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2019/09/13

小泉八雲 餓鬼 (田部隆次訳)

 

[やぶちゃん注:本篇(原題“Gaki”)は一九〇二(明治三五)年十月にニュー・ヨークのマクミラン社(MACMILLAN COMPANY)刊の“KOTTŌ”(来日後の第九作品集)の話柄数では十四番目に配されたものである。作品集“KOTTŌ”は“Internet Archive”のこちらで全篇視認でき(本篇はここから。但し、これは翌一九〇三年の再版本である)、活字化されたものは“Project Gutenberg”のこちらで全篇が読める本篇はここから)。

 底本は上記英文サイト“Internet Archive”のこちらにある画像データをPDFで落し、視認した。これは第一書房が昭和一二(一九三七)年一月に刊行した「家庭版小泉八雲全集」(全十二巻)の第八巻全篇である。

 挿絵は底本にはないが、原本では各話の前後に同じ絵がサイズを変えて配されてある。“Project Gutenberg”版にある最初に配された大きい方のそれを使用した。挿絵画家は既に述べた通り、佐賀有田の生まれの画家江藤源次郎(えとうげんじろう 慶応三(一八六七)年~大正一三(一九二四)年)である。

 田部隆次(たなべりゅうじ 明治八(一八七五)年~昭和三二(一九五七)年)氏については先に電子化した「人形の墓」の私の冒頭注を参照されたい。

 底本の最後に纏めてポイント落ち字下げで示されてある原註・譯註は、注記号の位置の近くの適切な位置に、字下げせず、本文同ポイントで附した。簡単な私の注も添えた。]

 

Kotto_032

 

  餓 鬼

 

   ――「那伽犀那尊者よ、この世に夜叉と云ふ

      やうなものは居りますか」

   ――「居りますとも、王よ」

   ――「彼等はいつか、その夜叉たるの狀態を

      脫離いたしますか」

   ――「はい、いたします」

   ――「しかし、尊者よ、もしさうとすれば、

      夜叉の遺骸なるものを見たもののない

      のは……どう云ふ理由ですか」

   ――「その遺骸はあります、大王よ。……惡

      き夜叉の遺骸は、蠕蟲、甲蟲、蟻、蛇、

      蠍、及び百足……の體形となつて現は

      れてゐます」――

               ――「彌蘭陀王問經」譯註一

譯註一 「彌蘭陀王問經」は一國の大權を統率する王者と三界の大導師をもつて任ずる一僧との佛敎の敎理に關する質問應答を集成したおの。問者ミランダ王(ミリンダ或はメナンダ)はギリシヤよりアフガニスタンに到るギリシヤ種族の大王、答者ナガセナは中印度の名僧、ともに紀元前百十年頃の人々。この經の邦語譯は國譯大藏經にある。

[やぶちゃん注:添辞は底本ではポイント落ち。

「那伽犀那尊者」現行、「なかさいなそんじゃ」と読まれるが、小泉八雲の原文(英訳)では“Nagasena”で「ながせんな」である。この音の方が私にはしっくりくる。何故かというと、彼は十六羅漢の第十二とされる阿羅漢(あらかん/あらはん:サンスクリット語「アルハット」が語源らしく、直訳すると「~するに値する人」「~を受ける資格のある人」という意で、「修行を完成して尊敬するに値する人」「悟りを得た人」「悟りをひらいた高僧」の意)である。絵図ではしばしば羅漢図では巨大な蟒(うわばみ)に座して描かれるが、古代インド神話に於いてサンスクリット語で「蛇神」「蛇の精霊」を「ナーガ」と呼ぶからである。

「夜叉」は古代インド神話に登場する鬼神。後に仏教に取り入れられると、護法善神の一尊となったが、ここで語られているのは原義の鬼神である。ウィキの「夜叉」によれば、『一般にインド神話における鬼神の総称であるとも言われるが、鬼神の総称としては他にアスラという言葉も使用されている(仏教においては、アスラ=阿修羅は総称ではなく固有の鬼神として登場)』。『夜叉には男と女があり、男はヤクシャ(Yaksa)、女はヤクシーもしくはヤクシニー と呼ばれる。財宝の神クベーラ(毘沙門天)の眷属と言われ、その性格は仏教に取り入れられてからも変わらなかったが、一方で人を食らう鬼神の性格も併せ持った。ヤクシャは鬼神である反面、人間に恩恵をもたらす存在と考えられていた。森林に棲む神霊であり、樹木に関係するため、聖樹と共に絵図化されることも多い。また水との関係もあり、「水を崇拝する(yasy-)」といわれたので、yaksya と名づけられたという語源説もある。バラモン教の精舎の前門には一対の夜叉像を置き、これを守護させていたといい、現在の金剛力士像はその名残であるともいう』とある。

「彌蘭陀王問經」ウィキの「ミリンダ王の問い」によれば、『Milinda Pañha』(『ミリンダ・パンハ)は、仏典として伝えられるものの一つであり、紀元前』二『世紀後半、アフガニスタン・インド北部を支配したギリシャ人であるインド・グリーク朝の王メナンドロス』Ⅰ『世と、比丘ナーガセーナ(那先)の問答を記録したものである。パーリ語経典経蔵の小部に含まれるが、タイ・スリランカ系の経典には収録されていない(外典扱い)。ミャンマー(ビルマ)系には収録されている』。『戦前のパーリ語経典からの日本語訳では』「弥蘭王問経」「弥蘭陀王問経」『(みらん(だ)おうもんきょう)とも訳される』とある。成立経緯や内容はリンク先を見られたい。]

 

     

 

 これまでただ朧げにのみ知られた眞理――種々なる推理の方法によつて始めて曖昧ながら達せられた信仰――が突然感情上の信念と云ふ明白な性質を帶びて來る時が一生のうちにある。こんな經驗が先日駿河の海岸で私に起つた。汀を飾る松の樹の下に休んで居る間にその時刻の輝いた穩かさと生命を與ふる暖さの故で、――風と光の動搖する悅びの故で――甚だ不思議にも、私の古い信仰が蘇つて來た。萬有は一と云ふ信仰である。風のそよぎ、波の走りも、――影のどの閃きも、日光のどの動搖も、――空と海の靑色も、――陸の大きな綠の靜寂も、 ――自分と同一であると感じた。始りはなかつたらう――終りもなからうと云ふ事を、一種新しい不思議な風に信じて來た。しかしその時感じたこの考は新しいものではない、ただこの經驗の新奇な點は、この考は全く特別の强さをもつて現れて來て、私に、閃き飛ぶ蜻蛉も、長い灰色のこほろぎも、頭上に鳴く蟬も、松の木の根で動く小さい赤い蟹も、悉く皆自分の兄弟姉妹であると感じさせた事であつた。私はこれまでは分らなかつたが、今始めて、自分の魂と云ふ不可思議なものが、過去の種々の體形の生存狀態のうちに生きてゐるに相違ない事、それから今後數百年の間無數の未來の生存狀態の眼によつてやはり續いて必ず太陽を見るに相違ない事を悟つたやうに思つた。それから私は長い灰色のこほろぎの長いのろい心、――矢のやうに閃きながら飛ぶ蜻蛉の心、――日に暖まりながら鳴く蟬の心、――松の根の間から鋏を上げるいたづらの小さい蟹の心、――その心になつて見ようと思つた。

[やぶちゃん注:「駿河の海岸」ほぼ間違いなく焼津である。「小泉八雲 燒津にて 大谷正信譯 附・やぶちゃん注」の私の冒頭注を参照されたい。]

Kotto_033

[やぶちゃん注:この附近に挿絵がある。一目瞭然、江藤源次郎ではない。左に署名があるが、「貞景」か。だとすると、江戸後期の浮世絵師歌川貞景(初代 生没年未詳 文政・天保(一八一八年~一八四四年)頃の人で、初代歌川国貞の門人である。江戸目白台但馬屋敷に住み、国貞風の美人画を得意とした。二代貞景も初代国貞の門人で、五湖亭の号を継いでいる。判らない。描かれた仏画は象に乗っているから、まず普賢菩薩と考えるのが普通だ。理知・慈悲を司り、また延命の徳を備える。文殊とともに諸菩薩の首位に置かれる。「一」の段落の万有の全一性と関わらぬとも言えないが、私にはぴんとはこない。外国人読者は添辞の「那伽犀那尊者」かと思うのではなかろうか? まあ、大蛇に乗るんだから、象にも乗ろうとは思う。第一、普賢菩薩が経文(だろう)を読んでいるというのは、これ、見たことがない。識者の御教授を乞う。]

 やがて私はこんな事を考へると來世に於ける私の魂の細胞の改造に何か影響せぬであらうかと疑つた。數千年間、東洋では、この世での思ひ又行ひは、――何か元子傾向の形成、或は兩極性のために、――私共の體の未來の位置、及び私共の心の未來の狀態を決定すると敎へられて居る。この說には成程と思はれる所がある、――しかし如何程考ヘて見ても、この說を確める事も、反駁する事もできない。他の佛說と同じく、大方何か洪大無邊の眞理を暗示して居るやうである、しかしその文字通りの立論には疑がある。卽ち思ひと云ふ事を强く見てある點は、疑はねばならないからである。私の心も體も、無限の過去全體によつて造られたのである。しかし刹那の念が、どうして永劫の力に反して、私を造り直す事ができよう。……佛敎では、その次第を述べて居る。それから、その述べ方には反駁ができない、――しかし私は疑ふ。

[やぶちゃん注:「何か元子傾向の形成、或は兩極性のために、」これでは何となく日本語として難しく言い換えをされて誤魔化された感じのする半可通な表現に見えるが、確かに原文は“—through some inevitable formation of-atom-tendencies, or polarities,—”で難解である。「避けることが出来ない絶対的必然としての属性を持つ最小単位としての原子(げんし)のその傾向、又は、対峙対象の絶対的必然としての極性の形成を通して、」と訳してみるが、これも半可通の謗りを免れまい。因みに、一九七五年恒文社刊の平井呈一氏の訳(「骨董・怪談」)の「餓鬼」では、『ある原子の性向の必然的な形成、つまり、帰一性によって、』と訳されている。これは躓かない。躓かないが、しかし、その訳でよいかと考えるとちょっと首をひねる。]

 とにかく佛說によれば行ひも思ひも、ものを創造する。見ゆるものは行ひと思ひによつて造られる、星の宇宙でも形と名のある一切のものでも、それから總ての種類の存在も。私共の思ひも行も刹那のものでなく無限の時のものである。世界を造る事、――未來の幸福と苦痛を作る事に向けられる力である。これを記憶すれば、私共は神々の境に向上する事ができる。それを無視すれば再び人間に生れかはる權利をもなくして、地獄に再生する程の罪はなくとも、動物、昆蟲、或は餓鬼の形體となつて生を受けねばならぬやうになる。

 來世に於て昆蟲となるか餓鬼となるかは、全く私共自身の故である、それから佛敎の系統では、昆蟲と餓鬼の相違は思つた程よく差別はしてない。幽靈と昆蟲、むしろ靈塊と昆蟲との不可思議なる關係に關する信仰は、東洋では非常に古い信仰で、無數の形式となつて存して居る、――非常に恐ろしい名のもあれば又物凄い美しさのこもつたものもある。キラカウチ氏譯註二の『白蛾』は小說としては日本の讀者は何とも思ふまい。卽ち夜の蛾或は蝶は多くの日本の歌や傳說には死んだ妻の魂として現れて居るからである。夜鳴くこほろぎの細い悲しい啼聲は、或は昔人間であつたもののなげきの聲である、――蛾の頭の上の妙な赤いしるしは戒名の文字である、――蜻蛉やこほろぎは死者の馬である。總てこれ等の昆蟲は愛情に近い憐みをもつて憐まるべきである。しかし有害な危險な昆蟲は別種の業報――怪物魔神を生ずる業報の結果の現れたものである。こんな蟲には物すごい名のついたのがある。例へば「うすばかげろう」を「蟻地獄」と云ふ、蛙や魚を捕へて生きたまま喰べて、河童の恐ろしい傳說を極めて小さく實現する大きな「がむし」を「河童蟲」と云ふ。蠅は又殊に餓鬼と同一視される。蠅の季節になると惱まされる人が「今日の蠅は餓鬼のやうだ」と云つて居るのをどんなによく聞く事であらう。

譯註二 サー・アーサー・キラカウチ(Sir Arthur Quillcller-Couch 一八六三――)英國の小說家兼批評家。

[やぶちゃん注:アーサー・トーマス・キラークーチ(Sir Arthur Thomas Quiller-Couch 一八六三年~一九四四年(本底本は昭和一二(一九三七)年刊)なので存命中)はイギリスの小説家・文芸評論家・大学教授。「Q」のペンネームで、数々の人気小説を書いた。参照したウィキの「アーサー・キラークーチ」によれば、『コーンウォール、ボドミンに生まれる。オックスフォード大学で教育を受けた後執筆業に携わ』った。一九一二年『ケンブリッジ大学エドワード』Ⅶ『世英文学教授職に』就いた。一九一七年には『ケンブリッジ大学英文科』を『設立』している。『その小説は今ではもはや読まれることが少なくなり、文学論も、後発のリーヴィス』(F・R・リーヴィス(Frank Raymond Leavis 一八九五年~一九七八年:イギリスの評論家、ケンブリッジ大学で緻密な実践批評を推進した)『らに批判されたが、英文学を独立した学問として発展させた功績は少なくない』とある。

「うすばかげろう」有翅昆虫亜綱内翅上目脈翅(アミメカゲロウ)目ウスバカゲロウ(薄翅蜉蝣)上科ウスバカゲロウ科 Myrmeleontidae に属するウスバカエロウ類(種群)を指す。彼らは真正のカゲロウ類(節足動物門昆虫綱カゲロウ目 Ephemeropteraに属するカゲロウ類)ではない。それについては、「生物學講話 丘淺次郎 第八章 団体生活 一 群集」の私の「かげろふ」の注を読まれたい。

「蟻地獄」ウスバカゲロウ類の中の一部の幼虫を「アリジゴク(蟻地獄)」と呼ぶ(総てのウスバカゲロウ類がアリジゴク幼生を過ごすわけではない)ウィキの「アミメカゲロウ」によれば、『捕らえた獲物には消化液を注入し、体組織を分解した上で口器より吸汁する。この吐き戻し液は獲物に対して毒性を示し、しかも獲物は昆虫病原菌に感染したかのように黒変して致死する。その毒物質は、アリジゴクと共生関係にあるエンテロバクター・アエロゲネスなどに由来する。生きているアリジゴクのそ嚢に多数の昆虫病原菌が共生しており、殺虫活性はフグ毒のテトロドトキシンの』百三十『倍といわれている』。『吸汁後に残る外骨格は、再び大顎を使ってすり鉢の外に放り投げる。 アリジゴクは飢餓と渇きに強く』、一『ヶ月以上飲まず食わずで体が小さく縮まっても生存している』。『アリジゴクは、後ろにしか進めないが、初齢幼虫の頃は前進して自ら餌を捉える。また、アリジゴクは肛門を閉ざして糞をせず、成虫になる羽化時に幼虫の間に溜まった糞をする。幼虫は蛹になるとき土中に丸い繭をつくる。羽化後は幼虫時と同様に肉食の食性を示す』。『かつてはウスバカゲロウ類の成虫は水だけを摂取して生きるという説が存在したが、オオウスバカゲロウなど一部の種では肉食の食性が判明している』。『成虫も幼虫時と同じく、消化液の注入により』、『体組織を分解する能力を備えている。ウスバカゲロウの成虫はカゲロウの成虫ほど短命ではなく、羽化後』二=三『週間は生きる』。『一般にはアリジゴクは、羽化時まで糞だけでなく尿も排泄しないということが通説化していたが』二〇一〇『年にこれが覆されたと報道された』。『報道によれば、千葉県袖ヶ浦市在住の小学校』四『年生がアリジゴクの尻から黄色い液体が出ることを発見し、日本昆虫協会に報告した』。一九九八『年には研究者が「糞は排泄しないが尿はする」ことを調べ、尿の成分に関する論文も発表していたが』、『多くの人が長年確かめようとしなかった昆虫の生理生態を小学生が自力で発見したことが評価され、この研究に対して協会より「夏休み昆虫研究大賞」が授与された』とある。

『蛙や魚を捕へて生きたまま喰べて、河童の恐ろしい傳說を極めて小さく實現する大きな「がむし」を「河童蟲」と云ふ』鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハネカクシ下目ガムシ上科ガムシ(牙虫)科 Hydrophilidae のガムシ類。ウィキの「ガムシ」によれば、『多くの種は淡水の水中で生活するが、水生昆虫として同様に繁栄しているゲンゴロウ類(形態・習性に似るところがあるが、鞘翅目食肉(オサムシ)亜目オサムシ上科ゲンゴロウ科ゲンゴロウ亜科 Cybistrini 族ゲンゴロウ属ゲンゴロウ Cybister chinensis で全く縁遠い)『と異なり、必ずしもすべての種が典型的な水生昆虫というわけではない(およそ』三分の一『が陸生)。ただし、典型的な水生昆虫ではない種であっても』、『全く水に縁がない訳ではなく、湿原の水際の地表であるとか、ウシやウマのような湿り気の多い塊状の糞をする草食獣の糞塊中が、いわゆる陸生のガムシ類の生活の場である』。『成虫の食物はおおむね水中のデトリタスである。しかし、ガムシ』(Hydrophilus acuminatus:体長三十二~三十五ミリメートルで日本産ガムシ科中最大種)『やコガタガムシ H. bilineatus cashimirensis』『のような大型種では、アオミドロのような糸状藻類、クロモのような水生植物もよく摂食する。ゲンゴロウ類のように生きた動物を襲うことはあまりないが、死んだ動物質を与えると』、『積極的に摂取するものが多い。陸生ガムシ類のうち、草食獣の糞塊で暮す種は、糞自体を摂食する糞食性と考えられる』。『呼吸に必要な空気の大半は上翅と腹部の間の空隙に蓄えられるが、表面張力によって体の腹面に密生した細毛の間にも保持される。上翅の下の空気の塊と、腹面に保持された空気の塊は腹部の両脇越しに連結しており、呼吸によってこの空気塊の酸素が消費され、二酸化炭素が増加すると、水に広い面積で接した腹面の空気塊から水中への二酸化炭素の溶出と水中の溶存酸素の空気塊への拡散が起こると考えられる。こうして保持した空気の中の酸素が不足してくると、ガムシ類の成虫は水面に浮上するが、ゲンゴロウ類と異なり尾端ではなく、頭部の側面を水面に接する。頭部にある、「くの字」状で先端に球桿がある』一『対の触角は、水中では水中に突き出されることはなく、腹面の空気塊の中に折りたたまれているが、この時になると』、『頭部の水面に接した側の側面の触角を空気塊をまとわりつかせたまま伸ばし、腹面の空気塊を水面上の空気と連結させてしまう。するとすかさず腹部をポンプのように動かして上翅の下に蓄えられた空気を出し入れして、体に保持した空気を入れ替えてしまう』。『ゲンゴロウと同じように飛翔力を持ち、夜間、灯火に飛来することがある』とある。「河童虫」とは実に謂い得て妙である。]

 

     

 

 餓鬼に關する古い日本の、或はもつと正しく云へぱ、支那の佛典では餓鬼の名は大槪梵語になつて居る。中には支那の名しかないものもある。印度の信仰は支那及び朝鮮を經て日本に渡來したものだから途中で特別の着色を受けたらしい。しかし大體に於て餓鬼の日本の分類は餓鬼の印度の分類とよく似て居る。

 佛法では餓鬼道はあらゆる存在の最下層なる地獄道からただ一階ただ離れて居る。地獄道の上は餓鬼道、餓鬼這の上は畜生道、その又上は修羅道、その上が人間道になつて居る。

[やぶちゃん注:その上に「天上道」があり、これを六道と呼ぶ。ウィキの「六道」によれば、天上道は『天人が住まう世界で』、『天人は人間よりも優れた存在とされ、寿命は非常に長く、また苦しみも人間道に比べてほとんどないとされる。また、空を飛ぶことができ享楽のうちに生涯を過ごすといわれる。しかしながら』、『煩悩から解き放たれておらず、仏教に出会うこともないため』、『解脱も出来ない。天人が死を迎えるときは』五『つの変化が現れ』、『これを五衰(天人五衰)と』呼ぶ。「称衣裳垢膩(えしょうこうじ:衣服が垢で油染みる」・「頭上華萎(ずじょうかい:頭上の華鬘(けまん)が萎(な)える)」・「身体臭穢(しんたいしゅうわい:身体が汚れて臭い出す)」・「腋下汗出(えきげかんしゅつ:腋の下から汗が流れ出る)」・「不楽本座(ふらくほんざ):自分の席に戻るのを嫌がるようになる)」がそれである(異説もある)。『天の中の最下級のものは』、『三界のうち』、『欲界に属し、中級のものは色界に属し、上級のものは無色界に属する』とされる。]

 そこで地獄へやられた人間が、その業報が盡きると地獄から放たれるが直に人間界へ生れかはる事はなく、その間の凡ての『界』を徐々に經上らねばならない。餓鬼の多數は地獄にゐたものである。

 しかし又地獄に墮ちた事のないものもある。或種類、或程度の罪は、この世界でその人が死んでから直ちに、餓鬼となつて再生する原因になる。最大程度の罪だけがその人を直ちに地獄に堕す。第二の程度のものは餓鬼道に堕す。第三のものは畜生道卽ち動物に再生させる。

 

 日本の佛敎は三十六の重なる[やぶちゃん注:「おもなる」。]種類の餓鬼を認める。正法念處經は云ふ、大別して云へば、餓鬼に三十六種類ある、しかし總ての異なつた種類を舉げようとすれば、その數は無數である。この三十六種類を二大別する。一は餓鬼世界住を包含する、――卽ち餓鬼道そのものに住する餓鬼であるから、人間には決して見えないもの。今一方は人中住と云はれる。この餓鬼はこの世界にいつも住して居るから時として見られる。

[やぶちゃん注:「正法念處經」(しやうぼうばふねんじよきやう(しょうぼうねんじょきょう))。新字表記「正法念処経」。全七十巻。元魏の般若流支訳。原典の成立は四~五世紀頃で、経名に「念処」とあるように、内観を通して三界六道の因果を詳しく説いており、大乗的色彩も見られて、特に地獄に関する内容が詳しく記されている。法然は「選択本願念仏集」の「十二」で、行福論の深信因果について「これに付いて二有り。一には世間の因果、二には出世の因果なり。世間の因果とはすなわち六道の因果なり。『正法念経』に説くがごとし」と記している(サイト「新纂 浄土宗大辞典」のこちらに拠った)。]

 懺悔の苛責の性質によつて、もう一つの分類がある。總ての餓鬼は飢渇に苦しむ。しかしこの苦しみにも二つの程度がある。無財餓鬼[やぶちゃん注:「むざいがき。原文ローマ字表記に拠る。以下、餓鬼名の読みはそれ。]は第一の程度を表はす。何の榮養をうける事なくして、間斷なく飢渇を覺えねばならない。少財餓鬼は[やぶちゃん注:原文“Shōzai-gaki”と口語表記。]は第二の程度の苦しみを受ける。彼等は時々不潔なものでも喰べる事ができる。有財餓鬼[やぶちゃん注:「うさいがき」。]はもつと幸である、彼等は人間の棄てるやうな殘飯殘肴、或は神佛の前や祖先の位牌に捧げられた供物を喰べる事ができる。このあとの二種類の餓鬼は特に面白い。それはこの餓鬼は人間の事にも干涉すると思はれて居るからである。

 近代の科學が或種類の病の性質と原因に關する正確なる知識を弘めるまでは、佛敎徒はこんな病の症を說明するに餓鬼の臆說によつた。たとへば或種頓の間歇性の熱病は餓鬼が榮養と體温を得ようとして人體に入り込むために起ると云はれた。始め患者が寒氣のために震へるのは餓鬼が寒く、つめたいからである。それから餓鬼が次第に温まるから、寒氣がなくなつて、燒けるやうな熱になる。最後に滿足した餓鬼は去る。それで熱はなくなる。しかし又別の日に、それからいつも第一回の攻擊の時刻に相當する時刻に、第二回の瘧[やぶちゃん注:「おこり」。]で又餓鬼が歸つて來た事が分る。その他の傳染性の病氣は同じく餓鬼の作用として充分に說明ができる。

[やぶちゃん注:「瘧」(田部の意訳原文は、“a second fit of ague”で「悪寒の再発」)が出てきて判るように、ここに語られているのは周期的に繰り返し発熱が起こる典型的なマラリア(熱性マラリア)の症状である。]

 

 正法念處經では三十六種類の餓鬼の大多數と腐爛、疾病、死とを結びつけてある。その他は明かに蟲類と同一になつて居る。或特別の種類の餓鬼と或特別の種類の蟲と名は同一であるわけではないが、その餓鬼の說明は蟲の生活狀態を思はせる、それから一般の迷信を知つて居るものには、一層强くさう思はせる。次のやうな餓鬼の說明は或は明瞭でないかも知れない、卽ち食血餓鬼[やぶちゃん注:「じきけつがき」。以下、総て食は「じき」。]、[やぶちゃん注:ここで田部は“the Jiki-niku-gaki, or Flesh-eaters;”を落としている。「食肉餓鬼、『肉を食らうもの』」。何故か、平井呈一氏も落としている。]食唾餓鬼食糞餓鬼食毒餓鬼食風餓鬼食香烟餓鬼[やぶちゃん注:「じきかえんがき」。原文は“the Jiki-ké-gaki, or Smell-eaters;”。原拠によるもの。]、食火炭餓鬼(飛んで火に入る蟲の如きものであらう)、疾行餓鬼(屍骸を食つて疫病を傳染させる)、熾燃餓鬼(さまよふ火となつて夜あらはれる)、鋠口餓鬼(口は針孔のやうに小さく食を得ても喰べる事ができないので飢渇する)、鑊身餓鬼[やぶちゃん注:「かくしんがき」。](沸騰した鐙瓶のやうに肉身の液をたぎらせる火熖の滿ちた白熱の坩堝のやう)。しかし次の抄錄原註一の示す所は少しも不明瞭ではない。

原註一 正法念處經より摘錄、餓鬼に關する驚くべき一章の全譯は、讀者の神經をひどく苦めるであらう。

[やぶちゃん注:ここ以下に出る餓鬼の因縁と習性は、概ね(ないものもある)ウィキの「餓鬼」に小泉八雲が示す「正法念処経」の内容で個別に細かく書かれてあるので参照されたい。但し、小泉八雲の解説とはやや異なるものもある。

 以下は底本では全体が三字下げでポイント落ち。]

 

食鬘餓鬼。この餓鬼は或佛像の飾りとなつて居る鬘の毛を食してのみ生きる。……佛寺から貴いものを盜む人の來世の境遇はかうなるのである。

[やぶちゃん注:「じきまんがき」。但し、「じきばん」が正しい。ウィキの「餓鬼」に、『仏や族長などの華鬘(花で作った装身具)を盗み出して自らを飾った者がなる。華鬘のみを食べる』とある。]

不淨菴陌餓鬼。この餓鬼は往來の不潔物汚物をのみ食し得る。僧、尼、又は施しを行ふべき巡禮に腐敗した或は不衞生な食物を與へた結果は、この狀態である。

[やぶちゃん注:原文は“Fujō-ko-hyaku-gaki”「菴」は「巷」の誤字か誤植で、ウィキの「餓鬼」では住不浄巷陌(じゅうふじょうこうはく)餓鬼とあり、『修行者に不浄の食事を与えた者がなる。不浄な場所に住み、嘔吐物などを喰う』とある。]

塚間住食熱灰土餓鬼。これは火葬の薪の屑や墓石の破片を喰ふもの。……利益のために寺院を掠めたものの魂である。

[やぶちゃん注:原文は“Cho-ken-ju-jiki-netsu-gaki”であるが、住塚間食熱灰土(じゅうちょうかんじきねつかいど)餓鬼が正しい。ウィキの「餓鬼」に、『仏に供えられた花を盗んで売った者がなる。屍を焼いた熱い灰や土を食べる。月に一度ぐらいしか食べられない。飢えと渇き・重い鉄の首かせ・獄卒に刀や杖で打たれる三つの罰を受ける』とあり、「寺院を掠」(かす)「めたもの」とは、寺の物を盗んだ者」の意。]

樹中餓鬼。この魂は樹木の材のうちに生じてその組織の生長と共に苛責を受ける。……この境遇は、木材を賣るために、陰を與へる樹木を切倒した應報である。墓地や寺院の境内の樹水を切倒した人は殊に樹中餓鬼原註二になり勝ちである。

原註二 樹木の精に關するつぎの話は代表的なものである、――

近江國愛知川村の薩摩七左衞門と云ふ武士の家に甚だ古い榎があつた。(榎は普通お化の樹と考へられる)昔から、この家の祖先はこの榎の枝を伐る事や、その葉を除く事を決してしないやうに注意してゐた。しかし剛情な七左衞門は、或日、この樹を伐る事にしたと云ひ出した。その夜七左衞門の母の夢のうちに大きなものが現れて、榎を伐ると、この家の人を一人も生かして置かないと云つた。この警告を七左衞門に話したが、彼はただ笑つて、取合はない、それから人をやつて、その樹を伐らせた。その榎が倒れると同時に七左衞門は烈しく狂ひ出した。幾日間も發狂のままであつたが、時々「樹が、樹が、あの樹が」と叫んだ。樹が枝を手のやうにのばして自分を引き裂くと云つた。こんな狀態のままで死んだ。それから間もなく妻が發狂して、樹が自分を殺しに來たと云つて、恐怖のために叫びながら死んだ。代る代るその家の人々は悉く、下女下男まで殘らず發狂して死んだ。その家は永く住む人がなかつた、庭に入る事をさへ敢てする人はなかつた。最後にこんな事件が未だ起らない頃、この薩摩家の女が一人尼になつて、慈訓と云ふ名で、山城の或寺に居る事が分つて來た。この尼を迎へる事になつた、それから村の人々の願によつて、この尼はそれから死ぬまでその家に住んで、――每日、樹の中にゐた魂のために勤行讀經を怠らなかつた。その家に尼が住む事になつてから、樹の精は穩かになつた。この話は、尼自身の口からそれを聞いたと云ふ俊行と云ふ僧から出た確かな話である。

[やぶちゃん注:「愛知川村」滋賀県愛知郡(えちぐん)にかつてあった愛知川町(えちがわちょう)内の一部。現在の愛知郡愛荘町(あいしょうちょう)愛知川(グーグル・マップ・データ)。小泉八雲がこの話を何で知ったかは不明。デーティルが詳しく、聞書きとは思われない。発見し次第、追記する。]

 

 蛾、蠅、甲蟲、毛蟲、蛆、その他の不快な蟲はかくの如く表はしてあるらしい。しかし餓鬼の中には蟲と同一に視られないものがある、――たとへぱ食法餓鬼と云ふ種類の如きはそれである。これはどこかの寺院で說敎を聞いてゐなければ生存ができない。說敎を聽いて居る間だけ苛責は和げられるが、外の時には云ふべからざる責苦を受ける。こんな境遇に置かれさうなのは、たゞ利慾の爲めに佛法を說く僧尼の死後である。……それから時に綺麗な人間の姿となつて現れる餓鬼がある。これは慾色餓鬼[やぶちゃん注:原文“Yoku-shiki-gaki”。]で西洋中世時代のインキユバス、サツキユバス譯註三と云ふ男女の妖魔に相當して居る。彼等は隨意に男女の性を變ヘる、それから好きなやうに身體を大きくも、小さくもする事ができる。針の目よりも、小さい孔を通る事ができるから、聖い魔除けや呪文でなければ如何なる家からも追ひ出す事ができない。若い男を誑す[やぶちゃん注:「たぶらかす」。]には綺麗な女の姿になる、よく給仕女や舞妓[やぶちゃん注:「まひこ(まいこ)」。]となつて酒店にも現れる。女を誑すには美少年の形になる。――この欲色餓鬼の境遇は何か前世の淫慾の結果であるが、彼等の境遇に伴ふ超自然の力は、惡業報でも全く打消す事のできないない善い業報の結果である。

譯註三 インキユバス及サツキユバスは、ともに中世時代に夢魔を起すものと考へられた妖魔。

[やぶちゃん注:「夢魔」は古く古代ローマ神話に起原を持ち、後の中世キリスト教で形成された悪魔の一つ。「淫魔」とも呼ぶ。夢の中に現れて性交を行うとされる下級の悪魔で、昔、睡眠中の人を襲ったり、窒息させると信じられた想像上の魔物。睡眠中の女性を犯すとされる性魔を“incubus”(インキュバス/インクブス)、男性を犯すそれを“succubus”(サッキュバス/スクブス)と呼ぶが、これらは小泉八雲の謂うように同一の存在ともされる。]

 しかし欲色餓鬼について見ても、この餓鬼は蟲になれる事が明かに述べてある。人間の姿になるのが普通であるが、また動物にでも何にでもなれる。それから「自由にどこへでも飛」べる――或は體を「小さくして人間に見えないやう」にもする事ができる。……蟲は皆、必ずしも餓鬼ではないが、大多數の餓鬼は必要に應じて蟲の形になれる。

[やぶちゃん注:仏教の餓鬼と虫の関係を見ると、小泉八雲の謂う見方(餓鬼と虫が相互変態可能とするもの)とは別な興味深い構造が見えてくる。それは餓鬼の中に毒虫に襲われて責苦を受けるものがおり、また、地獄でも虫に食われるそれがあるからで、彼らはそうした入れ子構造的変換をすることで、六道全体に転生輪廻して謂わば「責苦を補助して応報に奉仕をしていている」とも言える点である。]

 

 

     

 

 こんな信仰は今日私共に奇怪に思はれるが、古への東洋の想像が蟲類と惡魔幽靈とを一緖に考へた事は不自然ではない。私共の目に見える世界では蟲類程不可思議な神祕的な動物はゐない。それから或種類の蟲類の實際の歷史は全く神話の夢を實現して居る。原始人間の心に取つては、蟲類の變形[やぶちゃん注:完全変態をする虫類を指す。]は怪しく思はれたに相違ない。枯葉や花や草の附根[やぶちゃん注:「つけね」。茎のこと。]と同一であるから、どんなに鋭敏な人間の眼でも、步き出したり飛び始めたりして始めてその存在が分る程奇體な生物は妖怪變化の術としか說明できないではないか。今日の昆蟲學者に取つても、蟲類は動物の中で依然として最も不可解のものである。昆蟲學者は、――蟲類は生存競爭では「有機體中、最も成功するもの」と認められねばならない事――その構造の複雜微妙な事は、顯微鏡時代以前に驚異に値すると思はれた如何なるものよりも優れて居る事、――またその感覺の精巧な點では、私共の方が盲目で聾であると云つてよい程、私共の感覺と比べて遙かに優れて居る事を敎へて居る。それでも昆蟲の世界は、依然として絕望の謎の世界である。無數の複眼を有せる眼の祕密、それと連結せる視神經の祕密を私共に說明のできる人はあらうか。その不可思議な眼は、物質の究極の構造を透視するのであらうか、その視力はレントゲンの光線のやうに、不透明體を貫くのであらうか。(さもなければ、足長蜂が木目の内部に潛んで居る他の昆蟲の幼蟲に達するやうに、固い木を貫いてその產卵管をつきさす狙ひの手際の確かな事は、どうして說明できよう)それから胸や股や膝や足にある不思議な耳、――人間の感覺の範圍以上に音聲を聰く耳はどうして說明できよう。それからあの神仙のやうな好音[やぶちゃん注:「よきおと」と訓じておく。]を出すやうに進化して來た音樂的構造の說明は何であらう、流れる水の上を步く不可思議の足の說明は何であらう。私共の電氣科學では眞似もできない冷い綺麗な光となる――あの螢のあかりを點火する化學の說明は何であらう。それからその新しく發見された、比べものがない程、纖細な機關、――最も聰明な人々もその性質を決定する事ができないから、未だ名をつけない機關、――或人が云つて見て居るやうに、その機關によつて、人間の感覺には分らない事――磁氣が見える事、光の香ひ[やぶちゃん注:「にほひ」。]、音聲の味――が蟲類には分るやうになつて居るのであらうか。……蟲類に關して私共の知る事のできる事は極めて僅かであるが、それだけでも恐怖に近い驚きをもつて充たされるのである。手である唇、眼である角、錐である舌、同時に四通りに動く複雜な魔物の如き口、生きた鋏と鋸と孔をうがつポムプ[やぶちゃん注:「ポンプ」。]と曲り柄の錐、最も繊巧な時計ぜんまいのはがねででも、人間わざではうつしとれない微妙な魔法のやうな武器、――これ等のものを見て、古への迷信は何を想像した事であらう。實際、顏の無いものを夢に見て魘される[やぶちゃん注:「うなされる」。]事も、まぼろしの美を想像して有頂天になる事も、昆蟲學に表れた驚くべき事實と比べては、氣の拔けた空しいものとしか思はれない。しかし昆蟲の美そのものは何か妖怪らしい處、何か氣味の惡い處がある。……

[やぶちゃん注:「足長蜂」は誤訳。以下の小泉八雲の解説を見ても判る通り、これは所謂、「ファーブル昆虫記」で知られた「狩り蜂・寄生蜂」の仲間の習性で、原文は“ichneumon-fly”とある。これは昆虫綱膜翅(ハチ)目細腰(ハチ)亜目寄生蜂下目ヒメバチ上科ヒメバチ科 Ichneumonidae のそれを指すからである(足長蜂は細腰亜目スズメバチ上科スズメバチ科アシナガバチ亜科 Polistinae であり、このような他種昆虫の体内への産卵行動は行わない)。ウィキの「ヒメバチによれば、『多くのヒメバチは、メスが膜翅目、甲虫目、鱗翅目、双翅目など完全変態昆虫の幼虫や蛹、クモの成体や卵囊などに産卵し、幼虫はそれらに捕食寄生する』。『植物組織内や繭内など何かに覆われた中にいる寄主に産卵するため、多くのヒメバチのメスは、腹端から突出した長い産卵管をもっている』。『ほとんどの種は寄主の体内、体上や近傍に産卵するが、寄主に直接産卵せず葉上に産卵するヒメバチもいる』。『幼虫は細腰亜目』Apocrita『の他の種と同様の形態を取る。幼虫が成熟すると、寄主の体内、あるいはすぐ近傍で繭を作って蛹になり、羽化して成虫となる』とある。]

 

 餓鬼は存在するものかどうかは別として、死者は蟲になると云ふ東洋の信仰にはとにかく多少の眞理が漂つて居る。疑もなく私共人間の土塊[やぶちゃん注:「つちくれ」。死体が土に戻ったそれ。]は、敷百萬代の間くりかへしくかへし無數の不思議な形態の生命を形成する助けをしなければならない。しかし松の樹の下の私の空想したあの問題、――卽ち現在の行ひや思ひがその土塊の未來に於ける分配及び再生に何か影響があるかどうか、――人間の行爲そのものは人間の原子が造り直される形體を豫め決定する事ができるものかどうか、――この問題については――何の答もできない。私は疑ふ――が分らない。誰にもやはり分らない。

 

 しかし宇宙の秩序は全く佛說の通りであると想像しても、それから私はこの世で何か拙い事をしたために來世には蟲の生活を送らねばならないと、豫め定まつて居る事が分つて居ると想像しても、私はその想像で驚き恐れる事はない。平氣では考へられない蟲がある、しかし獨立の高尙な機關の相應な蟲の狀態はそんなに惡いわけはない。私は多少の喜ばしい好奇心をもつて甲蟲、かげろふ、或は蜻蛉の驚くべき複眼によつて世界を見る機會を樂しみにして居る程である。かげろふとなつては、實際私は三種の違つた眼をもつて、今全く想像のできない色を見る力をもつ事ができよう。人間の時間の測定から見れば、私の生命は短いかも知れない、――夏のたゞ一日はその一生の大部分にもあたらう、しかし、かげろふの意識から見れば、二三分は一季節にも見えよう、それから私の羽のある生活の一日は――或は災難もあるだらうが、それを除いて――黃金の空氣中に踊ると云ふ疲勞のない悅びの連續であらう。それから私の羽のある生活狀態では本當の口も胃もないから飢ゑも渴きも感じないだらう。私は實際に風を食ふものとして生きる事になる。……或はそれよりももつと俗な蜻蛉の境遇になつても差支はない。その時には、私は肉食の飢ゑを感じて盛に狩をせねばなるまい、しかし蜻蛉でも烈しい狩の喜びの後に淋しい默想に耽る事ができる。その上私の羽はその時どんなものであらう――それからどんな眼であらう。……私は確に「あめんぼう」原註三になつて子供が私を捕へて、長い綺麗な足をもぎ取るかも知れないが――水の上を走つたり滑つたりできる事をさへ喜んで豫想する事ができる。しかし私はむしろ蟬――風にゆられる樹にとまつて日向ぼつこをして、露ばかり吸つて、曉から日暮まで歌つて居る大きな怠惰な蟬の生涯を樂しみたい。勿論遭遇すべき災難、――鷹や鴉や雀からの危險、――肉食蟲からの危險、――惡童のもち竿の危險、――がある。しかしどの生命の境遇にも危險はある。それにも拘らずアナクレオン譯註四の蟬の讚、『汝土より生れたるもの――歌を愛する――苦痛のない汝は――殆んど神々と同一である』と云ふ讚辭は事實を過大に云つてゐない。……實際、私は再び人間となつて再生する事をこの上もない恩澤とばかり考へる事ができない。もしかう考へてかう書く事が來世の因緣をつくるものなら、それなら私の望みはかうである、――私は杉の樹に上つて日のあたる所で極めて小さいシムバルを震動させたり、――或は紫水晶と黃金の色の翼を音もさせずに飛ばせて、蓮池の貴く靜かなあたりを往來したりする蟬か蜻蛉の生涯にせめて生れ變りたい。

原註三 日本の或地方では游泳の達人になりたいものは「あめんぼう」の脚を食はねばならないと云はれて居る。

譯註四 アナクレオンは紀元前九六三年頃生れて四七八年頃歿した名高いギリシヤの抒情詩人。

[やぶちゃん注:「アナクレオン」(Anakreōn 紀元前五七〇頃~?)はギリシアの抒情詩人。ここは『小泉八雲 蟬 (大谷正信訳) 全四章~その「一」』の本文及び私の注を参照されたい。]

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