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2019/10/03

小泉八雲 化け物の歌 「七 フナユウレイ」  (大谷正信訳)

 

[やぶちゃん注:本篇の詳細は『小泉八雲 化け物の歌 序・「一 キツネビ」(大谷正信訳)』の私の冒頭注を参照されたい。]

 

     七 フナユウレイ

 溺死した者の靈魂は、手桶又は柄杓(ヒシヤク)を吳れと云つて、船の後を追ふといふ。手桶又は柄杓を拒絕するのは危險である。が、然しその要求に應ずる前に、その道具の底を打きのけねばならず、またさうする處をその幽靈に見せてはならぬのである。壞さない手桶又は柄杓を幽靈に投げてやると、船に水を充たせて沈めるのにそれを使ふ。かういふ妖怪を普通フナユウレイ(『船幽靈』)と呼ぶ。

 平家の侍のうち千百八十五年、壇ノ浦の大海戰で死んだものの幽靈は、フナユウレイのうちでも有名である。平家の大將の一人平知盛は、この氣味惡るい役を演じて著名である。古い繪には、部下のつはものの幽靈を從へて、過ぎ行く船を襲はんと波の上を走つて居る姿が描いてある。或る時、義經の有名な家來、辨慶が乘つて居た船を脅やかした。が、辨慶は數珠を用ひてやつと船を救ふことが出來た。數珠の功力がその妖怪を嚇かして追ひ去つたのである。……

 知盛は、船の錨を背に負うて、海の上を步いて居る様に屢〻畫かれて居る。彼とその供の幽靈はその特に管轄して居る領土――下ノ關附近――に無分別にも碇泊する船の錨をいつも拔いて逃げたといふことである。

[やぶちゃん注:船幽霊の言葉こそ出していないが、小泉八雲は既に『小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十一章 日本海に沿うて (二)』の冒頭で、この知られた「柄杓貸せ」(そこでは「田籠(たご)お呉れ」。「田籠」は担桶(たご)で、水や肥やしなどを入れて天秤棒で担う桶)を既に語っている。「舟幽霊」(私はどうも「舟」と書きたくなる派である)については、私の「怪奇談集」等にも江戸期の怪談に枚挙に暇がないほどさわに出る。特に一推しは、秀抜な葛飾北斎の戦慄の舟幽霊の挿絵が添えられた「北越奇談 巻之四 怪談 其七(舟幽霊)」であろう。また、『柴田宵曲 妖異博物館 「舟幽靈」』も総論としては資料を渉猟してよく書き込んであるもので、本篇の第二段落で語る、知られ謡曲「船弁慶(ふなべんけい)」をも含めて出、ここの注代りになるので参照されたい。]

 

 襟もとへ水かけらるゝ心地せり

    柄杓借せてふ船の聲音に

[やぶちゃん注:「聲音」は「こわね」。これは原拠「狂歌百物語」では「舩幽㚑」の挿絵(周囲の波が妖怪化して舟を襲う絵)の左上に、

 襟もとへ

  水かけらるゝ

    心地せり

  柄杓かせてふ

    舩の聲ねに

      江戶崎

       有文

と出る。]

 

 幽靈に貨す柄杓よりいち早く

    おのれが腰も拔けし船長

[やぶちゃん注:「船長」は「ふなをさ」。原拠は本文に、

 幽㚑にかす柄杓よりいち早く己れかこしもぬける船長 結城 椿園

とある。]

 

 辨慶の數珠のくりきに知盛の

    姿も浮む船の幽靈

[やぶちゃん注:本文に、

 弁慶の珠數のくりきに友盛の姿もうかむ舩の幽㚑 語吉窓㐂樽

の表記で載る(友盛」はママ)。]

 

 幽靈は黃なる泉の人ながら

    靑うなばらになどて出づらん

〔死者の下界――卽ちクワウセン――を「黃泉」といふ。この名は漢字二つから成つていて、一つは「黃な」を意味し一つは「泉」を意味する。太洋といふ[やぶちゃん注:ここの訳は『「太洋」を表わす』でないとおかしい。]極く古い言葉は、これは屢神道の或る文に見えるが、『靑海原』である〕

[やぶちゃん注:本文に、

 幽㚑は黃なる泉の人ながら靑海原になどていつらむ 日光 不二門守黙

とある。]

 

 その姿碇を負うてつきまとふ

    船のへさきや知盛の靈

〔終りの二句には譯の出來ない言葉の戲れがある〕

[やぶちゃん注:原拠本文に、

 其姿いかりを負てつきまとふ舩の舳やとも盛の㚑 蝶々舍登麿

とある。大谷の注の訳は続く後の文“The above rendering includes two possible readings.”(上記の箇所の評言は二通りの解釈が出来る。)を省略してしまっている。無論、「友盛」の「とも」が「艫」に掛けられてあって「舳」に応じて、「舳や艫」に知盛の霊が「つきまとふ」という謂いである。外したのは、後の「怨めしき姿は凄き」の注とダブるからであろうが、不親切である。]

 

 罪深き海に沈みし幽靈の

    浮まんとてや船に縋れる

〔此歌には前記の飜譯が思はせるよりも、もつと凄味があるのである。四句目のウカマンといふ語は、ウカムといふ動詞が二つある[やぶちゃん注:「意味が二つある」の謂い。]のだから、「多分浮ぶであらう」とも、また「多分(救濟といふ佛教的意味で)助かるであらう」とも譯すことが出來る。昔の迷信に據ると、溺死したものの靈魂は自分が生者を誘惑して死なせる時までは、いつまでも水中に住つて居なければならぬ。溺死した者の幽靈がうまく誰れかを溺死さすと再生することが出來、永久に海を去ることが出來る。この歌の幽靈の叫びは實際は『今多分誰れかを溺死さすことが出來よう』といふ意味である。これと餘程似寄つた迷信が、ブレトン海岸に在つたといふことである)しつこく又、近く人の後へ跟いて[やぶちゃん注:「ついて」。]來たがる子供や大人のことを、カハデシンダユウレイノヤウニツレヲホシガル(「溺死した人の幽靈のやうに何處へでも跟いて行きたがる」)と普通日本語で言ふ〕

[やぶちゃん注:「縋れる」「すがれる」。原拠本文に、

 罪ふかき海にしつみし幽㚑のうまんとてや舩にすかれる 美雄

とある。狂号は「よしを」と読むのであろう。]

 

 浮まんと船を慕へる幽靈は

    沈みし人のおもひなるらん

〔この歌ではその種種な言葉の戲れを譯さうにも譯されぬ。が。オモヒといふ語は說明を要する。それは「思」を意味するが、俗語の使ひ方では、死にかかつて居る人の最後の復讐の願望といふことの婉曲な言ひ方に屢用ひられて居る。種種な戲曲でそれを「復讐しようとすゐ魂」といふ意に用ひ來たつて居る。例へば死んだ或る人のことを指して「あれ思が歸つて來た』といふ叫びは、實は「恨んで居るあれの幽靈が見える」といふ意味である〕

[やぶちゃん注:原拠本文に、

 うかまんと舩をしたへる幽㚑は沉みし人のおもひなるらん 下毛葉鹿 其春

とある。「葉鹿」は現在の栃木県足利市葉鹿町(はじかまち)(グーグル・マップ・データ)。]

 

 怨めしき姿は凄き幽靈の

    かぢを邪魔する船のとももり

〔最後の句のトモモリといふ名を用ひて、二重の意味が現してある。トモは船の「艫」の意味、モリは「漏る」の意味である。だから、此歌は知盛の幽靈は船の舵の邪魔するだけでは無く、船を漏らすといふ意味を仄めかして居る〕

[やぶちゃん注:原拠本文に、

 恨めしき姿は凄き幽㚑の楫を邪まする舩のとも盛 無多垣壁成

とある。]

 

 落入りてうをの餌食となりにけん

    船幽靈もなまくさき風

〔ナマクサキカゼに『生な惡臭』のある風といふ意味であるが、餌の臭ひが此歌の二句目で、仄めかされて居る。此場合文字通りの飜譯は出來ぬ。此作品の技巧は全然暗示的であるから〕

[やぶちゃん注:原拠本文の「舩幽㚑」冒頭に配された一首で、

 落入りて魚の餌食となりにけん舩幽㚑もなまくさき風 桃江園金実

とある。因みに、この句の英文訳は、

Having perished in the sea, (those Héïké) would probably have become food for fishes. (Anyhow, whenever) the ship-following ghosts (appear), the wind has a smell of raw fish!

で、

海で滅んだのだから、(これら平家たちは)恐らく、魚たちの餌食(えじき)となってしまったのに違いない。(孰れにせよ、何時(いつ)でも)船を追いかけて来る舟幽霊たち(の、その出現)する時も、やはり、風に生臭い魚の臭いがするものだ!

の意である。]

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