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2019/10/31

ブログ1280000アクセス突破記念 梅崎春生 贋(にせ)の季節

 

[やぶちゃん注:本篇は昭和二二(一九四七)年十一月号『日本小説』に初出で、後の第一作品集「櫻島」に所収された。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 一部本文に私のオリジナルな注を附した。

 本篇には台詞の中に現在は使用すべきでない身体障碍者に対する差別用語「不具」「片輪」等が使用されているので、そこには批判的な視座も忘れずに読まれんことを乞うものである。

 因みに、底本の埴谷雄高氏の「解説」の末尾で、氏は本篇を非常に高く評価され、『この作品は、戦後の荒廃の時期を感覚の先端でうけとめながらすごした梅崎春生が新しい質の作品の創出にむかう試みを敢えてした一種の先駆的な作品であって、やがてその後、以前に見られぬ大きな骨格をもった幾つかの長篇が書かれることになるあらかじめの準備がみられるのである』と述べておられる。

 なお、本テクストは2006年5月18日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来(このブログ「Blog鬼火~日々の迷走」開始自体はその前年の2005年7月6日)、本ブログが1280000アクセスを突破した記念として公開する(ほぼ小泉八雲に特化し続けた今回はアクセスが少し増え、一万回超えが何時もより少し早く来た)。【2019年10月31日 藪野直史】]

 

  (にせ)の季節

 

「お爺さん」に洋服を着せて舞台に出したらどうだろう。それを最初に提案したのは私である。いくら夏場とはいえこんなに入りが悪くては仕様がない。うつかりすると先の町での興行の二の舞だ。すると三五郎が顔色を変えて反対した。

「いくら何でもそんな大それたことが出来ますかい。そいつは人間様に対する冒瀆(ぼうとく)だ」

 人間様とは何だろう。冒瀆とはなにか。守るべきそんなぎりぎりの一線を、此の三五郎がまだ保っているのかと思うと、冷たい可笑(おか)しさがおのずと湧き上って来るのを感じたが、考えて見ると此処の団長にしても団員の面々にしても、最後のよりどころとしているのは矢張りこんな種類の奇妙な辻凄(つじつま)のあわない自尊心なので、こういう私といえども本当のところでは此の類を洩れないのかも知れない。しかし人間を他の動物から画然と区別する一線などというものは、各自がてんでに思い込んだ妄想に過ぎなくて、人類の祖先は猿猴類(えんこうるい)だというが、それは数百万年も前のことだと皆安心している。案外二千六百年もさかのぼれば身体の端に尻尾をつけていたかも知れないのだ。三五郎が血相を変えるなどとは笑止な話だと私が言い返そうとしたら、それまで黙っていた団長が腕組をぱらりと解いて口を開いた。

「そいつは思い付だ。史記にも沐猴(もっこう)にして冠すという文句がある位だからな、見物衆がさぞかし面白がるだろうて」

[やぶちゃん注:「史記」の「項羽本紀」の、秦を滅ぼした直後の叙述に基づく。以下に示す。

   *

居數日、項王見秦宮室皆以燒殘破、又心懷思、欲東歸。曰、富貴不歸故鄕、如衣繡夜行。誰知之者。說者曰、人言、楚人沐猴而冠耳。果然。項王聞之、烹說者。

(居して數日、項王、秦の宮室、皆、以つて燒けて殘破(ざんぱ)せるを見、又、心に懷思(くわいし)して、東に歸らむと欲す。曰はく、「富貴にして故鄕に帰らざるは、繡(しふ)を衣(き)て夜(よる)行くがごとし。誰(たれ)か之れを知る者ぞ。」と。說者(ぜいしや)曰はく、「人は言ふ、『楚人(そひと)は沐猴(もつこう)して冠(かん)するのみ』と。果して然かり。」と。項王、之れを聞き、說者を烹る。)

   *

訳しておく。

   *

 項羽は自ら焼亡させて荒廃した秦の都咸陽を眺め、そのさまに興醒めし、俄かに懐郷の念、抑え難く、

「大望を叶え、富貴の身となった今、懐かしい故郷楚に帰らぬというのは、凡そ、錦の晴れ着を着ながら、闇夜を行くのと同じことだ、誰が認めて呉れようものか。」

と言った。すると、側近のある遊説家が、

「ある者が言っておったが、『楚で生まれた者は、所詮、冠(かんむり)をつけた「猿」と同じだ』と。なるほどな、その通りだわい。」[やぶちゃん注:「猿が冠を被って気取って王と称しても、中身は所詮、猿は猿に過ぎぬ」という、粗野な人間を激しく嘲った揶揄である。]

と呟いた。

 これを聴いた項羽は、この男を釜茹での刑に処した。

   *

とあるのに基づく。]

 あたりを見廻して暗い皮肉な笑いかたをした。団長のうしろの衣裳箱の上には「お爺さん」が背をまるめて踞(うずくま)っていて、時々薄赤い瞼をあけて一座をぼんやり見廻したり、長い腕を伸ばして飛び交う蠅(はえ)をパッと捕えたり、自分のことが話題になっている事には、全然素知らぬ風情であった。もっとも素知らぬのが当然で、此の「お爺さん」というのは人類ではない。昔から此の曲馬団にいる、言わば子飼いの老猿のことなのである。

 もともと此の曲馬団は動物運が非常に悪くて、膃肭臍(オットセイ)に水をやり忘れて殺してしまったり、大金を出して算術の出来る馬を買い込んだらその後の訓練が悪かったのか神経衰弱を起して、使いものにならなくなったり、昔は自転車に乗れる猿も一匹いたのだが、御贔屓(ごひいき)から贈られたマカロニを五封度(ポンド)[やぶちゃん注:約二キロ五十七グラム弱。]もいちどきに食べて、胃を破裂させて死んでしまった。無病息災なのは此の「お爺さん」だけで、その代りこれは芸当は何にも出来ない。教えこんでやろうと随分(ずいぶん)訓練にも手がけたが、教えれば教える程「お爺さん」は頑固に身を固くして、たたいてもすかしても言う事を聞きはしない。ついにはしゃがみこんで、そうそう無理言ってわたしをいじめて下さるな、と言いたげな悲しい眼付で見上げるから、大抵そこで妙な気特になって匙(さじ)を投げてしまう。こいつには覚える能力が無い訳ではないのだ、覚える気持が全然ないのだと、手を焼いた団長が憎々しげに呟いたのを聞いた事があるが、これは私も同感だ。しかし遊ばしておく訳にも行かないので、奇術や曲芸の時などには舞台の片隅に箱を出して、その上にすわらせて置くが、そんな時でも「お爺さん」は観客を意識する風もなく、背中をかいてみたり蠅を捕えたりして独りで遊んでいる。老いの一徹という感じがする。「お爺さん」の腰には細い鎖が巻きつけてあって、その端はしっかと柱にとめられている。何故と言うと此の「お爺さん」には執拗な逃亡癖があって、思い立つと矢も盾もたまらなくなるらしい。此の前の町でも油断を見すまして脱走を企て、皆は大騒ぎであった。芸当をやる動物などというものは変になまなましく、親しみにくい厭な感じで、むしろ「お爺さん」の方がけものとしては本物だと私は思うのだが、芸も出来ない癖に逃げたがってばかりいてつくづく厭な猿だというのが皆の意見で、前の興行の惨めな失敗もこいつの為にけちがついたせいだと言い出す始末であった。

 全く此の前の町での興行はひどかった。何しろ入りがほとんど無く、場所が町有地という訳で町の役人らが財政困難を糊塗(こと)するためにおそろしく高い場所代を吹っかけて来たりして、天幕などを抵当に入れて金を借り興行をつづけたのだが、ついにどうにもならず団長の発案で夜逃げを敢行した位である。大言壮語はするがしんは気が弱い団長にしては大決心だったと思うが、場所代も借金も踏み倒しての決行だから、夜半から暁方にかけて大急ぎで天幕をたたみ大道具小道具取りそろえ、私どもは落武者のように敗走した。そしてやっと此処の町の外れにある河原にたどりついたという訳だが、団長は平気な顔を装ってはいるけれども、内心追手が来ないかとびくびくしている証拠には踊子の弓子が、毎日見に来る変な客がある、と報告した時には他処目(よそめ)にも知れる位ぎょっとしたらしい。弓子というのは梯子(はしご)乗りを専門にする若い娘だ。

「しょっちゅう来てるのよ。何時も同じ処にすわって私達の方は見ずに、ぼんやり舞台の隅っこを眺めていたり、天井を見上げたりするのよ。あの人何処かで見たことがあるわ。きっと前の町で見たんだわ。ああ、あの人は前の町の町長さんにそっくりだわ」

 話半ばにして団長は奇妙な叫声を上げ、あわてて飛んで行って舞台の袖から客席を眺めていたが、やがて打萎(うちしお)れて戻って来て、どうもそうらしいと頭をかかえているから、側から三五郎が、他人の空似ということもありますからと慰めるとそれで元気を取戻したのか、急に笑い声を立てたり変にはしゃいだりしたということだ。何しろ借金のことになれは天幕その他を差押えられて、曲馬団は潰滅することは必定だから、団長が一時的な惑乱に落ちたのも無理はない。しかし潰滅の予感がかえって団長に度胸をつけたらしく、その後は変に落着きはらって団長は皮肉な目付ばかりをキラキラさせている。その癖何でもないことにひどく神経質に腹を立てて怒鳴ったりするのだ。「お爺さん」に洋服を着せたらという私の提案に賛成したというのも、勿論(もちろん)確乎とした興行上の成算がある訳ではなくて、一か八かやってみようと考えたに違いないのである。しかし沐猴にして冠すなどと酒落(しゃ)れた事を彼は言ったが、此の言葉が此の場合持つおそろしい意味など感じている訳はないのだ。三五郎にだって判りはしないだろう。しかし三五郎は道化師だから、それを言葉としてではなく漠然と感じているかも知れない。

 三五郎は誠も落魄(らくはく)した道化師で、近頃は頓に芸に自信を失って来たようだ。曲芸師として私が此の曲馬団に入団した頃は、三五郎はまだ若くて颯爽とした道化師で、人気を一身に集めているような具合だった。その頃私は彼にこんな質問をしたことがある。

「道化とはつまり嗤(わら)われることなんだね」

「いいえ、道化とは人を嗤う精神ですよ」

 若い日の三五郎は眉宇[やぶちゃん注:「びう」。「宇」は「軒(のき)」。眉(まゆ)を目の軒と見立てて「まゆの辺り」「眉」の意。]に自信の程を見せてそう答えた。ところが近来、特に終戦後の観客は三五郎の芸を全然嗤はず、観衆の気持をはかりかねて彼は懊悩(おうのう)[やぶちゃん注:悩み悶えること。「煩悶」に同じい。]している様子だったが、ある日舞台で切羽つまって無意識に演じたある動作がワッと受けて以来、彼はその動作を芸の基調とすることに決心したと、ある晩三五郎は酔っぱらって私に告白した。

「俺はその仕草を無意識でやったんだがね、そいつは俺が発明したんじゃない、どこかで誰かがやった仕草だと、後でいろいろ心の中を探り廻しているうちに、ハッと突き当って驚いたね俺は。何だと思う。『お爺さん』の動作だったんだよ、それは」

 そして三五郎はたとえようもない悲しい表情をした。沈痛な声になって先を続けた。

「俺にはお客の気持が判らなくなってしまった。昔の客はそんなものじゃなかった。もし今の客が猿の真似なぞを喜ぶんなら、俺はそうやるより仕方がないのさ。だから俺は、俺は『お爺さん』の真似をやって行く」

 それから三五郎は暇さえあれば「お爺さん」の挙動をつぶさに観察していることが多かったが、その眼付は私が見る処によると、むしろ兇暴な殺気と憎悪に満ちあふれているように見えた。三五郎は「お爺さん」を憎むと同時に、その真似で生計を立てている自分を憎まずに居れないに決っているのだ。そう私は思う。その「お爺さん」が洋服を着用して舞台に現われたらどうだろう。本物が現われたら偽物が生彩を失うのは当然で、猿の猿真似などしている三五郎は直ちに面目を失うだろう。その予感が彼をして、人間様に対する冒瀆だなどと苦しまぎれを言わせたに違いない。しかし私がこんな提案をしたのはもともと三五郎を困らせようとする気では毛頭ないので、近頃入りが少いのも芸が偽物だから鑑賞に堪えないのだろうと察したから、それなら本物を見せてやろうとふと思い付いただけで、実を言えは私も「お爺さん」が洋服着た処を想像すると、背徳不倫に似た感じに堪え難くなる。それを超えて私が提案したというのも胸の底を探れば此の曲馬団の連中を幽かながらも憎む気持が私にあるらしいからで、当初の道化精神を忘れた三五郎や、いらいらして皮肉ばかり飛ばしている団長や、弓子に思いをかけている癖に女には眼もくれない風を見せたがる力業士(ちからわざし)の三光や、その他の面々の哀しい在り様を私がある感じをもつてしか眺め得ないからである。全く此の曲馬団でまっとうなのは私だけだと思うのだが、考えてみると周囲をうとみながらなお踏み止っている私が一番可笑しな存在かも知れない。私は私に絶望しているのだ。だから私は人間にも絶望しているのだろう。その絶望を確めたい為にも私は「お爺さん」に洋服を着せて舞台に立たせたくて仕様がないのである。それを見て観客は何を感じるだろう。痛烈な感じで眼が真黒になってしまうだろうと想像すると、私は年甲斐もなく胸がわくわくするのだが、しかし考えれば私は三五郎同様、観客の何が判って居るというのだろう。木戸銭を払って中に入りながら舞台に背を向けて、昼寝をしたり将棋をさしたりする近頃のお客の心理が私には判らない。戦争前私が曲芸師だった頃はそんなお客は居なかった。戦争に引っぱり出され、そして片腕を失って復員して来た私は、曲芸も出来ずに雑用夫みたいな形で再び此の曲馬団に雇われているのだから、舞台から客と対峙(たいじ)することはなくなったが、三五郎の言うように戦争このかたお客の様子が変ったというのも、思えばこの世に不思議が満ち満ちていて、かえって曲馬団の中に不思議が見出せないからではないのか。不思議を失った曲馬団ほど惨めなものはない。舞台に背を向けて将棋をさす男の方が、舞台の芸当よりもつと曲馬的だ。戦争以来娑婆(しゃば)の人間はすっかり変った。私が理解出来ない歪(ひず)みみたいなものを皆持っている。今日だってそうだ。舞台がはねて私が河原に出て夕涼みしていると、一人の老紳士が土手から降りて来て私に近づいた。

「つかぬことをお伺い致しますが」

 見ると此の暑いのにスパッツなど着けている。身なりの良い老人であった。

[やぶちゃん注:「スパッツ」spats。ここは本篇の最後の方の描写から、文字通り、山や雨天時に於いて足首と靴との間から雪や小石などが入るのを防ぐための、あの覆いであることが判る。]

「お宅でお使いになっているあの猿ですがな、あれを私にゆずって頂く訳には参りませんでしょうかな」

 少し突飛な申出なので私が黙っていると老人はあわてたようにしゃべり出した。それによると老紳士には十六年前に死去した父親があって、その風貌姿勢があの「お爺さん」にそっくりだという訳である。あの腕の長いところといい顱頂(ろちょう)に毛がうすれかけた具合といい、びっくりする程似ていて、眺めて居ると風樹の思いに堪え難いから、何とぞ自分の孝心にめでて金はいくらでも出すからゆずってほしいという話であった。冗談言っているのかと思ったら声音[やぶちゃん注:「こわいろ」。]は真剣で、私も返答に困って言葉を濁しておいたが、仲仲諦(あきら)めて呉れないので大層弱った。真者だか偽者だか判らない。とにかく人間離れがしている、こんな異常な人間に比べると、「お爺さん」の方がよっぽど人間らしい。沐猴(もっこう)にして冠すとはあの時団長が不用意に引用した文句だが、沐猴にして人間服を着用した徒輩の前であの「お爺さん」がどんな演技をして見せるのかと、その光景の予想は私に一種終末的な感じを伴って迫って来る。胸に幽かに尾を引く感じをたどって行けば、私は同時に此の曲馬団の潰滅を漠然たる形で予感しているのだ。その形の中で、私をふくめたおのもおのもが自らの醜く哀しい露床を、戛然(かつぜん)[やぶちゃん注:堅い物が触れ合って音を発するさま。]と掘りあてることが出来るだろうと、私は切に妄想しているのである。

 

 表方に聞くと、此の町には小さな洋服屋が一軒あるきりだという。身仕度をして出かけようとすると三五郎が呼止めた。

「洋服屋に行くのか」

 そうだと答えると、三五郎は厭な顔をして手を曲げ、耳のうしろをしきりに搔いた。それがそつくり「お爺さん」の仕草であつた。始めは人真似で莨(たばこ)を喫(の)んだものが不知不識(しらずしらず)の中にニコチン中毒に陥るように、三五郎の一挙一動にはもはや牢固[やぶちゃん注:「ろうこ」。がっしりとしていて丈夫・堅固なさま。]として「お爺さん」が根を張っているらしい。当人が意識していないだけそれは末路的な感じが深かった。「あんなやくざな猿を舞台に引っぱり出して何が面白いんだ」三五郎はうめくようにいった。「どうしてそんな厭なことを思い付くのだろう。戦争に行ってからお前もずいぶん性格が変ったな」

 三五郎はちらちら瞳をあげて私の右袖をぬすみ見た。私の右袖は中身がないから、袋のように肩から下っているはかりだ。三五郎のそんな眼付を私は非常に好まない。

「だって此のままの入りでは曲馬団も解散だよ。変ったところを見せなければ人は来やしない。解散となれはお前も飯の食い上げだ」

「だからよ、お爺さんに芸が出来るのなら洋服着せて出すのもいいだろうさ。何にも出来ないものを出すなんて悪どいふざけ方だ」

「どのみち今時の世の中はふざけだよ」と私は答えた。

「ふざけるなら徹底的にふざけたがいいのだ」

「そんなものじゃない」と三五郎はいらだたしげに頭を振った。「ここは少くとも曲馬団だよ。水族館とは違う。鳥目(ちょうもく)をはらってお客が見に来るのは、俺達の芸だ」

 芸とは何だろう。お客が見に来ない芸など有りやしない。人の見ていない処でやる芸などというものは、単に動作にすぎない。芸とはうぬぼれの凝集したようなもので、三五郎がことさら自らの芸を強調するのは、きっとうぬぼれを失い始めた証拠だと思ったから、

「芸とは何か三五郎には判るのか。芸とは、そいつは自信ということだよ」

「ああ、そうだよ」低い声になった。

「また人生とは自信のことだよ。生きるということは自信をなくさないということだ」

 少しあざけりの調子がこもったので、私もむっとして、

「ふん、俺が自信をなくしているというわけかね」

「お前は立派な曲芸師だった」急に顔を上げて三五郎は私をまっすぐ見た。「片腕をなくして曲芸が出来なくなったといって、何かを恨んだりしてはいけない」

「恨んだりはしないぞ。そんな処で俺がよろめくものか。俺は今でも芸人だよ。人間だよ。だから俺はまっとうなものしか認めないのだ」

「お爺さんを出すことがまっとうだと言うのか」

「陰武者の芸よりはまっとうだろう」

「陰武者?」三五郎の眼が俄に鋭くひかった。が、直ぐ力無く首を垂れた。「陰武者だっていいさ。本物なんかいやしない。本物は贋物(にせもの)さ。陰武者だって落伍するより立派だろう」

 身体を硬くして私が立っていると、三五郎も立ち上って私の肩に掌をおいた。袋の袖がふらふらと揺れた。

「此の曲馬団もどうせ解散だということは、俺もはっきり知っている。今日もあの変な客が来ているのだ。前の町から、様子をうかがいにやって来ているのだ。舞台からそいつの眼付を見ればすぐ判る。見物に来たものの眼の色じゃない。団長がいらいらしているのもそれだ。気の毒な話じゃないか。此処が潰れるのは団長の責任じゃない。といっても俺の責任じゃないよ。此の曲馬団も自然と命数が尽きたんだ。使命が既に終ったのだ。俺は二十年近く道化をやってきた。俺は一所懸命やってきた。俺は仕事を投げ出さなかった。しかし此処がつぶれたら、俺はきっぱり此の商売から足を洗うよ。仕事を、自分を投げ出さなかったということだけが、俺の心には残るだろう。だから、此の最後の舞台を、俺はあんな芸無猿の茶番で終らせたくないのだ。俺の為にも、団長の為にも、そしてお前の為にも」

 三五郎は私の肩から掌をすべりおとすと、ふらふらした歩き方で小舎の中に入って行った。その後姿がやはり「お爺さん」にそっくりであった。ふと胸に迫るものを押えながら外に出ると、水の涸(か)れた河床からの照り返しがぎらぎらと眼にしみた。草いきれを分けて土手にのぼり私は暑い往還をてくてく歩き出した。

 埃(ほこり)をかむった夾竹桃(きょうちくとう)の花が軒並に連なる街道を一町[やぶちゃん注:百九メートル。]程も歩くと、もはや背中は汗びっしょりになった。落伍者より陰武者の方が立派だと言い切った時三五郎は痛い眼付でまた私の袖をぬすみ見たが、あれは私を憐んでいるつもりなのか。腕がないばかりに再び曲芸師として立てないことを、私は落伍したとは考えない。少くとも頭の中ではそうは思わぬ。自分を失ってエピゴネン[やぶちゃん注:ドイツ語「Epigonen」。思想・文学・芸術などでの卑称としての「追随者」「独創性のない模倣者」「亜流」の意の蔑称。語源はギリシャ語(ラテン文字転写)「epigonos」で「後に生まれた者」の意。]に落ちた三五郎の方が落伍者だと、歩きながらそう胸の中で叫ぶ度に、私はちょん切れた肩のあたりに力を入れるのだが、しかし三五郎はたしかにそこらで自分を胡麻化(ごまか)しているに違いないのだ。自分を投げ出さなかったということを心に刻んで、それで足を洗おうなどあまり虫が良すぎる。三五郎が「お爺さん」を眺める眼があんなに憎しみにあふれているのも、三五郎は自分の絶望と対面するのが恐いのだと、そう思うと何故か山彦のように虚(むな)しいものが磅礴(ほうはく)[やぶちゃん注:広がって満ちること。満ち塞がること。]と私の胸の空洞に拡がって来た。

 

 教えられた道を歩いて行くと洋服屋は直ぐに見つかった。深い板廂(いたびさし)にとりついて蝉が一匹一所懸命に鳴いていた。出て来た洋服屋は山羊に似た顔をした大きな男で、その癖大変横柄な口を利いた。私がただ、洋服を仕立てて買いたい旨を申述べると、小さな眼で私を見詰めていたが、「君は闇屋か」と突っぱなすように言った。

 私が黙っていると更に重ねて、「いまどき闇屋ででもなければ背広は作れないからな」

「闇屋じゃないよ。俺は廃兵ですよ」

 服屋は私の右袖に気が付いたように眼をうつした。そして誰でもが作るあの表情をちらと顔に走らせたが、すぐ眼を外(そ)らして、

「気の毒だが猶(なお)のこと駄目だ。服の仕立というものはバランスの芸術だからな。腕の無い男の服など俺は作りたくない」

「作ってもらうのは私じゃない。私は使いの者ですよ。注文主は町外れで待っている」

 服屋は暫(しばら)く黙っていたがやがて、

「その注文主というのは君みたいな不具じゃないだろうな」

「いいえ、ちゃんと手足が揃っていますよ」

「――一言断って置くが、俺の仕立に注文はつけさせないよ。好きな型に作っても良いのなら引受けよう」

 注文つけないから好きなように作って呉れと私が答え、それから服屋と一緒に表に出て、また乾いた埃道(ほこりみち)を取って返した。歩きながら服屋は、自分は戦争中にも国民服の仕立を全然やらなかったと言って威張った。国民服ですら仕立てなかったのだから、現在派手な闇屋服など死んでも作る気にならないと言った。現代ほど洋服が侮辱された型で作られている時代はない。今の仕立職人は皆自棄(やけ)っぱちで作製に従事しているんだ。良心のある服屋など居やしない。

「俺が拵(こしら)えるのは英国風の高雅な型の服だ」

 終戦後そんな服を製作したことがないから、今度の注文は大層楽しみだと、始めて汚ない歯を見せて笑った。何だかその感じは下司で、言葉の横柄なのも生得のものでなく、変につくった感じで、あまりいい気分ではなかったが、こうして単純に喜んでいる処を見れば私は何だか後ろめたくなって、いろいろ言いそびれているうちに土手まで来た。川風に吹かれて踞(うずくま)った爬虫類(はちゅうるい)のような汚れた天幕小舎が眼の下にあった。何だサアカスじゃないかと言いながら、それでも服屋は土手の斜面を私について山羊のように駆け降りた。

 楽屋に入ると、団長は椅子に腰かけて腕を組み、埴輪(はにわ)みたいな顔で私達を見た。服屋ですよと私が言うと団長は立ち上ったが、顔色は悪く無表情のままだった。側には力業士(ちからわざし)の三光が、しょげたように腰をかけていた。さげすんだような薄笑いを浮べて楽屋を見廻していた服屋が、立ち上った団長に向って口をひらいた。

「洋服作りたいと言うのはお前さんかね」

「私じゃない」と団長は悲しそうな声で答えた。「私には服を新調する余裕はない。作って貰いたいのは、彼奴(あいつ)のだ」

 団長の顎(あご)のしゃくるまま、楽屋の隅に視線を走らせた瞬間、そこで服屋はあきらかに驚愕したらしかった。二三歩後すざりをしたが忽ち振返って私をにらみつけた。

「君達はきっと俺をからかっているんだな」

「からかいはしませんよ」汚ないものを踏み潰すような厭な気分に囚われながら私は言い返した。「前もつてお猿さんだと断らなかったのは悪いけど、とにかくあいつに似合う高雅な服をお願いしたいのです」

 幽かに鎖がじゃらじやら鳴って「お爺さん」が身じろぎをしたらしい。長い腕で膝を抱え、脅(おび)えたような瞳を此方に向け、高い声でキキッと鳴いた。こいつは鳴くだけしか出来ないんだと、低い呟きにふと惜しみが籠ったと思うと、団長は片手の鞭(むち)を威嚇するようにふり上げた。「お爺さん」は掌を額にあて燃えるような眼付で見返した。私はその時自分の手指がふるえるのに気が付いた。

「猿の洋服を俺に作らせようというのか」やがて落着きを取戻したらしく変に冷たい険のある声になって服屋が言った。

「この俺に、あの猿の洋服を」

「何故猿の服が作れないんだ」団長が突然聞きとがめていらいらした顔をふりむけた。「猿の服だって何だって、仕事に打込んでひけを取らないということは立派な事だ」

「そりゃ立派な事だろう。しかし俺はこれでも芸術家だぜ」

 その言葉を聞いた時団長の頰に毒々しい笑いがのぼって来た。鞭を上げて猿を指した。

「あいつだって芸術家だよ。お前さんにひけは取らない」

「ふざけるのはよしましょう。あの猿が何故芸術家なんだ」

「芸術というのは感動の表現だからな。あいつは何も芸当は出来ないけれど、洋服を着て舞台に現われるだけで、あいつは見物に痛烈な感銘を与えるのだそうだ。此処では唯一つの、天成の芸術家だよ」

 そう言い終ると団長は、何故かへんに冷たい視線でじろりと私にながしめを呉れた。服屋は黙って「お爺さん」の方を一心に見詰めていた。暑いのか服屋の額には大粒の汗が並んでふき上っていた。そしてそれは次々に頰に流れ落ちた。舞台の方からは破れたラッパの音が流れて来る。気の毒なようないら立たしいような変てこな感じに堪え難くなった時、やがて服屋が低い声で口を開いた。

「作れというなら作ってやりましょう。その代り少し高いですぞ」

「いくら位だ」

 服屋はふと小さな眼を宙に浮かせたが、直ぐはっきり叫んだ。

「二万円だ」

 団長の頰から急にうす笑いの影が消えて、もとの埴輪のような顔に戻った。鞭の先で長靴をぴしりと打った。

「よし払ってやろう。但し出来上ってからの話だ」

 寸法を取る時「お爺さん」はキャッキャツと叫んであはばれるので、止むなく私たちが手で押えていなけれはならなかった。「お爺さん」は顔を皺(しわ)だらけに歪めて身体を私の手の中でむくむく動かしたが、ただれた目蓋(まぶた)の端にうすい涙を溜め、訴えるようないろを眼いっぱいにたたえていた。服屋は蒼い顔になり、唇を嚙みながら黙々として寸法を取った。舞台から降りて来た三五郎も道化服のままそれを眺めていた。

 寸法を計り終えると服屋は直ぐ立ち上って出て行こうとしたが、振り返って拳を握って顔の前で二三度振った。

「お前たちが着てるよりもっともっと立派な洋服を、俺は此の猿につくってやるぞ。その時になって驚くな。ちゃんと金を用意して置け」

 服屋の肩を怒らせた後姿は入口の斜光を乱し、そして天幕の外に消えて行った。それを見送っていた団長が、何を思ったのか突然大きな声で叫んだ。

「誰か金箱を持って来い」

 三光が持って来た金箱をあけて、団長はその中を掌でかき廻した。

「皆見てみろ。いくらも入っていやしねえ」

「どうもすみません」と三光があやまった。

「あやまって済むことだと思うか」

 それから団長はしゃべっているうちに段々亢奮して来たらしく、椅子を立ち上ったり歩き廻ったりした。団長がたかぶっているのは、今の服屋の軒捨台辞(すてぜりふ)のためだけではなく、傍で三光が逞(たくま)しい肩をすぼめてしょげているところから見れば、どんなことが起ったのかと思っていると、今日の舞台で、三光が力業士のくせに重量上げで飛入りのお客に敗北し、懸賞金二千円を持って行かれたという話である。もっとも三光は先日まで麻疹(はしか)にかかっていて、こんな年頃になって麻疹にかかるとは可笑(おか)しな話だが、こんなに筋肉だけ畸形(きけい)的に発達したような男の内部にはどこか弱い未熟なところがあるのだろう、そのせいで体力も衰えていたに違いない。団長は鞭で長靴をしきりにひっぱたいた。

「懸賞金が惜しいだけで私は言っているのじゃない。専門家が素人に負かされる、そんな阿呆な話があるか。私が借金したり夜逃げまでして曲馬精神を盛り立てて行こうとしているのに、お前たちは内部から私に煮湯を吞ませるようなことばかりをする。此処へ来てもう借金が出来たぞ。四五日も経てはあの先刻のインチキな洋服屋にも二万円作らねばならん。寄席をのぞいて見ろ。どれだけお客が入っているか。(此処で団長は眉をしかめた。あの変な客というのを思い出したのだろう)お前たちは皆目自信をなくしているのだ。自信をやくざなものと掏(す)りかえているんだ。お前たちは皆偽者だ。お前もだ。お前もだ。(団長は一人一人指さしながら)お前達は揃いも揃って、みな糞土(ふんど)の牆(しょう)だ!」

「糞土の牆、とは何でございましょう」床に踞(うずくま)っていた三光がおそるおそる訊ねた。

うんこの垣根のことだ!」と団長は怒鳴り返した。

[やぶちゃん注:「糞土の牆」「糞土の牆は杇(ぬ)るべからず」。「論語」の「公冶長」出典の比喩。但し、「糞土」はダイレクトな「くそ」の意ではなく比喩。「ぼろぼろに腐った土塀は上塗りができない」で、「なまけ者は教育しても甲斐がない」という譬え。

   *

宰予晝寢。子曰、「朽木不可雕也。糞土之牆不可杇也。於予與何誅。」。

(宰予(さいよ)[やぶちゃん注:孔子の弟子の名。]、晝、寢(い)ぬ。子、曰はく、「朽木(きうぼく)は雕(ゑ)るべからざるなり。糞土の牆(しやう)は杇るべからざるなり。

予に於いてか、何(なん)ぞ誅(せ)めん。」と。)

   *

「杇」は本来は「鏝(こて)」のこと。ここは動詞。鏝で腐った土塀を上塗りする。「誅」ここは「責める・叱る」の意。]

「私も糞土のなんとかでしょうか」楽屋の隅っこから三五郎もかなしげに限を光らせて声を上げた。

「勿論そうだ。糞土以外のものであるか。お前の芸など全くのくすぐりだ。下司(げす)だ。あれで自信あるつもりかも知れんが、俺からみれば全くの遼東(りょうとう)の豕(いのこ)だ」ぐるっと見廻して今度は私の方を鋭く鞭でさした。「お前がまた、うんこだ」

[やぶちゃん注:「遼東(りょうとう)の豕」「遼東之豕」。狭い世界で育ち、他の世界を知らないため、自分だけ優れていると思い込んで、得意になっていること。独り善がり。「遼東」の「遼」は「遼河」で河の名。その東の現在の遼寧省南部地方の広域地名。「豕」は「豚」。出典は「後漢書」の「朱浮伝(しゅふでん)」に出る故事。昔、遼東地方の人が、飼っている豚が白い頭の豚を生んだのをたいそう珍しく思って、これを天子に献上しようと、河東(山西省)まで行ったところ、豚の群れに出会い、それが、皆、白い頭の豚だったので、自分の無知を恥じて帰ったという話に基づく。]

 ぎょつとして私が団長を見返していると、団長は眼をきらきら光らせながら鋭い口調で畳みかけた。

「猿に洋服を着せようなど、第一その思い付が気に食わん。ことに野卑な復讐の企みだ」

「だって良い思い付だとあの時賛成したではありませんか」

「賛成などするものか。お前の心根にぎょつとした位だ。嘘をつくのもいい加減に止せ。此の前の町で猿をわざと逃がしたのもお前だろう」

 言うことが一々肯綮(こうけい)にあたって来たから私は驚きながら、

[やぶちゃん注:「肯綮」物事の急所。肝心要の箇所。「肯」は「骨に附いた肉」で、「綮」は「筋肉と骨とを結ぶ筋や腱のような部分」を指す。「荘子」の「養生主」を出典とする。料理の名人の庖丁(ほうてい)が梁の恵王の前で牛を料理した際、その神技を褒めたところが、肯綮に刃物を当てさえすれば、自然に骨肉は切り離せると答えた話による。]

「そりや私じゃありませんよ。私が逃がすわけがない。結び目をひとりで解いて逃げ出したんですよ」

「まだ嘘を言うとる。お前が結び目をゆるめていた処を見たものも居るぞ」

 誰が告口したのかと思わず四周(まわり)を見廻すと、一座の眼がみんな射るように私にささって来て、これも団長の巧妙なわなかも知れぬと私がどぎまぎ考えをまとめかけた時、幸い団長の鉾先(ほこさき)が私を外れて再び三光に向ったからぼろを出さずに済んだが、今度は三光が毒舌に堪えかねて、毎日芋や雑粉を食わせられそれで人並の力が出る訳があろうか、と言い返したのをきっかけに一座は混乱に陥って、服屋にはらう二万円で白米を買えと怒鳴るやら、女の子が泣き出すやら、舞台の方は穴だらけで、止むなくいつもより二時間も早く打出太鼓を鳴らして客を追い出したのも、まだ夕陽があかあかと河原の玉萄黍(とうもろこし)の葉末を染めている程の時刻であった。

[やぶちゃん注:「雑粉」小麦粉以外の本来は食用にしないような穀類を粉末にしたもの。]

 

 こんな訳で「お爺さん」の服を注文したのが私の独断みたいな形になったが、考えてみるとすべての責任は団長にある訳なので、私は提案者だとはいえあとの点では雑用を果したにすぎないのだ。それにも拘らず一座の面々が私を眺める取付は変に険をもつていて、集っている処に私が入って行くと、急に皆黙りこんでしまったりする。まさか私を憎んでいる訳ではないだろうが、どうも変だ。そして言葉の行きがかり上、二万円払ってやると怒鳴ってから団長が、急にすべてに強腰[やぶちゃん注:「つよごし」。]になったのも、おそらく捨身の心境に到達したからに違いなく、あるいは洋服だけ受取って再び夜逃げを決行するつもりではないかとも想像された。しかしそれにも私には割切れない部分がある。暑熱と食物のせいか皆も何か元気がなくなって、演技の張りも何時しか失われているらしかった。相変らず客席の入りも悪いようで、楽屋に聞えて来る拍手の音もまばらである。楽屋のすみでは「お爺さん」が、物憂(ものう)げに鎖でつながれていた。

「此の前『お爺さん』を逃がそうとしたというのは本当なの」

 弓子が舞台用の赤い胴着をつけたまま、私に近づいて、低い声で聞いた。楽屋の壁になっている天幕の帆布の止金が朽ちかけていて、川風にともすればあおられそうになるのを、私は苦心して修繕しようとしていたのだ。私は金槌を置いて憮然(ぶぜん)として答えた。

「あんなに逃げたがっているものを繋いで置くことは、可哀そうだと思わないかね」

「そりゃ思うわ。しかし此処にいれば人蔘(にんじん)の尻尾だって何だって食べられるのに、なぜ逃げたがるんでしょうね」

「お爺さんは一人になりたいのだよ」

 金槌を取上げて又私は釘を打ちつけた。調べて見ると止金は次々朽ちていて、皆外(はず)れそうになっているのであった。弓子は可憐な溜息をついた。

「なぜ近頃皆あんなに苛々(いらいら)して、怒鳴ってばかりいるんでしょうねえ」

「人間だってぎりぎりの処は一人なんだよ。傷つけ合っているのは表面だけだよ」

「何だか皆憎み合ってるようだわ。三光さんはお爺さんを猿鍋にして食っちまうと言ってるわ」

「本当のことが判れば皆憎み合わなくて済むのだよ。何でもないことなんだ」

「貴方だって人を憎んでるんじゃないこと」と弓子がぽつんと言った。「だってお爺さんに洋服着せるようなことを考え出すんですもの」

 金槌を振う私の左手にふと力が籠(こも)って、気がつくと弓子は私の右袖を揺れないように指で押えていた。微かな苦痛が胸を走るのを感じながら、少し邪慳(じゃけん)に私はそれを振離した。

「俺は皆が好きなのだ。好きだからいやなんだ。俺は一人だと判っているから尚のこと此の団が離れられないんだよ」

「だって此処も潰れるわ。三五郎さんがそう言ったわよ。古里に帰って百姓するんだって。あんたはどうするの」

 白粉焼けのした弓子の顔が変に年増くさく醜く見えた。

「あなたは昔はとても腕の良い曲芸師だったんですってね。それも三五郎さんから聞いたわ」

「早く楽屋へお帰り、三光が見ている」

 天幕小舎の骨組になっている木材もほとんど朽ちかけていて、止金はいくら打ちつけても直ぐにゆるむものらしかった。女なんか腐った止金みたいなものだと腹立たしく、やがて金槌をほうり出して私も楽屋に入った。「お爺さん」は今舞台を降りて来た処で、鎖の端を三光に握られ、床を四足でヒョコヒョコと這っていた。私は眼をそらした。私はその時、「お爺さん」に服を着せるような思い付を次第に後悔し始めていたのである。そんな事をやって何になるだろう。洋服を着た猿などは子供の絵本の中だけで結構で、強いて笑いたければ三五郎の猿芸でも眺めれば結構なのだ。服を着た猿の痛烈な幻影は私の予感の中で真黒に光るだけで、現実に舞台に「お爺さん」が出たとしても、後味の悪い笑い声をのこしたまま、やがて観た人の脳裡から薄れてしまうだろう。ひとりよがりで私が考えていたように、その舞台によってお客が殺到することは先ずないであろう。そうなれば二万円の洋服などというものは、ぼろ片[やぶちゃん注:「ぼろきれ」。]よりも価値がなくなって、落語の蜜柑の袋のように大事にそれを抱えて、再び山越えして夜逃げを敢行する羽目になるかも知れない。しかし本当を言えば、それは始めから私に判っていたことなのだ。茶番というのは「お爺さん」を舞台に出すことではなくて、まことにそのことだと思うと、団長が私をののしって野卑な復讐と言った言葉が、俄(にわか)に鋭い悲しみとなって胸に突き刺さって来た。復讐とは何だろう。私のような現実から手痛いしかえしを受けている身にとって、私は自分も他人もひっくるめて人間というものに弱々しく嘲けり返すのがせい一杯で、それをすら野卑と言うならば、こんな羽目に落ちてもまだ絶望せず無感覚な営みをつづけて行こうという一座の連中は何と言っていいのだろう。それを思うとすべては朽木に止金をつけるよりもっと果敢ない感が湧き上って来るのだが、此の無感動な錯綜の中であの変な服屋が作る洋服だけが着々裁(た)たれつつあるのだと気付くと、私は奇妙な焮衝(きんしょう)を押え難く、居ても立っても居られない気特になってまた身仕度して服屋の店に出かけて行った。

[やぶちゃん注:「落語の蜜柑の袋」上方落語の知られた名品「千両蜜柑」のエンディング。ウィキの「千両蜜柑」の「上方版」の終りの部分を参照されたい。

「焮衝」原義は身体の一局部が赤くはれ、熱をもって痛むこと、炎症であるが、ここは感覚上の譬え。]

 御免と言って店に入ると、あの服屋は裁刀[やぶちゃん注:「たちがたな」。衣服を縫う時、布を裁ち切るのに用いる刀。鑿を太くしたようなずんぐりした形状を成す。]を逆手に握って裁台にかぶさっていたが、血走った小さい眼を上げてじろりと私をにらんだ。見るとあの洋服らしく、すでに七分通り出来上っているようすである。服屋はそれを私の眼前でピラピラ振って見せ、怒ったような口調で言った。

「どうだ。よく見ろ。こんな立派な服が近頃あるか」

 子供服の型とも違う変に凝縮した形の服だが、生地は茶色の上等のホウムスパンであった。仕立は丹念に出来ているらしく、服屋の顔はむくんで無精髭が密生しているところから見れば、或いは精をつめて此の仕事にかかっているのかも知れなかった。こんな仕事に精魂つめているらしいことが、何故か突然私の嫌悪を烈しくそそった。服を手にとり私は気持を殺しながら裏返して見た。

[やぶちゃん注:「ホウムスパン」homespun。手織り布。]

「なるほど立派な仕立ですね。少し形が可笑しいが」

「あたりまえよ。猿の身体に合せて作ったんだ」

 バランスが取れていないような気がする、と言いかけて私は口をつぐんだ。服屋の山羊のような眼が、簒奪(さんだつ)者のそれのように光ったからである。暫(しばら)くして私は服屋の店を離れた。

 又暑い街道をてくてく歩きながら考えていると、汗がやたらに滲(にじ)み出て、佗(わび)しい片側町に莢竹桃(きょうちくとう)だけが重く汚れた花をつけているのが、いやに暑苦しく思われた。一体あの男にあんなに精魂詰めさせる情熱とは何か。芸術の名に於て猿公の洋服をつくるなど、悪魔に魅入られた者ですら考え得ない悲惨な行事だが、考えてみると一度は逃がしてやろうと試みもしながら、今度は改めてあの「お爺さん」にストレート・ジャケットみたいな洋服を着せてやろうと思い付く私自身も、言わば同じく情熱の奇怪な偏向から逃れられないでいるのだろう。裁刀を逆手にかまえてあの服屋が確めようとしているのは、服型のバランスではなくて、胸にしまった平衡器の狂った目盛なのだろう。そう思うと私は腹に重たく沈みこんで来るものを感じながら疲れた瞼をあげると、埃の街道を小うるさく行き交う荷馬車の響きが耳におちて、荷曳(にびき)も馬も嘔(は)きたくなるような黄色い麦藁帽(むぎわらぼう)をかむっているのが何とも目に恥みた。掌を額にかざして陽を避けながら歩いて来るうち、曲角に小さな風呂屋があって、私はやり切れなくなって何となくそこへ飛び込んだ。毎夕河原で水は浴びているのだが、脂肪の層で身体中がべとべとになつているような気がする。狭い脱衣所で衣類を脱ぎ、ぬるい湯槽に顎(あご)までひたると私は思わず大きな溜息が出た。咽喉(のど)のところまで何か黒いかたまりが上って来るような気がする。手拭いで顔をぬらして、ふと見ると私の顔の前に、湯から生え出た茸みたいな首があつて、あはっというような咳(せき)をして、待ちかまえたように私に話しかけた。

[やぶちゃん注:「ストレート・ジャケット」「straightjacke」。凶暴な人を拘束する手段として、腕を胴体に固く縛り付けるために使われるジャケットのような拘束着のこと。]

「そこでこないだの話はどうなりましたかな」

 何のことだか判らない。人違いをしているのだろうと思つて私が他をむいていると、

「お金のことならなんぼでもお出し致しますがな」

 それではっと思い出すと、それは少し驚いたことにはあのスパッツを着けた老紳士の顔であった。生真面目そうな口調でおそろしく抑揚のない声なので、心の中では何を考えているのか知らないが、それにしても、まだこんなことを言っているのかと私は束の間の平静を乱されて少し腹立たしくなって来たが、男の首は探るように私を眺め廻しているのであった。先程の服屋といい此の老人といい、何と妙な処に力感を入れて来るのだろうと、黙って手拭いで頭を濡らしながら見返しているうちに、ふと私の胸にある企みが湧いて来て、私はよく考えもしないで口を開いていた。

「なんぼでもって、いくら位出す積りです」

「そりや、二千でも三千でも、おっしゃるだけすぐ持って参りますよ」

「二万円なら如何ですか」

 大へん驚いたらしく老人は変な咳を二三度したが、「二万円。二万円」と探るように呟き始めた。比の前の時は少しねじが狂った感じであったが、今日は顔だけ眺めているせいか仲々まっとうな感じで、ふとこちらが狂っているような錯覚に落ちた。たかが一匹の猿に二万円出せなど、少し気が変らしいと、老人が考えているのではないかと思うと、少し居づらくなって湯槽を出ようとしたら、老人は手拭いで湯をぴちゃぴちゃ叩(たた)きながら、

「いやあ、またいずれ」確かな声音であった。

 追われるように服を着けながら、思えば異常も正常も人間の決めた約束ごとで、ことに今の乱世では各自が自分の信じることを行うことが真実で、他人を異常と思うこと自身が既に正常ではないのかも知れないと考えた。そしてあの老人が、どうにか二万円持って来るのではないかという気が一寸したが、風呂屋の外に出てみたらもう老人のことなど忘れてしまった。また暑い道を歩いた。

 河原の天幕小舎にもどって楽屋に入ると、雰囲気が何となくざわざわしているから、弓子をつかまえてどうしたのだと訊ねると、また「お爺さん」が逃亡しようとしたのだと言う。柱につないだ鎖の環がどういう訳かはずれていて、やっと追いつめて捕えたけれども、ずいぶん引搔かれたものもいるらしい。私が居れば或いは私に疑いがかかる処だが、此の前のいきさつもあつて今度は三光に疑いがかかり、それで一揉(ひとも)めしたとの話だ。見ると三光は渋団扇(うちわ)のように張った肩を柱にもたせ、衣裳箱につながれた「お爺さん」の顔をじっとにらんでいた。あの日以来団長の命令で、懸賞力比べの演(だ)し物は廃止となり、そのため三光はひどく自尊心を傷つけられたらしく、楽屋で休んでいる時など突然大声を立てて衣裳箱を目よりも高く持ち上げてみたり、夕食の粉団子を他人の五六倍も食べて見せたり、少し奇矯な行為が多かったが、しかし私には三光が猿の鎖を解いたとは信じられない。三光の持っている自意識とは、せいぜい惚れた女にさげすんだポーズを見せる程度の気持の裏返しなので、猿の鎖を解き放つような高遠で愚劣な所業を犯す筈がない。頃日(けいじち)揚言したというように思い立てば猿鍋にしていきなり食ってしまうに違いないのだ。眺めている中に私は此の古びた麵麭(パン)のような筋肉のかたまりが大へん気の毒になって来たので、慰めてやろうと思って近づいて行くと、「お爺さん」をにらんでいたように見えた彼の眼は実はぼんやり疲れをたたえていて、見開いているだけで、私の跫音(あしおと)に鈍く振り向いたが、それと認めるとへんに物憂い調子でひとりごとのように言った。今まで考えていたことの続きを、ふと脈絡もなく口にしたという具合だった。

うんこの垣根とは、ありゃ何のことだい」

 そして打ちのめされたような笑いを頰にうかべたが、今度は聞えるか聞えないほどの幽かな声でささやいた。

「今朝は弓子と何をひそひそ話してたんだい。俺の悪口か」

 こう私にささやきかけながら、その癖三光の眼は遠くばかり見ていて、私の方は少しも眺めていないのであった。この男が猿の鎖を解くわけがないのだ。誰か他の人間が解いたに違いないのだ。誰だか判らないし、勿論私ではない。しかしそれはどうも三五郎であるらしい。その後の情勢から見て何となく私はそう思う。

 それはそれから三日後のことで、客を打出して後、川上の農家から物交(ぶつこう)[やぶちゃん注:物々交換。]で仕入れた焼酎を、私が河原で夕涼みがてら傾けようと楽屋の裏口まで出て来ると、今まで河水を浴びていたらしく三五郎が身体を拭きながら戻って来るのとぱったり逢った。三五郎は私が抱えた瓶をじろりと眺めたが、一寸険しい声になって、何処へ行くのだ、と私に聞いた。河原で飲もうと思う旨を答えたら、硬ばった笑いを頰に浮べて、

「なるほどな。祝い酒という訳か」

 ひどくさげすむような調子なので、まだ「お爺さん」のことにこだわっているのかと、私も悲しく立ち向う気配を見せて、

「そりや悪かったな。しかし酒でも飲まなきゃ自信が出せないからな」

「酒のむのはお前の勝手だが、洋服の進行状態は一体どうだい」

「もう仮縫(かりぬい)が出来上って来る頃だ。気になるのか」

「しかしそれをお前は爺さんに着せるつもりか。爺さんが舞台に出る前に此の曲馬団が潰れることは、お前だって百も承知だろ」

「そんな事が俺に判るものか。どうせ潰れるものなら俺は只あの気の毒な爺さんに一度は晴の舞台を踏ませてやりたいと思うだけよ」

「そいつは存分ひねくれた言い方だな。そんな事ばかり考えているから、爺さんが腹を立てて逃げ出そうとするんだ」

 さては鎖を切ったのは三五郎だな、と私がその時気が付いてそう言おうとすると、三五郎はおっかぶせて、

「で、売渡しの話はもう済んだのか」

「それはどういう意味なんだ」

「白ばくれているな。何もかも判っているんだぞ。前の町の追手と何時の間にかこそこそ連絡しやがって」

 言う事の意外に私は驚きながら、

「お前が言うのは町長に似たという男か」

「そうよ。団長が怒っているのもそのせいだ」

 私の思い付に賛成して置きながら、あの時それを覆(くつが)えして私を罵(ののし)った団長を、私は絶望しかかった人間の末期的症状とばかり思っていたのだが、しかしそれにしてはどうも変だと感じられたのも、こんな奇妙な罠(わな)があったのかとむしろ可笑(おか)しくなりながら、

「お前達はほんとにやくざな人間だな。そんな出鱈目(でたらめ)をなぜ信じ込んでいるのか。祝い酒とはそんな積りで言ったのか」

「まだ白を切る。では聞くが此の前猿を逃がしかけた男が、何で発心して洋服を着せようというんだ。そんな男の言うことが信用出来るか」

「そりゃ、お、おれの心の問題だ。お前に何の関係があるか。お前の怒った顔はお爺さんそつくりだぞ。俺の真似して爺さんの鎖を切ったりして、自分だけ無傷でいようなど飛んでもない話だ。道化とは嗤(わら)う精神だと言ったじゃないか。嗤う精神とはな、自分を投げ出す処から始まるんだ」

「いいようなことをよくしゃべるな。片腕投げ出すみたいに行くものか」

「そんな事を言うのか。三五郎。そんな眼付で俺を見るのは止せ」

 三五郎はキラキラ光る眼で私の右袖をじっと眺めていたが、

「お前は俺を憎んでるんじゃないだろう。お前は失われた自分の片腕を憎んでいるのだ」

「そう思うならそれで結構だ。たとえばお前がお爺さんを憎むようにな」

「憎むものか。傾が憎むものは人間のひねくれた根性だ。はっきり言って置くが、此処が潰れて皆失業者になって、その時一番困るのは片輪のお前だぜ。俺なんざどうでもなる」

「三五郎」と私は呼びかけた。「俺はな、俺の右袖をチラチラ気の毒そうに眺められるより、今のように片輪だとはっきり言って呉れる方がよっぽど有難いのだ。ところがお前は、片輪などと言ったら俺が参ると思っているのだろう。俺は此処を潰そうなどと、そんなけちな事を考えゃしない。俺が潰したいのは他のものだ。そう言ったってお前には判りゃしない。まだお前は、俺が追手と密談したなどと、痴(たわ)けた中傷を信じているだろう」

 そう言い捨てると私は瓶を抱きかえ、背中いっぱいに三五郎の視線を感じながら歩き出した。私の心は重く暗かった。何か私の知らない罠みたいなものが周到にあちこち張りめぐらされていて、それが人と人との関係を縦横に歪めているらしいのだが、その歪んだ流れの中に私も何時しか引きこまれて、何にも判らないうちに私は溺れかかっているらしい。人間は誤解の形でしか他人を解釈出来ないものだろうけれども、ことによると私は私自身を誤解しているのではなかろうかという疑念が、荒涼たる形で私の頭の中に拡がって来た。

 私は河原の夏草の薄い斜面に腰をおろした。ここから天幕小舎は一望の間に見えるのである。斜陽を受けた天幕はその灰色の生地をかくして、緑や金にきらめいて見えるのだ。生地に残った胡粉(ごふん)が光線の加減で輝くのである。私は瓶の栓を口で抜き、静かに唇をあてた。咽喉(のど)を焼いて強烈な液体が胃に流れて行った。そして暫(しばら)くすると身体中が熱く疼(うず)いて来た。私はまた静かに唇をあてる。

 先刻の会話が何かかなしく後味を引いていた。私は酔いが次第に廻って来るのを感じながら、右袖を後ろにはねた。なぜ私はあんな心にもないことをしやべったりするのだろう。あの痛いもののように私の腕をぬすみ見るたくさんの眼を、私はその時想い出していた。私は憐れまれたくないのだ。酔いに沈んだ頭の片隅でそう考えた。憐れみを憎むこととは、しかし何だろう。それを拒むことで私は何を得たのか。そして私が探りあてたと思ったものは鉱石の露床ではなくて、何かどろどろした汚物であったのかも知れないのだ。

「糞土の牆(しょう)だって何だって良いや」と私は呟いた。そうしてまた瓶を傾けた。その時瞼のうらに突然、延々と重なりつづく黄色の宏壮な壁の幻が蜃気楼(しんきろう)のように浮び上って来た。それは私が大陸で、片腕を失った瞬間に眺めていた城壁にも似ていたが、またもっとなまなましく身に迫る堆積(たいせき)のようでもあった。ある灼熱感が私いっぱいを満たしていた。その束の間の幻を破って、雲を脱けた斜陽が河水を弾(はじ)いた直光となつて、ぎらぎらと瞼に沁みて来た。 

 

「お爺さん」の洋服が出来上って来たのはその翌日のことである。昼過ぎから風が立って河原の玉萄黍(とうもろこし)がいっせいになびいた。天幕小舎の上を風が乾いた音を立てて渡り、その度に帆布はばたばたと騒いだ。

 舞台の袖の床に釘が出ていて、せんから往き帰りに靴が傷(いた)むということなので、釘抜で私が引抜きかけていると、出を待っていた弓子が気味悪そうな声を立てて、

「また来てるわ。あの人」

 と呟くのが聞えた。何だいと私が訊ねると、弓子は変な表情で私を向き、しばらく黙っていたが、

「あの人よ。町長さんよ」

 冷淡な口調で、その眼付も今まで弓子に見たことがない堅い色であった。私がどうかしたのかと立ち上り、袖から客席をのぞくと平土間には四十人程の客がまばらに散っていて、その一角を弓子は鋭く指しながら、耳の傍で低く険しくささやいた。

「こないだあの人と河原で話してたというんじゃないの」

 その言い方が変に憎しみに満ちているので、もうこんな女の子にまでその中傷は行き渡っているのかと、弓子の指す方向に瞳を定めたとたん、私は思わず何か叫びかけて口を抑えたのだ。

 粗板を渡した腰掛の上に上体を少し反(そ)り、顔をあちこち動かしているのは、紛(まぎ)れもなくあのスパッツの老紳士であった。そして、彼の視線が偶然、袖からのぞいた私に落ちたらしく、頭を固定させたまま腰を浮かすらしかった。

 あわてて顔をひっこめて弓子と顔を合わすと、先刻からじっと私の挙動を見詰めていたらしい弓子は、唇を一寸歪めてはきすてるように言った。

「あんたも変な人ね」

 変なのは私じゃない、皆じゃないかと、私は急に可笑しくなって来て、返事もしないで弓子を見返している中、考えてみると誤解の内容があまり簡単なので、弁明すればするほど、私は疑いを増されるような具合で、だいいち親爺に似ているから猿をゆずってくれなどと、いくら血迷った一座の人でも信用しないだろう。そしてそれを私が半ば信じているということをどんな風に説明したらいいのだろうと考えていると、何か訳の判らない不安なものがじわじわと私の胸の中に拡がって来た。それは奇妙に浅く底が割れたからくりの奥に、自分等の漠然とした脅(おび)えをあの老紳士に仮託していた一座の人々の心情の在り方が、俄に破局的な感じで私を貫いて来たのである。

 それは誠(まこと)にいやな予感を伴っていたので、それを押し殺しながら顔を背けて私はもとの仕事に取りかかろうとした時だった。私はきっと可怖(こわ)い表情をつくっていたに違いないと思う。縛って釘抜を拾い上げようとしたら、弓子が急に大きく息を引いたので、首をねじむけようとすると、楽屋の天井を洩れる青い光が少し乱れて、裏口の扉がぎいと鳴った。そして背光に黒く浮き上ってきたのは、身体の恰好であの服屋だとすぐに判った。釘抜を取りおとして私は立ち上った。釘抜は床でポクッとにぶい音を立てた。

「仮縫だ」と服屋は私を認めて静かな声で言った。「猿をつれて来い」

 近づいて見ると風の為か服屋の髪はばらばらに乱れていて、小脇には小さな洋服箱をかかえていた。床におろして開くと白い縫糸の筋を入れた小さな洋服が、服屋の憎悪のかたまりのように茶色に整然と畳まれて納っていた。服屋は長い指で髪を乱暴にかき上げた。

 暫くすると団長やその他の連中がぐるりに集って来た。舞台では三五郎の芸が今終る処らしく、散らばった笑い声が風の音に交って流れて来た。

「お爺さん」は服屋が入って来た時から、此の前の日の記憶を取戻すらしく、三本足[やぶちゃん注:ステッキを突いているのである。]で立ち上ってしきりに身をしざらせた。そして帆布の壁に背をあててこちらを燃えるような眼で眺めた。風が吹きつける度に「お爺さん」の部分をのこして、帆布は内側にわかれてふくらんで来た。それは丁度厨子(ずし)の中に納った邪神の形であった。「お爺さん」の眼は緑玉のようにきらきら光った。

 弱い者を犯すような厭な気特に堪えながら、鳴き叫ぶ「お爺さん」を私はしっかと押えつけていた。手の中で柔かい癖にこりこりした「お爺さん」の肉体が神経的に慄えていた。妙に官能的な嗜虐(しぎゃく)と、それへの嫌悪が一緒になって、私は力みながら服を着せる服屋の据を眺めていた。それはもやしのように青白く長い指であった。それを見守る皆の顔が、いちように私と同じ表情を浮べていることを、私は皮膚ではっきり感じ取っていた。

 チョッキの釦(ぼたん)がはめられ、上衣の袖を通す時、細い「お爺さん」の腕の毛が、逆さにざらざらとけば立った。手首まで抑えられた「お爺さん」の薄赤い掌が、私の右袖の袋の先をしっかり握りしめていた。

 発作のような鳴声が次第に低くなってきた。服を着せるために外した鎖が、衣裳箱からずるずると流れ落ちた。着付が終ったのだ。

 私は汗でべとつく手を離して立ち上った。

 何時舞台から降りて来たのか、三五郎が道化服のままひっそりと私の側に立つていた。赤インキを丸く塗った頰がそのまま硬ばって、一寸別人のように見えた。

「似合うじゃないか。立たせて見ろ」

 団長がかすれた声で言った。ひどく苦しそうな表情であった。

 その時裏扉をコツコツと叩く音がした。風に交った礫(つぶて)が吹きつけるのかと思ったら、間を置いてまた叩く音がした。

「誰だね」と私が怒鳴った。

 ギイと鳴って扉が半分開き、半白の頭がゆるやかに現われて来た。そして身体が扉を押して入って来た。私は逆光の中でその男の細い縞ズボンと赤靴の間に、うす白く汚れたスパッツを見た。しまった、という感じが起る前に私は周囲のざわめきが一挙に凝縮する気配を感じて、思わず身体を硬くした。いま時どんなつもりで此の老人は此処に入って来たのか。先刻私を見て腰を浮かしかけた姿が急によみがえって来た時、もはや老人は私に視線を定めて、例の生真面目そうな抑揚のない口調で口を開いた。

「つかんことをお願いに上りましたが、あのお金の話でございますが――」

 そして老人は此の座の変な気配に気付いたらしかった。そこで言葉を切ると頭をかしげてうかがうような瞳色となったが、衣裳箱の上の「お爺さん」を直ぐに認めたらしい。二三歩前に出ながら間のぬけた感嘆の声を立てた。

「ほお。洋服を着ておいでになる」

「お金の話とは何だ」

 団長がかすれた声で誰に言うとなくあえいだ。誰もしんとして返事しなかった。

 皆の視線が私に集中しているので、身じろぎも出来ないのだが、しかし私が何とか口を開けば一挙に混乱におちるだろうという重苦しい予感が、なおのこと私をしめつけていた。私は瞼[やぶちゃん注:ママ。これでもシチュエーションからは私はおかしくないと思う。]をやっと動かして「お爺さん」に視線をうつした。「お爺さん」は衣裳箱の上に後足で立ち上っていた。そしてしきりに服の胸の部分をかきむしる動作を操り返していたが、脚が何か重みに堪えかねてくず折れるようすであった。ズボンの先からは黒い蹠(あし)がふるえていた。胸をかく動作は何かもだえる形に見えた。その姿体は人間のもだえる姿よりもつと深く真面目であった。錐(きり)を刺されるような苦痛を感じながら、私はじっと眼を動かさないでいた。「お爺さん」を眺めていることよりも、それに視線をしばられていることの方が苦しかった。私は頰の先にも、三五郎の刺し通すような視線をぴりぴり感じているのである。

 またひとしきり風が吹きおこって、天幕に砂利を吹きつけた。帆布が鳴りながらふくれ上る。朽ちた止金が厭な軋(きし)みを立てつづけたと思った時、釘がはじけ飛んだらしく微かな音が木材にぶっつかり、帆布の一部がぱっと捲(まく)れてひらひらと翻(ひるがえ)った。風はそこからどっと吹き入った。思わず顔をおおおうとして、私は「お爺さん」の脚が急激に曲げられたのを見た瞬間、「お爺さん」の身体は黒いかたまりになって風に逆(さから)って外の方に飛んだ。

「逃げた!」

 誰の声だか判らない。視界が突然入り乱れて、私も立ち上ろうとした時、糞ッと言う声と共に道化服の華美な色調が一ばいに迫って来て、何だかそこらが無茶苦茶になって、人の足や手が動き廻り、音が鳴りひびいて皆が猿を追っかけるらしい。何が何だか判らない中に私はしっかと三五郎から組み伏せられていた。

「貴様が。貴様が!」

 あえぎながら罵る三五郎の身体から、私は左肩を下にして抑えつけられていた。三五郎の両脚は私の胴をからんでいて、私の咽喉首(のどくび)を三五郎の熱い手がしめつけていたのだ。床が肩に烈しく当り、骨がごろごろと無気味な音を立てた。三五郎の指がきつく咽喉に食い込んで来るので、私は左手を床から抜こうとあせるのだが、右肩の支えがないので、ただ上半身がくねるだけであるらしい。汗で滑るのを追っかけ追っかけ、三五郎の指が頸動脈(けいどうみゃく)を圧して来て、私はもう少しで頭がしびれるような気特に落ちながら、顔を必死の努力で横に倒した。捲れ上った天幕の穴から、土手の一部が区切られて見えた。

 その一瞬の区切られた風景の中で、土手の端を「お爺さん」は茶色の服をまとったまま凄まじい速力で駆けていた。豆粒ほどの上衣の裾が風にはためいていた。その七八間[やぶちゃん注:約十三~十四メートル半。]後を色んな人が走っていた。長靴をつけた団長もいたし、細いズボンの老人もいたし、髪をなびかせた服屋もいた。両手を上にあげるような走り方で、皆そろって大豆粒ほどに見えた。頭に血が来ないせいか風景が黄色く色褪(いろあ)せて、古絵のような現実感のうすい背景の中を、小さい人と小さいけものは素晴らしい速度で駆けていた。土手は黄色く色彩を喪(うしな)い、まるで城壁みたいに凹凸がなかった。もはや幻影に近い黄色の城壁の上をさんさんたる陽光にまみれながら駆け行く群像の影絵は、既に人間やけものの属性を失って、奇怪な悪夢のような人形芝居の一場面であった。

 ある灼熱(しゃくねつ)が身体から手脚の先に電流のように走った。言いようもない深い烈しい悲哀の念が私の胸を荒々しくこすり上げて、私は充血した顔から頭から、汗とも涙とも知れぬ熱いものをいっぱい吹き出しながら、はずみをつけて三五郎をはねとばすと、左手をあげて転がった三五郎の身体の上に猛然と摑(つか)みかかって行った。

  

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