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2019/08/01

ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ 14 エピローグ 「プラスチーチェ、ママ!」 / ソヴィエト映画グレゴーリー・チュフライ監督作品「誓いの休暇」論 或いは 待つ母というオマージュ~了

 

□273 川岸の筏(いかだ)場(土手上部から俯瞰・以下、最後まで(アリョーシャの隣人の家の室内シーンを除き)総て野外実写)

(標題音楽始まる)アリョーシャ、右からインして、そこの繋ぎ泊められてある(固定した川に突き出た木材に掘られた溝に、筏の突き出た横固定材の端を嵌めてあるだけ)かなり粗末な、長さの揃っていない前後に板が凸凹としている俄か作りと見える筏に飛び乗って漕ぎ出す。櫂はただの板である。上部(向こう岸)へアウトする辺りで次のショットとオーバー・ラップ。

 

□274 川中(岸(或いは橋)からの俯瞰・水面のみのフル・ショットで筏は既に上部)

懸命に筏を漕ぐアリョーシャ!

川面には高い樹木か建物か或いは橋の影が手前に見える。かなり早く次のショットとオーバー・ラップ。

 

□275 曠野(あらの)の一本道

右奥から左へ道。こちらの道端にも彼方の平地にも雑草がちらっと見えるだけ。(但し、後で判るが、この道部分は有意に高くなっており、周囲は低地で背の低い一面の草原である。カメラは道のこちら側の道端の、少し距離を置いた位置にセットされてある。

しかし、画面上部の空中に高圧線(以下のショットで高圧鉄塔が見える)の電線二本が横切っている。

右奥から走ってくるジープ。

右からアリョーシャがイン! 両手を振って止めようとする。

ジープは無視してスピードも落とさない。

アリョーシャ、それを少し追いかけるのを追ってカメラが左にパンすると、高圧鉄塔の上部の突き出た一部が見え、電線が三本であることが判る。

アリョーシャ、道を振り返り、すぐ後ろに続いて走ってくるトラックを制止しようとする。

このトラックも同前。

アリョーシャ、やはりそれを追って左へ走るのをカメラが左にパンして追うと、道の向う側の独特の形をした高圧鉄塔(短い四脚の脚で上部は「Y」字型に開いてその逆又の中間部に平面に組んだ鉄骨があり、その左右と中央に碍子列が突き出るもの)の全景が見え、それは曠野の彼方へ真っ直ぐに繋がっていて、遙か向うにも同じ鉄塔が三、四基確認できる。

アリョーシャ、鉄塔のこちら位置(ここはカメラ位置に近い)で道の背後を見て、両手を高々と掲げる。トラックが過ぎようとする直前、アリョーシャ、右手を車の前に突き出す。

トラック、急ブレーキ!

運転手(男。運転台の扉(左)を開けて座席から)「貴様! 何考えてるだッツ?! 生きるのに疲れたってかぁッツ?!」

と怒鳴る。

アリョーシャ、フロントを廻り込んで、乗降ステップに飛びつくと、

アリョーシャ「私をサスノフスカまで連れって下さい!」

と頻りに道の先を指す。

運転手「できない相談だ!」

アリョーシャ「ほんの9キロほどなんです!」

運転手「言っただろ! 無理だ、って!」

と言いつつ、車をゆりゆると発進させる。

 

□276 トラックの前(カメラも恐らく移動車から)

ゆるゆる動いているトラック。ステップに立って(左手で運転席の天井のそとにつかまっている)なおも懇願する。

アリョーシャ「僕は前線から母に逢いにやってきたんです! それに、直ぐに戻らなきゃならないです!」

運転手「貴様のために俺がムショに入るって法は、ねえ!」

アリョーシャ「何だッツ! くたばれッツ! こん畜生!」

アリョーシャ、扉を開けてたたき戻し、ステップを降りる。

アリョーシャ、むっとして見送るが、すぐ、画面左の草原に向かって走り出す。(アウト)

 

□277 道路の先(かなり高い位置から・櫓を組んだか?)

さっきのトラック。スピードを落し、少し行ったところで右側に車を寄せたかと思うと、道を横切って道端まで出て大きくターンして戻ってくる。

 

□278 野中を行く泥んこの道(車が走れる幅はある)

手前に野草。中央にカーブした道(手前右から中央を経て右手奥へ)。両傍(りょうはた)は低い草の草原。高圧鉄塔が右手中景と左中央奥に聳える。雲が重なっているが、地平線は明るい。

その道の左端を走っているアリョーシャ。

右から、さっきのトラックがイン。泥に車輪がとられて、運転はかなり難儀である。

アリョーシャ、トラックに気づいて、一瞬、立ち止まって振り返るが、右手を挙げて振り降ろし(拒絶のポーズ、以降、二度ほど同じポーズをする。よほどさっきのやりとりでムッときている)、無視し、また走りだす。

しかし、トラックは彼になおも併走する。

アリョーシャ、遂に折れる。停車したトラックの前を廻り込んで、右助手席に乗り込む。走り出すトラック。(以上は総て画面の中景で小さく演じられ、台詞は一切ない。SEもトラックのインの際に控えめに聴こえるだけで、標題音楽が大きくかぶって主役となる)

 

□279 走るトラックの運転台(その荷台からの撮影)

乾いた道。右扉を開いてアリョーシャが出、荷台に攀じ登って、前を向いて立つ(背)。

向うに森が見える。サスノフスカ村だ!

 

□280 道(フル・ショット)

左手奥でややカーブが入った道。

アリョーシャが荷台に立ったトラックが、向うから疾走してくる。

周囲は丈の高い草が生い茂っている。

トラック、右にアウトしかけて、カット。

[やぶちゃん注:この道は映画冒頭でアリョーシャの母エカテリーナが遠望するサスノフスカ村の入り口の道なのである。]

 

□281 村の入り口

白い道。左上を奥にして右に続く。

右に小屋の一部とその脇に佇む、白い馬が繋がれた荷馬車。

そこをトラックが走り抜ける。

この時、アリョーシャは左手前を

――ちらっ!

と見る。(次のカットで意味が分かる)

カメラ、道の左側で、あおって、荷台のアリョーシャを撮る。

抜けたトラックの道の反対側の道脇にも民家。

 

□282 若い農婦三人

右に道と、その向うにさっきの白馬の馬車と農家。

農婦らの前には荷台があり、その上にジャガイモを一杯入れた籠が幾つも載っている。

中央の農婦2は過ぎったトラックを怪訝そうに見つめている。(彼女は位置からアリョーシャは見えなかったのだ)

右端の農婦が、

農婦1(笑顔で)「あんた! あれって! エカテリーナの息子の! アリョーシャじゃないッツ?!」

 

□283 農婦1の背を舐めて左背後から

向うに穀類を入れた嚢を積んだ荷台があり、そこにいた一人の別の若い農婦4が走ってくる。

その背後左手を、奥に向かって走り去るアリョーシャを載せたトラックが映り込んでいる。

[やぶちゃん注:何気ないものだが、カット編集を、ないがしろにしないリアル・タイムの丁寧な作りである。]

農婦3(前のカットでは背を向けていた。位置から見て走ってくるトラックを一番長く視認できる位置にある)「そうよ! アリョーシャだわ!」

農婦4(息せき切って走り込んで)「エカテリーナは畑よ!」

農婦1「行くのよ! 彼女のとこへ!急いで!」

農婦4、荷台の向うを抜けて右へ走る!(カメラ、右へパン。荷台の右手には黒馬が繋がれていたのであった)

 

□284 アリョーシャの家の前

少し高台。右手下方に小川。太い樹木が中央と右手に聳え、その中央の木の向うからこちらに道。そこをトラックが走ってくる。

急ブレーキ!(ここで今までかかっていたテーマ曲がとまる

アリョーシャ、荷台を右手に飛び降り、斜面を駆けあがる!

カメラ、それを追って左に移動しながら、アリョーシャをとらえ続ける。

民家が並び建っている。

木の小さな五段の階段をかけ上がるアリョーシャ!

 

□285 アリョーシャの家の玄関

走って扉に軽く両手をついて弾き戻ると、アリョーシャ心を落ち着けて、静かにドアを叩く。

はにかんで笑顔を浮かべて伏し目になるアリョーシャ。

アリョーシャ、左手(開放されてある)の懐かしい故郷の家の外を眺めて落ち着いた笑顔を浮かべる。

が、応答がない。

アリョーシャ、真顔になって少し強く連打する。

やはり、答えがない。

アリョーシャ、左手でドアの左上の長押を探る。

手を降ろす。手には鍵。

[やぶちゃん注:今じゃ信じ難いが、外出する時の内輪の鍵置き場のルーティンである。昔は私の家もよくそうしたものだった。うちでは牛乳入れの中だった。近くの不良青年が「それを知っている」と言ったのを小学生低学年だった私が母に伝えたら、慌てて母が別な場所に変えたのを思い出した。遠い昔、五十五年も前のことだった……。]

アリョーシャ、母の不在を知って、ちょっと困った顔をする。

アリョーシャ、左手を見、はっと思う。

[やぶちゃん注:そう、隣家である。シューラとの話に出た、アリョーシャの幼馴染みの娘ゾイカの家の方だ!]

アリョーシャ、鍵を元に戻すと、笑顔で、階段を走り降り、隣家に向かう。遠くで鶏がトキの声を挙げる。

アリョーシャ、すぐ向いにあるゾイカの家の玄関を叩く。

 

□286 ゾイカの玄関内から居間

アリョーシャ、鍵が開いていたので、応答を待たずに走り入り、出会い頭にゾイカと逢う。ここは開いた玄関先からの光だけで、暗い。

しかし、ゾイカは一目でアリョーシャと判る。しかし、突然のアリョーシャ来訪に吃驚して、声が出ない。

アリョーシャがゆっくりとゾイカに寄ってくるので、ゾイカはそれに合わせて後退し、奥の居間へ向かう。(カメラもそれに合わせて移動)

居間。外光が向うの二つの窓から入って、とても明るい。

ゾイカ、エプロンを引き上げて、両手で押さえ、まだ驚きが収まらないのを抑えつつ、

ゾイカ(くりくりした眼を大きく開け、小さな声で優しく)「おかえりなさい、アレクセイ・ニコラェヴィチ!」

アリョーシャ(居間のテーブルの右手立って笑顔で)「ゾイカ! 見違えたよ!」

ゾイカ、そう言われて伏し目となって恥じらいつつ、そう言われたのを嬉しく思い、しゅっ! と体を返すと、窓際の方(テーブルを挟んだアリョーシャの対面位置)に小走りして立つ。

アリョーシャ「お母さんはどこ?」

ゾイカ「畑よ! 座って、お茶を飲んでて! カーチャおばさんがお家(うち)に戻るまで!」

ゾイカ、テーブルの上を片付けかけて、真ん中に置かれていた陶器に鉢を持ち上げる。

アリョーシャ「僕はすぐに戻らなくちゃならないんだ! 車が僕を待ってるんだ!」

ゾイカ「すぐに――戻るの?……」

アリョーシャ「そうなんだ! 一刻を争うんだ!」

 

□287 ゾイカのバスト・ショット(左下方からのあおり)

ゾイカ「でも、おばさんは……」

[やぶちゃん注:「畑だし……」と言いたいのだろう。「畑」はこのアリョーシャたちの家からは有意に離れた位置にあるのである。]

 

□288 走る母エカテリーナ!

白樺の林の中を走る母!

右から左へ。(固定カメラでパンしている)

始めから、標題音楽が高らかに始まる! 二人が出逢うまで!!(ここから次の「289」の中間部には鳥の囀りのSEも重ねられている)

[やぶちゃん注:標題音楽が最も効果を発揮するのがこのショットである。ヴァイオリンのうねる音がエカテリーナの走りに完全にシンクロし、私の涙腺は図らずも必ず開かれてしまうのである!!! ここの――1:18:07――!!!!]

 

□289 走る母!

白樺林の伐採された空地。

右奥から左へ走る。

カメラ、彼女が中央にくると、そのスピードに合わせて左に動き出す。ここから、カメラの前直近に樹木の梢が幾つもかかっては、消える。走る!(ここはカメラが台車でレール移動しているものと思われる)

エカテリーナは丈の高い草木を払い、ものとも――しない!(左にアウト)

 

□290 ゾイカの家の前

玄関からアリョーシャが出てくる。ゾイカが続いて出、玄関先で履物を履き換えている。

カメラはアリョーシャの動きに合わせて右にパンしつつ、そこに立っている運転手(初めて姿をはっきりと映しだす。背の低い中年の男性である)へ。そのショット途中で、

アリョーシャ「母は畑に行ってるんです!」

運転手(懇請されるであろうことが言外に判って)「困るよ! そんなの!」

アリョーシャ「今来た道の途中なんです!」

ゾイカ、左からインして、二人の間にきて、

ゾイカ「近くよッツ!」

運転手(最後に頷き)「乗りかかった舟だ!(左手を高く挙げて「さっ!」と降ろし!) 行こう!」

と言って、右にアウト。

ゾイカは、さっきインした時から、まだちゃんと靴の左が履けていないのを直しつつ、斜面を運転手・アリョーシャの後に続いて降りる。カメラ、右へパンしてそれを追い、トラックをとらえる。

運転手が運転台に乗り込み、アリョーシャは荷台に左後輪に脚を掛けて軽々と乗り上がる。

ゾイカは上がれない。

アリョーシャが手助けして、同じように乗り込む。

アリョーシャは運転台の右手上方に、ゾイカは左手に立ち、ゾイカが運転手に合図し、トラック、走り出す。

[やぶちゃん注:この運転手のおじさん、実は、実にいい人なんだよな! 彼のトラックがなかったら、この作品のコーダの現実以上の時間の急迫感は全く生まれてこないんだから!

 ゾイカの靴のシーンは何気ない演技なのだが、時の急迫を演出するに実に効果的な演出となっている。こういうごく細かい配慮こそが、よい映画を創る!]

 

□291 走る母!

丈の低い草原。雲。右から左へ!

[やぶちゃん注:ここも名シーン!!!]

 

□292 村道

奥から走ってくるアリョーシャとシューラを載せたトラック!

道の右側には木のまばらな柵が続く。

カメラの右で過ぎったところで、カット。

 

□293 走る母!

丈の高い原。これは麦であろう。

右から左へ!

(このショットは、麦の穂よりも有意に高い位置から少しエカテリーナを俯瞰ぎみに固定カメラで左にパンしながら(やや望遠か)で撮っている)

少しふらつくが、気力で走り続けるエカテリーナ!

 

□294 走る母!

同じ麦の原であるが、今度はカメラは麦の穂の辺りまで下がって、エカテリーナを右手に狙ってあおりで、移動で撮っている。カメラの上下の揺れが全くないから、レール台車移動である。

 

□295 麦の穂を前にして左奥からトラックが走ってくる!

アリョーシャとゾイカは見回して、エカテリーナを探している!

 

□296 麦原と道

道は画面下位置で殆んど見えないが、麦が綺麗にそこで切れているのが判る。

カメラは非常に高い位置(現在なら、確実にクレーン・ショットの高さで、恐らくはカメラ位置はメートルは有にあると思う)から撮影している。

右からトラックがインして、左にアウト。

――その直後!

――麦原の右上から!

――エカテリーナが走ってくる!(そのエカテリーナの来る筋には踏み分け道のようなものがある。麦原の中のそこに右上から左下の道に向かって微かな隙間の蔭りが見てとれる)

――エカテリーナ! トラックの通った道へ麦原の中の側道から飛び出す!!(この瞬間、標題音楽が終わる! カメラはここで左にパンして右下中央の道の真ん中のエカテリーナをとらえてとまる。右は麦原である)

――エカテリーナ! 少し脚をもつらせつつも、道の中央に立って、向うに走ったトラック(画面の上部に入っている)へ向かって、満身、文字通り! ねじり絞って!!

エカテリーナ「アリョーーーーシャーーーー!!!」

 

□297 麦原の中から道に停まったトラック(車体のごく上辺のみが見える)

荷台から飛び降りるアリョーシャ!

 

□298 道のエカテリーナ(「196」と同じアングル)

エカテリーナ、右手(首に巻いていたプラトークを外して持っている)を高く挙げて、降ろす。感極まって、泣き声になって小さく、

エカテリーナ「……アリョーシャ!……」

その間、アリョーシャ、彼女に向かって疾走する!(跫音のSE)

茫然と、立ち尽くすエカテリーナ!

プラトークの先が、乾いた道に触れている。陽は右下方にあり、エカテリーナの影が左やや下へ長く伸びている。

奥では、ゾイカは自力で後輪を足場にして荷台を降りている。

エカテリーナ、余力を振り絞って、アリョーシャへ走る! 右手のプラトークが二人のベクトルに上下のアクセントを添える!

アリョーシャと抱き合うエカテリーナ!!!

位置は画面の中央やや上である。

麦原を渡る風の音。

近づいてきていたゾイカは、遠くで立ち止っている。

[やぶちゃん注:これが本作の真のクライマックス・シーンである。忘れ難い映画の名シーン(1ショットの)を挙げろと言われたら、私は躊躇なくこれ(「298」)を挙げる。

 

□299 抱き合う二人――のアップ

右にアリョーシャの左肩と後頭部、中央にエカテリーナの顔。左に風に揺れる麦の穂。

エカテリーナはわずかに両瞼を開いていたが、閉じ、きゅっ! とアリョーシャの左肩を抱(いだ)く。

風の音に混じって鳥の声(SE)。

 

□300 抱き合う二人――アリョーシャのアップ

切り返し。右にエカテリーナの頭の後ろの巻いた髪。中央にアリョーシャの顔。風に揺れる左に麦の穂。アリョーシャ、目を閉じ、感無量。

風の音に混じって鳥の声(SE)。

 

□301 抱き合う二人のアップ

エカテリーナ、顔をアリョーシャの方に起こし、画面の中央に彼女の後頭部。アリョーシャの顔の上部が左にのぞかれ、アリョーシャの眼、やや開いている。奥に風に揺れる麦原。

風の音に混じって鳥の声(SE)。

 

□302 抱き合う二人のアップ

中央に、目を瞑ったアリョーシャ、右奥にエカテリーナの後頭部。アリョーシャ、右手でエカテリーナの肩をしっかりと抱きしめ、母の後ろ髪にキスする。あおりで、背景は白い雲の浮かぶ空。

風の音(SE)。

[やぶちゃん注:この背景の空はちょっと平板で奥行きもなく、ホリゾントぽく、スタジオでのショットかも知れない。若干、ショットごとのエカテリーナの後頭部の髪型に相違が見られることから、全部を同一時間同一条件では撮っていない可能性が疑われなくもない。

 

□303 抱き合う二人のアップ(無音)

アリョーシャの左肩のエカテリーナの顔のアップ。右目から涙がこぼれる。

風の音(SE)。

 

□304 ゾイカのアップ(上めのバスト・ショット・無音)

二人の抱き合っているのを見つめている。(画面左方向を見つめている)

風の音(SE)。

[やぶちゃん注:これは前のゾイカの静止位置だと、かなり有意(十メートルほど)に離れていることになるのだが、このショットのゾイカの視線はそんな遠くではなく、ごく近いものを眺めているそれである。実は

――この「304」は

――「303」までの「抱き合う二人」を見つめている

のではなく

――次の「305」の「抱き合う二人」を見つめている

のである。

 次の「305」の「抱き合う二人」に始まるシークエンスは、周辺の風景に有意な激しい変化が見られ(後述)、「303」とは時制的ロケーション的には実は――連続したものでは全くない――のである。

 但し、ここの一連の編集のマジックによって、感動のクライマックスにある観客は実は殆んどその不連続性を意識しないと言ってよい。

 言うなら、この――ゾイカのアップは、そうした

――掟破りの不連続なシーンを連続したものと錯覚させる強引な短縮編集マジック――

のための

〈魔法の繋ぎのカット〉

なのであって、抱き合った二人を越えた、二人の手前の左位置相当の、数メートル圏内の直近から二人をみつめているという設定で撮られているものなのである。次の「305」の注を参照されたい。]

 

□305 抱き合う二人のアップ

アリョーシャの右肩のこちらを向いたエカテリーナの顔。

奥にアリョーシャ(顔はエカテリーナの顔に隠れている)、互いに背を抱く手(アリョーシャ右手、エカテリーナの左手)。アリョーシャの背中には梢の広い葉の葉蔭が揺れる(ということは、道の左傍(はた)には有意な高さの広葉樹が植わっていることになる。但し、後でカメラが後退するシーンでの梢の影の動きを見ると、ちょっと不自然な部分があり、或いは一部は、スタッフが切った梢の一部を掲げて作っていた人工のものである可能性がある)

二人の左背後は丈のごく短い草原で、その奥には民屋と、その彼方にはこんもりとした林が二つ見えている。

右手奥は道と草地と森であるが、複数の人影がゆっくりと近づいてくるのが垣間見える。

しばらくして、やっと

――エカテリーナが

「……ハァーッ……」(そのままにカタカナ音写)

安堵の溜息をつく。(ここで主音声が戻る)

カメラ、後退して少しフレームを広げてティルト・アップもする。

すると、そこは村の近くの入り口附近、畑に向かうルートの一つであるらしい。

抱き合っていた二人が――やっと――少し離れ(左手にアリョーシャ、右手にエカテリーナ)、両手をアリョーシャの二の腕に添えたエカテリーナが、落ち着きをとり戻し、

エカテリーナ「……お前……とうとう帰ってきたのね! あぁ! どんなに、この日を待ちこがれていたことか!……」

と言うと同時に、沢山の村人が(農機具を持っている者もいる。戦時下で、多くが女性であるが、中には男性も数人いるが、お年寄りらしい)背後からゆっくりと近づいてくる。

この時、二人の背後で、わらわらと集まってくる村人のうち、右奥エカテリーナの頭部の右手に立った女性がいる。この彼女が

――一緒にトラックにのってエカテリーナを探した――ゾイカ――

である。

アリョーシャ「元気なの? 母さんは?」

エカテリーナ「みんな元気よ! 仕事はきつくて、男手がほとんどないから、苦労はしているけど……」

突如、沢山の若い女たち(七名はいる)に取り囲まれて引っ張りだこ状態になるアリョーシャ。

ちょっと媚びた感じで挨拶する娘、アリョーシャにやたら触る娘、「今、戦争はどんな風になってるの?」などと訊いたりする娘もいる。アリョーシャは村では娘たちの人気者だったのである。

そこに右奥から、若い婦人が近づき、黙ってアリョーシャを見ているだけだったゾイカを、突き飛ばすようにして、中に割り込み、

若い婦人「アリョーシャ! アリョーシャ! あたしのイワンに逢わなかった!?」

と切羽詰まって糺してくるのを最後に、エカテリーナ、アリョーシャから皆を守るように、割って入って、

エカテリーナ「解放してあげてちょうだい!――行きましょう、アリョーシャ! 私が何か食べるものを作ってあげるからね!」

と家へと向かおうとする。(カメラが奥へぐっと寄ってゆく)が、

アリョーシャ(カメラには背を向けている)「ちょっと待って、母さん!……だめなんだ! 僕、急いでるんだ!」

と言いかける。エカテリーナ、振り返って、プラトークを広げてかぶりながら、如何にも解せないという表情で、

エカテリーナ「どういう……ことなの?……」

アリョーシャ「……今すぐ……僕は前線に戻らなけりゃならないんだ……ここには、もう、ちょっとしか、いられないだよ……」

エカテリーナ「……どういうこと?……アリョーシャ?……逢ったばかりよ?……私には……訳が判らないわ?……」

アリョーシャ「行かなきゃならないんだ……もう、すぐに……」

エカテリーナ、訳は分らないけれども、アリョーシャの覚悟の真摯なのを見、それに頷く。

アリョーシャ「……ここで、少しの間だけ、話をしましょう。……」

エカテリーナ、アリョーシャに近づく。(カメラ、二人を横に廻り込む)

周囲の人々も口に手を当てて、二人のために近くから離れてゆく。

[やぶちゃん注:太字下線部を見ていただけば、既にして「303」の抱き合っているロケーションと全く場所が異なっていることが判る。

 しかも流石にこれは編集でミスったと言えるようなレベルの話ではない

 「303」と「305」を繋いでいた自然な展開のシークエンスが存在したのに、それを編集で切り詰めた結果、こうなったとも言わせない。だったら、「305」の頭のエカテリーナのアリョーシャにかける台詞はこうはならないからである。その台詞は明らかに「303」のシーンに夾雑物なしに繋がるものでなくてはならない、特異点の意味を持つものだからである。

 ということは――こうせざるを得なかった――こう撮影し――演出し――編集し――完成品とせざるを得なかった――ということである。

 恐らくは、既に消費してしまった尺の問題、俳優の再撮影のスケジュールの問題等から、かく不自然極まりない状態ですますしかなくなったのであろう。

 而して、私が既に述べた通り、展開上、観客の感動の高まりの中、辛うじて、彼らを違和感へと導かずにすむ――悪く言えば「誤魔化す」――ことが可能であろう、という賭けにチュフライは出てたのだと言うことである。

 その賭けは――美事に――図に当たった――のであった。

 中には、あるいは、私がかく指摘しなければ、それに気づかなかった本作のファンさえいるかも知れない。それでよい。空爆後の救護シークエンスが総てセット撮影だったことに気づいても、このラスト間近のはなはだ不自然な編集を冷徹に分析しても、私の本作への偏愛は、少しも変質していないからである。それが映画というのもの魔術的魅力なのである。辻褄を現実に合わせたリアリズム作品は映画に限らず、実は退屈で冗長なものなのである。――僕らの現実の人生が飴のように延びた蒼褪めた退屈の中にあるように、である――

 なお、ここでどうしても言っておかなければならないことがある。

 それはゾイカ(Зоя)のことである。

 彼女は――アリョーシャにとっては――幼馴染みの友――ではあったものの、恋愛対象ではなかった。けれど、ゾイカにとっては、そうではなかったのである。

 ゾイカはアリョーシャを愛していたのだ。アリョーシャはそれに気づかなかったのだ、シューラの思いに気づくことができなかったように、である。

 そうして、そうした隠された心理的輻輳性をもチュフライはちゃんと扱っていることが、このシークエンスからも判るのである。

 そもそも、母と抱き合うアリョーシャを見つめるゾイカの視線には、そうしたいゾイカ自身の気持ちの反映、嫉妬に似た感情が演出されている。ゾイカを演じたヴァレンティーナ・マルコバ(Валентина Маркова:私は本作ではシューラ(Шура)役のジャンナ・プロホレンコ(Жанна Прохоренко)に次いで好きである)もそれを十全に理解して演じている。

 モテモテのアリョーシャを女たちが引っ張り合う輪の中でも彼女だけが独り浮いていて、終始無言で暗く、イワンの妻にブツかられてもそれを耐えているのは、取りも直さず、ゾイカの本心は誰にも負けないアリョーシャ一筋であることを意味しているのだ。だからこそ、チュフライもカメラマンも、本カットのモブの中にあっても、出来得る限り(不自然にならぬように)フレームの中にゾイカをとらえているのである。嘘だと思ったら、再生して御覧な!

 チュフライはだからこそ確信犯で作品の冒頭に、戦後、夫を得て、子をもうけたゾイカを登場させているのである。但し、それは精神分析家が喜ぶ、ゾイカのエカテリーナへの秘かな復讐のようなものとして、ではない。映画の最後のナレーションのように

――アリョーシャは、或いは、ゾイカを妻として、サスノフスカ村で子を設けて、母エカテリーナともどもに幸福に暮らした――かも知れない

――いや

――アリョーシャは、或いは、シューラを妻として、都会に暮らし、エカテリーナを呼ぶが、二人は都会人と田舎者で気が合わず、上手く行かなくなり、シューラはリーザのように他の男に惹かれ、エカテリーナはアレクセイ父パブロフのように病床に臥せることとなる――かも知れない

しかし事実は――アリョーシャは誰であり何であるよりも――母エカテリーナの子――として一人の兵士のままに、短い生涯を〈確かに生きた〉のだ――と頌(たたえ)るために――である――]

 

□306 アリョーシャのアップ

あおり(エカテリーナの見た目である)。背は空。風の音(これは以下同じ)。

母を見つめていた目を伏せ、何か言いだそうとするが、言えないアリョーシャ。思いがあふれて、そうなっている。

 

□307 エカテリーナのアップ

軽い俯瞰(アリョーシャの見た目である)。白いプラトーク。背後は草地。

アリョーシャを見上げ、彼の思いの高まりを心で感じとっている。額に皺が寄って、少し眉根は寄って哀しげに見えるけれども、それは母なるものの持つ広大無辺に慈悲の視線である。彼女はそういう言葉にならない思いを、笑みを含んだ唇を微かに動かして、示す。しかし、それは言葉にはならない。

[やぶちゃん注:これは不思議な映像である。言葉として発する必要のない、或いは何か、母と子の秘儀としての――二人きりにだけ判る呪文のようなもの――のように私には見える。それはその唇の動きを見て、次のカットの冒頭でアリョーシャが笑うように見えるからである。何か、ここでエカテリーナ(Катерина)を演じているアントニーナ・マクシモーワ(Антонина Максимова)に何か台詞を言わせたものの、気に入らず、無音にして編集でカットしたようにも見えなくはないが、そもそもがシナリオ自体にそれに該当する台詞は存在しないのだから、それは私はないと思う。「文学シナリオ」は台詞については大きな言い換えや追加は実はそう多くないのである。これは、ソ連に於いて公的に撮影許可を得た作品の場合にそうした現場での変更は、そうそう自由には許されなかったからではないかと私は思っている。]

 

□308 アリョーシャのアップ(「306」と同じアングル)

母を見つめ、笑う。その後、真顔になる。下を見つめ、生唾を嚥(の)む。

[やぶちゃん注:このアリョーシャの真顔にあるのは、或いは、これが母との最後となるかも知れぬというアリョーシャの覚悟に基づくものと読める。]

 

□309 アリョーシャと母

母の右後ろからバスト・ショット。

アリョーシャ、コートの間からお土産に買ったプラトークを取り出して、母に渡す。

アリョーシャ「家(うち)の屋根を直したかったんだけど……」

エカテリーナ「すっかり大人になって……でも、そんなに瘦せて……」

アリョーシャ「なぁに! 今回の長旅のせいだよ! それより、母さんは! 病気してない?」

 

□310 母

アリョーシャの左の、頭より高い位置からの俯瞰ショット。

エカテリーナ「病気なんか、ちっとも。心配いらないよ。」

エカテリーナ、右手でアリョーシャの頰を優しく撫ぜる。

エカテリーナ「……髭剃りは? 毎日?」

アリョーシャ、頷く。

エカテリーナ「……煙草も?」

――その時!

突然、オフでトラックの警笛が、四度、鳴る!

エカテリーナ、

――ハッ!

とそちらを向き、即座にアリョーシャを見つめる!

 

□311 アリョーシャ(母の顔の右横をなめて)

アリョーシャ、唇を噛んで。

アリョーシャ「……行かなきゃ……」

 

□312 エカテリーナ(「310」のアングル)

エカテリーナ「……ああッツ!……お前を行かせたく、ない!!!……」

と叫んで、アリョーシャに抱きつくエカテリーナ!

エカテリーナ「アリョーシカ!……アリョーーシャ!!……アアッツ!!!……」

激しい嗚咽!(この部分は以下の「313」「314」にオフで繋がる)

泣きじゃくるエカテリーナ!

 

□313 ゾイカのアップ

ゾイカ、目と顔を伏せているが、エカテリーナがオフで嗚咽する声に、はっ! と顔を上げて、エカテリーナを見つめるポーズ。

[やぶちゃん注:これはずっと前の「304」と同じアングル上めのバスト・ショットで、背景も全く同じであるから、「304」と同じ時に撮影したものである。]

 

□314 エカテリーナ(「312」のアングル)

アリョーシャに抱きついて、左目から大粒の涙を流し、声を出して泣き崩れるエカテリーナ。(泣き声、以下でオフで続く)

 

□315 そばにいる婦人

口に手を当てて悲しみにたえない。頭の背後の空が明るい。

 

□316 エカテリーナ(「314」のアングル)

泣き崩れるエカテリーナ!

 

□317 アリョーシャ

エカテリーナの右手からアリョーシャを撮るが、その右奥に目を伏せて悲しむゾイカの姿がある。

アリョーシャ「ごめんなさい!……母さん!……」

エカテリーナ「どうして!? 謝るの!? アリョーシャ!?」

アリョーシャ「ごめんなさい! 母さん!」

アリョーシャ! 母の右肩に顔を顔を埋める!

[やぶちゃん注:遂に本作の忘れ難いロシア語の台詞が出現する――「プラスチーチェ、ママ!」(Простите, мама!)。この言葉はアリョーシャにとってはすこぶる多層的である。

例えば、全的には、

――子として母に対して満足なことをして上げられていない(不孝)への強い自罰感情

また、彼の中のこの時の茫漠とした覚悟にあっては、

――母より先に死んでしまうかもしれないという「老少不定(ろうしょうふじょう)」のような漠然とした虛無感覚

そして、この休暇の旅の中で初めて味わったところの、

――女性への愛憎と悲哀(愛別離苦)をきっと判ってくれるはずの母に語り得なかった悔恨の意識

或いは、

人の「生き死に」に関わる根源的な疑義を解いてくれるに違いない母の言葉を聞く時間を持ち得なかったという慚愧の念

等々である。

 私は今も私の亡き母に対して時々――「Простите, мама!」――と呼びかける人間なのである――]

 

□318 エカテリーナ(前の最後のアリョーシャの右肩上から)

エカテリーナ、アリョーシャを抱き、右手でその肩の右方の後ろを優しく撫でながら、

エカテリーナ「……いいんだよ! アリョーシャ!!……判ったよ。……私は待っている!……ずっとお前を!……帰ってくるんだよ! 私のもとへ!!……(アリョーシャを起こして彼を見つめながら)……お前の父さんは……帰ってこなかった……でも……お前は……必ず……帰っててくる!!」

トラックの警笛の激しい連打!(以下、続く)

 

□319 アリョーシャ

ゾイカが、二人に割って入る。このとき、ゾイカは初めて――そしてただ一度――アリョーシャの右手に触れている。

母(左端)はアリョーシャの右手を両手で握っていたが、アリョーシャはトラックへ向き、母の手は左にアウトする。

そこに、さっきのイワンの妻が、またしても、ゾイカとアリョーシャの間に割り込み、

イワンの妻「アリョーシャ! 前線でイワンを見なかった?」

と食い下がってくる。カメラ、それを右手に追う。

ここでもゾイカは、一言もアリョーシャに語りかけることも出来ずに終わる。

人々を左に放して、アリョーシャ、母の手をとって、右へ。

カメラ、右に移動して、あの村への入り口の道のところで停まる。

アリョーシャと(中央右向き)母(右端で左背面)。

アリョーシャ、母にキス!

その時、向うが見える。

左カーブの手前にトラックと、運転台の横に立っている運転手が中景にシルエットで見える。

今一度、左に振って母(右手手前)にキスをするアリョーシャ。

――右手で繋がって

――ゆっくると離れるアリョーシャ

――少し行って右手を軽く挙げて母に「さよなら」をするアリョーシャ

アリョーシャ、振り返ってトラックへ走る。

運転手に合図するアリョーシャ。

運転手、運転台に乗り、エンジンをかける。

アリョーシャ、臼路から荷台に飛び乗る。

走り出すトラック。

アリョーシャ、手を振って!!

アリョーシャ「必ず!! 帰ってくるからねっつ!! マーマーー!!!」

標題音楽、かかる。

 

□320 見送る母

母エカテリーナ中央(両手で胸に固く握っているのはアリョーシャのくれたプラトークである)。

その右後ろに右手を振っているゾイカ。

その奥に見送る村人たち。一人、手を挙げず振らず、茫然と立ち尽くしている婦人かいりが、彼女はつけているプラトークの色から、あのイワンの妻と判る。

 

□321 道

埃を立てて遠ざかって行くトラック。その蒙塵で、もう、荷台のアリョーシャの姿は、観客には定かには見えないが、アリョーシャは、手を振り続けている。

 

□322 エカテリーナのアップ

胸の上からのバスト・ショット。

プラトークの左をとって唇に当てる。

こぼれ落ちる涙が陽に光っている。

風が、プラトークを微かに揺らす――

 

□323 道(全景)

地平は下四分の一位置。

遠くへ走るトラックはもう小さくなってアリョーシャの姿は視認できない。しかし、彼は手を振り続けている。

陽はその右上の雲の向うに輝く。

ここにナレーションがかぶる。

以下、ナレーション

   *

――これが、私たちが、私たちの友アリョーシャ・スクヴオルツォフについて語り得た物語である。――

――彼は、或いは、とてつもない魅力のある相応の人物になっていた、かも知れない。――

――或いは、建築の仕事に携わっていた、かも知れない。――

――或いは、巧みに美しい庭園を創りあげる庭師となっていた、かも知れない。――

――彼はもうこの世にはいない。――

――が、しかし、――

――彼は私たちの記憶の中に永遠(とわ)に生きている。――

――一人の兵士として。――

――大ロシアの一人の兵士として。――

 

■やぶちゃんの評釈

 既に言うべきことはそれぞれのショット・シーン・シークエンスで注し、言いたいことは言った。ここで今さらに事大主義的に、或いは知ったかぶった蛆虫のような映画評論家の真似事もする気は、毛頭、ない。当初、「誓いの休暇」論などと大上段の標題を附けたが、私のこの電子化注の目的は、私の画像分析と認識をフル稼働して、可能な限り、日本語として正しい台詞・シークエンス解説を活字として電子化再現すること以上でも以下でもなかったのであって、私はそれを取り敢えず、完成し得たと自負している。但し、ロシア語を解さないために、持っていてもなかなかに引き難い辞書を使いはしたものの、原語の台詞の意味を正確に訳し得たかどうかは、甚だおぼつかない。明らかな誤訳があれば、是非、御教授願いたい。画像解説の方は、かなりマニアックに、当該画像とそう変わらないものを概ね脳内に構築出来るようにはしたつもりではある。

 最後に、「文学シナリオ」の最後の部分を示して終りとする。汽車空爆シークエンスの最後をダブらせておいた。

   《引用開始》

 到着した列車から、人々が事件の現場へ急ぐ。

 ……看護兵が負傷者に繃帯をしてやる。負傷者を担架で列車に運ぶ。アレクセイはまだ、同じところに座っている。彼はこの列車で帰らねばならない。

 ――道を塞がないでどいてくれ!

 看護兵が彼に言いかける。アレクセイは立ち上がり、担架に道を譲り、脇に、どく。

 しかし、ここでも自分の仕事を一所懸命している人々の邪魔になる。

 ――何してるんだ! どいてくれ!

 アレクセイはおとなしく脇に、どく。彼の傍らを恐怖の一夜で興奮した人々が群れをなし、寝ぼけ顔で、びっくりしている子供達の手を引いて、客車に向かい、何故か急いで駆けて行く。

 アレクセイの近くで乗客の大きな塊が肩章のない外套の人を取り囲んでいる。誰もが先を争って言う。

 ――何故私はだめなんです。

 ――司令官、我々はどうすればいいんですか。ここに留まっているわけにはいかないのです!

 ――皆さん! 私が言ったように……今は、負傷者と御婦人と子供だけを運ぶのです。それ以外の方は、ここに留まって列車が戻ってくるのを待って頂きたい。列車は、二時間後には必ず戻って来ます!

 アレクセイは眠りから醒めたように、話している人の所に急いで行った。

 ――二時間だって!

 彼は弱々しく叫んだ。そして、河岸に駆けて行った。[やぶちゃん注:こ二文目からが今回のパートの当該部となる。]

 ……彼はたまらぬ気持ちで、筏を持って河に飛び込む。そして、険しい岸に這い上る。

 ……息を弾ませて、アスファルト道路に駆けて行き、両手を高く上げる。

 彼の傍らを何台かの自動車が騒音を立てて通り過ぎる。

 アレクセイは道路の中央に走って行く。

 次の自動車が彼の胸の前で甲高い音を立てて止まる。

 ――お前は何だ! 気でも狂ったか。生きるのがいやになったか!

 兵士の運転手は顔を出して叫ぶ。

 アレクセイはステップに飛び上がる。

 ――すみませんが、サスノフカまで行って下さい。本道を逸れてここから十キロメートルばかりの所です。

 ――だめだ。

 運転手は叫ぶ。

 ――分かって下さい。私は戦場から来たのです。すぐに帰らなければならない! 母と一目だけ会いたい。それだけです。

 ――お前のために自分を怠けさせろって言うのか! 下りろ!

 ――畜生! この人でなし!

 アレクセイは雑言を浴びせ、ステップから下りると、処女地を駆けて行った。

 運転手は彼の後ろ姿を見送っていたが、自動車を走らせて行った。

 アレクセイは走って行く。

 突然、自動車が止まった。立ち止まっていたが、大きく向きを変えると、彼の後から処女地の中を走って来た。土くれに突っ掛かり、跳ね上がりながら、自動車はアレクセイを追い、すぐに彼と並んで走った。運転手は走りながら、彼と言い合いをした。やがてアレクセイは運転台に入った。自動車は水たまりを跳ね上げながら、田舎道を進んで行った。

 

 ……丘の向こうに村の屋根が見えて来た。

 ……そこがサスノフカである。

 村外れの納屋で女達が働いている。自動車を見つけた彼女達は仕事を止め、じっと眺めている。

 ――こちらへ来るらしいわ。サスノフカへ……。

 ――ほら、グルウニャ、あんたのところではない?

 自動車は傍らを走り過ぎて行く。

 ――私のところではないわ……。

 女は悲しそうに答える。

 ――おばさん、あれはカテリーナのアリョーシカだわ!

 ――ほんとうにあの人だ。

 ――でも、カテリーナは農場にいるわ。

 女達は騒々しくなった。一人の若い子が鍬を捨てると、農場へ通じる道を走って行った。

 そして自動車は村の中を走って行く。家の前で止まる。アレクセイは扉に駆け寄る。しかし扉には鍵が掛かっている。アレクセイは隣の家に駆けて行く。扉を叩くが返事がないので入って行く。暗がりの中で、若い娘にぶつかる。彼女は黙って明るい部屋に後ずさりして行く。アレクセイは彼女について行く。

 ――帰って来たの、アレクセイ・ニコラエヴィッチ。

 彼女は静かに言う。

 ――ゾイカか。分からなかった。

 彼女は取り乱す。

 ――お母さんがどこにいるか知らないか。

 ――畑でジャガイモを取ってるわ。ともかくお座りなさい。休んで行きなさい。お茶を出すわ。カーチャおばさんはすぐに来るわ。

 娘は嬉しそうに心を躍らせて話す。

 ――でも今すぐ行かなければならないんだ!

 ――何ですって、今すぐですって。

 ――今……、今すぐなんだ!

 娘は驚いてアレクセイを見る。

 ――カーチャおばさんはどうしているのかしら。

 カーチャは農場を横切って村を走って来る。彼女は疲れも忘れ、自分の年も考えずに、耕地に沿った藪を横切り、みぞを飛び越えて走って行く。

 彼女の顔は興奮し紅潮している。彼女は息子のところに走って行く。

 

 この時、息子は隣家の玄関の階段を飛び下り、自動車に近づいて行くところである。

 ――母はここにいない。農場に行きましょう。

 ――行けないな。

 運転手は静かに答える。

 ――帰れなくなるだろう。

 ――ここから近くです。

 娘が運転手に話かける。

 ――〈なまけもの〉になってしまうな。よろしい!

 運転手は、手を振った。

 娘はアレクセイから眼を反さない。自動車は動き出す。

 …その時、村のもう一方のはずれから、母親が走ってくる。去って行く自動車を悲しそうに見送っている娘は、走ってくる母親に気がつく。

 ――待って!

 彼女は自動車のあとを追って駆けながら叫ぶ。

 アレクセイは娘に気がつく。彼女は母親の方を手で指している。彼は連転手の手をつかまえる。自動車はブレーキをかける。

 アレクセイは自動車が止まらないうちに飛び降り、母親に向かって、真直ぐに延びた村の道路を走って行く。

 抱擁する。二人は激しい運動と、幸福と興奮のために、言葉を発する力もなく息を弾ませながら、抱擁して立っている。

 そしてあちこちから一度に村人達が現れてくる。彼等は輪になって二人を取り囲む。

 ある婦人は涙を流している。ほかの婦人達はアレクセイに祝福を述べる。そして、彼にいろいろと質問を浴びせる。

 ――自動車で来たんだね。

 ――前線でイワンを見なかった?

 ――元気だね、アリョーシャ!

 ――いつ戦争が終るか聞かなかった?

 母親は息子の周りでおろおろしている彼を質問からかばおうとする。

 ――私の息子は帰って来たの。この母親を喜ばしたわ。私は、待ってたわ。考えた通り、予想した通りだったわ。

 彼女は涙を流しながら言う。

 ――お母さん、どう暮しています。

 ――どうって。誰もが生活しているわ。戦争に生き抜いているわ。仕事はつらいけれど、男達はいない。みんなおばあさんばかりだわ。見てごらん、これがみんなよ。何故、あの男の人について行ったの。彼に待ってもらって家に行きましょう。暫く休みなさい。行きましょう。

 彼女は彼を家に入れようと先に走って行く。

 ――お母さん。待って下さい。そうしていられません。私は急いでいるのです。

 ――どこへ、急いで行くの。

 ――もう乗って行かねばならないのです。途中なのです。少ししか時間がありません。

 ――どうして。私には分らないわ。

 ――私は行かなければなりません。今は、少しでも話をしましょう。

 みんなは静かになった。

 母親は、彼女にとって恐ろしいこの言葉の意味がやっと分かり、息子に駆け寄り、彼の傍らに立ち止まる。

 暫く沈黙が続く。

 彼女は息子の顔を黙って見つめている。

 彼も黙っている。

 村人連は周りで動かなかった。

 自動車の長い警笛が聞えてくる。アレクセイは溜め息をつく。バッグから贈り物を取り出し、母親に渡す。

 ――屋根を修理したかったのです。

 母親はうなずく。彼女の眼には涙が光っている。

 ――早くお行き。

 彼女は息子の頭をいとおしそうに撫でる。

 ――もう少しのことです。お母さん、悲しまないで下さい。

 ――いいえ。何にも悲しまないわ。

 彼女は微笑する。

 また警笛が鳴る。

 ――お母さん、時間です。

 アレクセイは母親を抱擁する。

 彼女はとどめたい気持ちで、息子にすがりつく。彼女はむせび泣く。

 ――アリョーシャ、私の息子のアリョーシェンカ!

 ――お母さん、許して下さい。

 彼は突然、言う。

 ――何を、アリョーシャ。

 ――お母さん。許して下さい。

 彼は繰り返すと、彼女の胸に頭を埋める。

 ――どうしたの。アリョーシャ。考えることはないわ。私は何事にも負けずに生きて行く。そしてあなたを待っている。お父さんはだめだった。でも、あなたはきっと帰って来るわ。

 警笛が、警告するように強く繰り返される。アレクセイは、母親の手を静かにはずして人垣の中を通って行く。

 ――イワン……イワンに戦場で会わなかったかい。

 再び、誰かが質問する。

 自動車は唸りを上げている。アレクセイはもう一度母親に接吻し、幾分伸びた手を慌てて握り締めると、自動車に駆け寄った。

 自動車は動き出す。

 ――お母さん。私は帰って来ます。

 アレクセイは叫ぶ。

 村人達は自動車のあとを追う。呼びかけることも出来ず、眼に涙をためて、母親は見送る。

 自動車は次第に、次第に遠く去って行く。

 自動車が遠くの丘に隠れるまで、解説者は語り続ける。

 『我々の戦友、アリョーシャ・スクヴォルツォフについて、我々が物語りたいことはこれですベてである。彼は恐らく、良き父になり、優れた市民になっていたことだろう。彼は労働者か、技師か、学者になっていたことだろう。彼は殻物を作り、菜園を作っていたことだろう。しかし、現実に彼が出来たことは、兵士であることだけだった。そして彼は、兵士であることによって、我々の記憶の中に永遠に留まっているのである。』

   《引用終了》

最終追記(藪野直史):以上、各回の「■やぶちゃんの評釈」で使用した「文学シナリオ」(ロシア語で「キノ・ポーベスチ」と呼ぶらしい)は、最初に述べた通り、共立通信社出版部発行の雑誌『映画芸術』(昭和三五(一九六〇)年十一月号/第八巻第十一号)に、田中ひろし氏訳で掲載されたものに、一部の表記・表現に変更を加えものである。田中氏の著作権については、没年を調べ得なかったため、著作権問題をクリアーしていない。ただ、完成作品と、それぞれの当該シナリオ部を比較検討することは、本電子化では考察・考証・評釈上、不可欠と考えたことから、その全文を分割して使用させて戴いた。シナリオの中の一部については注も附させて戴いた。万一、田中ひろし氏が生存されていたり、著作権が未だ継続していたり、或いは著作権継承者がおられた場合は、一部或いは全部をカットすることは吝かではない。本人或いは当該著作権利所有者等から御指摘を受ければ、そのようにする用意はあることを言い添えておく。

 

アリス……やっと……完成したよ!……

「プラスチーチェ、ママ!」……

「プラスチーチェ、アリス!」……

 

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