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2019/04/03

旅行く人に 清白(伊良子清白) (初出形)

 

旅行(たびゆ)く人(ひと)

 

雨(あめ)の渡(わたし)に

   順禮(じゆんれい)の

姿(すがた)寂(さ)びしき

   夕間暮(ゆふまぐれ)

 

霧(きり)の山路(やまぢ)に

   駕舁(かごかき)の

かけ聲(ごゑ)高(たか)き

   朝朗(あさぼらけ)

 

旅(たび)は興(けう)ある

   頭陀袋(づだぶくろ)

重(おも)きを土産(つど)に

   歸(かへ)れ君(きみ)

 

惡魔(あくま)木暗(こぐれ)に

   ひそみつゝ

人(ひと)の財(たから)を

   ねらふとも

 

天女(てんによ)泉(いづみ)に

   下(お)り立(た)ちて

小瓶(こがめ)洗(あら)ふも

   目(め)に入(い)らむ

 

山蛭(やまびる)膚(はだ)に

   吸(す)ひ入(い)らば

谷(たに)に藥水(やくすゐ)

   溢(あふ)るべく

 

船醉(ふなゑひ)海(うみ)に

   苦(くる)しむも

龍神(りゆうじん)臟(むね)を

   醫(いや)すべし

 

鳥(とり)の尸(かばね)に

   火(ひ)は燃(も)えて

山(やま)に地獄(じごく)の

   吹噓聲(いぶくこゑ)

 

潮(うしほ)に異香(いかう)

   薫(くん)ずれば

海(うみ)に微妙(びみやう)の

   蜃氣樓(かひやぐら)

 

暮(く)れて驛(うまや)の

   町(まち)に入(い)り

旅籠(はたご)の門(かど)を

   くゞる時(とき)

 

米(こめ)の玄(くろ)きに

   驚(おどろ)きて

里(さと)に都(みやこ)を

   說(と)く勿(なか)れ

 

女房(にようぼ)語部(かたりべ)

   背(せな)すりて

村(むら)の歷史(れきし)を

   講(かう)ずべく

 

主(あるじ) 膳夫(かしはで)

   雉子(きじ)を獲(え)て

旨(うま)き羹(あつもの)

   とゝのへむ

 

芭蕉(ばせを)の草鞋(わらじ)

   ふみしめて

圓位(ゑんゐ)の笠(かさ)を

   頂(いたゞ)けば

 

風俗(ふうぞく)君(きみ)の

   鹿島立(かしまだち)

翁(おきな)さびたる

   可笑(をか)しさよ

 

[やぶちゃん注:初出は明治三六(一九〇三)年三月発行『文庫』。署名は「清白」。第三連の二行目「あらはれて」が「孔雀船」では「ひそみつゝ」に変えられているのが大きな異同。他に二箇所のルビの違い(「微妙(みやう」「蜃氣樓(かりやぐら)」)があるが、これは誤植と断じ、訂した。「草鞋(わらじ)」のルビはママとした(「孔雀船」も「わらじ」。歴史的仮名遣として「わらぢ」が正しい)。

「芭蕉」「圓位」言わずもがなであるが、前者は松尾芭蕉、後者は西行の法号で、孰れも度に生きて旅に死んだ固有人名を添えて「草鞋」「笠」を修飾したもの。

「鹿島立(かしまだち)」はこれで単に「旅立ち・門出」のこと。鹿島香取の明神が天孫降臨の際に先ず使いされたという故事から出た汎用の一般名詞。]

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