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2019/09/17

小泉八雲 術數  (田部隆次訳)

小泉八雲 術數  (田部隆次訳)

 

[やぶちゃん注:本篇(原題“DIPLOMACY”。同語は交渉に於ける「駆け引き」の意。訳語の「術数」は「はかりごと・たくらみ」の意)は明治三七(一九〇四)年四月にボストン及びニュー・ヨークの「ホートン・ミフリン社」(BOSTON AND NEW YORK HOUGHTON MIFFLIN COMPANY)から出版された、恐らく小泉八雲の著作の中で最も日本で愛されている作品集「怪談」(原題“KWAIDAN: Stories and Studies of Strange Things”。来日後の第十作品集)の五話目である。なお、小泉八雲はこの年の九月二十六日に五十四歳で心臓発作により急逝した。

 同作品集はInternet Archive”のこちらで全篇視認でき(本篇はここから。)、活字化されたものは“Project Gutenberg”のこちらで全篇が読める本篇はここ)。

 底本は上記英文サイトInternet Archive”のこちらにある画像データをPDFで落し、視認した。これは第一書房が昭和一二(一九三七)年一月に刊行した「家庭版小泉八雲全集」(全十二巻)の第八巻全篇である。

 田部隆次(たなべりゅうじ 明治八(一八七五)年~昭和三二(一九五七)年)氏については先に電子化した「人形の墓」の私の冒頭注を参照されたい。

 本話の原拠は特定されていないようである(新しい論文の中にそれを見出したらしいものが見られるが、未見)。中国の伝奇・志怪小説の中に斬首に処せられた罪人が言葉を発したりする類話は多く見られるので、或いは、それらをもとに小泉八雲が創作したものかも知れないと考えている。原拠を知り得た際には追記する。]

 

 

  術 數

 

 屋敷の庭で死刑が執行される事にきまつた。その罪人は引き出された。今も讀者が日本庭園で見られるやうな飛石の一列が眞中にある、砂を敷いた廣場へ坐らされた。彼は後ろ手に縛られてゐた。家來は手桶の水と小石の滿ちた俵を運んだ。それから坐つて居る男のまはりに俵をつめた、――動けないやうにくさびどめにして置いた。主人が來て、その準備をを見た。滿足らしく、何も云はなかつた。

 不意に罪人は彼に呼びかけた、――

 『お侍樣、今から御仕置を受ける事になつたが、私の過[やぶちゃん注:「あやまち」。]は、なにも知つて犯したんぢやございません。その過の元は只私が馬鹿だつたからです。何かの因果で愚鈍に生れて來たのでいつも間違をせずには居られない。だがなにも愚鈍に生れついたつて云ふわけで、人を殺すのはそりやひどい。――そんな無法は胸晴しをせずには居られない。どうでも私を殺すと云ふなら、きつと私は復讐する。――あなたが恨みを懷かせるから、復讐になる、つまり仇に報ゆるに、仇をもつてするんだ……』

 人がはげしい恨みを呑みながら殺されると、その人の幽靈は殺した人に恨みを報ゆる事ができる。この事を侍は知つてゐた。彼は甚だ穩かに――殆んど愛撫するやうに――答ヘた。

 『お前が死んだあとで、――自分等をおどかすことはお前の勝手だが、お前の云はうと思つて居ることは分りにくい。お前の恨みの何か證據を――首が切れたあとで――自分等に見せてくれないか』

 『見せるともきつと』男は答へた。

 『宜しい』侍が長い刀をぬいて云つた、――『これからお前の首を切る。丁度前に飛石がある。首が切れたら、一つその飛石をかんで見せないか。お前の怒つた魂がそれをやれるなら、自分等のうちにもこはがるものもあるだらう。……その石をかんで見せないか』

 『かまずにおくものか』大變に怒つてその男は叫んだ、『かむとも。かむ』――

 刅 [やぶちゃん注:「やいば」。底本は右手の点がない字体。]は閃いた。風を斬る音、首が落ちて、からだの崩れる音がした。縛られたからだは、俵の上へ弓なりになつた、――二つの長い血の噴出しが、切られた首から勢よく迸つて[やぶちゃん注:「ほとばしつて」。]居る。それから首は砂の上にころがつた。飛石の方へ重苦しさうにころがつた。それから不意に飛び上つて、飛石の上端を齒の間に押へてしばらく、必死となつてかじりつき、それから力弱つてポタリと落ちた。

 

 物を云ふものがない、しかし家來達は恐ろしさうに、主人を見つめてゐた。主人は全く無頓着のやうであつた。彼は只すぐ側に居る家來に刀をさし出した。その家來は柄杓で柄から切先まで水をそそいで、それから丁寧に柔かな數枚の紙で幾度かそのはがねをふいた。……そしてこの事件の儀式的部分は終つた。

 

 その後數ケ月間、家來達と下部等はたえず、幽靈の來訪を恐れてゐた。誰ものの約束の復讐の來る事を疑ふものがなかつた。そのたえざる恐れのために、ありもしないものを多く、聞いたり見たりするやうになつた。竹の間の風の音をも恐れた、――庭で動く影にも恐れた。遂に相談の結果、その恨みを呑んで居る靈のために、施餓鬼を行ふやうに主人に願ふ事にきめた。

 家來の總代が一同の願を云つた時に、『全く無用』と侍が云つた。……『あの男が死ぬ時に復讐を誓つたのが、つまり恐れの原因(もと)であらうと思ふ。しかし、この場合恐れる事は何もない』

 その家來は賴むやうに主人を見たが、この驚くべき自信の理由を問ふ事をためらつた。『あ〻、その理由は極めて筒單だ』その言葉に表はれない疑を推しはかつて侍が云つた。『彼の最後のもくろみだけが、ただ、危險になれたのだ。そして自分が彼にその證據を見せろといどんだ時、復讐の念から彼の心をわきへ向けた。つまり飛石にかじりつかたい一念で死んだのだ。その目的を果す事ができたが、ただ、それつきり。あとはすつかり忘れてしまつたに違ひない。……だからお前達はそんな事にもう、かれこれ心配しないでもいい』

 ――そして實際、死人は何も祟るところがなかつた。全く何事も起らなかつた。

 

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