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2019/08/18

大和本草卷之十三 魚之下 鰤(ブリ)

 

【和品】

鰤 鰤ノ字ハ昔ヨリ国俗ニブリトヨム然モ出處未詳本

 草ニ魚師トイヘルハ別物ナルカ其形狀ヲノセス唐韻

 ヲ引テ曰鰤ハ老魚也ト然ラバ鰤ト魚師ト一物カ又

 本草引山海經曰魚師食之殺人トアリフリハ微毒ア

 レトモ人ヲ殺サレドモ松前蝦夷ノフリハ殺人ト云凡フ

 リハ病人ニ不宜又瘡疥ヲ發シ痰ヲ生ス有宿食及

 癤瘡金瘡人不可食丹後鰤ハ味美ナリ若狹ナト隣

 國ナレドモブリノ味ヲトル丹後フリ油多キ故塩脯トナラス

[やぶちゃん注:「ヲトル」はママ。]

 筑紫ノフリハ塩脯トスヘシ鰤ノ小ナルヲハマチト云江戶

 ニテイナタト云筑紫ニテヤズト云地ニヨリテ名カハレリ皆一

 物也三月ニ多ク捕ルヤズニモ色ノ少シアカキアリ少大

 ナルヲ目白ト云小フリナリブリヨリ小ナル故味ウスク

 毒ナシハマチ丹後若狹攝州等ノ産ハ味ヨシ筑紫ノ

 産ハ味淡ク酸シ目白ハ味ヨシ凡丹後ノサバカレイアヂフ

[やぶちゃん注:「カレイ」はママ。歴史的仮名遣では「カレヒ」。]

 リナト皆脂多味美○一種ヒラマサト云モノアリフリニ似テ

 大ナリフリニ比スレハ味淡ク無毒其小ナルヲサウジト云味

 淡美ナリ

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

鰤(ぶり) 「鰤」の字は、昔より、国、俗に「ぶり」とよむ。然も、出處未だ詳らかならず。「本草」に「魚師」といへるは別物なるか。其の形狀を、のせず。「唐韻」を引きて曰はく、『鰤は老魚なり』と。然らば、鰤と魚師と一物か。又、「本草」、「山海經〔(せんがいきやう)〕」を引きて曰はく、『魚師、之れを食へば、人を殺す』とあり。ぶりは微毒あれども、人を殺さず。されども、松前・蝦夷(えぞ)の「ぶり」は人を殺すと云ふ。

凡そ、「ぶり」は病人に宜しからず、又、瘡疥〔(さうかい)〕を發し、痰を生ず。宿食有〔り〕、及び、癤瘡〔(せつさう)〕・金瘡〔(きんさう)〕の人、食ふべからず。

丹後鰤は、味、美なり。若狹など、隣國なれども、「ぶり」の味、をとる。「丹後ぶり」、油多き故、塩脯〔(しほほじし)〕とならず。筑紫の「ぶり」は、塩脯とすべし。

鰤の小なるを「はまち」と云ひ、江戶にて「いなだ」と云ひ、筑紫にて「やず」と云ひ、地によりて、名、かはれり。皆、一物なり。三月に多く捕る。「やず」にも色の少しあかきあり。少し大なるを「目白(めじろ)」と云ひ、小ぶりなり。「ぶり」より小なる故、味、うすく、毒、なし。「はまち」、丹後・若狹・攝州等の産は、味、よし。筑紫の産は、味、淡く酸〔(す)〕し。「目白」は、味、よし。凡そ、丹後の「さば」・「かれい」・「あぢ」・「ぶり」など、皆、脂、多く、味、美なり。

○一種、「ひらまさ」と云ふものあり。「ぶり」に似て、大なり。「ぶり」に比すれば、味、淡く、毒、無し。其の小なるを「さうじ」と云ひ、味、淡美なり。

[やぶちゃん注:条鰭綱スズキ目スズキ亜目アジ科ブリモドキ亜科ブリ属ブリ Seriola quinqueradiataウィキの「ブリ」によれば、『標準和名「ブリ」については、江戸時代の本草学者である貝原益軒が「脂多き魚なり、脂の上を略する」と語っており』(本書の本条ではない)、『「アブラ」が「ブラ」へ、さらに転訛し「ブリ」となったという説がある。漢字「鰤」は「『師走』(』十二『月)に脂が乗って旨くなる魚だから」、または「『師』は大魚であることを表すため」等の説があ』るとする。別に『身が赤くて「ブリブリ」しているからといった説がある』とある(また、他に、荒俣宏氏の「世界大博物図鑑2 魚類」(平凡社一九八九年刊)の「ブリ」の記載では、「日本山海名産図会」の説として、「年經(ふ)りたる」の「ふり」が濁音化したものであるという説を示しておられ、これは出世魚(後述)としても腑に落ちる語源説と言える)。本条にも出る通り、本種は出世魚として知られ、『日本各地での地方名と併せて』、『様々な呼び方をされ』(百種前後の異名があるとされる)、

・関東

モジャコ(稚魚)→ワカシ(35cm以下)→イナダ(35-60cm)→ワラサ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)

・北陸

コゾクラ・コズクラ・ツバイソ(35cm以下)→フクラギ(35-60cm)→ガンド・ガンドブリ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)

・関西

モジャコ(稚魚)→ワカナ(兵庫県瀬戸内海側)→ツバス・ヤズ(40cm以下)→ハマチ(40-60cm)→メジロ(60-80cm)→ブリ(80cm以上)

・南四国

モジャコ(稚魚)→ワカナゴ(35cm以下)→ハマチ(30-40cm)→メジロ(40-60cm)→オオイオ(60-70cm)→スズイナ(70-80cm)→ブリ(80cm以上)

を示す(リンク先にはより詳細な表対照のものも載る)。また、『80cm 以上のものは関東・関西とも「ブリ」と呼ぶ。または80cm以下でも8kg以上(関西では6kg以上)のものをブリと呼ぶ場合もある』。さらに『和歌山県は関西圏』であるが、例外的に『関東名で呼ぶことが多い。流通過程では、大きさに関わらず』、『養殖ものをハマチ(?)、天然ものをブリと呼んで区別する場合もある』とある。荒俣氏は上掲書で、「ハマチ」について、「羽持ち」(大きくはないが、胸鰭が有意にスマートで体側後部へ鳥の羽のように伸びるからか)又は「浜育ち」『の意があるという』と述べておられる。ウィキでは養殖物を「ハマチ」と呼ぶとあるのは、現在の流通での区別でしかなく、既に室町時代の「塵添壒囊抄(じんてんあいのうしょう:行誉らによって撰せられた百科辞書)で「魬」を「はまち」と読んで出ており、江戸時代には「ハマチ」は普通に「ブリ」を指す語であったから、注意が必要である。但し、現代日本で初めて養殖に成功したのは、富山県氷見市で、私はその近くの高岡市伏木で中高時代を過ごしたが、確かに通常個体は「ハマチ」の呼称が一般的ではあった(塩巻にするような大型個体は「ブリ」であった)。なお、益軒は福岡であるので、現行の北九州のものを示すと、

ワカナゴ・ヤズ(20cm未満)→ハマチ(40 cm未満)→メジロ(60 cm未満)→ブリ(80 cm未満とそれ以上)

となり、益軒の叙述とも一致している。益軒は毒性の記述をしているが、ブリ本体には有毒成分はない。ただ、脂が強いので、多量に食えば、消化不良を起こす可能性があるから、それを謂っているか。但し、悪名高いアニサキス(線形動物門双腺(双線)綱回虫目回虫上科アニサキス科アニサキス亜科アニサキス属 Anisakis の内、Anisakis simplexAnisakis physeterisPseudoterranova decipiens の三種)がブリに寄生するので、それを毒と称している可能性はある。なお、他にブリには特有の大型(長大)のブリ糸状虫(線形動物門双腺綱カマラヌス目ブリキンニクセンチュウ Philometroides seriolae)が寄生するが、これは人体には無害である(但し、見た目は甚だ気持ち悪くはある)。

『「本草」に「魚師」といへるは別物なるか。其の形狀を、のせず』李時珍の「本草綱目」の巻四十四の「鱗之四」に、

   *

魚師【「綱目」】

集解【時珍曰、『陳藏器、「諸魚注」云、魚師大者、有毒殺人。今無識者』。但、「唐韻」云、『鰤、老魚也』。「山海經」云、『歴㶁之水有師魚、食之殺人』。其卽此與。】

   *

とあるのを指すが、絶対属性の形状を「大」「老」と言っており、益軒は種を同定出来る形状記載がないと言っているのであるが、その内容から見ても、明らかにこの「魚師」は「ブリ」ではない時珍は単に「魚」の「師」(老師)、則ち、老いて大魚となったもの(海産淡水産を問わずである)を総称する語として「魚師」と述べているのである(「本草綱目」は一般単独種のみならず、一般名詞も項目として挙げて記しているので何らおかしくない。益軒はそれらをも種名と読む誤謬を犯しているのである)。大型の魚類の中には(特に海産の中・深海性の種群)、高級脂肪酸(ワックス)を筋肉に持っていたり、肝臓に多量のビタミンAを蓄積する種が見られ、これらを過度に食すると、激しい下痢(前者)や皮膚剥落(後者)の症状を発症するケースがまま見られるので、「有毒」というのは腑に落ちるとは言える。

「唐韻」唐代に孫愐(そんめん)によって編纂された韻書。もとは全五巻。中国語を韻によって配列し、反切によってその発音を示したもので、隋の陸法言の「切韻」を増訂した書の一つ。後、北宋の徐鉉(じょげん)によって、「説文解字」大徐本の反切に用いられたが、現在では完本は残っていない(「ブリタニカ国際大百科事典」に拠る)。

「『鰤は老魚なり』と。然らば、鰤と魚師と一物か」どうして短絡的にそうなるかなぁ、益軒先生!

『松前・蝦夷(えぞ)の「ぶり」は人を殺すと云ふ』意味不明。或いはアイヌ語で別の動物を指すのではないかと思い、調べて見たが、見当たらない。

「瘡疥〔(さうかい)〕」ここは広義の発疹性皮膚疾患であろう。寄生虫等によるものではなく、叙述からみて、魚肉アレルギ性のそれと思われる。

「宿食」食べた物が消化せずに胃の中に滞留すること。脂の強いそれなら腑に落ちる。

「癤瘡〔(せつさう)〕」通常は現在の毛包炎、「おでき」を指す。化膿して熱を持っている病態は消化機能も落ちているから、脂の強いものを食するのはよくはない。

「金瘡〔(きんさう)〕」刃物による切り傷。同前。

「丹後鰤は、味、美なり」先の荒俣氏の記載によれば(ピリオド・コンマを句読点に代えた)、『ブリは丹後の産が最上とされた。その理由は、《本朝食鑑》によると、東北の海から西南の海をめぐり、丹後の海上にいたるころに、ちょうど身が肥え、脂も多く、はなはだ甘美な味になるから』で、『また、《日本山海名産図会》によれば、丹後与謝の海』(京都府宮津湾奥部、天橋立の砂州で区切られた潟湖の阿蘇海(あそかい)の古い異名)『の海峡にイネという場所があって(現京都府与謝郡伊根町)』(丹後半島の北東部尖端。ここ(グーグル・マップ・データ))、『椎の木が多く』、『その実が海にはいって魚の餌となるから、美味になる、という』とある。但し、ブリは肉食性で、幼魚時はプランクトン食だが、成長するにつれて魚食性になるから、この話は眉唾っぽい。但し、現行の養殖では、飼料に小魚(こざかな)をペレット化したものをやるが、そこにカボスやカカオポリフェノールを含ませるとあるから、絶対に食わないとは言われないかも知れぬ。

「塩脯〔(しほほじし)〕」塩漬けにした一種の干物。脂が強いと向かないとは思う。

『少し大なるを「目白(めじろ)」』ブリはやや大きくなると、眼球の白目部分が有意に見えるようになるからであろう。

「ひらまさ」平政。ブリ属ヒラマサ Seriola lalandi。ブリと『よく似ているが、ブリは上顎上後端が角張ること、胸鰭は腹鰭より長いか』、『ほぼ同長であること、体はあまり側扁しないこと、黄色の縦帯はやや不明瞭なことで区別できる。また』、『ブリは北西太平洋のみに分布するので、他地域ではヒラマサのみになり』(ヒラマサは全世界の亜熱帯・温帯海域に広く分布(但し、赤道付近の熱帯海域には見られない)し、日本近海では北海道南部以南で普通に見られる)、『混乱は起こりにくい。またヒラマサの旬は夏である。ブリとヒラマサはまれに交配することがあり、ブリマサまたはヒラブリと呼ばれる個体が水揚げされることがある』とウィキの「ブリ」にある。ヒラマサには別に「平鰤」という字が当てられることから、「ブリ」よりも「平」たくて、体側の太い黄色縦帯を木の「柾」目(まさめ)に譬えたのが「ひらまさ」の語源であろうと言われる。なお、ブリとは、口部の端外側上部(主上顎骨後縁上部。口端真上の三角形を成す部分)がヒラマサでは丸く角張らないのに対し、ブリでは切り取ったようにかっちり角張っていることで容易に識別出来る。ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のヒラマサのページに当該部位の対照写真があるので見られたい。

『其の小なるを「さうじ」と云ひ』同前リンク先に「ヒラソウジ」の異名が載る。「さうじ」「ソウジ」の語源は不詳だが、成長過程で黄帯を持つシマアジ(スズキ目アジ科シマアジ属シマアジ Pseudocaranx dentex)にも「ソウジ」の異名があり、或いは「双」一紋「字」辺りが語源かも知れぬなどと勝手に夢想した。]

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