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2019/08/21

大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))

 

【和品】

フカ 其類多シ凡フカノ類皆アギノ下ニ口アリテ其皮

 ニサメアリ鮫魚ノ類ナリ其子胎生ス卵生セス白フカ味

 尤美ナリ○ヒレ長ト云アリヒレ甚長シ○一チヤウト云

 フカアリ口廣クシテ人ヲ喰フ甚タケクシテ物ヲムサ

 ホル○ウバブカ六七尋アリ齒ナシ○カセブカ其首橫

 ニヒロシ甚大ナルアリ○ヲロカト云大フカアリ人ヲ食ス

 ○鰐フカハ四足アリ鼈ノ如シ首大ナリ能人ヲ食フ

 李淳風曰河有怪魚乃名曰鰐其身已朽其齒三

 作此即鱷魚也南州志云斬其首乾之極厺其齒

 而更生○モダマ是亦フカノ類ナリサメアリ灰色白星

 アルモノアリ長三四尺肉白シ肝ニ油アリ其大ナルヲイナ

 キト云長サ一丈ハカリアリ其乾タルヲノウサハト云○

 ツノジフカ類ナリ北土及因幡丹後ノ海ニアリ其皮

 鮫ノ如クニシテ灰色長三四尺アリ筑紫ニテモダマト云

 魚ニ似タリ肝ニ脂多シ味ヨカラス賎民ハ食フ其肝

 大ナリ肝ニ油多シ北土ニハ是ヲ以燈油トス西土ニテ

 ツノト云モ同物ナルヘシ背ニ刀ノ如ナルヒレアリ○サヾ

 イワリト云魚アリフカノ類ナリ頭大ニ両目ノ上ノ

 キハニタテニカド各スチアリテ首方ナリ細齒多シ

 腮ハヨコニ五キレタリ両鼻アリ背ニ鰭ニ各大ナル刺ア

 リテ尖レリ口ハ腮ノ下ニアリ両ワキニ大ナルヒレアリ腰ニモ

 小ナルヒレアリ尾ハ小岐アリ凡常ノ魚ノ形ニカハレリ

 皮ニサメアリ色斑ナリ薄ク切酒ノ糟ヲ加ヘ羹トシテ

 食ス又指身乄最ヨシツノジフカニマサレリ○ヲホセ其形

 守宮ニ似テ見苦シ又蟾蜍ニ似タリ海水ヲ離レテ日

 久シク死ナズ首ノ方大ニ尾小ナリ其肉ヲ片〻ニキレドモ

 不死猶活動ス味ヨシ肉白シ○カイメフカノ類ナリ

 形扁ク薄シ頭尖リ薄シフカノ如クサメアリツノジヨ

 リ橫ヒロク乄コチニ少似タリ口ハ頷下ニアリ目ハ背ニ

 アリ是皆フカノ類也○凡モダマフカノ類イツレモ皮ヲ去

 薄ク切指身トシ沸湯ニヨク煮熟シ色白クナルヲ芥子

 薑醋ミソニテ食之味美シ皮モ煮テサメヲ去肉ト同ク

 食ス又生肉ハ肉餻トスヘシ但性冷利ナリ温補ノ益ナシ

 虚冷ノ人不可多食○諸魚ハ皆卵生ス只フカサメヱ

 イタナコ皆腹中ニテ胎生ス卵生セス其驚クトキハ母ノ

 腹中ニ入ル就中フカノ子ハ胎中ニテ大ナリ一胞ノ内二三

 四尾生ス

○やぶちゃんの書き下し文

【和品】

ふか 其の類、多し。凡そ、「ふか」の類、皆、あぎ[やぶちゃん注:「鰓(えら)」。「あぎと」。]の下に口ありて、其の皮に「さめ」あり。鮫魚の類なり。其の子、胎生す。卵生せず。「白ふか」、味、尤も美なり。

○「ひれ長」と云ふあり。ひれ、甚だ長し。

○「一(いつ)ちやう」と云ふ「ふか」あり。口、廣くして、人を喰〔(くら)〕ふ。甚だたけくして、物をむさぼる。

○「うばぶか」。六、七尋〔(ひろ)〕あり。齒、なし。

○「かせぶか」。其の首、橫に、ひろし。甚だ大なるあり。

○「をろか」と云ふ大ぶかあり。人を食す。

○「鰐ぶか」は四足あり。鼈〔(すつぽん)〕のごとし。首、大なり。能く人を食ふ。李淳風、曰はく、「河に怪魚有り。乃〔(すなは)ち〕名〔づけて〕「鰐」と曰ふ。其の身、已に朽〔(く)つるも〕、其の齒、三つ、作〔(な)れり〕。此れ、即ち、鱷魚〔(がくぎよ)〕なり。「南州志」に云はく、『其の首を斬り、之れを乾すこと、極〔ま〕り、其の齒を厺〔(さ)れども〕、更に生〔(せい)〕す』〔と〕。

○「もだま」。是れ亦、「ふか」の類なり。「さめ」あり、灰色。白星あるもの、あり。長さ三、四尺。肉、白し。肝に油あり。其の大なるを、「いなき」と云ふ。長さ一丈ばかりあり。其の乾したるを「のうさば」と云ふ。

○「つのじ」。「ふか」類なり。北土及び因幡・丹後の海にあり。其の皮、鮫のごとくにして、灰色。長さ三、四尺あり。筑紫にて「もだま」と云ふ魚に似たり。肝に、脂、多し。味よからず。賎民は食ふ。其の肝、大なり。肝に、油。多し。北土には是れを以つて燈油とす。西土にて「つの」と云ふも同物なるべし。背に刀のごとくなるひれあり。

○「さゞいわり」と云ふ魚あり。「ふか」の類なり。頭、大に、両目の上のきはに、たてに、かど各々、すぢありて、首、方(けた)なり。細き齒、多し。腮〔(あぎと)〕は、よこに五つ、きれたり。両鼻あり。背に鰭に、各々、大なる刺ありて、尖れり。口は腮の下にあり。両わきに大なるひれあり。腰にも小なるひれあり。尾は小さき岐(また)あり。凡そ常の魚の形にかはれり。皮に「さめ」あり。色、斑〔(まだら)〕なり。薄く切り、酒の糟を加へ、羹〔(あつもの)〕として食す。又、指身〔(さしみ)〕にして、最も、よし。「つのじぶか」に、まされり。

○「をほせ」。其の形、守宮(やもり)に似て、見苦し。又、蟾蜍〔(ひきがへる)〕に似たり。海水を離れて、日久しく、死なず。首の、方大に、尾、小なり。其の肉を片々にきれども、死なず、猶ほ、活動す。味、よし。肉、白し。

○「かいめ」。「ふか」の類なり。形、扁たく、薄し。頭、尖り、薄し。「ふか」のごとく「さめ」あり。「つのじ」より、橫、ひろくして、「こち」に少し似たり。口は頷〔(あご)〕下にあり。目は背にあり。是れ皆、「ふか」の類なり。

○凡そ、「もだま」・「ふか」の類、いづれも皮を去り、薄く切り、指身〔(さしみ)〕とし、沸湯に、よく煮熟し、色、白くなるを、芥子〔(けし)〕・薑〔(しやうが)〕・醋みそにて之れを食ふ。味、美〔(よ)〕し。皮も煮て、「さめ」を去り、肉と同じく食す。又、生肉は肉餻とすべし。但し、性〔(しやう)〕、冷利なり。温補の益、なし。虚冷の人、多く食すべからず。

○諸魚は皆、卵生す。只、「ふか」・「さめ」・「えい」・「たなご」、皆、腹中にて胎生す。卵生せず。其の驚くときは母の腹中に入る。就中〔(なかんづく)〕、「ふか」の子は、胎中にて、大なり。一胞の内、二・三・四尾、生ず。

[やぶちゃん注:「鱶(ふか)」総論であるが、中には狭義のサメ類でない種も含まれている(後述)。一応、「鱶(ふか)」とは、軟骨魚綱板鰓亜綱Elasmobranchiiのうち、一般にはエイ上目 Batoidea に含まれるエイ類を除く鮫類の内、大型のものの総称である。但し、中小型でも「ふか」と呼ぶケースもあるので、個体の大きさでの区別は無効に近い(事実、ここに挙がっている種の中にもそれほど大きくはならない種が複数含まれている)。寧ろ、広義の「鮫(さめ)」の関西以西での呼び名が「ふか」であるとした方が判りがいい(山陰では別に「わに」という呼称も現在、普通に生きている)。生物学的に「さめ」を規定するなら、一般的には鰓裂が体の側面に開く種群の総称としてもよかろう(鰓裂が下面に開くエイと区別される。但し、中間型の種がいるので絶対的な属性とは言えない)。さても、ウィキの「サメ」によれば、『2016年3月末時点で』、『世界中に』は『9目34科105属509種が存在し、日本近海には9目32科64属130種が認められている』とある。

『其の皮に「さめ」あり』一般に「さめ」の語源については「狭目」「狭眼(さめ)」の意とする説が幅を利かすが、サメ類の目はその巨体に比べれば小さいとは言えるものの、一般的な種群は、有意に狭い眼・細い眼ではない。寧ろ、私はここで益軒が言っている鮫の皮膚の細かなブツブツにこそ、その語源があるのではないかと考えている。則ち、「沙」(シャ:一億分の一の単位)で、「非常に小さい粒」を意味する「沙」(シャ・サ)の「粒」(「目」)で「沙目(さめ)」であろうと思うのである。

「其の子、胎生す。卵生せず」誤り。卵胎生の種も確かに有意に多くいるが、卵生種もしっかりいる。

「白ふか」「味、尤も美なり」とするところから、板鰓亜綱メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属シロザメ Mustelus griseus である。ウィキの「シロザメ」によれば、『地方名はノウソ、マノクリ』。『全長1 m。日本を含め、アジア沿岸海域で普通に見られる比較的小型の底生性のサメで』、『肉や鰭は食用になる』。『北西太平洋の熱帯から温帯海域』『に分布』し、『北海道以南の日本各地および朝鮮半島、中国、台湾、ベトナムにかけて、東シナ海・南シナ海沿岸の海底付近に生息する。砂泥質の海底を好む。生息水深帯は、浅海から水深2,000mを超える深海まで』。『最大全長101cm』で、『体型は細長い流線形。体色は背側が灰色から褐色、腹側は白色である』。同属の『ホシザメ M. manazo によく似ているが、シロザメには体表に小白斑が見られないことで区別できる。歯の形状は敷石状』を成す。『主に底生性の無脊椎動物を捕食するが、とくに甲殻類を好み、とりわけカニ類を主食として』おり、『甲殻類では他にエビ類、ヤドカリ類、シャコ類などが餌生物として含まれ、甲殻類以外ではゴカイなどの多毛類の比率が高い』。卵『胎生。胎盤を形成し、胎仔は母親から直接栄養を供給されて育つ』。『妊娠期間は約10ヶ月で、雌は全長28-30cmの子どもを2-20尾産む』。『延縄、刺し網、底引き網、定置網などで漁獲される』。『肉や鰭は食用として高値で取引される。肉は生食用や練り物原料になり、鰭はフカヒレに加工される』。『人には危害を加えない』とある。

「ひれ長」一般に鰭の長いサメといういうと、一番に想起されるのは板鰓亜綱ネズミザメ目オナガザメ科オナガザメ属 Alopias(一属三種)であろう。本邦(但し、南日本)にはニタリ A. pelagicus・ハチワレ A. superciliosus・マオナガ A. vulpinus の全種が分布する。ウィキの「オアナガザメ」によれば、『全世界の熱帯から温帯、また亜寒帯海域まで広く分布する。全長の半分を占める長い尾鰭により、他のサメと見間違えることはない。大型になり、最大全長は3m〜7mを超えるものまである。繁殖様式はいずれも胎生で、ネズミザメ目に共通して見られる卵食型である。主に外洋を回遊し、非常に活動的である』が、『人に対しては攻撃的で』はなく、『むしろ』、『海中では警戒心が強く、近寄ることさえ難しい。マグロ延縄などで混獲され、肉や鰭、脊椎骨、皮、肝油が利用される』。『魚の尾鰭は上半分を上葉、下半分を下葉といい、サメ類では』大抵、『上葉が長くなっている異尾(いび)であるが、オナガザメ属では上葉の伸長がとりわけ著しく、胴体とほぼ同じ長さか』、『それ以上になる。尾の付け根の筋肉が発達しており、マグロやカジキ、サバなどを切り裂いたり』、『気絶したところで食す』とある。

「一(いつ)ちやう」これは当初「一(いつ)ちまう」かと思ったものの(他の部分の表記と比較しても「ヤ」のそれではない)「東洋文庫」の「本草食鑑」の注で『一(イツ)チャウ』と翻刻しているので、それに従った)。しかし「イッチョウ」(「一丁」?)でも或いは「イッチモウ」(漢字表記想定出来ず)でもある種のサメの異名としては全く掛かってこない。一つの鍵は「口」が「廣く」、「人を喰」らい、非常に獰猛で、摂餌対象を残酷に貪(むさぼ)るという点である。世界に棲息するサメのうちで「人食いザメ」、人を積極的に襲い捕食することが確実とされている種は、実は三種しかいない。まず、スティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督の“Jaws”(1975年・アメリカ)で知られる、

ネズミザメ目ネズミザメ科ホホ(ホオ)ジロザメ属ホホ(ホオ)ジロザメ Carcharodon carcharias

それと同様に危険度が高い以下の二種、

メジロザメ目メジロザメ科イタチザメ属イタチザメ Galeocerdo cuvier

メジロザメ目メジロザメ科メジロザメ属オオメジロザメ Carcharhinus leucas

である。但し、本邦に限ると、亜熱帯から亜寒帯まで世界中の海に広く分布するホホジロザメを除くと、その分布はオオメジロザメは南西諸島に限られ、イタチザメも概ね九州以南である。ただ、昔から本邦では、“Hammerhead shark”の英名で知られる、メジロザメ目シュモクザメ(撞木鮫)科 Sphyrnidae のシュモクザメ類(世界で二属九種。本邦で見られるのはシュモクザメ属 Sphyrna の三種ほど)が人を襲うと信じられている向きがある。一九八二年八月に熊本県天草郡大矢野町沖の羽干島(グーグル・マップ・データ)近くで十三歳の女子中学生が襲われて死亡したケース(三人の子をヨットの船尾に結んだロープに繋いで曳航して遊ばせていた際の事故という少し特殊な状況下での不幸であった)では、シュモクザメが疑われているが、確定されてはおらず、シュモクザメが人を襲った事例は殆んど見当たらない。襲うシーンが出る小説を知っているが、寧ろ、シュモクザメの奇体な頭部が、凶悪な印象を生んでいるだけのように私には思われてならない。ダイバーなどが襲われたケースも私は知らない。但し、シュモクザメはサメとしては珍しく、群れを成して行動し、時にその数は数百匹のレベルに及ぶこともある。それらが大型個体であった場合、そのインパクトは絶大で、熟練したダイバーでも慄っとしたという証言を聴いたことはある。幾つかの記載に、人間にとっては潜在的に危険、と記すものが見られることは事実ではある。ただ、シュモクザメは以下の「かせぶか」がその別名であることからも、この同定候補にはなり得ない。従って、福岡在の益軒を考えると、この謎の「一(いつ)ちまう」はホホジロザメかイタチザメが同定候補となる。勘でしかないないが、冒頭に出ること、わけの判らぬ乍ら、名前が如何にも大きそうな雰囲気があることから、平均体長が四~四・八メートルにもなる最大最強にして凶悪のホホジロザメとする方がいい気がする

「うばぶか」ネズミザメ目ウバザメ科ウバザメ属ウバザメ Cetorhinus maximus。現生の地上最大の魚であるジンベエザメ(テンジクザメ目ジンベエザメ科ジンベエザメ属ジンベエザメ Rhincodon typus)に次いで、二番目に大きな魚種である。世界中の海に広く分布し、性質はジンベイザメと同様、すこぶるおとなしく、動きも緩慢で、人間にとって危険性の殆んどない、静謐な濾過性摂食者である。益軒は「歯がない」とするが、ないわけではないものの、プランクトン食であるため、ウバザメの歯は極めて小さい(5~6mm)鉤(かぎ)状を呈したものとなっており、殆んど歯としての機能を持っていない。標準的個体は全長三~八メートルほどで、長期に亙る乱獲(おとなしい性質が災いして、多量に捕獲され続け、肉は食品・魚粉用、皮膚は皮革用、巨大な肝臓は油採取に用いられた)、肉を発の結果、本邦では九メートルを超えるような大型個体は今や目にすることはない。参照したウィキの「ウバザメ」によれば、和名「姥鮫」は、『体側部にある非常に長い鰓裂を、老婆の皺に例えて名付けられたとされる』とある。

「六、七尋〔(ひろ)〕」「尋」は本邦での慣習的な長さの単位で、基本は両手を左右に伸ばした際の指先から指先までの長さを基準にしたもので、一尋は五尺(約1.515メートル)、乃至6尺(約1.816メートル)で、水深では後者が使われる。ここは前者で採りたい。さすれば、九メートル強から十一メートル六十センチとなる。現在、確認されている最大のウバザメは全長12.27m、体重16t(推定)であるから、この数値自体は大袈裟ではない。但し、本邦の近海で最大級のウバザメを見ることはまずないから、これはやはり大袈裟と言うべきかも知れない。

「かせぶか」「其の首、橫に、ひろし。甚だ大なるあり」という特徴からも、前に注した通り、メジロザメ目シュモクザメ科シュモクザメ属 Sphyrna の別名で、本邦産種は、

シロシュモクザメSphyrna zygaena

ヒラシュモクザメSphyrna mokarran

アカシュモクザメSphyrna lewini

の三種である。漢字表記は「挊鱶」で、「桛」は紡(つみ)いだ糸を巻き取るH型やX型の道具で、頭部の形状をそれに見立てたものであろう。【2019年8月23日追記】いつもお世話になっているT氏よりメールを頂戴した。T氏は「大和本草」の「諸品図二巻」を調べられ(但し、この附図類は、『大和本草卷之十四 水蟲 介類 鱟 附「大和本草諸品圖」の「鱟」の図 参考「本草綱目」及び「三才圖會」の「鱟」の図』で示したカブトガニのブッ飛びのデフォルマシオンから推測されるように、図としての信頼性の価値が甚だ低く、私は益軒の手になるものではなく、その大半は絵心のない複数に弟子が描いたのではないかと疑っている)、その「カセブカ」のキャプションに(国立国会図書館デジタルコレクションの画像。左下。一部に句読点等を施して読み易くした)、

   *

【雙髻鯊。「シユモクザメ」トモ云。】其ノ橫ハ縱(タテ)ニ比スレバ、少シ、短シ。橫ノ兩端ニ目アリ。是、「フカ」ノ類。味、亦、同。形狀、甚、異ナリ。其形狀、婦女ノ布ノ經緯ヲ卷トコロノ、「カセ」ト云器ニ似タリ。

[やぶちゃん注:以下、手書き書入れ。]

付図、尾バカリニテ、鬚[やぶちゃん注:「鬣」(ヒレ)の誤記か?]ナク、頭ノ形、異也。爪[やぶちゃん注:判読に自信はない。]ナリ。

   *

図は例によってトンデモなくデフォルメされてあるが、確かにシュモクザメではある。

「をろか」「大ぶか」「人を食す」こちらを私はメジロザメ目メジロザメ科イタチザメ属イタチザメ Galeocerdo cuvier としたい。「をろか」は不明(「愚か」は歴史的仮名遣では「おろか」で一致しない)。

「鰐ぶか」漢籍からの引用から、これは正真正銘の脊椎動物亜門四肢動物上綱爬虫綱双弓亜綱主竜型下綱ワニ形上目ワニ目 Crocodilia のワニの記載である。

「鼈〔(すつぽん)〕」爬虫綱カメ目潜頸亜目スッポン上科スッポン科スッポン亜科キョクトウスッポン属ニホンスッポン Pelodiscus sinensis(本邦産種を亜種Pelodiscus sinensis japonicusとする説もある)。項で既出既注

「李淳風」(六〇二年~六七〇年)は初唐の天文学・数学者。太史令を歴任。六三三年、黄道環・赤道環・白道環よりなる三辰儀を備えた渾天儀を新たに作った。「晋書」と「隋書」の中の「天文志」と「律暦志」を編み、また「算経十書」の注釈を行った。高宗の時、日本では「儀鳳暦」として知られる「麟徳暦」を編んだ。彗星の尾は常に太陽と反対側に発生する事実を発見し、天文気象現象の記録を整理した。著書に占星術的気象学を記した「乙巳占」がある。

「其の身、已に朽〔(く)つるも〕、其の齒、三つ、作〔(な)れり〕」意味不明。仮に訓じた。後の「南州志」と同じく、三本の歯だけは生きていて、新たに生えてくるというのか?

「鱷魚〔(がくぎよ)〕」「鱷」は「鰐」の異体字。

「南州志」三国時代(二二〇~二六五 年)の呉の万震が記した華南から南方の地誌「南州異物志」のことか。

「厺」「去」の異体字。

「もだま」メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメ Mustelus manazo「WEB魚図鑑」のホシザメから引く。『成熟サイズは全長62~70cm。全長25cmほどで出産され、雄で最大96cm、雌で117cmに達する。体は灰色ないしは茶褐色で、体側に多数の白色斑点が散在すること、背鰭は暗色で縁取られないこと、上側の唇褶は下側よりも長いこと、歯は尖らず、敷石状に並ぶことから』、『他の日本産ドチザメ科』Triakidae『魚類と区別できる。ホシザメ属には体側に白色点をもつものが他に何種か知られているが、白色点を持つ種で北西太平洋に分布するのは本種のみである』。『主に北西太平洋。北海道~九州の各沿岸(オホーツク海を除く)、南シベリア、朝鮮半島、中国、台湾、ベトナムに分布する』が、『例外的に西インド洋のケニア沿岸からも知られる』。『大陸棚上の潮間帯を含む浅海域の砂地や泥底に生息』し、『底生無脊椎動物、特に甲殻類を捕食する』。『卵胎生で胎盤をもたない。交尾期は夏。妊娠期間は10ヵ月ほどで、4月に母親の体サイズに合わせて1~22尾の仔ザメを出産する(普通2~6尾、平均5尾の仔ザメを産む)。成長が早く、3、4年で成熟する。食用で、日本、中国、韓国では延縄で漁獲される』とある。ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のホシザメのページの「地方名・市場名」の項に『福岡県博多(福岡市)ではモダマ』と出、また、『福岡県玄海町』では『ノウサバ』『ノーサバ』の異名を載せる(益軒の『其の乾したるを「のうさば」と云ふ』と合致)。そこには、『体長1.5メートル前後になる。細長く、白い星状の斑文が散らばる』ともあり、「白星あるもの、あり」とも一致するが大型個体の「いなき」は確認出来なかった。「いなぎ」かも知れない。その場合、「稲置」で或いは「稲木」で刈り取った稲を掛ける横木のことを指すのではないかとも思ったりした。「もだま」は「藻玉」か? 意味不明。一部の卵生サメ類の皮革状卵嚢はまさに「藻玉」に相応しいが、本種は卵胎生であるから違う。或いは、別種の卵生のサメのそれを本種のそれと誤認したものかも知れない(例えば、後に「さゞいわり」の私の後者の方のリンクの図を参照)。【2019年8月23日追記】いつもお世話になっているT氏よりメールを頂戴した。それによれば、ネットで「モダマ」で捜すと、まず、

1・ドチザメ比定

「大海水産株式会社」公式サイト内の「大海水産のお勧め魚 熊本県産ドチザメ」に、『熊本県産ドチザメ』(メジロザメ目ドチザメ科ドチザメ属ドチザメ Triakis scyllium)『熊本では、モダマと呼んでい』るとある(益軒の近在)。

2・ホシザメ比定

abukamo氏のブログ「あぶかも」の「モダマ三種」では「モダマ」を私が同定したホシザメと比定し、しかも『博多では「モダマ」という名前で湯引きした』ホシサメがごく普通に売られている旨の記載があった(益軒は人生の殆んどを福岡で過ごした)。

3・カスザメ比定

syunsi3氏のブログ「『車いすで楽しめる食事処』・レシピ&ガーデニング」の「モダマ」(このブログ主は他の記事からみて福岡在の方である可能性が高い)の料理を掲げられた上、当該種を写真で掲げられており、「WEB魚図鑑」の当該種をリンクさせておられるが、それはエイ型形状に近い(しかしサメ)カスザメ(軟骨魚綱カスザメ目カスザメ科カスザメ属カスザメ Squatina japonica)である。問題は「2」との齟齬で、福岡(もしかすると別の地方でも)では或いは広く「サメ」「フカ」或いは鮫の肉を「モダマ」と呼んでいる可能性があるようにも思われる

4・ドチザメ比定

「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」の「ドチザメ」(メジロザメ目ドチザメ科ドチザメ属ドチザメ Triakis scyllium)の「地方名・市場名」の中に「モタマ」「モダマ」とある(多くの別種のサメ類の異名に「モダマ」があることは私も承知してはいた)

さらにT氏は例の「大和本草」の「諸品図二巻」を調べられ、その「カイノ」と標題する図(リンク先は国立国会図書館デジタルコレクションの画像。左頁下)に、キャプションで(一部に句読点等を施して読み易くした)、

   *

モダマ・ツノジノ類。形、甚、「コチ」ニ似タリ。味ハ、「コチ」ニ不似、「モダマ」ニ似タリ。薄ク斬リ、能煮テ、スミソニテ食フ。

カイメノ腹[やぶちゃん注:下部。以下は刊本に書入れされたもの。]

「カイメフカ」・「カイメサメ」・「ナカヱイ」トモ。兵庫「ウカシ」。

コノ魚肉ニテ、生ニテ酢ミソニテ食ス。味、佳也。

漢名「犂頭魚」【閩書】。

   *

とある図を指摘し、T氏はこの『腹側の図は「エイ」としか見えない』とされ、『頭と胸鰭の形から、カスザメ又はコロザメのよう』であると指摘されていおられる。これからは少なくとも、益軒は「モダマ」「ツノジ」を、

5・カスザメ/コロザメの類と比定

していたことが判る。因みにエイ型ではあるが、

軟骨魚綱カスザメ目カスザメ科カスザメ属カスザメ Squatina japonica(リンク先は「WEB魚図鑑」)

カスザメ属コロザメSquatina nebulosa(同前)

はサメ類である(因みに、『カスザメは二基の背鰭が腹鰭より後方に位置すること、大きな棘の列が背面の正中線上にあること、胸鰭の先端の角度が小さいことで近縁のコロザメと区別できる』とウィキの「カスザメ」にある)。ともかくも、丁寧に調べ上げられたT氏に感謝申し上げるものの、異名で調べると、却って同定比定が困難になる厄介者ではあるのである。

「つのじ」「ツノジ」は前のホシザメの異名でもあるのであるが、それ以上に実は、「サメ」とは遠い昔に分かれてしまった、現行の生物学上は狭義の「サメ」ではない、軟骨魚綱全頭亜綱ギンザメ目ギンザメ上科ギンザメ科ギンザメ属ギンザメ Chimaera の異名としても知られるのである。しかも「背に刀のごとくなるひれあり」というのが、私には決め手と見えた。私の栗本丹洲 魚譜 異魚「ツノジ」の類(ギンザメ或いはニジギンザメ)』を参照されたい。同カテゴリ「栗本丹洲」の同「魚譜」には多数のギンザメ類やサメ類が載るので、是非、参照されたい(勿論、図附きである)。なお、ギンザメはサメ類と同じ軟骨魚類(軟骨魚綱 Chondrichthyes)ではあるが、その中でも非常に古くに板鰓類(板鰓亜綱 Elasmobranchii:サメ・エイ類)から分かれたグループである。分岐年代は定かではないが、約四億年前の古生代デボン紀には全頭類の化石が発見されていることから、それより前の四億三千九百万年前から四億九百万年前までのシルル紀に分岐したと考えられている。なお、全頭亜綱 Holocephali には現在、十三の目が置かれてあるが、その内の現生する種はギンザメ目 Chimaeriformes のみで、世界で三科六属で約四十種を数え、本邦近海には十一種の棲息が確認されている。総て深海性。外鰓孔は一つしかない

「西土」西日本。

「さゞいわり」「榮螺割(さざゑわり)」で、ネコザメ目ネコザメ科ネコザメ属ネコザメ Heterodontus japonicus の異名としてよく知られる。ウィキの「ネコザメ」によれば、『太平洋北西部』に分布し、『日本では北海道以南の沿岸で見られる他、朝鮮半島、東シナ海の沿岸海域に分布する。水深6-37mの浅海の海底付近に生息し、岩場や海中林などを好む』。『最大全長120cm』。『背鰭は2基で、いずれにも前端に鋭い棘を備える。これはとくに幼魚が大型魚の捕食から逃れるのに役立っている。臀鰭をもつ。体型は円筒形。薄褐色の体色に、縁が不明瞭な11-14本の濃褐色横帯が入る。吻は尖らず、眼の上に皮膚の隆起がある。この眼上隆起を和名ではネコの耳に、英名ではウシの角に見立てている。歯は他のネコザメと同様、前歯が棘状で、後歯が臼歯状である。循鱗は大きく、頑丈である』。『底生性で岩場や海藻類の群生地帯に住み、硬い殻を持つサザエなどの貝類やウニ、甲殻類などを好んで食べる。臼歯状の後歯で殻を噛み砕いて食べるため、サザエワリ(栄螺割)とも呼ばれる。日中は海藻や岩の陰に隠れ、夜間に餌を求めて動き回る夜行性である。遊泳力は弱いが、胸鰭を使って海底を歩くように移動することもある』。『卵生。日本では3月から9月にかけて産卵が行われ(3-4月が最盛期)、雌は卵を一度に2個ずつ、合計6-12個産む』。『卵は螺旋状のひだが取り巻き、岩の隙間や海藻の間に産み落とされた卵を固定する役割がある。仔魚は卵の中で約1年かけて成長し、約18cmで孵化する』。『雄は69cmで成熟する』。なお、本邦にはは和歌山以南の南日本にネコザメ属シマネコザメ Heterodontus zebra も棲息するが、こちらはかなり珍しい。なお、私の「栗本丹洲 魚譜 ネコザメの子(ネコザメの幼魚)」及び「栗本丹洲 魚譜 波マクラ(ネコザメの卵鞘と胎児)」をも、是非、参照されたい。【2019年8月23日追記】同じく、やはりT氏から指摘された「附図」の「サヾヱワリ」を同前の仕儀で示す(国立国会図書館デジタルコレクションの画像。右下。漢文表記部分は訓読した)。

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海魚。「フカ」ノ類。「モダマ」ニモ、味、相似テ、ヨシ。形、諸魚ト異リ[やぶちゃん注:「ことなれり」であろう。]。說ハ本書ニ見へズ。

[やぶちゃん注:以下、手書き書入れ。]

鯊魚[やぶちゃん注:「サメ」のこと。]ノ一类[やぶちゃん注:「類」の異体字。]也。齒ツヨシ。故ニ名ヅク。漢名「虎頭鯊」。

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これも確かにネコザメである。

「方(けた)」角張っていることを指す。但し、「首」というよりは、眼の上の隆起部分である。

「腮〔(あぎと)〕は、よこに五つ、きれたり」サメ類の鰓孔は五~七対である(鰓蓋はない)。しかし、益軒がここで初めて腮孔数を示すのはおかしい気がする。例えば、前に示した「フカ」類の内、多く出したネズミザメ目Lamniformesも鰓裂は五対で、通常のサメ類、というか、そもそもが板鰓類(板鰓亜綱 Elasmobranchii)は五対がまず基本だからである。これでは他の「フカ」類が五裂(五対)でないように読めてしまう。

『薄く切り、酒の糟を加へ、羹〔(あつもの)〕として食す。又、指身〔(さしみ)〕にして、最も、よし。「つのじぶか」に、まされり』益軒先生、よほどお好きと見た。今は専ら水族館のサメの中では定番の人気者であるが(私も好きだ)、ウィキの「ネコザメ」によれば、『和歌山など』、『地方によっては』、『湯引きなどで賞味される。酢味噌をあえる場合もある』とある。

「をほせ」板鰓亜綱テンジクザメ目オオセ科オオセ属オオセ Orectolobus japonicusウィキの「オオセ」によれば、『キリノトブカなど』、『地方名』を『多数』有する。『全長1mの底生性のサメで、オオセ科』Orectolobidae『では日本近海に分布する唯一の種』である。『太平洋西部、南日本から朝鮮半島、フィリピン、東シナ海、東南アジアにかけて分布する。沿岸の水深200mまでの砂泥質の海底や岩礁、サンゴ礁などに生息する』。全長は一メートルで、『体型は上下に押しつぶされたような縦扁型。吻は平たく、丸い。口はほぼ頭部前面に幅広く開口する。口の辺縁には複数の皮弁が存在するが、オオセは皮弁数が7-10本であること、先端が二叉することが特徴であり同定のキーとなる。噴水孔』(目のすぐ後ろにあり、ここから呼吸に使う水を吸うことが出来るようになっている。但し、遊泳主体の通常のサメ類ではあっても小さいか塞がっている。本種は底在性傾向を示すために機能している)『は涙型で大きい』。『体色は全体的に褐色のまだら模様で、薄褐色、濃褐色、灰色などの雲状斑が大小モザイク状に配列し、全身に小白色斑が散在する。背鰭2基は体後方に位置する。胸鰭はやや大きい。臀鰭は尾鰭のごく近くに付く。尾鰭は上葉が長く、欠刻がある。下葉はない』。『詳しい生態や生息数に関してはよく分かっていない。体色の模様はカモフラージュであり、夜行性で海底や岩などに姿を隠している』。『待ち伏せ捕食型で、底生の硬骨魚類や甲殻類、サメ、エイなどを狙う』。『卵胎生』で『21-23cmの子どもを最大20-27尾まで産む』。『妊娠期間は約1年と推定される』。『日本では漁獲され』、『食用になる。その他、中国、台湾、韓国、ベトナムなどでも漁獲される』が、『近づくと咬まれる危険性がある』とある。「守宮(やもり)」「に似て、見苦し。又、蟾蜍〔(ひきがへる)〕に似たり」とムチャクチャな言われ方をされているが、確かに上唇外縁のもよもよした鬚のような突起(器官としての感触突起であろう)と言い、頭でっかちで全体に形が捩じれているところや、強い擬態性を感じさせる背面の斑模様など、格好は確かに悪い(が、私は好きである)。グーグル画像検索「Orectolobus japonicusをリンクさせておく。因みに漢字表記は「大瀬」であり、これだと「おほせ」でないとおかしくはある。ただ、この後の記載の「其の形、海水を離れて、日久しく、死なず」「其の肉を片々にきれども、死なず、猶ほ、活動す」「味、よし」「肉、白し」の文字列ばかりは黙って眺めてはいられない。オオセの肉は知らないが、白くはあろう。しかし、海底の底在性生活をしているオオセが「海水を離れて、日久しく、死なず」に大気中(或いは水桶の中でもいいが)で生き、「其の肉を」細切れにしても「死なず、猶ほ、活動す」るなんてことは絶対に考えられない。しかし、ここで「はっ!」と思うたのである。……「守宮(やもり)」「に似て、見苦し」くて「又、蟾蜍〔(ひきがへる)〕に」も「似」ていて、「肉」が「白」くて、「味」がいい、しかも「水を離れて」も「日久し」い間、「死なず」に生きており、「其の肉を」散々に傷つけても、「死なず」に「猶ほ」元気に「活動」し、時に切られた部分を再生出来る生物? いるじゃないの!』ってだ!……体を真っ二つされても死なないことから、「ハンザキ」の異名を持つ、そう! あれだよ! 両生綱有尾目サンショウウオ亜目オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属オオサンショウウオ Andrias japonicus だ! 「大和本草卷之十三 魚之上 魚/鯢魚 (オオサンショウウオを含む広範なサンショウウオ類)」を注した際にも感じたのだが、益軒はオオサンショウウオの存在は知っていたと思うが、実物を見たことはなかったのではないだろうか? オオサンショウウオは九州では現在、宇佐市院内町の南院内地域(旧南院内村)(この附近か。グーグル・マップ・データ)が唯一の生息地である。益軒は或いは話は聴いていた「オオサンショウウオ」の話の一部を、「オオセ(ウオ)」のことと混同してここでは記してしまったのではあるまいか?【2019年8月23日追記】やはりT氏から本書の附図の「オフセ」(「フ」はママ)を指摘された(国立国会図書館デジタルコレクションの画像。左頁上。同前の仕儀でキャプションを電子化した)。

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フカ。サヾエワリ。「モダモ」ノ類ナリ。遍身、ウスネズミ色ナリ。黒㸃、多シ。腹、白ク、口濶シ。鬣(ヒレ)、大小、三所ニアリ。ヒゲアリ。「ナマヅ」ノ如シ。目ノ傍ニ耳穴アリ。其性、強(ツヨク)シテ、死ガタシ。身ヲ切レドモ、猶、動ク。熱湯ヲ以、ユビキテ、指身(サシミ)トス。味、ヨシ。形、「コチ」ニモ、「蟾」[やぶちゃん注:蟾蜍(ひきがえる)。]ニモ似タリ。

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これは図も解説も「オオセ」と見て問題ない。なお、T氏はいろいろ示して下さったその最後に、『益軒先生、書物・話は色々見聞きしているが、生きた又はあがったばかりの「フカ」は実見ていないよう』で、『本草家なので食い意地は「はっている」と厭味を一言』と言い添えておられる。激しく同感!

「かいめ」不明。「形、扁たく、薄し。頭、尖り、薄し」とか、『「つのじ」』(先のギンザメ類と採る)『より、橫、ひろくして、「こち」』(新鰭亜綱棘鰭上目カサゴ目コチ亜目コチ科コチ属マゴチ Platycephalus sp. でとっておくが、分類学上は全くの別種の、形状のよく似たものも総称する語ではある。ここはしかし形状だからこれでよかろう)『に少し似たり。口は頷〔(あご)〕下にあり。目は背にあり』という解説で思い出した種は、メジロザメ目トラザメ科ナヌカザメ属ナヌカザメ Cephaloscyllium umbratile であった。ちょっと疲れた。それで正しいか、違うかは、ウィキの「ナヌカザメ」をリンクさせておくので、読者のお任せする。グーグルブックスの直海衡齋選とする本書の刊行から六年後に出た本書の考証書らしい「廣大和本草」(全十巻附二巻・正徳五(一七一五)年刊)のこちらには「カイメブカ」と出、本草書の漢字表記も示されてあるが、そもそもが項目名の漢字表記がワカランチンの漢字で、文中の「筌魦魚」でも探してみたが、徒労であった。識者に任せる。

「指身〔(さしみ)〕」刺身。

「虚冷」体調が全体に不全で、身内の平常あるべき熱が有意に下がっている証の人。

「えい」板鰓亜綱Elasmobranchii に属する軟骨魚類のうち、鰓裂が体の下面に開くものの総称。基本的にはエイ上目 Batoidea に属するもの(中間型もあるので絶対的ではない)。サメと同じく、総てが卵胎生なわけではないので、これも誤り

「たなご」ここは卵胎生の条鰭綱棘鰭上目スズキ目ウミタナゴ科ウミタナゴ属ウミタナゴ亜種ウミタナゴ Ditrema temmincki temmincki のこと。

「其の驚くときは母の腹中に入る」サメの中には♂が幼魚を子育てをする種があり、外敵が近づくと、父親の口の中に彼らが退避する行動をとるのをテレビで見た記憶がある。]

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