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2019/07/04

小泉八雲 神國日本 戸川明三譯 附やぶちゃん注(83)  近代の抑壓(Ⅴ)

 

 今一つ考察しなければならない抑壓の第三の種類がある、――卽ち、官邊の權威を以て個人の上に働かされる抑壓である。これはまた種々なる古い遺風を吾々に示して居るが、これも暗黑方面と共に光明方面を有つて居る。

 吾々は既に、個人は昔の法律によつて課せられた大槪の義務から合法的に免れたといふ事を述べた。個人は最早特別の職に從事する義務はなくなつてしまつた、個人は旅行する事も出來る。自分よりも上下いづれの階級の者とも自由に婚姻し得る。宗教をかへる事も禁じられては居ない。彼は自分の危險さへ意としなければ多くの事を爲し得るのである。併し法律上からは、彼が氣儘な行ひをしても良い場合でも、家族と社會とからすればさうは行かないのである。そして昔の感情と習慣との固執は、法律上與へられて居る權利の多くを無効にして居る。それと全く同じく、個人よりも高い權威の個人に對する關係は、立憲の法律があるにも拘らず、昔の抑壓の多くと、昔の强制を少からず維持して居る傳統によつて、今猶ほ支配されて居る。理論上では、才力精力の秀でたものは、鰻上りに最高の位置まで上り得る筈であるが、併し私的生活が今猶ほ昔の共同主義の爲めに少からず支配されて居るやうに、公的生活も今猶ほ階級或は藩の壓制政治の遺風によつて支配されて居る。秀才が他の援助なくして立身したり、高位權勢を得たりする機會は、極めて少い。故に集團によつて考へ、集團によつて行動する反對の力に、刄向かつて獨立で爭ふ事は殆ど絕望的に違ひないのである。唯だ商業的或は產業的生活のみが、現今では才能ある人々に對して實際に立派な機會を與へて居る。卑賤から身を起こして官海に成功した極僅少の秀才は、主に黨派の助力或は藩の愛護に依るのである。個人の才能の認知を强ひんが爲めには、集團が集團に對抗しなければならぬ。獨立では、何人と雖も、商業の外には、ただ競爭の力だけで何事かを成就する事は恐らく出來ない事である……。勿論、個人の才能はいづれの國に於ても、多くの種類の反對に會はなければならぬ事は事實である。また嫉妬の惡意と階級的偏見の殘忍とが、その社會學的價値を有つ事も同樣に事實である。それ等は最も優れた才能の士以外のものの、成功を贏ち[やぶちゃん注:「かち」。既出既注。]得て、それを持續する事を、阻碍する。併し日本では社會の特殊な組織が、卑賤にして才能ある人の立身を阻む社會的の陰謀に對して極度の力を藉し、爲めに此の社會的陰謀は國家にとつて極めて有害なものとなつて居る、――何故かといふと、日本の歷史を通じて、現時の如く、階級と位置とを問はず、最高の俊才の最高の能力を必要とする時代は無いからである。

 併しかうした事も復興改造の時代には止むを得ない事情である。政府は其夥多[やぶちゃん注:「くわた(かた)」物事が多過ぎるほど存在すること。夥(おびただ)しいさま。]の仕事のうちの唯だ一つの部門に於ても、俊才の功業に對して潤澤に報酬を與へて居ないといふ事實は殊に顯著な事である。人が政府の賞讃を得んとして如何に努力した處で、其報酬としては、ただ名譽と辛うじて生活し得るだけの資を得るに過ぎないのである。最も價値のある努力も、最も價値のない努力に對すると同程度位の割合で、報酬を受けるに過ぎないのである。最大價値の奉仕も、それ無くしても充分に事足り、或は最も容易に其代りの得られる仕事に比して殆ど、同じ位にしか認められないのである。(顯著な例外も無い事はないが、私はただ一般の通則を述べて居るのである)。異常な精力と忍耐と敏才とか備へた上に、階級の援助のある人が、或る位置に上るとすれば、其位置はヨオロツパならば、名譽のみならず生活の安樂をも保鐙するであらう、併し日本に於けるかかる位置の報酬は實際の生活費に殆ど當たらないであらう。陸海軍たると、司法、文部、逓信、内務の諸省たるを問はず、―-報酬の相違が、才能及び責任の相違をあらはして居るといふ處は一つもない。一段一段と官位が上つても金錢上では殆ど何の事もない、――何となれば位階が上るに從つて費用は法律で規定された俸給とは全然釣り合はぬやうに增加するからである。今までの一般の通則は、到る處で、出來るだけ少額の金で、出來るだけ多量の仕事を强要するのであつた。此の國の社會史を知らない人は、官吏に對する政府の政策は、物質的利益の代りに空虛な榮位を與へる事に在ると想像するかも知れない。併し實は、政府が近代の形式の下に昔の封建式の奉公の狀態――筒單ではあるが、名譽ある生活の道を與へられる代償としての奉公――を單に維持しただけである。封建時代には、農民は存在の權利を維持する爲めに、その拂ひ得るだけのすべてを拂ふ事を期待されて居た、美術家や工匠は、顯要な愛護者を有つ幸運で滿足して居た。普通の武士さへも彼等の藩主によつて、ほんの必要だけしか供給されて居なかつた。必要以上著しい多額を受ける事は、非常な恩顧を意味した。そして何か賜物を得る場合に、いつも昇進がそれに伴なつて居た。併し金錢を以て支拂ひをする近代制度の下に、政府は同樣の政策を今猶ほ巧みに維持して居るけれども、商業上の生活の他は、生活は到る處封建時代とは比較にならない程に困難になつて來て居る。昔は最も貧乏な武士でも缺乏はしないやうに保證されて居り、過失がなければ、位置を奪はれる恐れはなかつた。昔は教師は給料は受けなかつたが、社會の尊敬と弟子の感謝とに教師の立派に暮らして行く道を保證した。卑賤の位置に居る天才の工人を奬勵する爲めに、大諸侯は互に競つて彼等を愛顧した。諸侯等は、金の點だけでいふと、單に普通の給料で滿足する事を天才者に期待したかも知れない、併し彼等は窮乏或は生活の苦しみを受けないやうに保證を與へ、彼が仕事を完成するやうに多分の暇を與へ、彼の最大傑作が確實に珍重賞美されるやうな手段を講じて彼を幸福ならしめた。然るに今や生活費は三倍にも四倍にもなつたので、美術家や工匠等さへも、その最善を盡くす爲めの奬勵を得ては居ない。廉くて手取早い仕事が、昔日の美麗な暇にまかせた仕事に代つて居る。それで工藝の最も優れた傳統は滅亡の運命に陷つて居る。今日の農業階級の狀態も、農民の土地を取り上げる事を、法律上禁止してあつた時代に比して、より幸福であるとか、或は遙かに良いとか云ふ事さへ出來ないのである。そして生活費は常に增大する一方であるから、現時のやうに氣長く順序を經て物事を行ふ事が――遠からず不可能になるのは明白である。

[やぶちゃん注:以下の註は、底本では本文分四字下げポイント落ちである。区別するために、前後を一行空けた。]

 

註 判事の俸給は一年七十磅[やぶちゃん注:既出既注。ポンド。]から五百磅まであるが、後者は極限の最大額である。帝國大學で日本人の教授が受ける最高額は今までは百二十磅と定められて居た。郵便局の雇員の給料は僅に生活費に當たるか當たらぬ程である。巡査は地方によつて、一筒月一磅から一傍十志[やぶちゃん注:「志」はシリング。]の給料を受ける。小學校教師の平均給料はなほ低いもので、(一箇月九圓五十錢、卽ち、一箇月凡そ十九志である)――一箇月七志以下を受ける者も多數ある。

次の表は一九〇四年の軍隊の給料であるが、讀者は恐らく興味を以て見られる事と思ふ。

[やぶちゃん注:「註」内にあってここに一行空けが施されてある。

Riugunnsyoukan

 

 如上の俸給が二十年程以前に制定された時には、家賃は廉いもので、一箇月三四圓出せば立派な家が何處にもあつた。

 今日東京では、軍人は十八圓或は二十圓以下では小さな家さへ殆ど借りられないのである。そして食料品の價段は三倍にもなつて居る。併し今までに不平の聲は殆ど聞こえなかつた。家賃を拂へる程の給料を受けていない軍人は都合して間借りをして住んで居る。多數の者は生活難に苦しんで居るが、皆報國の特權を誇りとして居て、辭職などは夢想だもしないのである。

 〔表の内中尉(二級の)俸給月額 34 と
  あるのは 36 とでもあるべき處か、そ
  れに 4 を加へた總計は 40 になつ
  て居る〕

[やぶちゃん注:最後の〔 〕は訳者戸川秋骨氏の疑問注である(さらに字下げが施されているため仕方なく一行字数を減じて再現した)。原典でも同じ(リンク先は「Internet Archive」の当該原本画像ページ(左下に図がある)。というより、旧日本帝国陸軍の大尉・中尉に、それぞれ一級と二級があったというのは私には初耳なのだが? 識者の御教授を乞う。或いはこの二つの階級では、初任官の給与と一定期間を経た先任官とで給与が異なったのを言っているものか?

「九圓五十錢、卽ち、一箇月凡そ十九志」が当時の為替レートを推測出来る唯一のデータである。一ポンドは二十シリングであるから、十円=一ポンドとしてよい。さて、本書は小泉八雲が没した明治三七(一九〇四)年九月(二十六日・満五十四歳)に刊行されているが、ネットで調べた限りでは、明治三十年代の推定換算を一円を概ね二万円とするものがあった。さても、あるQ&Aサイトの、「一八九〇年代の一ポンドは日本円で幾らか」という質問に対する、かなりの事情通に方の回答に、十年の間に物価も変わっているから簡単には言えないとされながら(太字下線は私が附した)、『手元の資料によると、当時』、『ロンドンに住んでいた最下層の労働者(ただし、定職を持って家に住んで、家族を持てる程度)の年収は、およそ』四十から五十『ポンド程度だったようで』、一九〇〇年頃の、年収五十五ポンドの『家庭の家計簿を見ると、飲食費、家賃、光熱費だけで支出の』七十%をも占めていることから、この金額では『かなり余裕のない生活と』考えられるとあって、『年収が』百『ポンド程度だと、それなりに余裕のあるブルーカラーといったところで』、『年収が』二百『ポンドをこえ』る辺りから、『最低限のホワイトカラーとして、メイドを一人雇って』、『子供を学校に行かせるくらいの余裕が出始め』るとし、年収三百ポンドの『家庭の家計簿を見ると、メイドを』二『人雇い、旅行をしたり、本や新聞を買ったり、教会に』二十『ポンドも寄付したりと、今で言えば中の上くらいの生活になりそうで』あるとある。そうして、結論として、物の『価値も違うので簡単には言え』ない『が、こうした例から考えると』一ポンドが現行の概ね二万円か『もう少し上くらいと』取り敢えず考えてみると、『感覚としては近いように思』われるとある。但し、『当時は今よりも貧富の差が激しかったので、その点も考慮に入れる必要があり』、『年収』四十ポンドでは今に引き比べると、とんでもない貧困家庭のように思えるものの、『それでも極貧の人と比べると』、『天国のような生活だったようで』あると結んでおられる。換算の参考にされたいが、以上から、

一円=一ポンド=現行換算二万円

という認識で大きな誤りはないように思われる。]

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