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2019/05/14

太平百物語卷三 三十 小吉が亡妻每夜來たりし事

Kokitibousai

 

 

   ○三十 小吉が亡妻每夜來たりし事

 伊賀に小吉といふ者あり。

 年比(としごろ)、都に通ひて商ひをしけるが、上京(かみぎやう)彌次(やじ)兵衞といふ者の女(むすめ)、みめ美(よか)りしを、いつのほどよりか、人しれず、契りけるに、後(のち)々は親々もしりて、幸(さひはひ)と、ゆるし、与へければ、小吉、かぎりなくよろこび、夫(それ)より、伊賀に連下(つれくだ)り、いよいよ、夫婦(ふうふ)の交(まぢは)り厚く、偕老同穴のかたらひ、又、類(たぐ)ひなかりしかば、一家(いつけ)の人々も共に悅び、次㐧に、家、はんじやうしけるが、此女房、只(たゞ)かり染(そめ)に煩ひ出し、日每に病(やまひ)おもりて、今ははや、賴[やぶちゃん注:「たのみ」。]すくなふ[やぶちゃん注:ママ。]見へければ、小吉、いとかなしくて、晝夜(ちうや)傍(そば)をはなれず。

 醫療・祈禱、心を盡しけれ共、生者必滅(しやうじやひつめつ)の理(ことは[やぶちゃん注:ママ。])り遁るべきにあらずして、終に空しくなりければ、小吉は、人めも打忘れ、書口說(かきくど)きけるは[やぶちゃん注:「搔口說」の当て字。]、

「誠に御身に心を通(かよは)して、互におもひ思はれまいらせ、『頭(かしら)に霜をいたゞく迄』と、連理の契り、枝、朽ちて、かく、あへなく成玉ふ上は、我、存命(ながらへ)て何ならん[やぶちゃん注:「ながらへ」は「存命」二字へのルビ。]。はや、追付(おつつき)參らせ、死出(しで)三途(づ)をも、誘(いざな)ひ申さん。」

と、「既に自害」と見へしを、人々、あはて、おしとゞめ、樣々に諫(いさめ)ければ、小吉も今は詮方(せんかた)なく、それより、一間に閉籠(とぢこも)り、一向、人にも出合(いであは)はず、明暮(あけくれ)、亡妻をのみ、乞(こひ)したひければ、一人の老母をはじめ、一族の人々、打寄(うちより)て、

「かくては、行末、如何あらん。」

と氣をいためけるが、或夜、小吉がふしどに、物語する体(てい)の聞へしまゝ、老母、 あやしく思ひて、

「そ。」

と、のぞき見るに、小吉、一人にて、他人なし。

 其子細をきけば、偏(ひとへ)に死失(しにうせ)たる女房と、かたらふ体(てい)なりしが、小吉が聲のみして、亡妻の姿も聲もなかりしが、それよりして、每夜每夜、かくの如くにて、小吉は、身体(しんたい)瘦衰(やせおとろ)へ、次㐧次㐧に弱りはてければ、樣々の醫療又は有驗(うげん)の山伏を請(しやう)じ、祈り、加持すといへども、更に驗(しるし)もなければ、老母の歎き、いはん方なく、一家(いつけ)の人々、打ち寄(うちより)て、

「如何(いかゞ)せん。」

とぞ、煩ひける。

 然(しか)るに、其比(そのころ)、都(みやこ)北山に、道德堅固の律僧、おこなひすまし坐(おは)しけるを聞出(きゝいだ)し、一門の人々、急ぎ、彼(かの)所に行(ゆき)て、ありし次㐧を語り、御祈禱(ごきたう)を願ひ申ければ、此僧、始終を聞玉ひ、

「誠に痛はしき事なれば、祈禱をして參らせん。まづ、病人の樣体(やうだい)を見るべし。」

とて、此人々と打連(うちつれ)て、伊賀に立越(たちこへ[やぶちゃん注:ママ。])玉へば、老母を始め、一家中(いつけぢう)、

「こは、有難し。」

と請じ奉れば、頓(やが)て小吉が病下(びやうか)に至り、其有樣をつくづく御覽じ、小吉に仰有(おほせあり)けるは、

「誠(まこと)や。御身、近比、愛室(あいしつ)に後(おく)れ玉ひしに、猶も、亡魂、御身に付そひ玉ふとやらん。いと、しほらしき事にこそ侍れ。然(しかれ)ども、未(いまだ)其虛実、分明(ぶんみやう)ならず。是を正しく知るに、われ、一つの靈符(れいふ)あり。今宵、亡妻來り給はゞ、此(この)封(ふう)ぜし物を、折能(おりよく)出(いだ)し見せ玉ひ、『いかなる物や此内にある。さして見玉へ』と問(とひ)玉へ。眞實(しんじつ)、おことの妻ならば、必(かならず)知つて、答へ玉はん。若(もし)又、答(こと[やぶちゃん注:ママ。])ふる事、能はずんば、㙒干(やかん)[やぶちゃん注:妖狐。]・魔魅(まみ)[やぶちゃん注:人を誑(たぶら)かす魔物。]の類(たぐ)ひ、御身を、たぶらかし申なり。御身とても、此内(うち)を見玉ふ事、努々(ゆめゆめ)あるべからず。」

とて、能々[やぶちゃん注:「よくよく」。]封じて、小吉に渡し玉へば、小吉、御符(ごふう[やぶちゃん注:ママ。])を押(おし)いたゞき、

「誠に有難く侍(さぶ)らふなり。恥かしながら、亡妻、在世に申かはせし事さぶらへば、死しても我に付そひ侍る事、更に疑ひなく候へ共、御示(しめ)しに任(まか)せ、猶も試み申さん。」

とて、其夜(よ)を待ちける。

 案のごとく、妻のゆうれひ[やぶちゃん注:ママ。]、每(いつも)の刻限に來りて、打かたらふ。

 時に、小吉、いひけるは、

「誠に御身死すといへども、猶、我に付添玉ふ心ざしの有難さよ。其心、弥々(いよいよ)実(まこと)ならば、此(この)封ぜし内に、いかなる物や、ある。敎へ玉へ。」

と、かの幽㚑(ゆうれい)が前にさしおけば、此幽㚑、急に飛(とび)のき、身をふるはし、

「あら、いまはしの物や。はやはや、取捨(とりすて)たび玉へ。」

と、いと苦しげに聲ふるはし、邊りへ更によりつかねば、次の間(ま)に窺(うかゞ)ひ居玉ふ律僧、

「さればこそ。」

と、水晶の珠數(じゆず)、

「さらさら。」

と押(おし)もみ、「惡魔悉除(あくましつじよ)の法」を修(しゆ)せられければ、忽(たちまち)、白狐(びやくこ)と化(け)して、搔消(かきけす)やうに、失(うせ)にけり。

 小吉、このあり樣を見て、茫然とあきれたる所に、律僧、たち出、さとして仰(おほせ)けるは、

「御身の妻は、とく、成仏して中有(ちうう[やぶちゃん注:ママ。意味は既注。])には居玉はず。然(しか)るに、御身、愛執(あいしう[やぶちゃん注:ママ。])の心、ふかきゆへ、㙒干(やかん)の見入て[やぶちゃん注:「みいりて」。]、かくは惱し申たり[やぶちゃん注:「惱」には「なや」のルビのみで「ま」を落としてしまっている。]。今より惑(まどひ)を解(とき)て、本心に元づき玉はゞ、一家(いつけ)の相續、且(かつ)は、先祖・眼(ま)のあたりなる老母への孝心ならめ。」

と、さまざまに敎誡(きやうかい)し玉へば、小吉も、心の闇はれて、此間(あいだ[やぶちゃん注:ママ。])、迷ひの雲、淸朗(せいらう)として、秋の月のくまなきに逢(あへ)るが如くなりければ、日を經て快復し、家業をつとめ、老母をいたはり、亡妻の跡をも吊(とふら)ひければ、次㐧次㐧に繁昌し、目出度く、さかへける、となり。

「誠に有り難き御僧(おんそう)の行跡(ふるまひ)かな。」

とて、聞(きく)人、尊(とうと)みけるとかや。

 

 

太平百物語卷之三終

[やぶちゃん注:一読、お判りと思うが、これは明の瞿佑(くゆう)作の志怪小説集「剪燈(せんとう)新話」の中の、知られた一編「牡丹燈記」を下敷きに妖狐譚にずらし、しかもハッピー・エンドに改変したものである。今は近代の三遊亭円朝作の「牡丹燈籠」がよく知られるが、江戸時代にはこの「牡丹燈記」が非常に好まれ、多くの翻案(私の「諸國百物語卷之四 五 牡丹堂女のしうしんの事」を参照。「諸國百物語」は延宝五(一六七七)年四月に刊行された、全五巻で各巻二十話からなる、正味百話構成の真正の「百物語」怪談集である。この後の「百物語」を名打った現存する怪談集には実は正味百話から成るものはないから、これはまさに怪談百物語本の嚆矢にして唯一のオーソドックスな正味百物語怪談集である。但し、著者・編者ともに不詳である)や怪談話の粉本とされ、井原西鶴・浅井了意・山東京伝・鶴屋南北・柳亭種彦らによって盛んに小説や戯曲に改作されている。]

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