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2019/04/29

太平百物語卷二 十七 榮六娘を殺して出家せし事

 

   ○十七 榮六娘を殺して出家せし事

 讃岐の國に榮六とて、心たくましき者あり。

 或夜、一里斗(ばかり)の堤(つゝみ)を越(こへ[やぶちゃん注:ママ。])て、朋友の方に行(ゆき)けるが、丑三つ過(すぐ)る比(ころ)、又、此堤づたひに歸りけるに、すこし酒きげんにて、心おもしろく、小哥(こうた)などうたひ、何心なく通りけるが、道の眞中(まんなか)に大き成[やぶちゃん注:「なる」。]古狸、前後もしらず臥居(ふしゐ)たり。

 榮六、此体(てい)をみて、

「扨々、にくきふるまひ哉。わらはが通る道筋に、かく狼籍なる風情こそ安からね。」

と傍(そば)ちかくさしより、持(もち)たる杖にて、したゝかぶちければ、狸、目覚(めざめ)て、肝をつぶし、一さんに迯走(にげはし)りければ、

「扨々、能(よき)氣味かな。」

とて、打笑ひて通りけるが、程なく宿に着きて表を叩きければ、今年十二歳になりける一人むすめ、頓(やが)て起き出でて戶口を明(あけ)しかば、榮六、悦び、

「家來は能(よく)ふせりて起(おき)もあがらぬに、やさしくも待(まち)うけたり。」

とて、手を取り、ふしどに入りけるに、爰(こゝ)にも、わが娘、心よく、臥し居たり。

 榮六、ふしぎにおもひ、ふり皈(かへ)りみれば、只今、戶口を明たる娘、うしろに、有。

 一人(ひとり)のむすめ、俄(にはか)に二人となりければ、榮六、大きに驚き、

『こは、いかにぞや。此内、壱人、ぜひ、變化(へんげ)ならん。』

と、おもひながら、何(いづ)れをそれと分(わき)がたく、暫く樣子をうかゞひ、案じ煩ひけるに、表を明けたるむすめのいふやう、

「われ、父上の歸り玉ふを迎ひに出でし間に、何國(いづく)の女やらん、我が臥(ふし)たる跡に、ふしけるこそ、安からね。はやはや、おひ出(いだ)したびたまへ。」

といふ聲に、臥たる娘、目を覚(さま)し、

「父上は、只今、歸り給ひけるかや。それなる女子(おなご[やぶちゃん注:ママ。])は、何方(いづかた)より伴ひかへり玉ふ。」

といふに、榮六、いよいよ、こゝろ迷ひ、二人の娘が顏かたちを、つくづく守りうかゞふに、いづれ、少しも違(たが)はねば、榮六、今はせん方なく、あきれ果てゝ居(ゐ)たりしが、能(よく)々、おもひめぐらす程、

『戸を明たる社(こそ)、化者(ばけもの)ならめ。』

と覺悟して、其儘(そのまゝ)、刀、ぬき放し、只、一太刀に切付(きりつく)れば、

「あつ。」

と叫びて、たふれしが、臥たる娘、此体(てい)を見て、忽ち、すさまじき狸と變じ、

「かうかう。」

と啼きて逃出(にげいづ)る所を、榮六、

『南無三宝(なみさんぼう)。』

とおもひながら、すかさず追詰(おつつめ)、すぐさまに切こめば、此狸、運や盡(つき)たりけん、眞向(まつかう)を切(きら)れて、聲をも立(たて)得ず死しければ、榮六、刀をかしこに捨(すて)、娘が側に走り寄(より)、さめざめと泣(なき)ていひけるは、

「我、はやまりて汝を殺せし不便(びん)さよ。ゆるしてくれ。」

とさけびしが、此むすめ、深手なれば、たまらずして、終に空しくなりぬ。

 榮六、娘が死骸に取り付き、くどきけるは、

「おことが母、先だちて『娘をたのむ』といひ置(おき)たる言葉も、無下になしけるよ。今は、此世に、望みなし。」

とて、これを菩提の種(たね)として、其儘、髻(もとゞろ)おし切、桑門(よすてびと)と成て、彼(かの)むすめの跡をぞ、吊(とむら)ひけるとかや。

 げに、狐・たぬきの類ひ、咎(とが)なきに、おどし苦しめまじき事にこそ。

[やぶちゃん注:「おひ出(いだ)したびたまへ」「追ひ出し賜び給へ」「たびたまふ」は動詞の連用形(或いはそれに「て」の付いた形)に付いて、「~して下さる」の意を添えるもので、補助動詞的用法で、殆んどが、このように命令形で用いられる。動詞「たぶ」の連用形に尊敬の補助動詞「たまふ」が接合した畳語的語彙である。中世以降の出現であろう。

「かうかう」この啼き声は普通、狐のオノマトペイアとして用いることの方が多い。実際のタヌキの啼き声は音写するなら、「キャウウウーーーン」「キュウーーーン」「クゥーーーン」である。なお、私の「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 貍」も参照されたい。

「桑門(よすてびと)」出家修行者のこと。サンスクリット語の「シュラマナ」の漢音写。「沙門(しゃもん)」とも音写するほか、「勤息(ごんそく)」「静志」などとも意訳する。翻訳仏典においては「沙門」が頻出するが、本邦ではこの「桑門」が比較的多く用いられた。その場合、名利を捨て、出家した聖(ひじり)や遁世僧を意味することが多い。本来は、非バラモン教の自由な立場で出家修行に努める者の総称で、強い意志で禁欲生活を送り、閑静な場所で瞑想を行い、真理を目指す者であり、釈尊もそうした一人であった(以上は「WEB版新纂浄土宗大辞典」のこちらに拠った)。]

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