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2019/03/06

蒲原有明 有明集(初版・正規表現版) 『ルバイヤツト』より

 

   『ルバイヤツト』より

 

    其一

 

泥沙坡(ナイシヤプル)とよ、巴比崙(バビロン)よ、花(はな)の都(みやこ)に住(す)みぬとも、

よしやまた酌(く)む杯(さかづき)は甘(うま)しとて、苦(にが)しとて、

間(たえま)あらせず、命(いのち)の酒(さけ)はうちしたみ、

命(いのち)の葉(は)もぞ散(ち)りゆかむ、一葉(ひとは)一葉(ひとは)に。

 

朝每(あさごと)に百千(ももち)の薔薇(ばら)は咲(さ)きもせめ、

げにや、さもあれ、昨日(きのふ)の薔薇(ばら)の影(かげ)いづこ、

初夏月(はつなつづき)は薔薇(ばら)をこそ咲(さ)かせもすらめ、ヤムシイド、

カイコバアドの尊(みこと)らのみ命(いのち)をすら惜(を)しまじを。

 

逝(ゆ)くものは逝(ゆ)かしめよ、カイコバアドの大尊(おほみこと)、

カイコスル彦(ひこ)、何(なに)はあれ、

丈夫(ますらを)ツアルもルスツムも誇(ほこ)らば誇(ほこ)れ、

ハチム王(わう)宴(うたげ)ひらけよ――そも何(なに)ぞ。

 

畑(はた)につづける牧草(まきぐさ)の野(の)を、いざ共(とも)に

その野(の)こえ行手(ゆくて)沙原(すなはら)、そこにしも、

王(わう)は、穢多(ゑた)はの差別(けぢめ)なし、――

金(きん)の座(ざ)に安居(あんご)したまへマアムウド。

 

歌(うた)の一卷(ひとまき)樹(こ)のもとに、

美酒(うまき)の壺(もたひ)、糧(かて)の山(やま)、さては汝(みまし)が

いつも歌(うた)ひてあらばとよその沙原(すなはら)に、

そや、沙原(しなはら)もまたの天國(てんごく)。

 

   其二

 

賢(さか)し教(をしへ)に智慧(ちゑ)の種子(たね)播(ま)きそめしより

われとわが手(て)もておふしぬ、さていかに、

收穫(とりいれ)どきの足穗(たりほ)はと問(と)はばかくのみ――

『水(みづ)の如(ごと)われは來(き)ぬ、風(かぜ)の如(ごと)われぞ逝(ゆ)く。』

       オマアカイアム

 

[やぶちゃん注:間(たえま)あらせず、命(いのち)の酒(さけ)はうちしたみ、」は底本では「間(たえま)あらせず、命(いのち)の酒(さけ)うちしたみ、」であり、「安居(あんご)」のルビは「あんこ」であるが、底本の「名著復刻 詩歌文学館 紫陽花セット」の解説書の野田宇太郎氏の解説にある、有明から渡された正誤表に従い、特異的に呈した。中標題「其一」と「其二」の字下げの違いはママ。作者を示す後書きの「オマアカイアム」の位置は底本ではずっと下方である。

 「ルバイヤツト」(Rubā‘īyāt)(「ルバイヤート」のカタカナ表記も通用される)とはペルシア語で「四行詩集」の意。「ルバーイー」(四行詩)の複数形。イラン固有の詩形で民謡に端を発したという。第一行・第二行・第四行の脚韻はかならず押韻し、第三行の脚韻は押韻しても、しなくてもよい。十世紀の詩人をはじめとして多くの詩人たちがこの詩形を作詩したが、ペルシア文学史上とくに四行詩人として知られるのは、ウマル・アル・ハイヤーミー、アブー・サイード・ビン・アビル・ハイル、アンサーリー、バーバー・ターヒルの四詩人である。しかし「ルバイヤート」といえば、ペルシア文学代表作品としてウマル・アル・ハイヤーミーを想起するほど彼の作品は世界的に名高い。十九世紀半ばのイギリスの詩人エドワード・フィッツジェラルド(Edward Marlborough FitzGerald 一八〇九年~一八八三年)によって流麗な英訳が刊行されて以来、世界中に名声が高まり、日本語を含めて世界の主要な言語に翻訳された。人生の無常・宿命・酒の賛美・一瞬の活用などが基調となっている。「ウマル・アル・ハイヤーミー」(Abu 'l-Fath ‘Umar ibn Ibrhm al-Nsbr al-Khayym 一〇四八年?~一一三一年?)はイスラムの数学者・天文学者・詩人。通称は「オマル・ハイヤム」(Omar Khayyam)。イラン北東部ニシャプールに生まれる。現在は、愛と自由を讃えた四行詩「ルバイヤート」の作者として有名であるが、数学者・天文学者としての業績が実は大きい。その「代数学」(al-jabr)には、二次方程式の幾何学的・代数学的解法があるほかに、十三種の三次方程式を認め、それら総てを解こうと試みて、その多くに部分的な幾何学解法を与えている。ただ、その際、負の根を考慮していない。彼はユークリッドの「原論」(Stoikheia)の公準と定義とを研究している。天文学では、セルジューク王ジャラール・アル・ディーン・マリク・シャー(Jalr al-Din Malik Shh)の求めで、一〇七四年頃、イスファハーンの新しい天文台でペルシア暦(一年が三百六十五日)の改良に従事している。彼の改良した暦は「ジャラール暦」(al-Ta'-rkh al-Jlar)とよばれ、これは約五千年に一日の誤差しか生じることがなく、その点では、三千三百三十年に一日の誤差のある今日のグレゴリオ暦よりも精確な暦法であった(孰れも主文は小学館「日本大百科全書」に拠った)。私も大学二年の春以来、岩波文庫版(昭和二四(一九四九)年初版刊)のオマル・ハイヤーム著の小川亮作訳「ルバイヤート」を愛読し続けている(他に森亮氏の訳本も所持する。「森亮訳詩集 晩国仙果 Ⅰ イスラム世界」(平成二(一九九〇)年小沢書店刊)。

 以上の訳詩の内の、「其一」の第一連は、ネットで見る限り、フィッツジェラルドの英訳(複数の英文サイトの記載を見、比較対象して、ここに電子化されているものを採用した)、

 

Whether at Naishápúr or Babylon,

Whether the Cup with sweet or bitter run,

The Wine of Life keeps oozing drop by drop,

The Leaves of Life keep falling one by one.

 

である。これについては岩波文庫版の小川亮作訳「ルバイヤート」の訳者「解の「三 邦語譯の諸本」の冒頭で

    *

 フィツジェラルド英譯本から重譯によってルバイヤートを我が國に恐らく最初に紹介した人は蒲原有明であった。明治四十一年一月東京・易風社發行の『有明集』に収められ、後わずかに訂されて、大正十年アルス發行の『有明詩集』中に入れられた六首である。香気あふれるばかり、しかもよくルバーイイの詩形をも彷彿せしめているすぐれた譯詩であった。本書の第九五歌に相當するルバーイイは次のように譯されている。

 

泥沙坡(ナイシヤプル)とよ、巴比崙(バビロン)よ、花の都に住みぬとも、

よしや酌むその杯は甘(あま)しとて、はた苦(にが)しとて、

間(たえま)あらせず、命の酒はうちしたみ、

命の葉もぞ散りゆかむ一葉(ひとは)一葉(ひとは)に。

 

    *

とある(これは小川氏の言う本詩集のものの、有明が誤植を訂し、さらに改稿した版のそれである)。小川氏のそれの訳詩を示す(同氏は昭和二六(一九五一)年没でパブリック・ドメインである)。

   *

 

     九五

 

バグダードでも、バルクでも、命はつきる。

酒が甘かろうと、苦かろうと、盃は滿ちる。

たのしむがいゝ、おれと君と立ち去ってからも、

月は無限に朔望をかけめぐる!

 

   *

 なお、小川氏はこの「バグダード」と「バルク」に注を附しておられ、『バグダード アッバス朝時代(西記七四九―一二五八年)のカリフの首都、當時イスラム文化の中心地であった。目下イラクの首府』とされ、また、『バルク 現在は北アフガニスタンの小都であるが、古代にはバクトリアの都として、また中世にはブハラやネイシャプールと並ぶ東ペルシアの中心地の一つとして文化の榮えた所』と記しておられる。

 さて、第二連以降の全四連は、同じくフィッツジェラルドの英訳の以下(であろう(引用は英文サイト「"The Rubaiyat of Omar Khayyam" (1859), translated by Edward Fitzgeraldより。これは初版のもの。或いは改版(後述)では改稿が成されているのかも知れない)。

   *

 

VIII.

And look—a thousand Blossoms with the Day

Woke—and a thousand scatter’d into Clay:

And this first Summer Month that brings the Rose

Shall take Jamshyd and Kaikobad away.

 

IX.

But come with old Khayyam, and leave the Lot

Of Kaikobad and Kaikhosru forgot:

Let Rustum lay about him as he will,

Or Hatim Tai cry Supper—heed them not.

 

X.

With me along some Strip of Herbage strown

That just divides the desert from the sown,

Where name of Slave and Sultan scarce is known,

And pity Sultan Mahmud on his Throne.

 

XI.

Here with a Loaf of Bread beneath the Bough,

A Flask of Wine, a Book of Verse—and Thou

Beside me singing in the Wilderness—

And Wilderness is Paradise enow.

 

   *

問題は第一連であるが、思うに、これはフィッツジェラルド自身の手に成る一八七九年の第四版(彼の「ルバイヤート」は全部で五版あるが、一八八九年刊行のそれは彼の死後の編集版である)に載るものではないかと思われる(第四版の英文の書誌情報を捜し得なかったのでただの私の当て推量ではある)。

 次に「其二」であるが、これも前掲の初版の中の、

   *

 

XXVIII.

With them the Seed of Wisdom did I sow,

And with my own hand labour’d it to grow:

And this was all the Harvest that I reap’d—

"I came like Water, and like Wind I go."

 

   *

とよく一致する。小川氏の訳をやはり載せておく。

   *

 

    三七

 

幼い頃には師について學んだもの、

長じては自ら學識を誇ったもの。

だが今にして胸に宿る辭世の言葉は――

 水のごとくも來り、風のごとくも去る身よ!

 

   *

 最終行の一字下げはママ。会話記号を嫌ったもの。

「ヤムシイド」「尊(みこと)」小川氏の「ジャムシード」の注に従えば、『詩人フェルドゥシイの集成したイランの國民史詩「シャーナーメ」に傳はる帝王の名。イラン創世の第一王朝ピシダーデイ朝第五世の英王で、「クタテ・ジャムシード」(ジャムシードの王座)の名のあるペルセポリスを築いた。「ジャムシード」は「日の王」を意味する』とある。

「カイコバアドの尊(みこと)」同じく小川氏の「ケイコバード」の注には、『神話時代のイランの第二王朝ケイアニイ朝を開いた』とある。

み命(いのち)をすら惜(を)しまじを。

「カイコスル彦(ひこ)」原文の綴りからみて、小川氏の「ケイホスロウ」であろう。同注には『ケイアニイ王朝中興の英主』とある。

「丈夫(ますらを)」「ツアル」不詳。初版原文では当該の固有名を見出せない。不審。

「丈夫(ますらを)」「ルスツム」不詳。孰れも武勇を誇った伝説上の人物と押さえておく。

「ハチム王(わう)」ハテム・アル・タイ(?~五七八年)、アラブ・アラビアのタイ族に属していた詩人らしい。

「マアムウド」小川氏の「マムード」であろう。注に『ガズニ王朝(西紀九七七―一一八六年)の英主スルタン・マムード(九九八―一〇三〇年)。印度を侵略して數多の財寶を掠取した』とある。]

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