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2019/04/30

和漢三才図会巻第三十九 鼠類 ※(「※」=「鼠」+「番」)(しろねずみ) (ドブネズミ及びハツカネズミのアルビノ或いは白色個体)

 

Sironezumi

 

 

しろねすみ  白鼠

【音樊】

[やぶちゃん注:「※」=「鼠」+「番」。]

 

△按※白鼠也非老鼠變色者而自一種也故往往見小

 ※然不多人以爲福祥且謂大黒天使會有之者多出

 於米倉

 

 

しろねずみ  白鼠

【音「樊〔(バン)〕」。】

[やぶちゃん注:「※」=「鼠」+「番」。]

 

△按ずるに、※〔は〕白鼠なり。老鼠〔の〕色を變ずる者に非ずして、自〔(おのづか)〕ら一種なり。故に往往、小〔さき〕※を見る。然れども多からず。人、以つて福祥と爲し、且つ、「大黒天の使ひ」と謂ふ。會(たまたま)之れ有るは、多く、米倉より出づ。

[やぶちゃん注:小学館「大辞泉」では、毛が白いネズミで、福の神の大黒 の使者といわれ、古来、吉兆とされたとしつつ、一番にドブネズミ(齧歯目リス亜目ネズミ下目ネズミ上科ネズミ科クマネズミ属ドブネズミ Rattus norvegicus)の飼養白変種(アルビノ(albino)でないものも含まれるという)で動物実験用、「だいこくねずみ」「ラッテ」(ラット(rat)と同じであろう)とし、二番目にハツカネズミ(ネズミ科ハツカネズミ属ハツカネズミ Mus musculus)の飼養白変種(アルビノ)で「マウス」(mouseとする。なお、京都大学准教授で実験動物学専攻の庫本高志氏の公式サイト内の「江戸時代の鼠ガイドブックを解説」を見ると(庫本氏の考証論文も読めるPDF)のであるが、英文で読み解く元気が今の私にはない)、やはり、江戸時代に愛玩用として飼養されていたのは(前の「鼠」の注で荒俣宏氏の引用で既出)上記の二種(或いはそのまた改良品種)であることが判る。

「大黒天の使ひ」「大黒天」は小学館「日本大百科全書」によれば、元来は『ヒンドゥー教の主神の一つで、青黒い身体をもつ破壊神としてのシバ神(大自在天)の別名であり、仏教に入ったもの。サンスクリット語のマハーカーラ』の漢『訳で、摩訶迦羅(まかから)と音写。マハーカーラは偉大な黒い神、偉大な時間(=破壊者)を意味する。密教では大自在天の眷属』『で三宝』『を愛し、飲食を豊かにする神で黒色忿怒』『相を示し、胎蔵界曼荼羅』『の外金剛部に入れられている。七福神の一つ』。『中国南部では床几』『に腰を掛け』、『金袋を持つ姿になり、諸寺の厨房』『に祀』『られた。わが国の大黒天はこの系統で、最澄』『によってもたらされ、天台宗の寺院を中心に祀られたのがその始まりといわれる。その後、台所の守護神から福の神としての色彩を強め、七福神の一つとなり、頭巾』『をかぶり左肩に大袋を背負い、右手に小槌』『を持って米俵を踏まえるといった現在よくみられる姿になる。商売繁盛を願う商家はもとより、農家においても田の神として信仰を集めている。民間に流布するには天台宗などの働きかけもあったが、音韻や容姿の類似から大国主命』『と重ねて受け入れられたことが大きな要因といえよう。また、近世に隆盛をみた大黒舞いの芸人も大きな役割を果たしたようである。大黒柱などの名とともに親しまれており、東北地方では大黒の年取りと称して』、十二『月に二股』『大根を供える行事が営まれている』とある。荒俣宏氏は「世界大博物図鑑 5 哺乳類」(一九八八年平凡社刊)の「ネズミ」で、『ネズミが大黒天と結ばれたのは』、『一説にこの神が大国主神(おおくにぬしのかみ)と混同されたことによと』も言うとされ、「古事記」で、『大穴牟遅神(おおなむちのかみ)(大国主神)が野火に囲まれた』際、『ネズミに地下の空洞を教えてもらい』、『難をのがれたという話がみえる』が、『ところが大国主神は』、『その名や俵をかついだ姿が似ている大黒天としだいに混同され』、『大国主神の命を救ったネズミが大黒天の使いと考えられるようになったらしい』と述べておられる。]

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