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2019/08/05

小泉八雲 草雲雀 大谷正信譯 附・やぶちゃん注

 

[やぶちゃん注:本作は明治三五(一九〇二)年にニューヨークの MACMILLAN COMPANY から刊行された作品集「骨董」(KOTTŌ)に所収された随想(原題は添え辞を含め三行書きで:Kusa-Hibari Issun no mushi ni mo gobu no tamaahii. ― Japanese Proverb.)である。Internet Archive」のこちらから同書原本(挿絵入り)で原文が読める活字化されたものは“Project Gutenberg”のこちらで全篇が読める。後者にある画家江藤源次郎(えとうげんじろう 慶応三(一八六七)年~大正一三(一九二四)年)の手になる挿絵(同一の絵で前後に大小ある)の前の大きいものを掲げておいた。

 底本は、サイト「しみじみと朗読に聴き入りたい」の別館内のこちらにある、昭和二五(一九五〇)年新潮文庫刊の古谷綱武編「小泉八雲集 上巻」の大谷正信氏の訳を視認した。大谷氏については、「小泉八雲 燒津にて 大谷正信譯 附・やぶちゃん注」を参照されたい。

 傍点「◦」があるが、そこは太字とした。なお、ストイックに必要と思われる段落末に注を附した。]

 

    草  雲  雀

      一寸の蟲にも五分の魂。日本の諺。

 

Kotto_043


 

 その籠は正(まさ)しく高さが二寸で幅が一寸五分。軸があつてそれで廻る小さな木戶は自分の小指の尖頭(さき)がやつと入る位。だが、彼には此籠の中に十分の餘地が――步んだり跳ねたり飛んだりする餘地があるのである。といふのは、彼を一瞥せん爲めには、この褐色紗張りの橫面を通して、非常に注意して見なければならぬ程、彼は小さいからである。自分は其居場處を見つけるまでには、十分な明かりで、何時もその籠を幾度も廻して見なければならぬ。するといつも上の片隅には――紗張りの己が天井に、身を逆か樣に、抱き付いて――ぢつとして居るのが分る。

 自分の身體(からだ)よりか遙か長い、そして日に透かして見なければ見分けられぬ程に細い、一對の觸角をそなへた、尋常の蚊の大いさ位の蟋蟀を想つて見給へ。クサヒバリ卽ち『草雲雀』といふのが彼の日本の名である。そして彼は市場で正に十二錢の値ひを有つて居る。卽ち、自分の重さの黃金よりか遙かに高價である。こんな蚊のやうな物が十二錢!……

[やぶちゃん注:「蟋蟀」「こほろぎ(こおろぎ)」。

「クサヒバリ」「草雲雀」昆虫綱直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科コオロギ科クサヒバリ亜科クサヒバリ属 クサヒバリParatrigonidium bifasciatum(辞書記載の学名であるが、昆虫愛好家(インセクターは一部の種に関しては昆虫学者より凄かったりする)の複数のページではバッタ目ヒバリモドキ科ヒバリモドキ亜科クサヒバリ属クサヒバリ Svistella bifasciata とするものも有意に見られるので、現在はこちらが正式か)。本邦では本州・四国・九州・沖繩に広く分布する。体形はコオロギに似ているが、ごく小さく、体長は六~八ミリメートルしかない。触角が長い。淡黄褐色を呈するが、♂では黒褐色の不規則な斑紋を持ち、翅には丸みがあって発音器の模様が明瞭で、♀では縦脈を有する。八~十月頃、林縁の低木の葉上や下草の上に見られ、小泉八雲は夜とするが、実際には昼夜を問わず(「フィリリリリリリリ……」と高く美しい声で長く鳴く。古来、鳴く虫の一つとして愛玩されてきた。異名を「あさすず(朝鈴)」とも呼ぶ。You Tube Sankogi 氏の「元荒川河原の草雲雀」の鳴き声と、グーグル画像「Svistella bifasciataをリンクさせておく。

「十二錢」本書の二年前の明治三十三年で白米一升が十二銭であるから、現在の換算で凡そ千円ほどとなろう。因みに、本日の金の価格は一グラム五千四円である。普通のコオロギ類(本邦の最大種であるコオロギ科コオロギ亜科フタホシコオロギ族エンマコオロギ属エンマコオロギ Teleogryllus emma で体長は二・六~三・二センチメートルでクサヒバリの三、四倍)でも標準平均体重は一グラムに満たない個体が殆んどである。]

 每朝その籠へ差し入れてやらなければならぬ新しい茄子か胡瓜かの薄片に取り付いて居る間を除いて、彼は日のうちは睡るか冥想するかして居る。……綺麗にして、そして食物を十分にして、飼つて置くことは少々面倒である。彼を諸君が見得るなら、こんな可笑しい程小さな動物の爲めに、少しでも骨を折るなど馬鹿馬鹿しいと思ふであらう。

 だが、日が暮れるといつも、彼の無限小な靈が眼覺める。すると、言ふに言はれぬ美はしい美妙な靈的な音樂で――非常に小さな電鈴の音のやうな、微かな微かな白銀(しろがね)なすリリリリンと震ふ音聲で――部屋が一杯になり始める。暗黑(やみ)の深くなるに連れて、其音は層一層美はしくなり、――時には家中がその仙樂に振動するかと思へるまで高まり――時には想ひも得及ばぬ微かな極はみの絲の如き聲音に細まる。が、高からうが低からうが、耳を貫く不可思議な音色を續ける。……夜もすがらこの微塵はそんな風に歌つて、寺の鐘が明けの時刻を告げる時やつと啼き止む。

[やぶちゃん注:以下、一行空け。]

 

 さて、この小さな歌は戀の――見もせず知りもせぬものを戀する漠たる戀の――歌である。彼の此世での生涯の中に、いつか見又は知つた譯は更に無いのである。過去幾代のその祖先すらも、野原での夜の生活も、また、戀に於ける歌の價値も、少しも知り得た譯は無いのである。彼等は蟲商人の店で、土の壺の中で孵つた卵から生れ出たもので、その後籠の中だけに棲んで居たものである。だが、彼は幾萬年の古昔、歌はれた通りに、しかもその歌の一節(ふし)一節(ふし)の確實な意味を了解してでも居るやうに少しの間違ひも無く、歌ふのである。固よりのこと、歌を歌ふことを學びはしなかつた。それは有機的記憶の――その魂が夜每小山の露けき草陰から、高音を響かせた時の、幾千萬代の生涯の深い朧氣な記憶の――歌なのである。その時はその歌が戀を――そしてまた死を――もたらした。彼は死に就いては全く忘れてしまつて居る。が、その戀は記憶して居る。だからこそ彼は――決して來ては吳れない新婦を求めて――今、歌ふのである。

[やぶちゃん注:この冒頭は訳がやや硬過ぎる。原文は、

Now this tiny song is a song of love, — vague love of the unseen and unknown. It is quite possible that he should ever have seen or known, in this present existence of his. Not even his ancestors, for many generations back, could have known anything of the night-life of the fields, or the amorous value of song.

で逐語的には難はないのであるが、ここで、敬愛する平井呈一氏の訳(一九七五年恒文社刊「日本雑記 他」所収)の如何にも風流なそれを以下に掲げておく。

   《引用開始》

 ところが、このかあいらしい歌は、じつは恋の歌なのである。まだ見もやらず知りもせぬものを恋い慕う、そこはかとない恋の歌なのだ。もっともこの小さな虫が、この世の生涯で、いつ見かけてか知りそめの、……なんていうことは、ありようわけがない。過ぎにし世、幾代(いくよ)のむかしの先祖ですら、小夜ふけし野べの手枕(たまくら)、恋に朽ちなん歌の意味など知っていたものはなかろう。

   《引用終了》]

 だからして、彼の戀慕は無意識的に懷古のものである。彼は過去の塵土に叫んで居るのである――沈默と神とに時の歸り來たらんことを呼ばはつて居るのである。……人の世の戀人も、自分ではそれと知らずに、頗るこれに似たことをして居る。人の世の戀人は其迷ひを理想と呼んで居る。ところが、彼等の理想なるものは、畢竟するに種族經驗のただの影であり、有機的記憶のまぼろしである。生きて居る現在は、それには殆んど無交涉である。……この微塵の小動物もまた理想を有つて居るか、又は少くとも理想の痕跡を有つて居よう。が然し、兎も角、其小さな願望は、其哀求を徒らに述べざるを得ぬのである。

[やぶちゃん注:ここも意味は正しいが、逐語的で硬過ぎる。ここでは上田和夫氏(昭和五〇(一九七五)年新潮文庫刊「小泉八雲集」)の本段落を引用して示す。「こいつ」はちょっといやな人称代名詞で「彼」として欲しかったが。

   《引用開始》

 したがって、こいつのあくがれは、無意識のうちに、昔にむかっているのである。これは、過去の朽ちたものにむかって叫んでいる――沈黙と神々とにむかって、過ぎた時のふたたび返ってくることを呼びかけているのである。……人の世の恋人たちも、それとは知らずに、これとひどく似たことをしている。彼らは、幻影を「理想」と呼んでいる。ところが、彼らの「理想」は、けっきょく、人類の経験したものの単なる影、有機的な記憶のまぼろしにすぎない。いまこの世に生きることは、ほとんどそれとかかわりがない。おそらく、この微小のものにも理想はあるだろう、すくなくとも理想の痕跡(こんせき)はあるはずだ。しかし、それはともかく、このちっぽけな願いは、どれだけ訴えても無駄なのである。

   《引用終了》]

 その咎は全く自分だけのものでは無い。この者に配偶を與へると、啼かなくなり、且つ直ぐに死ぬるといふ警戒を、自分は與へられて居たからである。ところが、夜每夜每、その應答の無い美しい哀求の聲は、非難の聲のやうに自分の胸を衝いた――しまひには苦痛となり、苦惱となり、良心の呵責となつた。そこで雌を買はうと試みた。季節が遲かつたので賣つて居るクサヒバリは雄も雌も――もう一匹も無かつた。蟲商人は笑つて『九月の二十日頃には死んだ筈ですが』と言つた。(此時はもう十月の二日であつた)然し蟲商人は自分の書齋には上等の煖爐があつて、いつも溫度を華氏七十五度以上にして居ることを知らなかつたのである。だから、自分の草雲雀は十一月の末にもなほ啼いて居るので、自分は大寒の頃まで生かして置かうと思つて居る。が然し、彼の代(だい)の他の者共は、多分、死んで居よう。金づくにも何づくにも自分は、彼に今、配偶を求めることは出來なからう。それからまた、自分で搜せるやうに、放つてやれば、日の中は庭に居るその多勢な自然の敵――蟻や百足蟲や恐ろしい土蜘蛛――の手を幸運にも免がれ了せても、ただの一と夜も明けまで到底も生きて居ることは出來なからう。

[やぶちゃん注:「華氏七十五度」摂氏二十四度弱。

「大寒」「だいかん」。一月二十日頃。

「土蜘蛛」原文「earth-spiders」。クモ綱クモ目タテグモ下目クモ亜目ジグモ(地蜘蛛)科ジグモ属ジグモ Atypus karschi の異名。

「了せても」「おほせても(おおせても)」。

 以下、一行空け。]

 

 昨夜――十一月の二十九日――机に對つて居ると妙な感じが――部屋が空(くう)な感じが自分を襲つた。やがて、自分の草雲雀が、いつもと異つて、默つて居ることに氣が付いた。無言なその籠へ行つて見たら、彼は小石のやうに灰色に堅くなつた乾からびた茄子の薄片の橫で、死んで居た。確かに三四日の間、食べ物を貰はなかつたのである。だが、ついその死ぬる前の晚、彼は驚く許り歌つて居たのであつた――だから、愚かにも自分は、彼はいつもよりかも滿足して居るものと思つて居た。自分の家の書生の、アキといつて、蟲を好いて居るのがいつも彼に食物を與へてゐた。處が、アキは一週間の休暇を貰つて田舍へ行つたので、草雲雀の世話をする義務(つとめ)は下女のハナに委ねられたのである。同情深い女では無い、下女のハナは、その小さな物のことは忘れはしませんでしたが、もう茄子がありませんでしたと云ふ。そしてその代りに葱か胡瓜の小片を與へることを考へなかつたのである!……自分は下女のハナを叱つた。そして彼女は恭しく悔悟の意を述べた。だが、仙鄕の音樂はやまつてしまつた。寂寞が自分の心を責める。部屋は煖爐があるに拘らず冷たい。

 馬鹿な!……麥粒の大いさの半分も無い蟲の爲めに、善良なる少女を自分は不幸ならしめたのだ! あの無限小な生の消滅がこんなにもあらうと信じ得られなかつた程に、自分の心を惱ます。……固よりの事、ある動物の――蟋蟀のでも――其欲求について考へるといふただの習慣が、知らず識らず次第に、一種想像的關心を――關係が絕えてから始めて氣の付く一種の愛著の念を――生むのかも知れぬ。その上また、その夜がひつそりして居たので、その微妙な聲の妙味を――その微小の生は、神の惠みに賴るやうに、余の意志に、余の利己的快樂に、賴つて居るのであると語り――その小さな籠の中なる微塵の靈と、余が體内なる微塵の靈とは、實在の大海に在つて永遠に同一不二の物であると語る――その微妙な聲の妙味を特に身に沁みて感じたのであつた。……それからまた、彼の保護神の思想(おもひ)が夢を織り成すことに向けられて居る間、日日、夜夜、食に飢ゑ水に渴して居たその小生物のことを思ふといふと!……嗚呼、それにも拘らず、最後の最後に至るまで――しかも慘憺たる最期であつた、自分の脚を囓んで居たから――如何に雄雄しく歌ひ續けて居たことか!……神よ、我等凡てを――殊に下女のハナを――赦し給はん事を!

[やぶちゃん注:「彼の保護神」草雲雀を飼っていた小泉八雲自身を指す。

 以下、一行空け。]

 

 だが、要するところ、飢餓の爲めに自分で自分の脚を囓むといふ事は、歌の天禀を有つといふ呪詛を蒙つて居る者に出來(しゆつたい)し得る最大凶事では無い。世には歌はんが爲めに自分で自分の心臟を食はねばならぬ人間の蟋蟀が居るのである。

[やぶちゃん注:最終行下二字上げインデントで『(大谷正信譯)』が、次行に同インデントで『Kusa-HibariKotto』とある。

「天禀」「てんぴん」或いは「てんりん」と読み、「天から授かった資質」「生まれつき備わっている優れた才能」「天賦」の意。]

   

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