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2019/05/19

楊貴妃櫻 蘿月(伊良子清白)

 

楊貴妃櫻

 

霞も匂ふみよし野の、

  よし野の奧を分け入れば、

    おぼろ月夜にあこがれて、

      散り行く花もしづかなり。

 

五百重しきたつ白雲は、

  おのづからなる戶ざしにて、

    人は通はぬ岨かげを、

      谷水のみやもるならむ。

[やぶちゃん注:「五百重」は「いほへ(いおへ)」で「幾重にも重なっていること」を意味する万葉語。]

 

神さびたてる神杉の、

  こずゑの靑もしづかにて、

    菅生をわたるやま風も、

      すゞろにさむくひゞくなり。

 

たな引く雲のたえまより、

  あらはれわたる山ざくら、

    たわゝに咲けるひと本に、

      あたりの風もむせぶなり。

 

千年五百とせむかしより、

  花の色香のかはりなく、

    峯のかすみと匂ひては、

      谷間のゆきと消えにけむ。

 

尾の上ににほふ曙も、

  入日にくるゝ夕ばえも、

    吹くやあらしの五日ならで、

      尋ぬるものもなかるらむ。

 

あはれと手折る人もなく、

  たをりてめづるものもなき、

    この一もとはなかなかに、

      匂ふさくらの幸ならむ。

 

深山のはるとにほひつゝ、

  ちりもかゝらぬ一もとよ、

    世をはなれにし仙人の、

      あそぶ陰とや咲きぬらし。

 

谷の小川よこゝろあらば、

  花なさそひそ塵のよに、

    ながるゝ色にあこがれて、

      人やとひこむ花見にと。

 

こむる霞の色深く、

  さかりに匂ふ花の雲、

    木かげにたちてながむれば、

      空行く月もかげうすし。

 

蔦にうもるゝ岩が根の、

  苔のむしろをふみわけて、

    おりしく露をみだしつゝ、

      しづかにあゆむ手弱女は。

 

花の心をぬけいでゝ、

  しばしは月にうかるらむ、

    玉ともまがふおもばせに、

      かざす袂もにほふなり。

 

やなぎの糸のうち垂れて、

  雲にもにたる黑髮に、

    匂ふ一枝をたをりつゝ、

      簪花とかざす﨟たさは。

[やぶちゃん注:「簪花」は「かざし」と当て訓していよう。]

 

月の宮ゐのをとめ子も、

  たつの都のたをやめも、

    おもてやさしと思ふらむ、

      おのが姿にくらべ見て。

[やぶちゃん注:「たつの都」言わずもがな、「竜宮」。]

 

霞吹きとく山風に、

  つもるも惜しき袖の上の、

    花の吹雪をはらひつゝ、

      にほふ木かげをさしよりぬ。

 

「思へば久し八百とせの、

  むかしの夢をさながらに、

    花のうてなのうたゝねに、

      今宵も見つるやさしさよ。

 

散り行く花もとゞまりて、

  しばしは聞きねわが夢を、

    塵うちたえて天地の、

      ひゞきもねぶる頃なれば。

 

雲のころもをぬぎかへて、

  月のみやこをたちはなれ、

    もろこし人とみをかへて、

      ちりのうき世にまじりけむ。

 

御庭になびく靑柳の、

  いとながき日もあかなくに、

    秋の長夜をあかつきの、

      星のひかりにうらみけむ。

 

梶の葉風の吹きたえて、

  棚機のよの靜けきに、

    たかきうてなに居ならびて、

      二人ちかひし言の葉よ。

 

「天にありなばいかで君、

  翼ならぶる鳥となり、

    地にありなばいかでわれ、

      枝さしかはす木とならむ。」

 

夢のうき世のゆめさめて、

  玉の宮居にちりたてば、

    暮るゝ日影を慕ひつゝ、

      蓬がしまにいそぎけむ。

[やぶちゃん注:「蓬がしま」海上上空に浮かぶ仙界島「蓬萊山」のこと。]

 

幾はる秋の月はなに、

  ふりし昔を忍びつゝ、

    遠くうな原見わたせば、

      雲と水とをはてにして。

 

常世のくにの年長く、

  月日はこゝら積れども、

    君にわかれし夕べより、

      音信たえて聞えこず。

 

結びし夢をさながらに、

  ふたゝび見つるこゝちして、

    君のつかひと聞くからに、

      はふりおつるは泪なり。

 

いとまをつぐる仙人に、

  かたみとかざす黑髮の、

    黃金のかざし半より、

      折りてあたへついひけらく。

 

「契かたくばもろこしと、

  遠きとこ世とへだつとも、

    相見る折のなくてやは、

      まちてと君にことづてよ。」

 

汐みつ磯に舟出して、

  よもぎが島をたちはなれ、

    ゆくへいづこと白雲を、

      こぎ分けて行くわだの原。

 

落る夕日におくられて、

  さし出る月をむかへつゝ、

    しほの八百路の八汐路も、

      浪にまかせてわたりきぬ。

 

田子の浦曲に船はてゝ、

  大和島根を見わたせば、

    春やきぬらしうらうらと、

      天津御空もかすむなり。

 

髙みかしこみ天雲も、

  いゆきはゞかる不二のみね、

   ふもとに立ちてながむれば、

     千とせの雪に田鶴ぞなく。

 

春長閑なる東路の、

  八十の里わを行き行けば、

    雲雀は空にさへづりて、

      こてふは野邊にあそぶなり。

 

人こそ知らね久方の、

  天つ少女のおとしけん、

    琵琶の水海そひくれば、

      浪は絲ともきこゆなり。

 

袂をはらふ風かろく、

  志賀の山越こえくれば、

    柳さくらをこぎまぜて、

      都ぞ春のにしきなる。

 

若艸もゆる春日野の、

  飛火ののべを朝たちて、

    鈴菜すゞしろ分けくれば、

      大和國原見ゆるなり。

 

天の香久山うね火山、

  神代のまゝに霞みつゝ、

    かすみの奧にほのぼのと、

      匂ふよし野のやまさくら。

 

大和心と咲きいでゝ、

  世にふたつなき花さくら、

    一枝折らむと分け入れば、

      月は霞みて花ぞ散る。

 

やがて一夜を旅まくら、

  いは根の苔をむしろにて、

    匂ふ木陰の思ひねは、

      夢も花をやめぐりけん。

 

蓬がしまももろこしに、

  歸らむこともわすられて、

   花のうてなにやどらむと、

     塵のころもをぬぎすてつ。

 

國てふくにはさはあれど、

  日本にまさるくにやある、

    花てふはなはさはあれど、

      さくらにまさる花やある。

 

匂ふさくらの花のごと、

  たぐひまれなる敷島の、

    大和島根はむかしより、

      神のつくりし國ならじ。

 

神よりうけしこの國の、

  神の御末のすめらぎは、

    かしこき稜威萬代に、

      とつくにかけてかゞやかむ。

 

幾千代かけて住まばやと、

  花の梢にことどへば、

    吹きくる風におのづから、

      うなづく花もうれしくて。

 

咲き散る春のかはりなく、

  花のこゝろとみをかへて、

    月のみやこをいでしより、

      年の八百年すぎにけり。

 

ちかひしことばなになりし、

  折りたる簪花なになりし、

    まちてといひてことづてし、

      こゝろぞ今は恨なる。

 

今宵も見つるこの夢よ、

  ふりし昔の忍ばれて、

    花にもかたる一ふしは、

      やさしき思きはひなり。

[やぶちゃん注:最終行の「きはひなり」は意味不明。識者の御教授を乞う。]

 

うき世の塵にあこがれて、

  うつろふ色も知らざりき。

    神のみくにのこの月よ、

      さやかに心てらせかし。」

 

語りをはりて靜にも、

  匂ふ木陰をたちまへば、

    天の羽衣耀ぎて、

      月の散りくるごとくなり。

 

妙なる聲を谷間より、

  いらふ木魂の聲遠く、

    おのづからなる八重垣を、

        おりゐる雲ぞつくるなる。

 

世にしづかなる三吉野の、

  よし野の奧の春のよは、

    花の木の間にあこがれて、

      空行く月もやどるなり。

 

苔のむしろにおくつゆに、

  ぬれて立舞ふ﨟たさを、

    うらむか峯の夜嵐も、

      花の吹雪に吹きとぢて。

 

つらなる星の影きえて、

  月のひかりもうすれつゝ、

    花より白むあけぼのゝ、

      天の戶遠くあけそめぬ。

 

花のこゝろにかへるらし、

  妙なる聲のうちたえて、

    おりゐる雲もわかれつゝ、

      たち舞ふ影もきえにけり。

 

さへづりかはす百島の、

  聲をちこちにきこえ來て、

    花のこずゑをさし昇る、

      ひかりも高し朝日影。

 

[やぶちゃん注:明治二九(一八九六)年六月『靑年文』掲載。署名は蘿月。楊貴妃伝説を元に恐らくは徐福伝説などをハイブリッドし、またしても自在に空想を本邦に取材し、変わった幻想抒情詩に仕掛けているのだが、私は詩句自体の響きに酔っている嫌いが強過ぎて、今一つ。しかも展開自体にどうも破綻があるように思う。なお、「楊貴妃櫻」はサトザクラ(日本の固有種であるバラ目バラ科サクラ属オオシマザクラ Cerasus speciosa を主種として交配改良されたした品種原型と思われる)の園芸品種の和名ではあり、花は淡紅色で外部は色濃く、花は直径五センチメートルほどの八重咲き、先端は濃紅色で、奈良興福寺の僧玄宗が愛でたことからの名という(「同盟だからって、何? 僧侶でこれって何よ?!」って感じで、この坊主には私は興味はない)。芽は淡茶色を呈する種の和名ではあるが、ここでそれに限定する必要を私は感じない。]

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