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2019/05/17

太平百物語卷四 卅三 孫六女郞蜘(ぢやらうぐも)にたぶらかされし事

Jyorougumo

   ○卅三 孫六女郞蜘(ぢやらうぐも)にたぶらかされし事

 作州高田に孫六とて、代々、家、冨(とみ)、田畠(たばた)、數多(あまた)持(もち)たる鄕士(がうざぶらひ)ありけるが、本宅より十五丁斗(ばかり)[やぶちゃん注:一キロ六百三十六メートルほど。]を放(はな)れて、別埜(したやしき)をしつらひ、折ふしは此所に行(ゆき)て、心をなぐさめける。

 折しも水無月[やぶちゃん注:陰暦六月。]なかばにて、殊なふ夏日(かじつ/なつのひ)堪(たへ)がたかりければ、每日こゝに來りて、納凉(なうりやう/すゞみ[やぶちゃん注:前者はママ。])しけるが、竹緣(ちくゑん)に端居(はしゐ)して、床下(しやうか/とこのした)を流るゝ水の淸きに、こゝろをすまして、かくぞ詠じける。

  せきゐるゝ岩間の水のすゞしさを

   わがこゝろにもまかせつるかな

[やぶちゃん注:「ゐるゝ」はママ。]

 あまりに心能(よく)おぼへて[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]、そよ吹(ふく)風に睡眠(すいめん[やぶちゃん注:ママ。])の催しけるに、何國(いづく)よりか來りけん、年の比(ころ)五十(いそじ[やぶちゃん注:ママ。])斗なる女、身には五色(ごしき)の衣裳を著し、孫六が前に來たる。

 孫六、あやしく思ひ、

「いかなる人ぞ。」

と尋ければ[やぶちゃん注:「たづねければ」。]、老女のいはく、

「我は此あたりに住(すむ)者なり。御身、常々此所に來りて、四季おりおりの[やぶちゃん注:ママ。]詠(ながめ)も無下(むげ)ならず。殊更、今の御口ずさみを聞まいらせ、一人の我が娘、御身をふかくおもひ焦(こが)れ侍るなり。子をおもふ親のならひ、あまり不便(びん)に候へば、情をかけてやり給へ。いざや、わが住(すむ)方に伴ひ參らせん。いざゝせ玉へ。」

といふに、孫六も怪しながら、心そゞろに伴ひ行(ゆけ)ば、大き成(なる)樓門に至りぬ。

 内に入れば、所々に大小の門戶(もんこ)ありて、遙に奧の方(かた)に至り、むかふをみれば、其結構、こと葉に述(のべ)がたし。

 老女、孫六に向ひ、

「しばらく、爰に御待あれ。」

といふて、おくに、いりぬ。

 孫六、心におもふやう、

『こは、そもいかなる人の住家(すみか)やらん。心得ぬ事かな。』

と、且(かつ)、うたがひ、且、あやしみゐる所に、十六、七斗なる、さも美しき女の、身には錦の羅(うすもの)に、五色に織(おり)たる綾をまとひ、髮はながくて、膝(ひざ)をたれ、いと、たをやかに、只一人、步み來(きた)る。

 孫六、此体(てい)をみるより、心も消入(きへいり[やぶちゃん注:ママ。])、玉(たま)しゐ[やぶちゃん注:ママ。]も空に飛(とぶ)心地して守り居(ゐ)ければ、頓(やが)て孫六が傍(そば)に寄(より)、少(すこし)面はゆげに打ゑみていひけるは、

「誠に。御身をしたひ參らせ事は、はや、幾(いくばく)の月日也(なり)。其念力(ねんりき)の通じまいらせ、かく、まみへける嬉しさよ。今よりして、夫婦となり、行末久(ひさ)に、契りてたばせ候へ。」

と、おもひ入て[やぶちゃん注:「いりて」。]申にぞ、孫六、答へて申しけるは、

「誠に御心ざし有がたく候へども、我等如きいやしき身、などて、夫婦となり申すべき。其上、我は定(さだま)る宿(やど)の妻、あり。此事、おもひも寄(より)奉らず。いつしか見參らせし事もなきに、白地(あからさま)なる御志、疎(おろそ)かには承らず。夫婦の緣こそ拙(つたな)くとも、御心ざしは、忘れ奉らず。」

と、いと眞実(まめやか)に斷りければ、此姬(ひめ)、恨みたる顏(かほ)ばせにて、

「扨々、心づよき仰(おほせ)かな。我、御身を焦(こがれ)し事、母人、不便に覚し召(めし)、御身の別埜(したやしき)に來り玉へば、いつも緣のほとりまで行(ゆき)給ひ、御身の傍(そば)を放(はな)れ玉はず。然るに、一昨日(おとゝひ)の暮方、わが母を、御身、烟筒(きせる)を以(もつ)て、打ち殺さんとし玉ひしを、辛じて、命、助(たすか)り歸り玉ふ。加程(かほど)に心を盡し給ふも、子をおもふ心の闇(やみ)ならずや。角迄(かくまで)切なる我思ひを、晴(はら)させ玉へ。」

と、かきくどけば、孫六も岩木(いはき)ならぬおもひながら、元來、正直なる男なれば、所詮、わが一生そひはつる事もならぬ身の、かく、止(や)ん事なき御息女に、一夜(ひとよ)の枕をかはさんも、本意(ほんゐ[やぶちゃん注:ママ。])ならず。いろいろにすかし申せど、

「兎角、御身に、はなれず。」

と、すがり付(つけ)ば、孫六、今は、もて扱(あつか)ひ、あなた此方と逃げるとおもへば、有(あり)し家形(やかた)は消(きへ)うせて、元の竹緣にてありければ、孫六、忙然と[やぶちゃん注:ママ。]あきれ、

『夢か。』

と思へど、覚めたる氣色(けしき)もなく、

『正(まさ)しき事か。』

とおもへば、露(つゆ)形(かたち)も、なし。

 餘りのふしぎさに、從者(ずさ/めしつかひ)を呼(よび)て、

「われ、此所に假寢(かりね)せしや。」

とゝへば、

「さん候ふ。半時(はんじ)[やぶちゃん注:現在の一時間。]斗も御寐(ぎよしん)なり候ふ。」

と、いふ。

 孫六、奇異の思ひをなし、あたりを能(よく)々見廻せば、ちいさき女郞蜘[やぶちゃん注:ママ。]、そこらを靜(しづか)に、步みゆきぬ。

 上の方(かた)を見やれば、軒には數多(あまた)の蛛ども、さまざまに巣をくみて、歷然たり。

 孫六、つくづく案じみるに、一昨日(おとゝひ)の暮方(くれかた)、烟筒(きせる)にて追ひたりしも、陰蛛(ぢやらうぐも)なり。

「扨は。此蛛、我が假寢の夢中に、女と化(け)し、われをたぶらかしけるならん。恐しくも、いまはしき物かな。」

とて、從者(ずさ/めしつかひ)にいひ付(つけ)て、悉く、巣をとらせ、遙(はるか)の㙒辺[やぶちゃん注:「のべ」。]に捨(すて)させければ、其後は、何の事もなかりしとかや。

[やぶちゃん注:「女郞蜘(ぢやらうぐも)」節足動物門 鋏角亜門蛛形(クモ)綱蛛形(クモ)目クモ亜目クモ下目コガネグモ上科ジョロウグモ科ジョロウグモ属ジョロウグモ Nephila clavata。ご存じのこととは思うが、非常に攻撃的でしかも視力も低く、交尾の際に相手の♂を餌と誤認して捕食してしまうこともある。ウィキの「ジョロウグモ」によれば、『視覚はあまりよくないため、巣にかかった昆虫などの獲物は、主に糸を伝わる振動で察知するが、大型の獲物は巣に近づいて来る段階で、ある程度視覚等により捕獲のタイミングを整え、捕獲している。巣のどこにかかったのか、視覚では判別しづらいため、巣の糸を時々足で振動させて、そのエコー』(echo:反響振動)『により、獲物がどこに引っかかっているのか調べて近づき、捕獲している。捕獲された獲物は、毒などで動けないよう』に『処置をされたあと、糸で巻かれて巣の中央に持っていかれ』、『吊り下げられ』て『数日間かけて随時』、『捕食される。獲物は多岐にわたり、大型のセミやスズメバチなども捕食する。捕食は頭から食べていることが多い。成体になれば、人間が畜肉や魚肉の小片を与えても』、『これも食べる』。『雄は雌の成熟前から雌の網に居候し、交接のタイミングを待つ』、『交接の』八十%『以上は雌の最終脱皮をしている間に行われ、それ以外では』、『雌の摂食時に行われる。これらの時期は、雌の攻撃性が弱くなっているため、雄も安全に交接を行える』からである(それ以外の目的もある。後述される)。『他方で複数の雄と交接した雌では、その卵塊の』八十%『が最初に交接した雄の精子で受精したものであることがわかっており、雌が成体になる最終脱皮を交接の機会とすることはその意味でも有効である』。『雌の網には複数の雄が見られるが、これらの雄の間で闘争が行われることも知られる。先入の雄はそれ以降に侵入しようとする雄を排除しようと行動し、体格が違う場合は』、『大きい方が勝つ。同程度の場合、闘争が激化し、噛み付くことで足を奪われる雄が珍しくない。闘争の結果』、『振り落とされた雄が網に引っかかり、それを雌が食べてしまう例も見られる』。『また』、『ジョロウグモでは、交接した雄がそのまま網に居残ることが知られる。これはより多くの子孫を残すため、交接相手の雌と他の雄との交接を防ぐ目的での行動と考えられている。同属の別種では雄は』一『頭の雌との交接で全精子を消費することが知られている。本種もそうであれば、交接した雄が他の雌を探しに行く意義はなくなる』とある。

「作州高田」当時の美作国真島郡勝山(現在の岡山県真庭市勝山(グーグル・マップ・データ))にあった勝山城は、別名を高田城と称したから、その附近である。

「鄕士(がうざぶらひ)」江戸時代の武士階級(士分)の下層に属した者。武士の身分のまま農業に従事した者や武士の待遇を受けていた農民を指す。平時は農業、いざという時には軍務に従った。郷侍。

「いざゝせ玉へ」「いざ」感動詞で誘いを示し、「させたまへ」尊敬の助動詞「さす」の連用形に尊敬の補助動詞「たまふ」の命令形で、この全体の形で連語としてよく使用され、「~なさいませ・お出掛けなさいませ・~お出でなさいませ」という尊敬の意を以って相手を誘(いざな)って行動を促す意を表わす。

「もて扱(あつか)ひ」この場合は「取り扱いに困る・持てあます」の意。]

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