を成す。その姿かたちからウリ坊(ウリン坊とも言う)、うりんこ、うりっことも呼ばれ、この縞模様は授乳期を過ぎた生後約』四『か月程度で消える』。『繁殖期は』十二『月頃から約』二『か月間続く。繁殖期の雄は食欲を減退させ、発情した雌を捜して活発に徘徊する。発情雌に出会うと、その雌に寄り添って他の雄を近づけまいとし、最終的にはより体の大きな強い雄が雌を獲得する。雌の発情は約』三『日で終わり、交尾を終えた雄は次の発情雌を捜して再び移動していく。強い雄は複数の雌を獲得できるため、イノシシの婚姻システムは一種の一夫多妻であるとも言える。雄は長い繁殖期間中ほとんど餌を摂らずに奔走するため、春が来る頃にはかなりやせ細る』。『巣は窪地に落ち葉などを敷いて作り、出産前や冬期には枯枝などで屋根のある巣を作る。通常』四『月から』五『月頃に年』一『回、平均』四・五『頭ほどの子を出産する。秋にも出産することがあるが、春の繁殖に失敗した個体によるものが多い。妊娠期間は約』四『か月。雄は単独で行動するが』、『雌はひと腹の子と共に暮らし、定住性が高い。子を持たない数頭の雌がグループを形成することもある』。『短い脚と寸胴に似た体形に見合わない優れた運動能力を持ち、最高では人間の短距離走世界記録保持者』(百メートルを約九秒台後半から十秒で走り、時速は三十六キロメートル強に相当する)『をも凌ぐ約』時速四十五キロメートルの『速さで走ることが可能である。農研機構近畿中国四国農業研究センターの実験によると』、七十キログラムの成獣が一メートル二十一センチメートルの『高さのバーを』、『助走もなしに跳び越えることができた』という。但し、『立体感のあるものは苦手で、斜めに立てられた柵は越えることができない』。『扁平になった鼻の力(実際には首~上肢の力)はかなり強く、雄で』七十キログラム『以上、雌でも』五十~六十キログラム『もある石を動かすことができる』。『基本的には水を嫌い泳ぐことはないが、追い立てられたりして止むを得ず泳ぐこともある。犬かきで時速』四キロメートル『程度を出せ』、三十キロメートルの距離を『泳ぐことも不可能ではないという』。『瀬戸内海では島の間を渡る猪がたびたび目撃されている』。『積極的に前進することや向こう見ずに進むことを「猪突猛進」といい、これはイノシシが真っすぐにしか進めないところからきていると言われている。実際のイノシシは他の動物と同様前進している際、目の前に危険が迫った時や危険物を発見した時は急停止するなどして方向転換することができ、真っすぐにしか進めないという認識は誤りである』。『大型肉食動物(トラ、ライオン、ヒョウ、オオカミ、クマ、ワニ、大蛇など)とイノシシの生息地が被る際には、主に幼獣を含む中小の個体が他の有蹄類と同様に捕食対象となる。逆に大型の個体では撃退はおろか返り討ちにするケースも見られる。なお、それらが生息していない地域や、過去には生息していたが』、『現在では絶滅している地域では、成獣を殺害・捕食する大型動物は人間以外にはほぼ存在しない。そうした地域では野犬やカラス、キツネや大型の猛禽類等が幼獣を捕食する程度である』。『縄文時代にはシカとともに主要な狩猟対象獣であった。北海道や離島からも骨が出土し、これらの島には人為的に持ち込まれたと考えられている』。『山梨県北杜市大泉町の金生』(きんせい)『遺跡は八ヶ岳南麓に立地する縄文時代後期の遺跡で、配石遺構が出土したことが知られる。金生遺跡からは焼けたイノシシ幼獣の下顎骨がまとまって出土しており、馴化して飼養状態において、食用に間引いていたとも考えられている』。『イノシシは多産であることから、縄文時代には豊穣の象徴として、縄文時代の精神世界においても重視されていたとされ、土器文様としてイノシシ装飾が見られる。金生遺跡の焼骨も何らかの祭祀に関わる遺物であると考えられている』。『日本で獣肉食が表向き禁忌とされた時代も、山間部などでは「山鯨(やまくじら)」(肉の食感が鯨肉に似ているため)と称して食されていた。「薬喰い」の別名からもわかるように、滋養強壮の食材とされていた。「獅子に牡丹」という成句から、獅子を猪に置き換えて牡丹肉(ぼたんにく)とも呼ばれる』『イノシシ肉の鍋料理を「ぼたん鍋」と称する』とある(引用に際しては、いくつかの項を省略している)。

「久佐井奈岐〔(くさゐなき)〕」小学館「日本国語大辞典」によれば、イノシシの古名とし、本邦初の漢和薬名辞書とされる「本草和名(ほんぞうわみょう)」(全二巻。深根輔仁(ふかねすけひと)著。延喜一八(九一八)年頃の成立。本草約千二十五種の漢名に別名・出典・音注・産地を附し、万葉仮名で和名を注記してある)に、『野猪黃 和名久佐爲奈岐』とし、「今昔物語集」巻第二十の、私の偏愛する一篇「愛宕護山聖人被謀野猪語第十三」(愛宕護(あたご)の山の聖人、野猪(くさゐなぎ)に謀(たまか)れたる語(こと)第十三)の文中の例を引く(前にも「象」で紹介したが、私の『柴田宵曲 續妖異博物館 「佛と魔」(その3) 附小泉八雲Common Sense原文+田部隆次譯』で全文を電子化してある)。語源説には、最初に『クサヰノキ(草猪黄)の義か。クサイは、ブタ(家猪)に対してヰノシシ(野猪)をいう語。キ(黄)は脳の意。脳を薬用にするところから〔大言海〕』を挙げ、次に『クサナギ(草坐長)の義〔日本語原学=林甕臣〕』とする。

「田稼」「稼」は本来、「穀物を植える」(熟語の「稼穡(かしょく)」は「穀物の植え付け」と「穫(と)り入れ」、「種蒔き」と「収穫」の意で、転じて「農業」の意とする)や「穫り入れた穀物」(熟語の「禾稼(かか)」は「禾」が「穀類の総称」、「稼」は「実った穀物」の意で穀物・穀類)の意なのであり、そこから「働く・かせぐ」の意に転じたのである。

「虺〔(まむし)〕」「蝮」で、爬虫綱有鱗目ヘビ亜目クサリヘビ科マムシ亜科マムシ属 Gloydius のマムシ類。

「巴豆〔(はづ)〕」常緑小高木であるキントラノオ目トウダイグサ科ハズ亜科ハズ連ハズ属ハズ Croton tigliumウィキの「ハズ」によれば、『種子から取れる油はハズ油(クロトン油』(本種の英名 Croton に基づく)『)と呼ばれ、属名のついたクロトン酸のほか、オレイン酸・パルミチン酸・チグリン酸・ホルボールなどのエステルを含む。ハズ油は皮膚に』附着するだけで、『炎症を起こす』。『巴豆は』中国古代の本草書「神農本草経下品」や医書「金匱要略(きんきようりゃく)」に『掲載されている漢方薬であり、強力な峻下作用』(下剤の中でも作用の強いものを峻下剤と呼ぶ)『がある。走馬湯・紫円・備急円などの成分としても処方される』が、『日本では毒薬または劇薬に指定』『されているため、通常は使用されない』とある。

「爲家」「新六」「はた山の尾〔(を)の〕上〔(へ)〕つゞきのたかゝやにふすゐありとや人とよむらん」藤原定家の子藤原為家の「新撰六帖題和歌集」(「新撰和歌六帖」とも呼ぶ。六巻。藤原家良(衣笠家良:いえよし)・為家・知家・信実・光俊の五人が、仁治四・寛元元(一二四三)年から翌年頃にかけて詠まれた和歌二千六百三十五首を収めた、類題和歌集。奇矯で特異な歌風を特徴とする)の「第六 草」の載る。「日文研」の「和歌データベース」で校合済み。「畑山(山裾の畑)の尾の上續きの(山頂から続いている尾根)高萱に(背の高い草の生い茂ったところに)伏す(或いは臥す)猪ありとや人響(とよ)むらん(人々が大声を上げて騒いでいるようだ)」の意であろう。

「汝、卑怯(ひきよ〔う〕)者、蓋〔(なん)〕ぞ還(かへ)さざるや」「お前! 卑怯者め! どうして戻って来ないんだ?!」。

「進んで對し、合〔(がつ)〕して」自(みずか)ら真っ直ぐに進み出て、その狩人に対面し、ガチで組み合って。

「嬾婦獸〔(らんぷじう)〕」不詳。イノシシ属の一種ではあろうか? 「嬾婦」は中国語で「怠け者の女・無精な女」の意であり、それが以下の機織り(これは洋の東西を問わず、女性の大事な(古くは神聖な)仕事であった)の織機を置くと来なくなるというのと親和性があり、古伝承でそうした婦人が猪に変じたものと言うのであろうか「和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟋蟀(こほろぎ)」には、

   *

俚語〔(りご)〕に『趨織(こほろぎ)鳴けば、嬾婦〔(らんぷ〕驚く』と言へること、有り。

   *

とあり、また、私の『栗本丹洲自筆「翻車考」藪野直史電子化注(10) 考証第二部』の中に、

   *

「寧波府志」云はく、『江豚、形、猪に似る。一名「大白」。其の身、脂(あぶら)多く、以つて紡績せるを照らせども、則ち、昏(くら)く、賭博を照らして、則ち、明(めい)たり。舊傳に嬾婦(らんぷ)の所化(しよけ)[やぶちゃん注:化け物に変化(へんげ)すること。]せると』と。

   *

とあったのを思い出したのだ。私の考証過程はそちらをじっくりと見て戴きたいが、なにより、そこの「江豚」の文字と「形、猪に似る」に着目して貰いたいのである。「江豚」は結果して私は哺乳綱鯨偶蹄目ハクジラ亜目マイルカ上科ネズミイルカ科スナメリ属スナメリ Neophocaena phocaenoides に比定同定した。無論、この「嬾婦獸〔(らんぷじう)〕」の記事では「善く田〔の〕禾〔(いね)〕を害す」と言っているのであるから、スナメリとは、一見、思えないようでもあるのだが、現在、長江には完全な淡水に棲息するスナメリの個体群がいることが判っており、彼らが水路を伝って水深のある水田に侵入して、稲を食害するかどうかは別としても、田を荒すことは十分に考えられる。また、上記引用の「寧波」や「長江」は「嶺南」ではないものの、嶺南の沿岸地帯にもスナメリは棲息するのである(ウィキの「スナメリ」分布図を見よ)。これは私の推理に過ぎないであるが、この「嬾婦」(「本草綱目」の「野豬」の「集解」の終りに出る)は、或いは、例えば「形、猪に似る」というのを陸の獣と勘違いしたものではあるまいかとも考えているのである。

「嶺南」中国南部の南嶺山脈よりも南の地方の広域総称。現在の広東省・広西チワン族自治区・海南省の全域と、湖南省・江西省の一部に相当する(部分的には「華南」と重なっている)。参照したウィキの「嶺南」地図(キャプションに『華南/嶺南の諸都市。なお』、『福建省(かつての閩)は、多くの場合』、『嶺南には含まれない』ともある)。]

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