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« 29年目の結婚記念日 | トップページ | 少女の死を悼みて 伊良子清白 »

2019/05/02

ヘクトールのわかれ 伊良子清白

 

[やぶちゃん注:ここからは昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集 第四巻 伊良子清白集」の第五パート「夕づつ」の電子化に入る。「ゆふづつ」(現代仮名遣「ゆうずつ」)は「夕星」で、夕方、西の空に際立って明るく見える「宵の明星」、則ち、金星のこと。漢字表記は「夕星」「長庚」とも書き、読みは「ゆふつづ」とも。「万葉集」に既に出る。]

 

 

ヘクトールのわかれ

 

われをそむきてとこしへに

アヒルが不思議の力もて

物おそろしき犧牲(いけにへ)を

パトロクルスにもたらすてふ

かしこにばしは行き給ふ

御志(みこころざし)におはするか

黑白(あやめ)もわかぬ冥府(よみ)の國

境きにはてもしたまびなば

をさなきものを誰がまた

武藝の指南神明(しんめい)に

祈ることさへ習はせん

 

世にもめぐしきわが妻よ

おことが淚をとどめよかし

戰の場(には)をおもほえば

あつきこころは燃ゆるぞよ

みやこを守る雙(さう)の腕

さては畏き神々の

鎭座(しづめ)のためにたたかひて

命終らん願なり

國の救ひ手われこそは

スチクス河に沈むべし

 

廣間の内の鐡(くろがね)は

やうなきものにかかるかな

たえてわなみは兄(せ)の君の

調度の音を耳にせず

かくてしあらばいたづらに

武名とどろくプリアムスの

いみじき血統(ちすぢ)もにごりはべらん

きみは行くなり日の影も

かつぞてらさぬよみのくに

荒野をよぎるコチツスの

流の音はむせぶらん

あな恩愛のなさけさへ

レーテの水に忘られん

 

よろづののぞみよろづのおもひ

流れしづけきいづみの水に

われは沈めて見せもせん

愛の心はいかでその

地獄の水にさそはれん

やや、物音のきこゆるは

すでに夷(えびす)の城ちかく

押しよせたりとおぼゆるぞ

よろひかぶとの用意せよ

 

やくなきなげき何とせん

わがまごころはいかでいかで

レーテの水にも亡びぬぞよ

             (シルラー)

 

(一) 冥界の激流九曲すといふ

(二) 流れんばかり滿ち湛へたる淸泉にして之を掬ふ者は必ず娑婆世界の事を忘るといふ

(三) 此一句稍原意を變更せり

 

[やぶちゃん注:本文には最後の注記号に該当する語句の右方に傍注記号があるが、見た目が邪魔なので略して以下で説明した。また、注は全体が詩篇本文ポイントの一字下げで、二行に亙る(二)は二行目が「(二)」の下の位置から始まっているが、ブラウザの不具合を考えて、かく処理した。

 注記号は、それぞれ、

(一)が第二連終行の「スチクス」の「ス」の右肩

(二)が第三連終行の「レーテ」の「レ」の右肩(但し、注内容は「レーテの水に忘られん」の詩句全体に対するもの)

(三)が第四連終行の「よろひ」の「よ」の右肩(但し、注内容は「よろひかぶとの用意せよ」の詩句全体に対するもの)

に配されてある。

 初出は明治三六(一九〇三)年四月発行の『文庫』。署名は「清白」。

 これは、かのゲーテと並ぶドイツ古典主義の巨匠、詩人・劇作家ヨーハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller 一七五九年~一八〇五年)が一七九〇年に書いた詩“Hektors Abschied”の訳(原詩には辿り着けず、見出せても私はドイツ語を解せないし、シラーの詩集もあるはずだが、書庫の底に沈んで見当たらず、これが後に用いられたらしい一七八一年作の戯曲「群盗」(Die Räuber)も読んでいない)である。「群盗」で相聞歌に改作されたもの(ドイツ語)はこちら(リンク先はドイツ語ウィキ)。「ヘクトール」(ラテン文字転写: Hector)はギリシア神話の英雄。トロイアの王子でトロイア戦争に於けるトロイア勢最強の戦士(詳しくはウィキの「ヘクトール」を見られたい)。因みに、一八一五年にはシューベルトが本詩を歌曲化している。

 というわけで、元が私には不分明であるので、半可通の注のみ附す(ギリシャ神話のそれは、概ね、それぞれのウィキを参照した)。

「パトロクロス」(Patroclus)はトロイア戦争の英雄アキレウスに仕えた武将にしてアキレウスの竹馬の友。

「スチクス」ステュクス(Styx)はギリシア神話で地下を流れているとされる大河。大海オケアノス(Oceanus)の流れの十分の一を割り当てられている支流とされ、地下の冥界を七重に取り巻いて流れ、生者の領域と死者の領域とを峻別しているという。

「わなみ」「我儕」「吾儕」と漢字表記する、対等の相手に対して用いる一人称代名詞の近世語。

「プリアモス」(Priamus)トロイア最後の王。ホメーロスの叙事詩「イーリアス」に登場する。

「レーテ」(Lethe)古代ギリシア語では「忘却」・「隠匿」を意味し、ギリシア神話では冥界に幾つかある川の一つで、その川の水を飲んだ者は完璧な忘却を体験するとする。古代ギリシア人の一部は「魂は転生の前にレーテの水を飲まされるため、前世の記憶をなくす」と信じていた。

 注の(二)の「掬ふ」は「すくふ」。

 初出は以下。注の配置は同前。

   *

 

ヘクトールのわかれ

 

われをそむきてとこしへに

アヒルが不思儀の力もて

物おそろしき犧牲(いけにへ)を

ペルガモニスにもたらすてふ

かしこにばしは行き給ふ

御志(みこころざし)におはするか

黑白(あやめ)もわかぬよみのくに

境きにはてもしたまびなば

をさなきものを誰がまた

武藝の指南神明(しんめい)に

祈ることさへ習はせん

 

世にもめぐしきわが妻よ

おことが淚をとどめよかし

戰の場(には)をおもほえば

あつきこころは燃ゆるぞよ

みやこを守る雙(さう)の腕

さては畏き神々の

鎭座(しづめ)のためにたたかひて

命終らん願なり

國のすくひてわれこそは

スチクス河に沈むべし

 

廣間の内の鐡(くろがね)は

やうなきものにかかるかな

たえてわなみは兄(せ)の君の

調度の音を耳にせず

かくてしあらばいたづらに

武名とどろくプリアムスの

いみじき血統(ちすぢ)もにごりはべらん

きみは行くなり日の影も

かつぞてらさぬよみのくに

荒野をよぎるコチツスの

流の音はむせぶらん

あな恩愛のなさけさへ

レーテの水に忘られん

 

よろづののぞみよろづのおもひ

流れしづけきいづみの水に

われは沈めて見せもせん

愛の心はいかでその

地獄の水にさそはれん

やゝ物音のきこゆるは

すでに夷(えびす)の城ちかく

おしよせたりとおぼゆるぞ

よろひかぶとの用意せよ

 

やくなきなげきを何とせん

わがまごゝろの愛情は

レーテの水にも亡びぬぞよ

             (シルラー)

 

(一) 冥界の激流九曲すといふ

(二) 流れんばかりに滿ちたる淸泉にして此を掬ぶものは必ず娑婆世界の事を忘るといふ

(三) 此一句は稍原意を變更せり

 

   *

初出の(二)の注の方は「掬(むす)ぶ」と読んでいる。]

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