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2019/08/19

大和本草卷之十三 魚之下 エツ

 

エツ 筑後柳川寺江ノ海ニアリ海ヨリ河ニノボ

 ル海河ノ間ニアリタチ魚ニ似テ身セハク薄シ長六七

 寸以上一二尺ニイタル色如銀或色淡黑目口相

 近シ鱗小也水上ニ浮ヒヲヨク肉中細骨多乄毛

[やぶちゃん注:「ヲヨク」はママ。]

 ノ如シ骨柔ナリ鱠サシミカマホコ炙トシテ食ス味カロ

 ク乄脆美ナリ多ク食フヘシ夏多シアミニカヽレハウコカ

 ズ死シヤスシ早ククサル今其形狀ヲ詳ニキクニ鰣魚ニ

 ヨク合ヘリ本草綱目考フヘシ彙苑曰鰣魚盛於四

 月鱗白如銀其味甘𦚤多骨而速腐○鰣魚ヲハス

 ト訓シヱソト訓ス皆不可ナリエツノ魚ナルヘシ

○やぶちゃんの書き下し文

エツ 筑後柳川・寺江の海にあり。海より河にのぼる。海・河の間にあり。「たち魚」に似て、身、せばく、薄し。長さ、六、七寸以上、一、二尺にいたる。色、銀のごとく、或いは、色、淡黑。目・口、相ひ近し。鱗、小なり。水上に浮び、をよぐ。肉〔の〕中に細き骨、多くして、毛のごとし。骨、柔かなり。鱠〔(なます)〕・さしみ・かまぼこ・炙(あぶりもの)として食す。味、かろくして、脆く美なり。多く食ふべし。夏、多し。あみにかゝれば、うごかず、死しやすし。早く、くさる。今、其の形狀を詳かにきくに、「鰣魚〔(じぎよ)〕」によく合へり。「本草綱目」、考ふべし。「彙苑」に曰はく、『鰣魚、四月に盛〔りなり〕。鱗、白く、銀のごとし。其の味、甘〔にして〕𦚤〔(こ)え〕、骨、多くして速く腐る』〔と〕。

○鰣魚を、「はす」と訓じ、「ゑそ」と訓ず、皆、不可なり。「えつの魚」なるべし。

[やぶちゃん注:条鰭綱ニシン上目ニシン目ニシン亜目カタクチイワシ科エツ亜科エツ属エツ Coilia nasus。漢字表記は「斉魚」「鱭(魚)」。ウィキの「エツ」によれば、『東アジアの汽水域に生息する魚で、食用になる』。『成魚は全長30cm-40cmほど』で、『体は植物の葉のように前後に細長く、左右から押しつぶされたように平たい。体側は銀白色の円鱗におおわれ、全体的にはナイフの刃のような外見である。目は頭の前方にあり、口は目の後ろまで大きく裂ける。胸びれ上方の軟条が糸状に細長く伸びる。尻びれは前後に細長く、体の後半ほとんどに及ぶ。尾びれは小さな三角形で、ほぼ尻びれと連続している。顔つきや鱗などは同じ科のカタクチイワシに似るが、上記の優雅に長く伸びるひれの形状もあって、外見はかなり印象が異なって見える』。『渤海、黄海、東シナ海の沿岸域に分布する』が、本邦での棲息域は、筑後川河口域を中心とした有明海の湾奥部及び大河である筑後川にほぼ限られている有明海特産魚である。『中国と朝鮮半島の個体群は亜種 C. n. ectenes Yuan et Quin, 1985、日本の個体群は基亜種 C. n. nasus とされており、ムツゴロウやワラスボなどと同じ大陸系遺存種と考えられている』。『普段は汽水域とその周辺の海に生息し、清んだ透明度の高い水域よりも、大河から流入したシルトや粘土が激しい潮汐によって懸濁して濁って見える水域を好む。プランクトン食性で、おもに動物プランクトンを鰓でろ過して捕食する』。『産卵期は初夏で、産卵を控えた成魚は川をさかのぼり、夕方に直径1mmほどの浮性卵を産卵する。中国の長江では河口から1000kmの所で成魚が見つかった例もある。ただし日本でのエツの繁殖地はもともと大陸的な大河に依存していることもあってほぼ筑後川に限られ、他の河川で産卵することは少ない』。『卵は川を流れ下りながら1日以内に孵化するが、塩分が濃い所まで流されると』、『死んでしまう。稚魚は秋まで塩分の薄い汽水域にとどまって成長し、冬には海水域の深場に移る。寿命は2年から4年ほどで、産卵した親魚はほとんど死んでしまう』。『エツの日本での分布は狭く、絶滅危惧II類(VU)(環境省レッドリスト)に指定されているが、筑後川では筑後大堰の建設でエツの繁殖や成長に適した水域が半減した上、食材として重宝されるために乱獲もされている。エツの漁獲量は1980年代から減少していて、沿岸漁協による放流なども行われているが、改善はあまり進んでいない』。『中国では同属の魚を「鳳尾魚(フォンウェイユー fèngwěiyú)」と総称し、華東、華南の沿岸地域では食品として利用することが一般的である。また、漢方医学の材料として使われる場合もある。上海市や江蘇省では長江周辺で捕れる主にC. mystusが出回っているが、子持ちのものが珍重されるので、産卵期が旬である。浙江省温州市では甌江で取れるものを利用することが多い。広東省では珠江水系のC. grayiがよく利用されており、唐揚げにして味付けしたものが特産の缶詰となって売られている。蒸し魚、唐揚げが一般的であるが、スープなどにも利用される』。『日本では筑後川流域で多く漁獲され、代表的な郷土料理の食材ともなっているが、他地域ではあまり利用されない』。『筑後川では毎年5月中旬から7月中旬にかけて福岡県久留米市城島町付近までエツが遡上し、周辺市町ではこれを狙ったエツ漁が5月1日から7月20日まで解禁される。また、福岡県大川市では漁期に合わせて「えつ供養祭」が行われる。なお、この時期にあわせ』、『国土交通省九州地方整備局は』『漁業協同組合の要請を受ける形で』、『エツの遡上を助ける』ため、『管理する松原ダム・下筌ダムから河川維持放流を行っている』。『流し刺し網や地引き網などで漁獲される。刺身やエツずし、天ぷら、唐揚げ、膾、塩焼き、煮つけなど様々な料理で食べられる』。『小骨が多いので』、『ハモと同様に骨切りを施す必要があり』、『また』、『傷みも早いので手早い調理をしなければならない。そのため、産地では筑後川に浮かべた漁船の上で、観光客などに獲りたてのエツをすぐに調理して供することも行われる』。『「むかし、一人の僧侶が筑後川を渡る際、渡し舟の船頭に払うお金がなかったので、近くに生えていたヨシの葉を取り、それを川に浮かべたところ、たちまち魚(エツ)に変わった。この僧侶はのちの弘法大師(空海)であった。」という伝承が、福岡県、佐賀県の筑後川下流域に伝わる』とある。ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のエツのページも必見。残念ながら、私はエツの生体を実検したことがなく、食したこともないので、グーグル画像検索「Coilia nasusをリンクさせておくが、遊泳している成魚画像はごく少ないので、よく見られたい。

「筑後柳川」福岡県柳川市(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。

「寺江」後の本「大和本草」批判を目的の一つとした小野蘭山の「重訂本草綱目啓蒙」(弘化四(一八四七)年の「巻之四十」の「鱭魚」に(国立国会図書館デジタルコレクションの画像)『鱭魚  ヱツ ウバエツ【筑後小者】』と始まる中に(記号を付加した)、

   *

「エツ」ハ、筑後柳川、及、肥前寺江【今ハ寺井ト云。】ニアリ。海ヨリ河ニノボルモノ。故ニ河海ノ間ニテ取ル。香魚(アユ)ノゴトク一年ニシテ死ス。長サ六七寸、大ナルモノハ一二尺ニイタル。長サ一尺許ナルノモハ濶サ一寸許ニシテ扁ク、背ノ方ハ微シ[やぶちゃん注:「すこし」か。]アツクシテ腹ノ方ハ漸ク薄ク刀刃ノゴトシ腹ノ鱗ハ三角ニシテ尖リテ鰶魚(コノシロ)ノゴトシ。尾ハ狹ク尖レリ。首ヨリ順ニ漸ク狹細ニシテ小刀ノ形ノゴトクシテ銀色ナリ肉ニハ細刺多シ。鱠軒(なますさしみ)[やぶちゃん注:一口大に切った刺身を「軒(けん)」と呼ぶ。]トナシテ食フ。目・口、甚近ク、上脣ノ堅骨、兩吻へ剰り[やぶちゃん注:「かかり」か。]出、左右ノ鰭、ミナ、細ク分レテ、麥芒ノゴトシ。ソノ形狀、他魚ニ異ナリ。鱭魚ヲ、「タチウヲ」ト訓ズルハ非ナリ。「タチウヲ」ハ、形、長クシテ海鰻(ハモ)・鱺[やぶちゃん注:「うなぎ」。]ニ似タリ。閩書ノ「帶魚」ナリ。

   *

とあることから、柳川の北西方の少し内陸の佐賀県佐賀市諸富町大字寺井津のことと考えられる。筑後川が最後に早津江川に分流する地点の現在の右岸に当たる。

「たち魚」スズキ目サバ亜目タチウオ科タチウオ属タチウオ Trichiurus lepturus

「鰣魚〔(じぎよ)〕」条鰭綱ニシン目ニシン亜目ニシン科シャッド亜科テヌアロサ属 Tenualosa ジギョ(仮称)Tenualosa reevesii。中国周辺の回遊性固有種の一種。中国音音写「シーユー」。ウィキの「ジギョ」によれば、『通常』、『海水の上層で回遊している魚であるが、4月から6月になると、長江、銭塘江、閩江、珠江など、中国の川の下流域に産卵のために遡上し、かつ脂が乗っているため、季節的に現れる魚との意味から「時魚」と称し、古来珍重されてきたが、標準和名は付けられていない。明治時代の『漢和大字典』』『には「鰣」に「ひらこのしろ」の注が見られるなど、ヒラコノシロやオナガコノシロと記した字書、辞書、料理書もあるが、根拠は不明。ヒラはニシン目ヒラ科ヒラ亜科』Pelloninae『に分類され、コノシロは』ニシン科コノシロ亜科Dorosomatinae『で近縁種とはいえず、魚類学、水産学の書籍で使っている例は見いだせない。なお、国字の「鰣」は「ハス」と読むが、これは全く異なるコイ科』(条鰭綱コイ目コイ科 Cyprinidae。ハスはクセノキプリス亜科 Oxygastrinae ハス属ハス Opsariichthys uncirostris)『の魚である。広東省では「三黎」、「三鯠」(広東語 サームライ)と称する。古名に「魱」(ゴ、hú)、「鯦」(キュウ、jiù)、「當魱(当互)」、「魱鮥魚(河洛魚)」がある』。『reevesii(レーベシー)という種名』は、『東インド会社の茶の鑑定人で、1812年に広東を訪れ、この魚の記録を残したJohn Reevesの名にちなむ』。『一般的に成魚は、雄が体長40cm前後、体重1.3kg程度、雌が体長50cm前後、体重2kg程度。最大60cm以上になるものもある。体色は銀灰色で、背側が黒っぽく、腹側が白っぽい。体は長いひし形に近く、V字型の長い尾鰭を持つ』。『中国周辺の黄海南部から、台湾、フィリピン西部にかけての海域に生息する。春に淡水域まで遡上した成魚は、5月ごろ産卵した後、海に戻る。一尾で200万粒程度の卵を産む。産卵後1日程度で孵化し、稚魚は淡水域で数ヶ月育ち、秋の9月-10月に海に移動する。3年で成魚となるといわれる』。『長江流域を中心に、かつて、年間数百トン獲れ、1974年には1500トンを超えたともいわれる。当時は湖南省の洞庭湖や、さらに上流でも捕獲できたが、乱獲によって1980年代には年間1トン未満となり、幻の魚と呼ばれるようになった。このため、資源が枯渇するのを防止すべく、中国政府は1988年に国家一級野生保護動物に指定し、現在は捕獲を禁じている』。『

春の、産卵時期より早い4月末から5月ごろが旬で、脂がのっている。川を遡上する途中で、餌はあまり取らないため、上流になるほど脂は落ち、風味も下がるとされる。新鮮なものを、蒸し魚とすることが好まれた。鱗は取らず、湯で表面の臭みを洗ってから、塩などで下味をつけ、ネギなどの薬味を乗せて蒸し、後でたれをかけた「清蒸鰣魚」にする場合と、ブタの網脂で覆い、シイタケ、タケノコ、金華ハムなどを乗せて、鶏がらスープをかけて蒸す場合がある。また、醤油と砂糖を使った煮物や、鍋料理などにも用いられた。鱗を取らないのは、鱗が柔らかくて脂がのっているためとされるが、旧暦の端午の節句を過ぎると硬くなり食べられなくなる』。『20世紀には、特に長江流域の鎮江市から南京市辺りの名物料理とされた』。『後漢の『説文解字』「鯦、當互也」の記載がある。『爾雅』「釈魚」にも「鯦、當魱」の記載がある』。『明以降には皇帝への献上品として用いられた。南京は産地であって新鮮なものが食べられたが、北京に都が移ると輸送が難しくなり、腐敗が始まって臭くなったため、「臭魚」とも呼ばれた』。『清の書籍には具体的な産地や調理法の記録も多くなる。浙江省紹興周辺の言葉を集めた范虎の『越諺』には、「厳瀬、富陽の物が良く、味が倍加する。滋味は鱗と皮の間にある。」と記載されている。『中饋録』には調理法として、「わたは取るが』、『鱗は取らず、布で血を拭き取り、鍋に入れて、花椒、砂仁、醤、水、酒、ネギを加えて和え、蒸す。」と具体的に書かれている。陸以湉の『冷廬雑識』には、「杭州で鰣魚が初物として出回る時には、富豪がこぞって買いにやるため、値が高く、貧乏人は食べられない。」との記述がある。また、清の詩人袁枚は『随園食単』の「江鮮単」で、エツ類と同様に甘い酒の麹や醤油と共に蒸したり、油をひいて焼くのが良い、風味が全くなくなるので、間違ってもぶつ切りにして鶏肉と煮たり、内臓や皮を取って調理してはならない、と述べている』とある。但し、益軒は「本草綱目」の「鰣」(「鱭魚」とは別に載る)の貧弱な記載から相同性を誤認しており、グーグル画像検索「Tenualosa reevesiiで見る限り、エツとは似ても似つかない魚である。

『「本草綱目」、考ふべし』「鱗之三」に載る。

   *

鱭魚【音「劑」。「食療」。】

釋名【鮆魚(音「劑」)・鮤魚(音「列」)・鱴刀(音「篾」)・魛魚(音「刀」)・鰽魚(「廣韻」音「道」。亦作「鮂望魚」。時珍曰、魚形、如劑物裂篾之刀、故有諸名。「魏武食制」謂之「望魚」。】

集解【時珍曰、鱭、生江湖中、常以三月始出。狀狹而長薄、如削木片、亦如長薄尖刀形。細鱗白色。吻上有二硬鬚、腮下有長鬛如麥芒。腹下有硬角刺、快利若刀。腹後近尾有短鬛、肉中多細刺。煎炙或作鮓、鱐、食皆美、烹煮不如。「淮南子」云、『鮆魚飲而不食、鱣鮪食而不飮』。又「異物志」云、『鰽魚初夏從海中泝流而上。長尺餘、腹下如刀、肉中細骨如毛。云是鰽鳥所化、故腹内尚有鳥腎二枚。其鳥白色、如鷖、羣飛。至夏、鳥藏魚出、變化無疑。然今鱭魚亦自生子、未必盡鳥化也』。】

氣味【甘溫無毒】詵曰、「發疥、不可多食」。源曰、「助火、動痰。發疾」。

主治 貼痔瘻【時珍】。

附方 新一。瘻有數孔、用耕垈土燒赤、以苦酒浸之、合壁土令熱、以大鮆鮓展轉染土貼之每日一次【「千金方」】。

   *

これは形状や食用部を見るに、確かにエツを記載していると考えてよかろうとは思う。

「彙苑」「異物彙苑」・明の学者で政治家(最終官位は刑部尚書)の王世貞(一五二六年~一五九〇年)の撰になる類書(百科事典)。

「𦚤〔(こ)え〕」「下腹(したばら)が丸々と肥えている・腹が出ている」の意。]

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