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2019/10/16

小泉八雲 仏教に縁のある動植物  (大谷正信訳) /その1

 

[やぶちゃん注:本篇(原題“Buddhist Names of Plants and Animals”。「植物と動物の仏教上での名称」)は一九〇一(明治三四)年十月にボストンの「リトル・ブラウン社」(LITTLE,BROWN AND COMPANY)から出版された作品集“A JAPANESE MISCELLANY”(「日本雑記」。来日後の第八作品集)の冒頭パート「奇談」(全六話)の次のパート“Folklore Gleanings”(「民俗伝承拾遺集」)全三篇の二番目に配されたものである。本作品集は“Internet Archive”のこちら(出版社及びクレジットの入ったページを示した)で全篇視認できる(本篇はここから)。活字化されたものは、整序されたものは見当たらない(今まで紹介していないが、同前の“Internet Archive”にはフル・テクスト・ヴァージョンはあるにはあるのであるが、OCRによる読み込みで、誤まり多く、美しくなく、読み難く、また、味気ない)。

 底本は英文サイト“Internet Archive”のこちらにある、第一書房が昭和一一(一九三六)年十一月に刊行した「家庭版小泉八雲全集」(全十二巻)の第七巻の画像データをPDFで落として視認した。底本ではパート標題は「民間傳說拾遺」と訳してある。

 訳者大谷正信氏については、「小泉八雲 燒津にて 大谷正信譯」の私の冒頭注を参照されたい。

 傍点「ヽ」は太字に代えた。

 本文内に神経症的に注を挿入した。やり始めてみて、これ、今までになく、原文・訳文にかなりの問題点(私が拘りたくなる部類の、である)があるので、分割して示すことにした。なお、瞥見した銭本健二氏が担当された小泉八雲の年譜(一九八八年恒文社刊「ラフカディオ・ハーン著作集 第十五巻」所収)によれば、本篇は明治三三(一九〇〇)年四月の執筆とある。]

 

 

  佛敎に緣のある動植物の名

 

 一時(いつとき)自分は日本の動植物に附けてある佛敎に緣のある名の語彙を編纂したいと思つて、その著作の材料を蒐め始めた。が、其時は自分はそんな事業の實際の困難に就いて餘り知つてゐなかつた。そのうちの唯だ一つを述べて見れば、日本の殆ど何れの州にも他の州とは異つた民間語があつて、その差異が或る植物昆蟲爬蟲類禽鳥に附けてある名にさへ見えて居る。そんな名は、固よりのこと、百姓や漁夫の口から聽き取らなければならぬもので、自分が爲(し)ようと思つて居る事は民間傳說硏究會の堅忍な勞力に依らなければ、決して立派には爲し得られないのである。で、今のところ自分は、豫ての[やぶちゃん注:「かねての」。]志の語彙は作ることが出來ないで、この問題に對する二三の一般的註釋で甘んじなければならぬことになつて居る。

[やぶちゃん注:「民間傳說硏究會」原文“a folklore society”。これは「とある民間伝承の研究者の集まり」程度の意味であろう。何故なら、現在の「日本民俗学会」の発足は戦後の昭和二四(一九四九)年(平井呈一氏の恒文社版の訳「動植物の仏教的名称」ではここは『民俗学会』と訳されているが、これは全く事実に反するのである)その前身は昭和一〇(一九三五)年に柳田國男の還暦を機に開催された「民俗学講習会」に参集した全国の研究者の要望によって結成された「民間伝承の会」であった。則ち、本「日本雑記」が刊行された明治三四(一九〇一)年にはそのような研究団体、大谷が仰々しく訳すようなこんな研究会や組織・集団は、実は影も形もなかったのである。日本の民俗学の先駆けとも称される、かの佐々木喜善原作の柳田国男の発表した「遠野物語」でさえ、本書刊行の九年後の明治四三(一九一〇)年の発表だったのである(私は私のブログ・カテゴリ「柳田國男」で「遠野物語」の全電子化注を終わっている)。しかも、戦後の高度経済成長と公害による急速な自然破壊と地方の限界集落化によって、伝統的民俗社会は殆んどが矮小化され、解体され、今現在、日本の民俗学はたかだか百年も経たぬうちに、早くも「死に体」或いは消滅した言語の秘術的伝承集団のようになってしまっていると言っても過言ではないと私は思っているのである。現在の民俗学者を標榜する輩は実に今から百十八年も前に小泉八雲が謙遜して述べている次の段落を肝に銘ずるべきである。]

 が、恐らくは此註釋は――それに對して所要の學識も手段も自分が持たなかつた一事業の殘物ながらも――極東の民間俗說といふ此の未着手の地域への未來の開拓者には少くとも暗示的價値はあるであらう。

 佛といふ名は數々の木や植物の名稱に見えて居る。マルブシユカン(佛の圓い指)といふは――その果實の恰好が甚だ能く、それに似て居るが爲めさう名づけられた一種の檸檬樹(レモン・トリイ)の名である。扶桑はブツソウゲ(佛の桑)と呼ばれて居り、岩苔の一變種は普通ホトケノツメ及びブツカウサウといふ――兩方とも「佛の指の爪」といふ意味の――繪のやうに美しい名によつて知られて居る。一種の藷は――その名稱を適當な漢字で書くと『佛の手の薯』といふ意味を有つ――ツクネイモと呼ばれて居り、つめくさの一變種にホトケノザ(佛の座)といふ名を戴いて居るのがある。

[やぶちゃん注:「マルブシユカン」被子植物門双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科ミカン属シトロン Citrus medica の和名。丸仏手柑(マルブシュカン)。ウィキの「シトロン」によれば、『漢名は枸櫞(くえん)。レモン』(ミカン属レモン Citrus limon)『と類縁関係にある』。『原産はインド東部、ガンジス川上流の高地。しかし紀元前にはすでにローマや中国に伝来していた。またアメリカ大陸にはコロンブスによる到達以降に伝わった。日本では「本草図譜」(』文政一一(一八二八)年成立『)に記載されているので、江戸時代以前に伝わっていたと思われる』。『枝にはとげが多い。葉は淡黄緑色、細長い楕円形で縁に細かいぎざぎざ(鋸歯)がある。新芽や花は淡紫色を帯びている品種が多く、花弁は細長い』。『熟した果実の表面は黄色く、形状は品種により様々だが、一般に紡錘形で重さは』百五十~二百グラムで、『頂部に乳頭が発達している。果皮はやわらかいが分厚く、果肉が少なく、果汁も少ない。また』、『果肉がかなりすっぱい品種とそうでない品種がある』。『ユダヤ教では一部の品種の果実をエトログ』『と呼び、「仮庵の祭り」で新年初めての降雨を祈願する儀式に用いる四種の植物の』一『つとする』。現代『フランス語でシトロン(Citron)と言った場合は』、『本種ではなく』、『レモンを指す。現在のフランス語でシトロンを示す場合はセドラ(Cédrat)と呼ぶ』。『ブッシュカン(仏手柑)はシトロンの変種(C. medica var. sarcodactylus)である』とある。

「扶桑はブツソウゲ(佛の桑)と呼ばれて居り」双子葉植物綱ビワモドキ亜綱アオイ目アオイ科フヨウ属ブッソウゲ Hibiscus rosa-sinensisウィキの「ブッソウゲ」によれば、「仏桑花」「扶桑花」「仏桑華」とも書き、沖縄では「赤花」とも呼ぶ。『ハイビスカスとも言うが、フヨウ属の学名・英名がHibiscusであることから、この名前は類似のフヨウ属植物を漠然と指すこともあって、複雑なアオイ科の園芸種群の総称ともなっている』。『極めて変異に富み』、八千『以上の園芸品種が知られているが、一般的には高さ』二~五メートルに『達する熱帯性低木で、全株無毛ときに有毛、葉は広卵形から狭卵形あるいは楕円形で先端は尖る』。『花は戸外では夏から秋に咲くが、温室では温度が高ければ周年開花する。小さいものでは直径』五センチメートル、『大きいものでは』二十センチメートル『に及び、らっぱ状または杯状に開き、花柱は突出する。花が垂れるもの、横向きのもの、上向きのものなど変化に富む。花色は白、桃、紅、黄、橙黄色など様々である。通常、不稔性で結実しないことが多い』。五『裂の萼の外側を、色のついた苞葉が取り巻いているので、萼が』二『重になっているように見える。よく目立つ大きな花は花弁が』五『枚で、筒状に合体した雄蕊の先にソラマメのような形の葯がついていて、雌蕊は』五『裂する。果実は』五『室の豆果で、多数の種子が入っている』。『中国南部原産の説やインド洋諸島で発生した雑種植物であるとの説もあるが、原産地は不明である。本土への渡来は、慶長年間(』一六一〇『年頃)に薩摩藩主島津家久が琉球産ブッソウゲを徳川家康に献じたのが最初の記録として残っているという』。『ほぼ一年中咲くマレーシアでは、マレー語でブンガ・ラヤと呼び、国花として制定して』おり、『親しまれている花のひとつである』。『日本では南部を除き』、『戸外で越冬できないため、鉢植えとして冬は温室で育てる』。『沖縄県では庭木、生垣とする。沖縄南部では後生花(ぐそうばな)と呼ばれ、死人の後生の幸福を願って』、『墓地に植栽する習慣がある』。『中国では赤花種の花を食用染料としてシソなどと同様に用い、また熱帯アジアでは靴をみがくのに利用するといわれ、shoe flowerの別名がある』とある。

「岩苔の一變種は普通ホトケノツメ及びブツカウサウといふ」それぞれ「仏の爪」、「仏甲草」(ぶっこうそう)で、孰れも――小泉八雲は「岩苔」(原文は“rock-moss”)と言っているが、コケ類ではなく――れっきとした多肉の多年草であるユキノシタ目ベンケイソウ科イワレンゲ属 Orostachys のイワレンゲ類の異名である。ウィキの「イワレンゲ」によれば、『開花すれば枯死』してしまう『一稔性植物』で、『花後に葉腋から腋芽や走出枝をだして繁殖する。地下に根茎はない。根出葉は顕著なロゼット状に開き、葉を密生させる。葉に葉柄がなく、葉の先端が歯牙状または針状にとがることがある。ロゼットの中央の軸部分が円錐状に伸長して花茎になり、多数の花を密につける。花序には葉状の苞がつき、花柄の基部に小苞がある。短日性で、秋咲き。花序の下の方から順に咲いていく。萼は緑色の肉質で、裂片は』五『個で基部で合生する。花弁は』五『個で、白色、まれに紅色または黄色をおび、花弁全長の基部の』四分の一『ほどが合生する。雄蕊は』二『輪で』十『個あり、葯は』二『室で底着し、縦に裂ける。雌蕊は』五『個でほぼ離生し、子房の基部は柄状に細まり、背面に蜜腺がある。果実は』五『個の袋果になり、子房は花』の『時と変わらない形状をしている。種子は楕円形で長さ約』一ミリメートルに『なる』。『ウラル山脈以東のシベリア、中国大陸、朝鮮半島から日本にかけて分布する』。『分布地の内陸部または海岸部の岩上に生育する。建物の屋根上に生えるものもある』。『属名 Orostachys は、ギリシャ語でOros「山」とStachys「穂」による合成語で、「山に生え、穂状花序であること」からによる』。『この属に属する種は、The Plant List, Orostachys では』十二『種、日本の植物学者大場秀章は、『改訂新版 日本の野生植物 2』では一部の種を変種やその他の属として扱い』、八『種あるとしている』とある。

「佛の手の薯」「ツクネイモ」お馴染みの単子葉植物綱ヤマノイモ目ヤマノイモ科ヤマノイモ属ナガイモ Dioscorea polystachya の品種である、丸みを帯びた形状の Dioscorea opposite の地方名。「つくね芋」の外、「大和芋」・「伊勢芋」・「丹波芋」などが同種の品種の代表例である。「つくねいも」は小泉八雲の謂う通り、「仏掌薯」と漢字表記もする。

つめくさの一變種にホトケノザ(佛の座)といふ名を戴いて居るのがある」この場合の「仏の座」は、シソ目シソ科オドリコソウ亜科オドリコソウ属亜属Amplexicaule節ホトケノザ Lamium amplexicaule を指しているものと考える。但し、小泉八雲の「つめくさの一變種」(“a variety of clover”)というのは誤り。所謂、「クローバー」はマメ目マメ科マメ亜科シャジクソウ属 Trifolium である。しかし、敢えて小泉八雲がそう言い間違えたのは、同じような草体や花のつき方をしているからこそ誤認したと考え、上記のホトケノザで採った。「春の七草」の食用になる「仏の座」の方は、キク亜綱キク目キク科ヤブタビラコ属コオニタビラコ Lapsana apogonoides で、全く別種である。コオニタビラコはクローバーとはおよそ似ていないと私は思う。ただ、絶対にこれでいいかどうかは不安が残る。小泉八雲の周辺では圧倒的に「春の七草」の「仏の座」=コオニタビラコを標準和名と信じている人が圧倒的であろうからである。

 

 菩薩や他の佛敎の神々(デイヸニテイ)の名がまた植物と動物との稱呼に見出される。クワンノン(梵語のアヷロキテシヷラ)といふ名はクワンノンチク(觀音の竹)といふ語に見え、種類の異つた數々の植物が、州を異にして、クワンノンサウ(觀音の草)といふ名で知られて居る。フゲン(梵語のサマンタバドラ)といふ名は樹の一變種に與へられて居る、――フゲンザクラ(普賢櫻)がそれである。ダイモクケンレン(梵語のマハモウドガルヤアヤナ)といふ――普通にはモクレンと短くして用ひる――名は、モクレンとして知られて居るフィクス・ピュミラの普通名にも用ひられ、また通常ハクモクレン(白い木蓮)と呼んで居る、マグノリア・コンスピキュアの普通名にも用ひられて居る。プラアマといふ――日本の佛敎では梵天として知られて居る――名は一種の陸稻の名稱に見えて居る。卽ち梵天米(ぼんてんまい)である。ボダイダルマ(ボディダルマ)の名は、ダルマサウ(達磨の草)(英語のスワンプ・キヤベデ)の名に保存されて居ると同樣に、ダルマギク(達磨の菊)(學名アステル・スパテュフオーリウム)といふ俗稱に保存されて居る。また此祖師の名を有つて居る魚が二種ゐる。一は學名プリアカンサス・ニフヲニウスといふ魚で、之をダルマダイ(達磨の鯛)と呼んで居り、今一つは學名シナンセイア・エロサといふ魚で、之を普通ダルマカサゴと言うて居る。『カサゴ』は本當は學問の方ではセバスタス・イネルミスと名づけて居る魚の名である。が然し、上に揭げた名稱の何れよりも妙な名稱は米の蟲の一種に附けて居る普通名コクウザウである。『虛空藏』といふはかの大菩薩アカサブラティシシタの日本名である。

[やぶちゃん注:「神々(デイヸニテイ)」原文“divinities”(単数形“divinity”。音写するなら「ディヴィニティ」)は「神性・神格・神威・神徳」の意。

「クワンノン(梵語のアヷロキテシヷラ)」原文“Kwannon (Âvalokitesvara)”。観世音菩薩のサンスクリット語のラテン文字表記は現行では「Avalokiteśvara」。音写は「アヴァローキテーシュヴァラ」。

「クワンノンチク(觀音の竹)」単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科カンノンチク属カンノンチク Rhapis excelsa。漢字は「観音竹」であるが、ご覧の通り、タケの仲間ではなく、ヤシ科植物の小型種である。ウィキの「カンノンチク」によれば、『掌状複葉の葉はお椀のように上に反り、少数にだけ裂ける。古くから栽培され、古典園芸植物としての品種も多い』。『南中国原産で』、『日本では鉢植えで栽培され』、『日本本土には江戸時代(』十七世紀半ば『)に琉球を経由して持ち込まれた』とある。

「種類の異つた數々の植物が、州を異にして、クワンノンサウ(觀音の草)といふ名で知られて居る」よく知られた種としては、単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科スズラン亜科キチジョウソウ属キチジョウソウ Reineckea carnea の異名である。ウィキの「キチジョウソウ」によれば、『日本国内では』、『関東から九州、また中国の林内に自生し、栽培されることもある』。『家に植えておいて花が咲くと縁起がよいといわれるので』「吉祥草(きちじょうそう)」の『名がある』。『地下茎が長くのびて広がり、細長い葉が根元から出』、『花は秋に咲く。根元にヤブランにやや似た穂状花序を出し、下部は両性花、上部は雌蕊のない雄花が混じり、茎は紫色。花は白い花被が基部で合生し筒状となり、先は』六『裂して反り返り』、六『本の雄蕊が突き出る』。『果実は赤紫色の液果』とある。

「フゲン(梵語のサマンタバドラ)」“Fugen (Samantabhadra)”。普賢菩薩。

「フゲンザクラ(普賢櫻)」桜の古い品種の一つである八重の普賢象桜(或いは単に「フゲンゾウ」とも呼ぶ)のことであろう。バラ目バラ科サクラ属フゲンゾウ Cerasus × lannesiana である。ウィキの「フゲンゾウ」によれば、『雌しべが花の中央から』二『本出ており、細い葉のように葉化している。この雌しべが普賢菩薩の乗る普賢象の鼻に似ている事からこの名前がつけられた』。『異称に普賢堂というものがある』とあり、普賢菩薩本体が和名の語源ではない。また、そこには『室町時代には既に知られていたとされ』、『サトザクラの中でもかなり古い分類に入る』とある。しかし、私の、幕末に完成した鎌倉周辺地誌「鎌倉攬勝考卷之十一附錄」の金沢文庫のある称名寺にあった(近現代に至って移植されたものがあったが、完全に枯死して絶えたことが確認されているはずである)名木「普賢象櫻」について、

   *

堂の前、西の方にあり。八重なり。花の心中より、新綠二葉を出したり。【園太暦】に、延文二年[やぶちゃん注:南北朝の北朝の元号。南朝は「正平十二年」。ユリウス暦一三五七年。]三月十九日に。南庭へ櫻樹を渡し栽(うう)。殊絕の美花也。號「鎌倉櫻」とあり。按に、稱名寺に在櫻樹なるにや。昔鎌倉勝長壽院永福寺の庭前へ、櫻を多く植られ、右大臣家渡御有て櫻花を賞せられ、和歌を詠じ給ふと、往々見えたり。仍て「鎌倉櫻」と有は是ならん歟(か)。又、按るに、延文の頃迄有(あり)しにや。「鎌倉櫻」と稱せしものは、一樣ならぬ珍花なりし由。勝長壽院などは、將軍家御所より遠からぬゆゑ、正慶の兵燹(へいせん)にて、皆、燒亡して絕たり、といふ。延文の頃の櫻は、古えの※樹にや。

[やぶちゃん注:「※」=〔上〕(くさかんむり)+〔中〕「執」+〔下〕「木」。これは恐らく「しふじゆ」「でふじゆ」と読み、「※」は木が生い茂る形容であろう(「蓻」の字義から類推した)。]

とあるのである。これは文脈に従うなら、延文の頃まで勝長寿院(跡)に残っていたというのは、正にその実朝が花見をした昔、「植えられてその頃までに生い茂っていた」桜で、それこそ正しく本当の「鎌倉桜」であったのであろうか、の意であろうと思われる。「正慶の兵燹」というのは正慶二年が元弘三(一三三三)年で鎌倉幕府の滅亡を指していることを指す。とすると、どうも叙述が前後、おかしいように私は思う。幕府滅亡で焼燼し尽して完全にその桜が「絕」えたのなら、「延文の頃迄有」つたという伝承は嘘ということになるのではなかろうか? しかし逆に、もし、この話を極めて善意に希望的に読み解くなら、或いは鎌倉前期、三代将軍実朝の時代に既に日本に普賢象桜があった可能性もあることになるのである。

「ダイモクケンレン(梵語のマハモウドガルヤアヤナ)といふ――普通にはモクレンと短くして用ひる――名は、モクレンとして知られて居るフィクス・ピュミラの普通名」“The name of Dai-Mokukenren (Mahamaudgalyâyana), ―shortened by popular usage into Mokuren, — figures both in the common appellation of the Ficus pumila,”。「Mahamaudgalyâyana」は釈迦仏の十大弟子の一人である目犍連(もくけんれん:これが正式)のサンスクリットのラテン文字転写。小泉八雲が言う通り、一般には略した目連(Maudgalyāyana:モードガリヤーヤナ)で呼ばれることが多い。但し、ここ、うっかりこの「モクレン」をモクレン亜綱モクレン目モクレン科モクレン亜科モクレン属モクレン Magnolia quinquepeta と勘違いしないように注意しなくてはならない(正直、私の読者の誰彼もそう読み飛ばしておられなかったか?) ご覧の通り、学名が異なるでしょう? この「Ficus pumila」というのは、常緑蔓性木本であるマンサク亜綱イラクサ目クワ科イチジク属オオイタビ Ficus pumila を指すのである。ウィキの「オオイタビの写真をご覧あれ。どこかで見たことがあるはずである。疑う方は、中文の当該種薜荔のウィキを見られよ。「別名」の項に「木蓮」とある。しかし、私は思うのだが、この「木蓮」が大「目連」由来であるという小泉八雲の謂いには微妙に賛同を留保したくなるのだ。日本語の発音は一致しても、由来が同じとは言えないし、そのような両者を関連づける古文献を私は知らないからである。そのようなものがあるのであれば、是非、お教え願いたい。

「ハクモクレン(白い木蓮)と呼んで居る、マグノリア・コンスピキュアの普通名にも用ひられて居る」“and in that of the Magnolia conspicua, usually called Hakumokuren, or "White-Mokuren."”。こちらは正しくモクレン亜綱モクレン目モクレン科モクレン亜科モクレン属ハクモクレン Magnolia denudata である。種小名が違うって? 大丈夫! シノニムだ。こちら(英文サイト「The Plant List」)を見られよ。しかし、前注の最後の疑義は解消されない

「プラアマといふ――日本の佛敎では梵天として知られて居る――名は一種の陸稻の名稱に見えて居る。卽ち梵天米(ぼんてんまい)である」“The name of Brahma, — known to Japanese Buddhism as Bonten, — appears in the designation of a kind of upland rice, Bonten-mai.”。梵天は仏教の守護神である天部の一人。もと、古代インドの神「ブラフマー」が仏教に取り入れられたもの。「梵」は「brahma」の音写。「ブラフマー」は古代インドに於いて「万物実存の根源」とされた「ブラフマン」を神格化したもの。「梵天米」については、小学館「日本国語大辞典」に『陸稲(おかぼ)の一種か。野稲(のしね)』として、例文を「和訓栞」(江戸後期(最終完成は作者没(安永五(一七七六)年)から十一年後)の国語辞書。全九十三巻。谷川士清(ことすが)編。安永六(一七七七)年から明治二〇(一八八七)年に刊行された)として『のしね〈略〉又梵天米と名く』とある。現在はないらしい。種(たね)も保存されていないということらしい。不審だ。小泉八雲は明らかにその米を見ているようなのに?

「ボダイダルマ(ボディダルマ)の名は、ダルマサウ(達磨の草)(英語のスワンプ・キヤベデ)の名に保存されて居ると同樣に、ダルマギク(達磨の菊)(學名アステル・スパテュフオーリウム)といふ俗稱に保存されて居る。」ここの原文は“The memory of Bōdai-Daruma (Bôdhidharma) is preserved in the popular appellation of the Aster spatufolium, called Daruma-giku, or " Daruma's chrysanthemum,"— as well as in the name of the swampcabbage, Daruma-sō, or " Daruma's plant."”となっていて、何かちょっと混乱している感じがする。菩提達磨(サンスクリット語のラテン文字転写:bodhidharma:ボーディダルマ)は中国禅宗の開祖とされているインド人仏教僧。所謂、達磨(或いは「達摩」)大師のことである。「ダルマ」はサンスクリット語で「法(カルマ)」を表わす言葉である。「ダルマサウ」は単子葉植物綱オモダカ目サトイモ科ザゼンソウ属ザゼンソウ Symplocarpus renifolius のこと。同種は発熱時の悪臭と熱によって花粉をハエに媒介させる蠅媒花(じょうばいか)である。全草に悪臭があることから、英語では「Skunk Cabbage」(スカンク・キャベッジ(=キャベツ))の異名がある。しかし、原文の「swampcabbage」とは英和辞典では「空芯菜」のことだ。だが、これを逐語訳するなら、「沼地のキャベツ」で湿地に植生するザゼンソウにしっくりくるように見えてくる。学名表記が全然違う理由は、よく分らない。シノニムではない。そもそもが「Aster」というのはキク目キク科キク亜科シオン連シオン属 Aster で、ザゼンソウとは全く明後日(アサッテ)である。この学名の問題(但し、これは深刻)を除いて、整理すると、一つ見えてくるのは、「ダルマギク(達磨の菊)」というのは、ザゼンソウの異名・俗名のであるという事実である。大谷の「同樣に」という訳には誤解を招く可能性があるという点である(別な種にその名を用いているという意味で読めてしまう瑕疵があるという虞れである)。大谷の訳は無理矢理、削ぎ離して、辻褄を合わせたように感じられないでもない気がするということなのである。日本語は難しいですよ、八雲先生。

「學名プリアカンサス・ニフヲニウスといふ魚で、之をダルマダイ(達磨の鯛)と呼んで居り」以下と合わせて原文を示すと、“Two fishes also have been named after this patriarch : the Priacantbus Nipbonius, which is called Daruma-dai, or "Daruma's sea-bream" ; and the Synanceia erosa, popularly known as Darumakasago, —”である(「Priacantbus Nipbonius」の種小名の頭が大文字なのはママ)。でもね! これって! 硬骨魚綱条鰭亜綱刺鰭上目スズキ亜目キントキダイ科クルマダイ属クルマダイ Pristigenys niphonia でっせ?! 小泉八雲先生!? 「ダルマ」でなくて「クルマ」でっせ? これは達磨どころか仏教とは関係ありまへんがな! 和名由来は単に丸くて車輪のようだからでんがな いつも同定比定でお世話になっている「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」の、クルマダイをリンクさせておく。

「學名シナンセイア・エロサといふ魚で、之を普通ダルマカサゴと言うて居る」条鰭綱カサゴ目カサゴ亜目オニオコゼ科ダルマオコゼ属ダルマオコゼErosa erosa。これが現行の学名であるが、小泉八雲の「Synanceia erosa」はそのシノニムであるから、問題ない。サイト「Private Aquarium」のダルマオコゼをリンクさせておく。小さいが、背鰭の棘の毒は強く、かなりの危険種である。大の大人が大声出して泣いていたのを、ずうっと昔、見たことがある。

「『カサゴ』は本當は學問の方ではセバスタス・イネルミスと名づけて居る魚の名である」“" kasago" being properly the name of the fish scientifically called sebastes inermis.”。小泉八雲は魚類はあまり得意でないようだ。これは「カサゴ」ではなくカサゴの仲間ではあるが、「カサゴ」とは呼ばない。「メバル」である。条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目カサゴ目カサゴ亜目フサカサゴ科 Scorpaenidae(又は)メバル科 Sebastidae メバル属メバル(アカメバル)Sebastes inermis ・同属の近縁種シロメバル Sebastes cheni ・クロメバルSebastes ventricosus の三種の孰れかを指す。

「米の蟲の一種に附けて居る普通名コクウザウである。『虛空藏』といふはかの大菩薩アカサブラティシシタの日本名である」れは全く以って、おかしい。「穀象虫」、即ち、本邦に棲息する種としては鞘翅(コウチュウ(甲虫))目多食(カブトムシ)亜目ゾウムシ上科オサゾウムシ科 Dryophthoridae オサゾウムシ亜科コクゾウムシ族コクゾウムシ属コクゾウムシ Sitophilus zeamais 及びココクゾウムシ Sitophilus oryzae の二種が代表となるが、彼らはその特異な形状から「ゾウ」のシミュラクラからきた「穀象」なのであって、私は「虚空蔵」由来では私は全くないと認識しているからである。私は滅多に八雲先生には異論を唱えないが、こればかりは読んでいて牽強付会と言わざるを得ない気がしているのである。「そうではない。小泉八雲は正しい。」とされる方がいれば、お教え願いたい。

 ボサツ(菩薩)といふ名はまた二三の植物の名に見えて居る。薔薇の一種にボサツイバラ(菩薩の茨)といふのがあり、米の一種にボサツといふのがある。

[やぶちゃん注:バラ亜綱バラ目バラ科バラ亜科バラ属ノイバラ変種サクラバラ Rosa multiflora var. platyphylla の異名である。私が植物サイトとして非常に信頼しているサイト「跡見群芳譜」の「さくらばら(桜茨)」を見られたい。そこに別名として「ボサツイバラ」が挙げられている。しかし私は漢名の「七姉妹」の方が好きだ。]

 ラカン(梵語のアルハツト)は、いろいろな植物名の接頭字(プリフイツクス)となつて居る。ラカンハク(羅漢柏)は學名スヤ・ドロブラタの普通名である。ラカンシヨウ(羅漢松)は學名ポドカルプス・マクロフイラの普通の稱呼であり、ラカンマキ(羅漢槇。『マキ』は學名ボドカルプス・チネンシスの日本名)は英語のアムブレラ・パインに與へてある名である。それから、その學名を自分は發見出來ない或る木の實が方々の州でラカン(羅漢)と呼ばれて居る。それはその恰好が寺の境内にある羅漢の粗末な石位に妙に能く似て居るからである。

[やぶちゃん注:「ラカン(梵語のアルハツト)」“The term Rakan (Arhat)”。「羅漢」で「阿羅漢」(サンスクリット語ラテン文字転写「arhat」の漢音写)の略称。応供(おうぐ)と意訳される。「供養と尊敬を受けるに値する人」の意で、剃髪し、袈裟を着た僧形で像形される。中国・日本では「十六羅漢」・「十八羅漢」・「五百羅漢」のように仏道修行者の集団を指し、禅宗の流通に伴い、多数、制作された。十六羅漢の信仰と羅漢図は唐代に始り、五代に貫休がその名手として知られて流布した。本邦では中国からの将来品やその転写などの遺品が多く、特に鎌倉時代以降、隆盛した。

「接頭字(プリフイツクス)」“prefix”。接頭辞。氏名の前に附ける敬称。

「ラカンハク(羅漢柏)は學名スヤ・ドロブラタの普通名である」“Rakan-haku, or " Arhat's oak," is the popular name of the Thuya olobrata.”。マツ門マツ綱マツ目ヒノキ科アスナロ属アスナロ Thujopsis dolabrata のこと。本邦の漢字表記では「翌檜」が知られるが、現代中国語でも漢名は「羅漢柏」である。

「ラカンシヨウ(羅漢松)は學名ポドカルプス・マクロフイラの普通の稱呼」“Rakan-shō, or " Arhat's Pine," is the common appellation of the Podocarpus macropbylla;”。裸子植物門マツ綱マツ目マキ科マキ属イヌマキ Podocarpus macrophyllus のシノニム。本邦の漢字表記では「犬槇」であるが、現代中国語でも漢名は「羅漢松」である。

「ラカンマキ(羅漢槇。『マキ』は學名ボドカルプス・チネンシスの日本名)は英語のアムブレラ・パインに與へてある名である」“and the name Rahan-maki, or " Arhat's maki" ("maki" being the Japanese name for the podocarpus cbinensis) — has been given to the umbrella-pine.”。マツ目マキ科マキ属ラカンマキ Podocarpus macrophyllus var. maki。学名の相違はシノニムか後の修整であろう。個人サイト「かのんの樹木図鑑」のこちらがよい。

「その學名を自分は發見出來ない或る木の實が方々の州でラカン(羅漢)と呼ばれて居る。それはその恰好が寺の境内にある羅漢の粗末な石位に妙に能く似て居るからである」私が直ちに想起したのは、ウリ目ウリ科ラカンカ属ラカンカ Siraitia grosvenorii であったが、本種は中国広西省桂林周辺にしか植生しないとされる蔓性植物で、本邦には植生しないから、違う。何だろう? 識者の御教授を乞うものである。]

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