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2019/04/25

葦刈 伊良子清白

 

  笹 結 び

 

   *

「いたいけのしたるものあり、張子の顏や塗り稚兒しゆ、くしや結びに笹結び、やましな結びに風車、瓢簞に宿る山雀、胡桃にふける友鳥、虎斑の犬ころ、起上り小法師振鼓、手鞠や踊ろ黃櫨(はじ)小弓」(能狂言小歌)

 

[やぶちゃん注:以下、昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」の「笹結び」という歌謡或いは小唄風のオリジナル詩群二十一篇から成るパートに入る。これらは、少なくとも纏まったものとして短期にソリッドな群作として全篇が発表されたものではない(一部は初出が判明しているが、冒頭の「葦刈」が明治三三(一九〇〇)年発表であるのに対し、八番目の「寢たか起きぬか」は昭和四(一九二九)年発表である)。但し、創作自体はある時期に集中して行った可能性は高いようには思われる。今まで大パート名は注で示すだけに留めたのだが、ここは以上のように添書きがあるため、ここに添えて示した。

 引かれた「能狂言小歌」というのは、「ブリタニカ国際大百科事典」によれば、『能狂言のなかで歌われる小歌。狂言の流派によって』、『歌そのものや歌詞に異同があるが』、『各流の古い書きとめの類から集められた曲は約 』百八十『曲』あり、『狂言が固定化された室町時代末期から江戸時代初期の小歌と共通する点があり』、『当時の歌謡を考えるうえで大切な資料』とされる。室町後期の永正一五(一五一八)年に編せられた歌謡集「閑吟集」などとの関係性は、『一概にいえないが』、『曲によっては』「閑吟集」よりも『新しく』、『江戸時代初期の歌謡を取入れている場合もある』とある。「日本芸術文化振興会」のサイト「文化デジタルライブラリー」のこちらで、「花子」と「柴垣」の実際の小歌を試聴出来る。そこには『ゆったりとしたテンポで、独特の美しい節回しを持ち、「ユリ」という細やかな揺れを付けながらうたわれ』るとある。私はその方面に疎いのであるが、サイト「京都和文華の会」の「狂言歌謡はおもしろい」の権藤芳氏の「狂言歌謡について」の解説が非常に詳しく、そこに示された茂山千之丞 構成・演出「室町歌謡組曲 遊びをせむとや」の冒頭部に出る「幼けしたる物」のパートに伊良子清白が引いた『幼けしたる物あり』/『張子の顔や 塗り稚児』/『しゅくしゃ結びに 笹結び』/『山科結びに 風車』/『瓢箪に宿る 山雀』/『鼓にふける 友鳥』/『虎斑の狗児』/『起き上がり小法師 振り鼓』/『手鞠や 踊る毬 小弓』と出る。

 歌の趣旨はよく判らぬが、よくみると、ただの無心な幼気(いたいけ)なそれの「もの尽くし」だけでもないように見える。例えば、「瓢簞に宿る山雀、胡桃にふける友鳥」の部分は「閑吟集」の百四十八番目の「我をなかなか放せ 山雀(やまがら)とても 和御料(わごりやう)の胡桃(くるみ)でもなし」を確信犯でインスパイアしているようにも見える。岩波文庫「閑吟集」の浅野建二氏の校注では、『山雀は遊女風情の女自身、胡桃(山雀の好物)は山雀の縁語で』「来る身」を掛けており、『縁を絶(た)つことを願った女の歌であろうか』とされ、『一首は「いっそのことわたしを自由ににして下さいな。たとえ山雀のような浮かれ女でも、全く籠の中の鳥同然、あなたが』「来る」『のを待つ』「身」『ではないのですもの」という意』とあるからである。

「笹結び」パート表題にもなっているこれは帯の結び方の一つで、team-osubachi2氏の「丘の上から通信」の『半幅帯「笹結び」』が写真・結び方の丁寧なイラスト附きで判り易い。

「しゆ」はお稚児の口紅の「朱」であろう。

「くしや結び」やはり帯の結び方であろうが、不明。先の組曲の表記からは無造作にクシャっとむすんだようなものか?

「やましな結び」(「山科」か?)も不明。

「風車」はやはり帯の結び方の一法で、「きものデビューnavi」の「浴衣にぴったりの帯の結び方 かざぐるま♪」に連続写真で結び方が示されてある。

「瓢簞」「へうたん(ひょうたん)」で被子植物門双子葉植物綱スミレ目ウリ科ユウガオ変種ヒョウタン Lagenaria siceraria var. gourda

「山雀」スズメ目スズメ亜目シジュウカラ科シジュウカラ属ヤマガラ Parus varius。本邦では、本種専用の「ヤマガラかご」を使って、既に平安時代には飼育されていたことを示す文献が遺されている。学習能力が高いため、芸を仕込むことができ、覚えさせた芸は江戸時代に盛んに披露された。恐らく、私がそれを縁日で見た記憶を持つ最後の世代であろう。

「胡桃」双子葉植物綱ブナ目クルミ科クルミ属のオニグルミ Juglans mandshurica var. sachalinensis・ヒメグルミ Juglans mandshurica var. cordiformis の実。

「友鳥」「ともどり」。連れだって飛ぶ鳥。ここは「閑吟集」から前の山雀のそれであろう。

「虎斑」「とらふ」。

「起上り小法師」「おきあがりこぼし」(或いは「おきあがりこばうし(おきあがりこぼうし)」。言わずもがな、達磨 の形などに作った人形の底に錘を附け、倒れても、すぐに起き上がるようにした玩具。

「振鼓」「ふりつづみ」でんでん太鼓。本来は舞楽などで用いられる正式な楽器で、それに似せて小型に作った玩具がそれ。

「黃櫨(はじ)小弓」「はじこゆみ」。ハゼノキ(双子葉植物綱ムクロジ目ウルシ科ウルシ属ハゼノキ Toxicodendron succedaneum)でつくった子供用の玩具の弓。但し、ハゼノキは実際の和弓の素材でもある。]

 

 

葦 刈

 

三島菅笠かづくとて

髮も結ばぬ浪花女の

紅燃ゆる木綿襷(ゆふだすき)

葦を刈ろとて船に棹

 

まだ有明(ありあけ)の色冴えて

空にはのこる月の鎌

波間にならす葦のかま

唄はにや寒し唄はいや

 

月に背くが暗からば

笠を脫(ぬ)ぎやれ笠の紐

ばらりと解きやれ浪花潟(なにはがた)

蓑毛(みのけ)みだして鷺のたつ

 

染めて甲斐なき花色ごろも

波が濡(ぬら)せば潮がしむ

さまに見せうとて帶くけて

しぶきかかればあとがつく

 

同じ手ぶりもたをやかに

花のかんばせはぢらひて

うつむきがちや紫の

眉をかくした水のおも

 

棹取り馴るる川口を

對(つゐ)の菅笠うちつれて

さしこそのぼれ聲々に

をりもをりとてあげ潮を

 

やれさて葦は刈りてそろ

和泉(いづみ)河内路(かはちぢ)津(つ)の國の

空も一つやくだかけ啼いて

浪花堀江の日が今のぼる

 

[やぶちゃん注:明治三三(一九〇〇)年一月二十八日発行の『よしあし草』第二十二号初出。初出標題は雑誌名と同じ「よしあし草」で、署名は「すゞしろのや」。同誌は「関西青年文学会」(明治三十年七月創刊。当初は「浪華青年文学界」の機関誌)が発刊した文芸誌。「八木書店」のこちらの解説によれば、『関西における新しい文学運動の先駆として、中村吉蔵・高須梅渓が発起し』、『小年文集』・『文庫』・『新声』など『への投書家を中心に創立された』もので、『会の発展とともに誌面も充実し、『小林天眠・河井酔茗・伊良子清白・中山梟庵・堀部靖文・山川延峰・横瀬夜雨ら』が投稿し、『その顔ぶれは多彩で』、『途中』、『会の名称を関西青年文学会と改め、通巻二十七号まで発行され、次いで発行所を矢島誠進堂に移し、雑誌』『わか紫』と統合し、誌名を『関西文学』と改称、『通巻七号(臨時増刊号「初がすみ」を含む)を発行し』た。『与謝野鉄幹は詩歌欄で活躍し、晶子も小舟女という筆名でその初期の作品を発表、柳浪門下の新人永井荷風が処女作「濁りそめ」を載せているのも注目され』るとある。それにしても、雑誌名と同題の詩篇を堂々と投稿するというのは、私は尊大としか思えない。しかも全集年譜の著作年表のデータを見ると、彼は明治三十一年十一月(詩)からの投稿者で、翌年は本雑誌のみに五回投稿(短歌三回・短歌評一回・俳句二回・詩篇一回(二篇))しているものの、毎号投稿しているわけでもない。私が編集者なら、作品内容の可否は別として、まず微苦笑せざるを得ない。

「帶くけて」よく判らぬ。「絎(く)ける」は「くけ縫い(布の端を折り込み、表側に縫い目が見えないように縫うこと)をする」の意であるから、帯の縫い目を見えぬようにたくし込むことを指すか。

「くだかけ」「かけ」は万葉時代からの鷄(にわとり)の称で、「くたかけ」「くだかけ」は平安以後の同種への本来は蔑称異名。個人ブログ「古代史に登場する鳥」の「古代史に登場する鳥(1)―ニワトリ―」によれば、柿澤亮三・菅原浩編著「鳥名の由来辞典」によれば』『「かけ」は鳴き声に由来する』とし、『ニワトリの雅語に「くだかけ」があるが、本来、「くだ」は、「朽ちた」の意。「くだかけ」は「腐れ鶏」のことで、鶏が早く鳴いて、夜訪ねて来ていた男が、早くに家を出て行ってしまったため、女が怒って罵った言葉』とされ「伊勢物語」『が出典。後世、それが、みやびな言葉に転化したと言』う、とある。

 初出は以下。最終連が有意に異なる。

   *

 

よしあし草

 

三島菅笠かつぐとて、

髮もむすばぬ浪華女の、

紅もゆる木綿たすき、

あしを刈ろとて舟に棹。

 

まだあかつきの霧深く、

空にはのこる月の鎌、

波間にならす葦の鎌、

歌はにや寒し歌もいや。

 

月にそむくがくらからば、

笠をぬぎやれ笠の紐、

ばらりと解きやれ浪華がた、

蓑毛(みのけ)みだして鷺のたつ、

 

染めて甲斐なきあゐ鼠、

波が濡(ぬら)せば潮がしむ。

とのに見せうとて帶くけて、

波がぬらせば色がつく。

 

同じ手ぶりもたをやかに、

花の面をはぢらひて、

うつむきがちや葦のそな、

風がさはれば散るものを、

 

棹操り馴るゝ川口を、

對(つゐ)の菅打揃ひ、

さしこそのぼれ朝の潮、

ちぎれちぎれの雲とびて。

 

細き黃雲は和泉路に、

廣い白雲河内路に、

長い赤雲津の國に、

わかれわかれや葦刈も、

こゝろこゝろに皈りけり。

 

   *

「そな」は不詳。連体詞の「そな」(「そこな」の転)で「そこにいる・そこの」の意かとも思ったが、あまりうまく繋がらぬ。因みに、ブッポウソウ目カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミ Alcedo atthis の異名に「そな」があり、前に「鷺」を出しているので、それも考えたが、やはりピンとこない。お手上げ。]

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