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2019/04/21

南の家北の家 伊良子清白 (『白鳩』発表の別ヴァージョンの抜粋改作版)

 

南の家北の家

 

  

二歲木(さいぎ)低く山を蔽ひて

蕈(くさびら)かくるゝ草の上に

獅子の形(かたち)したる巨巖(おほいは)

幾つとなく峙(そばだ)ち

霜に飽きたる紅葉(もみぢ)の樹々は

谿(たに)と言はず嶺と言はず

麓と言はず染め盡して

朝な朝な雄鹿の群の角振り立てゝ

彼方の岸より此方の岸に

白く泡立つ水を越えて

早瀨の石を啼き渡る頃

茨に閉せる古き祠(ほこら)は

扉の鋲に露をふきて

百歲曇らぬ神の鏡

月輪懸(かゝ)ると社壇に見えぬ

 

祠の北の椋(むく)の大樹(をほき)を

右に曲りて坂を下れば

半ば岩窟(いはや)半ば黑木

萱(かや)を葺きたる杣小屋(そまごや)あり

祠の南の竹林(たけばやし)過ぎて

雞(とり)の聲朗らにきこえ

こはまた紅葉(もみぢ)の懷子(ふところご)とも

いふ可く景有る藁屋(わらや)立てり

北には母持つ若人(わかうど)一人(ひとり)

山に育ちて火性(ひしやう)の星の

今年二十(はたち)の腕を揮ひ

額の汗もて神人人(しんじんびと)に

廣く下せし生活(たつき)の物を

正しき價(しろ)もて我手に受けぬ

南はあらき父の手より

成長(ひとゝなり)たるわかき處女

春秋(はるあき)司(つかさ)の二人の姬の

形(かたち)を具したる面(おもて)花やかに

竹割る父の業(わざ)を助けて

優(いう)なる手籠を編みし事あり

元來(もとより)兩家は往來(ゆきゝ)繁く

親戚(みより)のごとき交際(なからひ)なれば

彼に枯木を集めし折は

此(これ)に水汲み湯をたてゝ待ち

此に蕨の飯炊(いひかし)ぐ間に

彼は煤けし瓢(ふすべ)を拭きぬ

二條(ふたすぢ)三條林を穿ち

山の諸所(こちごち)印(つ)けたる道は

平和の神の守らせ給ひ

妙(たへ)なる草木の花の香匂ふ

見れば高山(たかやま)雪を帶びて

塔(あらゝぎ)聳ゆる雲の飾(かざり)

餘流(なごり)は遙かに國を傳ひ

煙(けぶり)の廣野を前に盡きぬ

村里(むらさと)遠近(をちこち)森に倚りて

燦爛(きらゝ)の白壁千々に輝き

河の帶もて珠と貫きぬ

山の瞳か二つの家は

げにこの木暗(こぐれ)に世を見るものは

二つの家の圓(まろ)き窓のみ

されど紅(あか)き日(ひ)扇(あふぎ)を閉ぢて

夜(よ)の黑幕を垂るゝに及び

戶を固くして眠りし後(のち)は

天(そら)に彫める不滅の文字(もんじ)

銀河の砂(いさこ)岸に溢れて

星の宴の場(には)とぞ成れる

  

斯(かゝ)る詩卷(しくわん)の紙(かみ)を年(とし)に

三百あまり繰りかへしつゝ

其繪は曾て變らざりき

されば人の世神の攝理

恆河(ごうが)の砂も乾く時は

撫子花咲き雲雀巢(す)ぐひて

趣味ある草野と變る習ひ

人の心にこぼるゝ種を

培ふ造化の力いみじく

今見よ二人の靈(れい)のうごき

日は深秋(ふけあき)の林の奧に

沈(しづ)みの名殘(なごり)を葉末に染めて

目路(めぢ)皆黃ばめる雜木(ざふき)の夕(ゆふべ)

折ふし老木(おいき)の幹にもたれ

互(かたみ)に若きが心うつす

忘我(わすれが)の境(さかひ)を光明(ひかり)流れ[やぶちゃん注:「ひかり」は「光明」の二字へのルビ。]

此時睦(むつみ)の魂(たま)は合ひ

常春(とこはる)百千(ももち)の花のさかり

騎りの御國(みくに)に遊びけらし

眼(まな)ざしおぼろに霞を帶びて

たゆげにまきたる頸(うなじ)のめぐり

男の腕(かひな)は鬢(びん)をおせど

夢見る少女(をとめ)の眼(まみ)の上に

彌生の空なる彩を曳きて

あこがれ限りも知らずげなる

渴きは面(おもて)の色に見えぬ

こは美はしき戀の掛繪

山路(やまぢ)の紅葉(ももぢば)框(わく)を組みぬ

斯くてぞ小女(をとめ)は山に入りて

日每に枯枝集むと號(なの)り

男は木屑を道に撒きて

戀人迷はんしるべと成しぬ

蜘蛛の網小女(をとめ)の顏にかゝり

茨は木樵(きこり)の指を染めて

人里(ひとざと)離れし奧所(おくが)乍ら

戀にはさはりの絕えぬを泣きぬ

いつしか紅葉(もみぢば)霜に敗れ

空癖(そらぐせ)時雨の冬に成れば

谷川(たにがは)淺く乾瀨(からせ)をつくり

岩壺の澄みたる水に

底深く沈む木の枝(ゑだ)

瀨の魚は簗(やな)の破れの流れを上り

石疊(いしだゝみ)木(き)の陰(かげ)暗き淵に津(とま)り

草村の蟲は穴を求めて赤土の

雨無き所霜負(しもまけ)の枯生(かれふ)に隱る

物を燒く竃の烟

白くのみ立のぼりつゝ

その烟棚引く時は

軒を行く一村時雨

冬籠(ふゆごもり)木部屋(きべや)の屋根を

杉皮に厚く繕ひ

大雪の用心すると

置石の數を減らしつ

葡萄畠(ぶだうはたけ)竹棚(たけだな)解きて

古蓙(ふるござ)に幹を被ひぬ

裏木戶に釘打つ音は

からびたる山に木精(こだま)し

猪垣(しゝがき)の石冬ざれて

ふくれたる野鳩ぞとまる

唐臼(からうす)を門(かど)より下ろし

南の軒を支へて

きたかぜあふせ

北風の荒るゝを防ぎぬ

鷄(にはとり)は藪を求食(あさ)りて

枯殘る菊を啄み

くゝと啼きて人につかねば

捨飼(すてがひ)の世話なかりしも

藪寒く冬來(く)るまゝに

仕事場に上ぼる日多く

籠に伏せて籠の窓開けて

餌(え)を撒く要(よう)なき手數(てかず)[やぶちゃん注:「餌(え)」はママ。]

山かげは日の影薄く

張付(はりづけ)の糊は乾かず

藪の前(まへ)風强くして

干飯(ほしいひ)の席(むしろ)ぞ卷かる

炭俵空(あ)きたる燃(もや)し

爐の灰を換へてやおかん

菅笠の紐を固くし

蓑の緖(を)も結(むす)ひなほしたり[やぶちゃん注:「結(むす)ひ」はママ。]

數多き仕事の中に

山里は冬早くして

雪もよひ雲惡しき日も

珍(めづ)らかん思はざりける[やぶちゃん注:「珍(めづ)らかん」はママ。]

 

[やぶちゃん注:前の「山家冬景(斷章)(「南の家北の家」より拔抄)」で注した通り、明治三三(一九〇〇)年十一月発行の二冊及び十二月発行の一冊の『文庫』に三回に分割して発表された長篇の物語詩「南の家北の家」を、抜粋して手を加えた、明治三九(一九〇六)年四月発行の『白鳩』掲載版の改作版「南の家北の家」である。元は題と上・下を除き、詩行本文ほぼ総ルビであるが、流石に、初出のそれも電子化したし、断章抜粋版も示したからには、一部のルビは五月蠅いだけであるから、私の判断で、振れると感じたもののみのパラルビで電子化した。なお、本篇を以って、昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」の、「避暑の歌」に始まった大パート「鷗の歌」は終わっている。]

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