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2019/07/06

小泉八雲 神國日本 戸川明三譯 附やぶちゃん注(92)  產業上の危險(Ⅳ)

 

 新事態の下に與へられた最大な自由が、最大危險の方面で與へられたのは恐らく止むを得ない事であつたらう。政府はそれ自身直接の支配力を有して居る範圍内で、何等かの種類の競爭を奬勵する爲めに努力したとは云はれ得ないけれども、それは國民の產業的競爭に利する爲めには、當然期待され得るよりも以上の事をすら行つたのである。貸附金は濫りに前貸され、袖助金は惜し氣なく給與された。そして種々の恐慌や失敗にも拘らず、結果は非常なものであつた。三十年間に輸出の爲めに製造された物品の價値は、五十萬圓から五億萬圓に上つた。併し此の巨大な發達は他の方面に重大な犧牲を拂つて成就されたものである。家庭製產の舊來の方法――しかも家庭製產であつたが故に、日本があれ程長い間名聲を得て居た、美しい工業品や美術品の大抵――は今や救ふ可からざる樣な運命に立ち至つてしまつたやうに思はれる。そして昔の師弟間の溫情ある關係の代りに、――非道を取締まる何等の法律もなく――最惡を畫くした工場生活のあらゆる恐怖が世に現はれるに至つた。資本の新たな結合は、封建時代に想像され得たよりも[やぶちゃん注:如何にも違和感のある訳である。平井呈一氏は『封建時代には想像もつかなかったような』である。]遙かに苛酷な形式の下に、實際に奴役を再び作り出した、かくの如き奴役に當てられる婦人小兒の艱苦は、世間の誹謗の的であつて、嘗ては親切――動物に對してさへ親切――であつた一の國民が、不思議にも殘虐の行爲を爲し得る事を證するものである。

 今や改革を要求する人間の叫びが起つて居る、そして職工の保護の爲めに、法律を得んとする熱心な努力も既に行はれ來たつた、また將來も行はれるであらう。併しこれ等の努力に對して、製造會社や組合(シンジケイト)[やぶちゃん注:syndicate。カルテルを発展させた企業の独占形態。カルテル(ドイツ語「Kartell」。同一業種の各企業が独占的利益を得ることを目的に、競争を避けて価格の維持や引き上げ・生産制限・販路制定などの協定を結ぶ連合形態。企業連合)における生産割当と価格協定をより強化するために、加盟企業が製品の共同販売に関する協定を結んで組織したものを指す。]は當然强硬な反對をして來た。工場の管理に對する政府の干涉は、よし企業を不具にしないまでも、甚だしくこれを妨害し、外國の產業に對する競爭を阻碍するであらうと彼等は公言して居る。二十年とは經たない前に、イギリスでも丁度同樣な議論が、當時產業階級の狀態を改善せんが爲めに行はれて居た努力に反對して稱ヘられた。そしてその反對に對して、ハツクスリイ教授は大演說をして挑戰した。日本のあらゆる立法者が今日此の演說を讀めば大いに得る處があらう。一八八八年の間に進捗して居た改革に就いて同教授は云つた――

 『かかる設備を完うする事が必らず製產費を增大し、斯くして競爭に於て製產者の負擔を重くするといふならば、私は先づ第一に、その事實を敢て疑ひたいのである、併し若し果たしてさうであるとすれば、その結果として產業社會は板挾みの狀態に當面しなければならぬ、そしてどちらの方面を選んだ處が破滅の虞れがある。

 『一方では、勞働に對して充分な報酬を受けて居る人民は、肉體的にも精神的にも健全で、社會的には堅固に安定して居るかも知れない、併しその製產品の高價な爲めに、產業上の競爭には失敗するかも知れない。また他方では、勞働に對して不充分な報酬を得て居る人民は、肉體的にも精神的にも不健全に陷り、社會的には不安定になるに違ひない。そしてその製產品の廉價な理由で、一時は競爭に成功するかも知れないけれども、それは終には、恐るべき艱苦と墮落とによつて全然破滅するに違ひない。

 『若し吾々の採るべき道が、ただこれ等に限られて居るならば、吾々は自身の爲め、子孫の爲めに、前者を選び度いと思ふ。そして若し止むなくんば男らしく餓死しようではないか。併し私は、健全で、活力に富み、教養あり、自ら治むる事を知つて居る人民から成る堅固な社會は、滅亡の運命といふが如き重大な危險は決して招かない事を疑はないのである、彼等は現今ではまだ同じ性質の多くの競爭者にわづらはされる虞れも無ささうである、そして彼等は自己を確立する方法を見出す事に安心して任して置かれ得ると思はれる』

[やぶちゃん注:以下、底本では本文分四字下げでポイント落ち。]

註 『論文集』第九卷二一八頁―二一九頁、『人間社會に於ける生存競爭』“The Struggle for Existence in human society”

[やぶちゃん注:“The Struggle for Existence in human societyは、既出既注のイギリスの生物学者トマス・ヘンリー・ハクスリー(Thomas Henry Huxley 一八二五年~一八九五年)の一八八八年の論文。英文サイト「THE  HUXLEY  FILE」のこちらで原文全文が読める。]

 若し日本の將來が、その陸海軍と人民の高大な勇氣と、名譽の理想の爲め、義務の理想の爲めには、十萬二十萬の人が一度に直ぐに生命を擲つを辭せぬといふ事實に依賴し得るならば、現時の事態を見ても驚く譯も餘りないであらう。處が不幸にして日本の將來は、勇氣よりも他の性質、犧牲のそれよりも他の才能に依賴しなければならないのである。しかも日本は今後の奮鬪に於て、古來の社會的傳統に禍されて、却つて大きな不利益を受けるに違ひないであらう。產業的競爭に對する能力を、婦人子供の艱苦に依つて補ふやうな譯には行かない。それは、個人の理解に富んだ自由に依らなければならないのである。そして此の自由を壓迫する社會、或はその壓迫を許して置く社會は、餘りに硬いものになつて居て、個人の自由が嚴重に維持されて居る諸〻の社會と競爭し難いに相違ない。日本が集團によつて考へまた行動する事を續けるならば、よし其の集團が產業會社のそれであるとしても、その續く限りは日本はいつも最善は盡くし得ないのである。日本の古來の社會的經驗は、將來の國際的爭鬪に於て充分に日本の役に立たないのである、――寧ろそれは死重(デツドヱイト)[やぶちゃん注:原文は「dead weight」。「どっしりとした重い物」で「重荷」の意。]として日本に妨害を與へるに相違ない。これは實に最も恐るべき死重で、――消滅した無數の代々の人々が、現代の日本の生活の上に加へる眼に見えない壓迫である。日本はこれから、もつと伸縮自在な、もつと力に充ちた種々の社會との競爭に際して、眼に餘る優勢を向うにまはして張合つて行かなければならないのみならず、今は死滅してしまつた日本自らの過去の勢力に對しても、遙かに多く張合つて行かなければならないであらう。

[やぶちゃん注:まさに驚くべき、正鵠を射た小泉八雲の予言であり、それはまさに悲しいかな、しっかりと最悪の極みとして実現されてしまった、否、今も「実現して続けてしまっている」と言うべきである。

 以下、一行空け。]

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