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2019/05/14

マアシヤ ツルゲエネフ(生田春月訳)

 

    マ ア シ ヤ

 

 幾年か前、私がペテルブルグに住まつてゐた時分、橇(そり)を雇ふやうな事がある每に、私はその馭者と話をすることにしてゐた。

 とりわけ私は、近在の貧乏な百姓で、自分達の食料や地代を儲ける氣で、茶色に塗つた橇(そり)とみすぼらしい馬とをもつて首都に出て來てゐる夜の馭者と話すのが好きだつた。

 或日、私はかうした馭者を雇つた……彼は二十歲(はたち)ばかりの脊(せい)の高い頑丈な立派な男で、碧い眼と赤い頰とをもつてゐた。ブ口ンドの髮は眉深(まぶか)にかぶつたぼろぼろな小さな帽子の下から、小さな渦を卷いてはみ出してゐた。こんな幅の廣い肩の上にどうしてそんな小さな破れ襯衣(しやつ)が着られたのであらう!

 けれどもその馭者の綺麗(きれい)な髯の無い顏は悲しげに打沈んでゐた。

 私は彼に話しかけた。彼の聲にも悲しい調子が籠つてゐた。

『君、どうかしたのか?』と私は訊(き)いた。『何故(なぜ)沈んでるんだね? 何か心配事でもあるのかい?』

 若者は直ぐには返事もしなかつた。『はい、旦那、お察しの通りで』と彼はとうとう言つた。『こんな情無い事は又とありません。家内(かない)が死んぢまつたんで』

『可愛がつてゐたんだらうね……そのお神さんを?』

 若者は私の方には向かないで、ほんの一寸頭を下げた。

『可愛(かあい)がりましたとも、且那。もうそれから八月(やつき)になりますが……忘れられませんや。始終それが殘念でなりません……まつたくですよ! 何だつて死なゝきやならなかつたんだか? あんなに若くて丈夫だつたのに!……たつた一日で虎列拉(コレラ)にやられてしまひました』

『いゝお神さんだつたんだね?』

『そりや旦那!』と不憫(ふびん)な男は深い溜息を吐(つ)いて、『どんなに二人は仕合せでしたか! それに私の留守(るす)に死んじまつたんです! 此市(こゝ)でそれと聞いた時にやもう葬られてゐましたんで。直ぐに村へ驅け附けましたが。家(うち)に着いた時にやもう眞夜中(まよなか)過ぎでした。小舍(こや)へ入つて、部屋の眞中に立つた儘、そつと「マアシヤ! マアシヤや!」つて呼んで見ましたが、蟋蟀(こほろぎ)が啼いてるぱかり……その時にや私や泣き出して、土間(どま)にべつたりすわつて、拳(こぶし)で地面(ぢべた)を打(ぶ)ちました……

そして私や言ひました……『この胴慾(どうよく)な土(つち)め! 貴樣は彼女(あいつ)を呑んぢまつたな……さあ俺も呑んぢまヘ!――あゝ、マアシヤ!』

「マアシヤ!」と彼は急に沈んだ聲で附け足した。そして手綱を持つたなりで兩眼の淚を袖で押し拭ひ、それを振(ふる)ひ、肩を縮めて、もう一言(ひとこと)も言はなかつた。

 橇を下りた時、私は彼に賃金の外に幾らかの酒手をやつた。彼は兩手で帽子を取つて丁寧にお辭儀をして、一月の寒氣(さむさ)を含んで灰色の霧のかゝつた寂しい街路(まち)の一體に積つた雪の上を、ゆつくりと曳いて行つた。

    一八七八年四月

 

[やぶちゃん注:最後の「マアシヤ!」が通常の鍵括弧なのはママ。生田の確信犯であると私は思う。ちょっとしたことだが、非常な効果を与えている。個人的にこの一篇は非常に忘れ難い。]

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