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2019/07/05

小泉八雲 神國日本 戸川明三譯 附やぶちゃん注(87)  官憲教育(Ⅲ)

 

 ゲエテを讀んだ人は、『フアウスト』の第一部に、メフイストフエレス博士[やぶちゃん注:確かに原文は「Doktor Mephistopheles」となっている。しかし、この「Doktor」は小泉八雲のミスではないか? 「Doktor」は飽くまで「Faust」であろう。]によつて迎へられた學生の信賴心深き柔順と、第二部でバツカラウレウス[やぶちゃん注:原文は「Baccalaureus」であるが、これは人名ではなく、ラテン語で古くは「騎士見習い」を指したようであるが、ここでは所謂、旧制高等学校卒業者に与えられる資格称号のことを言うと考えてよい。森鷗外らの訳では「得業士」と訳されている。これは狭義には本邦では旧制高等学校初期に於いて存在した医学・法学・工学の上積み四年制専門学部(後に専門学校に転換した)や各種の旧制専門学校を卒業した際に授与された称号である。]として復び現はれた時の、同じ學生の非常に違つた容貌を記憶して居るであらう。日本に居た外國人の教師にして、自身の經驗によつて、この對照を考へ、日本政府の初期の教育顧問が、別に惡意からではないが、メフイストフエレスの役を演じたのではなかつたかと訝つた人が一人ならず居たに違ひない……。贈物として菖蒲の花や、馥郁たる梅の一枝を携へて、ただ無邪氣な尊敬の念から外國人の教師に慇懃な訪問をする溫和な學生――彼が命ぜられるままの事をして、同年配の西洋の少年の中には稀に見るやうな一種の眞面目さと、一種の信賴と、態度の一種の嫻雅[やぶちゃん注:「かんが」。淑(しと)やかにして優雅なこと。]とで人を魅了するその少年は、バツカラウレウスとならない長い前から、最も奇態な變化を受ける運命になつて居る。則ち諸君は數年後、高等學校の制服を着て居る彼に出會ふ事もあらうし、又それが以前の學生である事も認め難くなつて居る、――則ち彼は今は嫻雅な處もなく、默々として、隱し立てをし、殆ど無禮に當たるやうな事を依賴するのを、さも權利ででもあり顏に要求する傾向になつて來て居るのである。彼は保護者氣取りで居る――否、恐らくそれよりもなほ良くない者であるのを見るであらう。また其の後になつて大學に行くと、彼の應對や辭令はもつと鹿爪らしく禮を守つて居るが、併し遠くかけ離れた人物になつて居て、少年の彼を記憶する者にはその離れ方を見るのが如何にも苦痛である。此の外國人の心と、あの昔の學生の心との間に、今擴がつて居る眼に見えない深淵に較べると、太平洋も猶ほ狹く淺い思ひがする。外國人の教師は現今は單に教授の機械と見倣されて居る。そして彼は恐らく、彼の生徒と親密な關係を維持せんとして行つた努力を悔いるよりも以上に心苦しく感ずる。實際政府の教育の全部の形式的制度は、かうした親密な關係を何等發達せしめないやうに出來て居るのである。此の事に就いて、私は一般の事實を述べて居るので、單に個人的の經驗を語つて居るのではない。外人が彼の學生の情緖的生活と觸れる道を得んとする希望で、或は知的の關係を可能ならしめるやうな、或る學問の興味を喚起させる希望で、縱令何を爲ようと、その外人の骨折りは必らず無駄に終はるのである。千中二三の場合彼は――道德上の了解に基づいた永續的で溫情のある尊敬――と言つたやうな貴い物を得るかも知れない、が併し若し彼がそれ以上のものを求めたならば、永久に解ける事なき氷の、果てしなき斷崖の間を通つて、何處かの入江を求め何箇月も何箇月も探しぬいて、しかも何の效もない南極探檢者の狀態と同じで居なければならない。さて、日本人の教師の場合は、その障碍はそれほどでなく大抵自然になつて居る。日本人の教師は學生に非常な努力を求め得べく、またそれを獲得し得るのであり、教室外でも彼の學生と容易に親しむ事が出來る。そして彼は――學生の熱愛――といふ、外人ではとても得難いものを得る事が出來る。此の差異は今まで人種感情の故とされて居たが、併しこの事はそんなに容易に漠然と說明する譯には行かないのである。

 人種感情の幾分は確に在るには違ひない、無いといふ譯にはとても行かないであらう。無經驗な外人がどんな日本人―-少くとも、外國に滯在した事のない如何なる日本人――とでも半時間對談すれば、その日本人の立派な趣味や感情に觸はる[やぶちゃん注:「さはる」。]事を何か屹度云ふ、また海外に旅行した事のない日本人が、ヨオロツパの言葉で短い話しをしても、聞き手の外人に何か喫驚させるやうな印象を與へない者は殆どない――否、恐らく一人もなからう。斯ういふ風に出來方の相違して居る心の間に、同情のある理解を求めるのは、先づ殆ど不可能である。併し其の不可能を我から求める外人教師――彼が西洋の學生に期待して何の不合理もなくよく分かる理解と同性質のものを日本の學生に期待する外人教師――が喫驚するのは當然である。『吾々の間にいつも一つの世界位の廣さが入りさうな距たりのあるのは何故か?』とは屢〻諮かれる質問であるが、答へ得るのは稀である。

[やぶちゃん注:以下、一行空け。]

 

 此の理由は、私の讀者には今迄に既に幾分明白になつた事と思ふが、其の理由のうちの一つ――そして最も奇なものが――分かつて居ないであらう。それを述べる前に、私は外國人の教師と日本人の學生との間の關係は、人爲的であるが、日本人の教師と學生の間の關係は、傳統的に犧牲と義務とのものである事を云つて置かなければならない。外國人が受ける不精な態度、あらゆる時に彼を興醒めしめる冷淡は、大部分は全然異つた義務の觀念から起こる誤解に基づくのである。凡そ古來の感情は古い諸〻の形式が消滅してしまつた後迄も絕えんとして絕えずに持續して居る、そして封建の日本が、どれ程澤山に近代日本に殘つて居るかは、外國人には誰れも早速判斷は附かないのである。現存の感情の大部分は恐らく遺傳的に傳はつて來たものであつて、まだ新しい理想が昔の理想に代つた譯ではない……。封建時代には教師は俸給を貰はずに教へた、彼は自分の時間も、思想も、氣力も、悉〻く彼の職業に捧げる事を期待された。其の職業には高い名譽が附隨して居たので、報酬の事は論ぜられなかつた。――教師は親と生徒の感謝に全然信賴して居たのである。一般の人の感情は、とても絕つ事の出來ない絆で、彼等を教師に結び附けたのであつた。それ故、襲擊に先き立つて、昔の恩師だけは、包圍された處から逃がし度いと心を碎いた武將もあつた。師弟間の關係は、その力に於て、ただ親子間の關係にのみ劣るだけであつた。教師は弟子の爲めには何者をも犧牲にして顧みなかつた、弟子は又師の爲めには何時たりとも喜んで死んだ。處が今や、實際に、日本人の性格の苛酷な利己的な方面が表面に現はれ始めて居る。併し昔の道德的感情の如何に多くが、新たなそして昔に較べては粗野な表面の下に固執されて居るかは、唯だ一つの事實を擧げれば充分に合點の行く事である、凡そ日本で成就された殆どすべての高等教育の事業は、政府の援助はあつたが、個人の犧牲の結果である。

 社會の頂上から基底迄を、此の犧牲の精神が支配して居る。兩陛下の御内帑[やぶちゃん注:「ごないど」。皇室が所蔵している財貨及びその倉庫のこと。]が、多年の間一般教育に專ら費やされた事はよく知られて居る。併し顯位の人や富豪、竝びに上流の人士が、各個の私費を擲つて學生を教育して居る事は一般に知れては居ないのである。多くの場合此の助けは全然無償であるが、少數の場合には、學生の費用を立て替へて置いて、何時か將來に分納して支拂はせる事もある。昔の大名が彼等の家臣に扶持を與へて助ける爲めに、彼等の收入の大部分をいつも費やして居たのは、讀者の確に承知して居る處であらう。大名は數百人の家臣、或る場合には數千人、また稀には數萬人の者の生活の必需品を供給して居た。そしてその報酬として軍務、忠誠、及び從順を强要した。これ等の昔の大名或は彼等の子孫――特に今猶ほ大地主である人々――は今日競つて教育の補助をして居る。費用に堪へ得る人は、昔の家臣の子息或は孫、或は子孫を教育して居る、此の愛護を受ける人々は、昔の所領に設けられた學校の學生中から年々選ばれるのである。現今多數の學生を每年支持して行く事の出來る人は、ただ金持ちの貴族だけで、高位にあつても左程豐かでない者は多數の世話をする事は出來ないのである。併し總て、或は先づ殆ど總ての者は、幾何かの面倒を見て居る、――そして保護者の收入が僅少で、學生が卒業後、それを拂ひ戾す約束でなければ負擔に堪へない場合にさへもそれをやつて居る。或る場合には保護者が半額を負擔して、學生が餘の半額を支拂ふ事を要求されて居る事もある。

 さで、これ等の貴族の例は、社會の他の階級を通じて廣く模倣されて居る。商人、銀行家、製造業者――商工業界のあらゆる金滿家――が學生を教育して居る。軍人も、文官も、醫者も、法律家も、筒單に云へば、あらゆる職業の人々が、同樣な事をして居る。收入が僅少で多くの學生を養成し難い人々も、學生を玄關番、使ひ番、家庭教師などに傭つて、僅な役目をさせてその報酬として自宅に寄宿させ、折々少しの小遣を與へて、學生を補助する事をなし得るのである。東京、及び大抵の大都市では、殆どあらゆる大きな家は、かうした學生を番に置いて居る。教師達が爲る事に就いては――それは特別の記述を要する。

 公立學校の教師の多數は、金錢で學生を補助するに足るだけの給料は受けで居ない、併し單に生活に必要なだけより以上の收入のある教師は、すべて何等かの補助を與へて居る。高等程度の學校の教師や教授の間では、學生を補助するのは當然の事と思はれて居るやうに見える――しかもその『當然』たるや、餘りに極端に走り過ぎて居て、特に給料の僅少な點から考へて見ると、それが新たな『習慣の壓制』ではないかと思はせる程である。併し、或る異常な事實によつて現はされて居る處の、犧牲を愉快と考へる氣持ちと、封建的理想主義の奇態な固執とは、習慣の壓制と言つただけでは說明の出來ないものであらう。たとへば、大學教授某氏は、多年に亙つて、自分の俸給の殆ど全部を、多數の學生に分かつて彼等を世話し、教育したといふ事が知られて居る。某氏はそれ等の學生の衣食住から書籍の購入、月謝まで支辨して――自分にはただ生活費だけを取り除けて置いた。しかも其の生活費さへも燒薯[やぶちゃん注:「やきいも」。]を喰べて過ごす程に減じて居たといふ。(日本に居る外國人の教授が、多數の貧困學生をただで教育する爲めに、自分はパンと水とで生活すると想像したらどうであらう!)私は殆どこれと同樣に著しい他の二つの例を知つて居る。一つの場合は、七十歲以上の老人で、猶ほその金も、知識も悉〻く、義務といふ彼の昔から抱き來たつた理想に捧げて居る。かうした種類の、人に知れない犧牲が、とてもそんなことをする餘裕のない人によつて、どれ程澤山に行はれたかは決して分からないであらう、實際、かうした事實を公表するのはただ苦痛を與へるのみであらう。私の注意に上つた場合を記す事さへも輕率の謗[やぶちゃん注:「そしり」。]は免れないのである、――かう記す事によつて人間の性質とふものは譽を得る事にはなるが……。日本の學生は此の種類の獻身的行爲を、自國人の教授が行ふのを見馴れて居るのに、日本人の同僚よりも高給を得ながら日本人教授の例を模倣する理由もなく、又する氣持ちもない外人教授が、自分等に關心を示したとて同情を示したとて、餘り感銘を受ける筈はないのである。

 想像も出來ない困難に當面しながら、個人が自己を犧牲として支持して居る教育上の此の義俠の事實は、確に多くのごまかしと非行とを償ふに足るのである。近年教育界に盛んに腐敗の行はれるにも拘らず――官悔の疑獄、陰謀、虛僞のあるにも拘らず――慈仁の念からする獻身的行爲が、教師と學生の世界を支配し續ける間は、必要とするだけの改革はすべて希望し得られるのである。私はまた、官吏の疑獄や失敗は、近代の教育に政治が干涉した事から、或は國民の道德上の經驗と全然異る外國の傳統的方法を模倣せんと企てる事に、起因したといふ意見を敢て述べたいと思ふ。日本がその古來の道德的理想を守つて居た場合、日本は氣高く立派にやつて來たのであつて、必要もないのにその理想から離れた場合、悲嘆と困難とは自然の結果として起つたのである。

[やぶちゃん注:以下、一行空け。]

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