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2019/05/14

初花姬 伊良子暉造(伊良子清白)

 

初 花 姬

 

袂はなみだ裾はつゆ。

ぬれこそ勝れ君故に、

たづねわづらふ大井川、

霧にもくもる夕月の、

ほのかに招く花薄。

嵯峨野の奧の燈火は、

君がおはする菴ならむ。

 

更け行く月をながめつゝ、

しぼるにあまる袖時雨。

柴の折戶にさしよりて、

火影洩れ來る隙間より、

しばしは内をすかし見つ。

君を尋ねてみやこより、

初花ひめがまゐりたり、

三位の卿はおはさずや。

 

常ならぬ身にみごもりて、

形見をやどす一人子も、

ふりすて給ふわが君の、

心はつゆも恨まねど、

よしなき戀にあこがれて、

消えなむ果ぞ朽惜しき。

のがれ給ひし墨染の、

衣の袖も知らずして。

 

いそげど遠き法の山、

修むる道のさはりとや、

姬のうらみもよそにして、

心づよくも思ひ絕ち、

細りはてたる燈火も、

袂の風にかき消しつ。

千々の思にたえかねて、

みだれ勝なる鐘の音、

いとゞ淚に咽ぶらむ、

經讀む聲もしめるなり。

 

落ち行く月に誘はれて、

西ヘ西へとたどる身の、

この世からなるみつ瀨川、

かへらぬ水に任せつゝ、

やがて消えなむうたかたの、

きえぬ恨をのこしおき、

莟の中のひとり子の、

さかりの春も知らずして、

手折りし人の無情さに、

ところがらなる嵐山、

冥路をかけて散りて行く、

初花ひめぞ哀なる。

柵むものもなみの上、

行衞も知らぬなき人の、

魂はいづこをまよふらむ。

 

嵐ぞとざす高野やま、

峰の松風の音澄みて、

眞如の月のかげ淸し。

谷の小川のそば傳ひ、

御寺をさして歸るらむ、

閼伽汲む桶にさし添へし、

櫁の花のふたつみつ、

ころもの色も墨染の、

綾の故にひきかへて、

いかなるうきやこもるらむ。

 

菅の小笠に竹のつゑ、

旅にやつれしわらべ子の、

法師の袖をひきとめて、

こゝの御寺に源の、

三位の卿はおはさずや、

父をたづねてはるばると、

習はぬ旅も辿り來て、

母が遺しゝ言のはの、

世に亡きあとの恨をも、

聞えまつらむわが願、

いかで一めは父上に、

あはし給へといふ貌を、

夕ぐれながらすかし見て、

思はず立てし一聲に、

父よとばかり縋る手を、

物をも言はずふりすてつ、

心のうちはいとし子よ。

 

鳥部の山の夕まぐれ、

苔むすつかにぬかづきて、

かきくどきつゝ童子の、

いのる姿を見かへりて、

袖をしぼる旅僧は、

いかなる人の果ならむ。

 

[やぶちゃん注:明治二八(一八九五)年八月二十五日の『文庫』第一巻第一号掲載(『少年文集』を引き継いで改題)。署名は本名の伊良子暉造。不学にして、本篇、如何なる物語を素材としているか不詳である。識者の御教授を乞う。苅萱道心(石動丸)説話の変形譚の一つか?]

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