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2019/05/17

髙根の雲 蘿月(伊良子清白)

 

髙根の雲

 

昇る朝日の影そへて、

    玉のいさごもいちじるく、

光かゞやく九重の、

    雲井のにはの朝ぼらけ。

百の司の袖とめて、

    こゝら御階のさくら散る。

 

霞のほらの名におひて、

    かすみこめたる大内の、

やまの尾上をうちわたす、

    みどりも深き老松の、

ぅれ吹く風に友鶴の、

    朝聲ゆたにきこゆなり。

 

ふとしきたてる宮柱、

    黃金しろがねちりばめて、

とばりの錦くれなゐの、

    八汐織りかく色深く、

すきもれ來てはそら焚の、

    けぶりぞ遠くかをるなる。

 

いでたち給ふ大君の、

    御衣の袖のまばゆきに、

豐榮のぼる朝日子の、

    玉の御階にさしそへて、

おりゐる雲もほのぼのと、

    御空に遠くわかるなり。

 

つゞれの袂かた布きて、

    若草もゆる御園生の、

あしたの露にひれ伏して、

    御門をまてる少女子が、

かたへにそへし妻琴も、

    なかばは塵にうづもれて。

 

やなぎの髮もなよやかに、

    黃楊の插櫛さしそへて、

霞を洩るゝ夕月の、

    ひかり耀くおもばせは、

木末の花もあこがれて、

    眞袖のうへに散くなり。

 

ほのぼの匂ふ大宮の、

    御庭のあたり吹風に、

御けしの袂はらはせて、

    のらすもかしこき大君の、

玉の御聲のま近きに、

    いよいよ少女はぬかづきて。

 

「きゝてや少女なれをしも、

    こゝによびしはよそならず。

一とせ風のこゝちして、

    やまふの床につきしより、

こゝらのくすし集へても、

    朕がなやみはかひなくて。

 

久しき世より皇國の、

    しづめとなりし大神の、

夢のたゝぢにつげましゝ、

    大御をしへの言のはよ。

さめてのあとも尊きに、

    なれをばこゝによびにたり。

 

こやうつくしの少女子や、

    神のをしへのさながらに、

朕がしるなる卷美之(まきみし)の、

    安兒名(あこな)にあらばなやみさへ、

やがていゆでふ一さしを、

    はやもきかせよ琴とりて。」

 

「あはれかしこき御言はや、

    塵にうもるゝこの琴も、

ためしまれなる大君の、

    御階の下にかなでなば、

神の彈くなる音にいでゝ、

    のこるほまれとなりやせむ。

 

かしこまりぬ」といらへつゝ、

    きざしの下の圓座に、

つもれる琴の塵ひぢを、

    はらふもしばし手弱女が、

玉にもまさるおゆびもて、

    妙なる音にひきいでぬ。

大宮人もそでなめて、

    百のつかさもうちつらね、

妙なる聲にきゝほれて、

    うつるもしらに春の日の、

日影もたかくなるなべに、

    しらべも深くなりまさる。

 

ま垣にすがる夕霜に、

    みだるゝ蟲のこゑ細く、

しでうつ五日もうらさびて、

    遠のきぬたをさながらに、

うらむる靑もうちそへて、

    御けしの露をさそふなり。

 

松のうれ吹く浦風に、

    千鳥しばなく聲もして、

糸よりほそく春雨の、

    軒端そぼふるあはれさは、

むせぶ調もたえだえに、

    ぬらさぬ袖やなかるらむ。

 

うつし心もかきくれて、

    むねのゆらぎもます程に、

くるし氣をさへうちそへて、

    たまりかねたる白玉の、

つゝむにあまる袖のうへ、

    君も司もくづをれて。

 

「あまりに琴のかなしきに、

    たえもやしなむ玉の緖の、

たゆるばかりに露けきを、

    いざ彈きかへておもしろく、

をゝしき歌をきかせよ」と、

    君の御言もしめりつゝ。

 

こを聞くなべに手弱女は、

    花の姿もうちしをれ、

いらへもしらに沈みつゝ、

    かくると見れば細襷。

ゆるむか糸をひきしめて、

    かはる調に彈きいでぬ。

 

五百津いは瀨を流れきて、

    瀧はも淵におつるらむ。

八百の潮路をわたりきて、

    浪はも岸に碎くらむ。

木の葉吹きまく山おろし、

    吹くにもにたり音たかく。

 

百千の鍛工ひとときに、

    うつらむ太刀の響して、

弦五日たかき鳴弭の、

    をゝしき聲もそふなべに、

をさまる塵もうち舞ひて、

    御空の雲もまよふなり。

 

こゝろたはれて諸人の、

    御階の床を音たてゝ、

御前もしらにたち舞へば、

    あやの袂の追風に、

かとりの絹のひまとめて、

    こゝらの蝶もあそぶめり。

 

高き御座をおりたちて、

    あやにかしこき大君も、

にほふ御衣の雲の袖。

    かへさせ給ふ折しもや、

少女が彈ける妻琴の、

    いとはたちまちたちきれぬ。

 

さながらきれし妻琴の、

    しらべはたえてこゝら散る、

花の袂もをさまれば、

    なみゐる臣の聲もなく、

あたり靜けくなり行きて、

    御庭に風の音たかし。

 

御心たけき大君の、

    たかき御聲におどろきて、

あふげばかはる御けしきに、

    御衣の袖にあらゝけく、

はらはせ給ふかしこさは、

    なぐさめまつる臣もなし。

 

きざしの下の手弱女は、

    きれたる琴をかき抱き、

さぐりもよゝとなげきつゝ、

    おりたち給ふ大君の、

御裾のあたりひれ伏して、

    うらみを絲にかこつなり。

 

か黑き髮もふりみだれ、

    插頭の櫛もちりぼひて、

花の姿もうつろへば、

    玉の御劍霜散りて、

一すぢ寒き稻妻の、

    ひらめきわたる折しもや。

 

たちまち空に雲わきて、

    あやめも分かずなるなべに、

はたゝく神もなりわたり、

    天津日影もかくろひて、

篠つく雨のたきつ瀨に、

    あたりは見えず成りにけり。

 

すさぶ嵐も吹そひて、

    とばりの錦ちりぢりに、

散り行くあとは百敷の、

    玉の宮居もあらはにて、

黃金の柱くだけつゝ、

    御垣のかべもくづるなり。

 

百千の寶散りぼひて、

    こひぢと成れる庭もせの、

土はらゝかしふりいでゝ、

    なゐさへいたくなるまゝに、

半ばくづれし大殿は、

    西に東にゆらめきて。

 

しづむ入日の色寒く、

    荒野の原となりぬれば、

あへなき花のときめきも、

    いづれのがれぬ秋風に、

夕をまたぬかげろふの、

    夢のみあとに殘るらむ。

 

高根の嵐吹くなべに、

    かをりも妙に花ふりて、

むらさき匂ふ空もせの、

    豐はた雲の上たかく、

琴をかたへに耀ぎて、

    天津少女ぞたてりける。

 

[やぶちゃん注:明治二九(一八九六)年一月十日発行の『靑年文』掲載。署名は蘿月。伊良子清白数え二十、この年の十月四日で滿十九となった。京都医学校二年生。「卷美之(まきみし)の」「安兒名(あこな)」という名は知らぬが、なかなか面白い幻想時代詠ではある。]

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